外国人投資家が日本国債市場を「売り崩す」のは難しい

矢野康治次官が1年で退任へ

海外勢と日本銀行との日本国債市場をめぐる「攻防」が激しくなってきたのだそうです。日本の資金循環構造に照らすならば、なんとなく「海外勢の敗退」という結論は見えているのですが、いちおう本稿ではこれについて、いくつかのデータを使ってツッコミを入れておきたいと思います。ついでに、財務省が保有する無駄に巨額な外貨準備についても、解消する好機が到来しているといえます。表向き、「円安の抑止が目的」とでも言っておけば良いのではないでしょうか。

時事通信「海外勢が日本国債売り浴びせ」

あぁ、そうですか、としか言えない記事を発見してしまいました。

海外勢と日銀の攻防激化 緩和修正めぐり思惑―混乱の国債市場

―――2022年06月16日08時24分付 時事通信より

時事通信によると、日本国債市場で日本銀行の金融政策をめぐり、海外勢が国債を売り浴びせ、これを日銀が買い支えるという「攻防戦」が続いている、というのです。

時事通信は「日銀による大規模金融緩和策の修正をにらんだ海外投資家が国債に投機的な売りを浴びせ、日銀が必死に買い支える構図」としつつ、16日から2日間の日程で開かれる日銀の金融政策決定会合を前に、15日には国債の先物取引が一時中断するなど「両者の攻防はヒートアップしている」のだとか。

何も前提知識がない人がこの記事を読むと、「あぁ、もう日本国債市場はおしまいだ!」などと勘違いしてしまうかもしれません。

外国人にそう簡単に売り崩せますかね?

しかし、日本の10年債利回りは0.25%を少し上回ったくらいの水準であり、昨日時点の米10年債(3.34%)、独10年債(1.643%)、英10年債(2.467%)と比べて非常に低い水準にあります(もちろん、日本銀行のイールドカーブ・コントロール政策の影響でもありますが…)。

また、そもそも論として、外国人投資家が保有している日本国債の現物は、昨年12月末時点において、発行総額(※時価ベース)に対して15%に満たない金額です(図表)。

図表 日本国債の保有者別構成(2021年12月末時点)
保有主体保有金額保有割合
日本銀行530兆円43.42%
預金取扱機関(銀行等)163兆円13.37%
保険・年金基金251兆円20.62%
海外175兆円14.31%
その他101兆円8.28%
合計1220兆円100.00%

(【出所】日本銀行『資金循環統計』をもとに著者作成。ここでいう「日本国債」は資金循環統計上の「国債・財投債」と「国庫短期証券」の合計)

海外勢にとっては、最大限現物を売りさばいたとしても175兆円分までしか売れない、ということであり、しかも海外勢が保有している175兆円分については、国庫短期証券が89兆円を占めており、いわゆる普通国債(国債・財投債)の保有額は85兆円に過ぎないのです。

もちろん、広い意味での日本のフィクスト・インカム市場には、日本国債市場だけでなく、スワップ市場、コール市場、レポ市場、スワップション市場などのさまざまな市場が存在しており、外国人投資家はさまざまな手段で「日本売り」を浴びせることができます(とくにスワップ市場やレポ市場)。

しかし、スワップ市場では、金利上昇にベットするポジション(いわゆるペイのスワップ)については、金利が下落すれば年限によっては巨額の含み損が発生しますし、レポ市場で調達して日本国債を売り浴びせた場合も、レポの満期に金利が下がっていれば、高値で買い戻さなければなりません。

そして、今回の「売買合戦」で日銀が負けるという可能性は非常に低いでしょう。日銀には「通貨発行権」(あるいはネット用語でいう「日銀砲」)という強力な権力があるからです。実際、過去20年間も外国人投資家の「セル・ジャパン」は常に敗北に終わり続けていました。

さらには、銀行・生保等の機関投資家は常に資金運用対象不足に悩んでおり、外国人が売れば日本の機関投資家が買い支えるという動きも期待できます(「日本売り」という不勉強な日本のメディアの報道に騙されるほど日本の機関投資家は甘くありません)。

ただし、日銀が「敗北」する可能性は、ないわけではありません。

それは、日本国内で日銀の金融緩和をやめさせようとする圧力が高まる可能性です。

とくに日本のメディアは最近、「悪い円安論」、「悪性インフレ論」などを唱え、アベノミクスの3本矢のひとつである「積極的な金融緩和」を頓挫させようとしているフシがありますが、日銀が物価上昇目標に据えているコアコアCPIの2%目標が達成できていない以上、金融緩和をやめる理由はありません。

円安が加速する可能性はあるが…外為特会解消のチャンスでもある

こうしたなか、日本銀行の金融緩和には、「円安」という副作用ももたらす可能性があります。日銀が旺盛な日本国債の買い支えを続ければ、日本円の市場供給量が増え、円安を加速させるという側面があるからです。

ただし、これについてはまた別問題です(円安が日本経済に与える影響については『「20年ぶり円安」の好機生かすには原発再稼働が必要』でも議論したとおりです)。

もっとも、円安と金融緩和の関係を論じるならば、「円安抑止」を理由に、巨額の外為特会の解消のチャンスが到来している、という言い方もできます。円安になれば財務省が外為特会で保有する1.3兆ドル分の外貨準備の価値が上昇するという効果が得られるからです。

「1.3兆ドル」とされる外貨準備の通貨別構成は明らかではありませんが、便宜上、このうち1兆ドルが米ドル建てだったと仮定すれば、1ドル=120円のときに120兆円だった外貨準備は、1ドル=140円になれば140兆円へと20兆円もの含み益を生じます。

いっそのこと、財務省は巨額すぎる外貨準備のポジション解消に加え、お好きな「財政再建」とやらを兼ねて、1.3兆ドルの外貨準備のうちの1兆ドル分程度を市場売却しても良いかもしれません。いちおう表向きには「円安の抑止が目的」とでも言っておけばよいのではないでしょうか。

だいいち、外貨準備を売却すれば、財務省さんが「至上命題」とする「財政再建」(国庫短期証券等の国債発行残高の圧縮、巨額の含み益の実現)が達成できます。下手をするとこのオペレーションだけで消費税換算で1~2年分の税収が得られるかもしれません。

ぜひ、円安を機会に財務省さんには外貨準備の市場売却をお願いしたいところです。

余談:矢野さん、辞めちゃうんですね…

こうしたなか、本稿で「余談」としてもうひとつ注目しておきたいのが、こんな話題です。

財務次官に茶谷氏

―――2022年06月16日08時18分付 時事通信より

時事通信などによると、政府は財務省の矢野康治事務次官を退任させ、後任に茶谷栄治主計局長を昇格させる人事を固めたのだそうです。

矢野次官は昨年7月に就任したので、1年間での交代ですが、いったいどういう背景があったのかが気になります。というのも、矢野氏といえば、「財政再建が必要」などとするインチキ論考を一般誌に寄稿した人物だからです(『矢野論考というインチキ財政再建論に騙されないために』等参照)。

そういえば、岸田首相自身、就任直後には「矢野氏を更迭するつもりはない」、などと述べていましたが(『岸田首相「矢野財務次官の処分考えていない」、なぜ?』等参照)、もしかしたら自民党内の派閥力学の変化などもあるのでしょうか。

もっとも、矢野次官の前任者の太田充氏も2020年から21年までの1年で退任していますし、女性記者へのセクハラが報じられた福田淳一元次官も2017年から18年までの1年弱で退任していますので、財務省事務次官が1年ほどで退任するのは、さほど珍しい話ではありません。

今回の矢野氏の退任を「更迭」とみるのは少し早合点のし過ぎでしょう。

読者コメント一覧

  1. 愛知県東部在住 より:

    外国人投資家が日本国債市場を「売り崩す」のは難しい >

    記事を拝読し,すぐに思い浮かんだのは、かの「日銀砲」のことです。

    波動砲ならぬ日銀砲の弾幕に、倒産したヘッジファンド2千社余り、行方不明になったり自サツに追い込まれた投資家たちは数知れず、という惨状であったやに仄聞しております。

    2010年のリーマンショックを期に、以降発動されていないと記憶しておりますが、たかが10年ちょっと前のことを、世界が忘却してしまっているとは思えないのですが。

    もしかすると、この記事を書いた時事通信の記者は、それ以降に入社した世間知らずのおぼっちゃま君なのかもしれません。

    1. 団塊 より:

      >倒産したヘッジファンド2千社余り、
       と
       いうのは単なる都市伝説!とのことですよ。

      1. 愛知県東部在住 より:

        単なる都市伝説!とのことですよ >

        かもしれませんね。ですから、私はそれを「仄聞した」と書いております。

        では、それを「都市伝説」といわれる以上、その論拠となる資料なりソースをお示しくださいませんでしょうか?

        どうか宜しくお願いします。

  2. 気分は黒田長政公の家臣 より:

    1年ほどで退任しても、このあとは天下りの連チャンでがっぽり退職金は稼げるから問題ないでしょう。さすがZマークのお役人だ。

  3. G より:

    実際にはそんな簡単ではなさそうです。海外の投資家たちは日本国債を持っていないので、いわゆる空売りになります。ただ、現物債券は空売りするために借りようにも日銀がどんどん市場から吸い上げてますから、先物市場の売り建てがメインターゲットになっています。これでしたらとりあえず現物債券を借りてくる手間はかかりません。

    ただ、先物市場は期日までに売り建てを解消しないと現物債券を調達して買い方に渡す必要が出てきます。
    で、昨日から日銀は先物市場の受け渡し適格銘柄のうちで最も有利な債券。チーペストと呼ばれます。の無制限買い取りを始めました。本来この銘柄を買い占めてしまうと、債券先物市場が機能不全になりかねないのですが。
    まあ、だからといって仕掛けた筋がねを上げてしまうということもありません。まあ、彼らにしてみれば、最終取引までには一旦買い戻して次の限月にロールオーバーすれば戦いを継続出来ます。

    この戦いで1つ大きな副作用があります。日銀が債券を買い取ることで、円現金が供給されてしまうという点です。予定外の金融緩和ということですね。円安にも向かうでしょう。

    国債相場は守れても円安は進んでしまう。両方取りは困難ですね。

    1. ちょっと待って より:

      G様
      6月17日午前3時12分前現在ドル円は132.1円、なんだか円高方向になっているような・・・。
      これはどういう事なのでしょうか。
      自分は一度日本国債を買ってみたいと思っているのですが、これから利率はどうなるのか、気になります。
      いろんな事をいろんな人が言うのを聞いてもそれぞれ別々で、そもそも欧米のやっている事と日銀のやっている事も違っていてわけわかりませんです。

  4. 引っ掛かったオタク より:

    仮にもソレナリの規模の運用をしているファンドが日銀砲を知らないとは思えないですし、今般の宣戦布告の裏にドノヨウナ目的・意識が在るのか、気になるトコロです…
    マサカすーさいどあたっくデモあるまいに…

    1. 引っ掛かったオタク より:

      追伸
      次官ポストは後ろ頭数つっかえてるんで天下り箔付け用にさくさく廻しているのでは?に一票

  5. 攻撃型原潜#$%〇X より:

    何の映画だったか思い出せないけれど、
    ロバート・デ・ニーロが役どころで「日銀にスパイを潜り込ませるのは至難の業だ」と嘆きつつ失敗した部下を始末するシーンがありました(そういや、ブルース・ウィリスも殺し屋役で出てた)
    日銀に工作員は本当に潜り込んでいないのですか。NHKや霞が関はズブズブのようだけど。

  6. 福岡在住者 より:

    >外国人投資家が日本国債市場を「売り崩す」

    たしか、数日前のブルームバーグの記事にもありましたね。(あほらしいので読みませんでしたが)
    こういう闘いは「金を持ってる方」の勝ちが常です。 米国のような国が裏で動かない限り、大火傷で終わると思います。 ヘッジファンドもかつてほどのブームではないと10年くらい前に聞いた記憶があります。(資金が集まりにくい状態) それに、米国等の投資銀行もリーマンショック後に当局の監視下に置かれるようになり、派手に暴れられなくなったと思います。  

  7. ちょろんぼ より:

    まぁ~海外の奇特な方々の問題は別として(人間は忘れる動物だったけ?)
    1.3兆ドルの外貨準備高を持つ事は異常だと思います。
    せめて0.3兆ドルでも内政に回して頂ければ、いわゆる
    「国の借金」も無くなり、意味無い報道を聴く事も無くなります。
    又、日本各地のインフラ更新問題を解消する事ができます。
    但し、米国からのオシオキがあるだろうが。

    又、誰も言わないけれど(態と無視している?)日本の国民数減少問題を
    決めないと、インフラ更新問題も決める事ができません。
    資金も限度があり、無制限ではありません。
    1億2千5百万人の人口は、日本の国土ではもう支えきれません。
    間違った再生エネルギーを重視する方針をしていくなら
    日本の人口は江戸時代末期~明治時代初期の3千5百万人程度迄
    減少させる必要があります。

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