ロシアがドル債をルーブル償還ならCDSはどうなる?
ロシア財務省は国内投資家が保有するドル建てユーロ債を巡り、ルーブルでの償還に応じる投資家を募集すると発表したそうです。金額的にいえば20億ドルと、ロシアやロシア関連企業が発行している債券の総額と比べて非常に小さいものですが、このような償還であっても、CDSのデフォルト要件に抵触してくる可能性はありそうです。
ロシアの「踏み倒し」宣言
西側主要国の金融制裁により、ロシアは現在、6400億ドルとされる外貨準備のうち少なくとも3000億ドルが凍結されているという話題については、『西側、制裁逃れのロシアに今度は外貨準備の金取引規制』などでも指摘してきたとおりです。
こうしたなか、ロシア側は「非友好国リスト」を公表し、そのリストに含まれた「非友好国」に対しては、1000万ルーブルを超える外貨建ての債務のをルーブルで支払うと宣言しました(『ロシア「非友好国リスト」は金融制裁が効いている証拠』等参照)。いわば、事実上の「踏み倒し」宣言のようなものでしょう。
ところが、非常に不思議なことに、現在のところ、ロシア政府は現在のところ、外貨建ての債務の利息を、ちゃんと外貨で支払っています(『ロシアはいったんデフォルト回避』等参照)。
この点、ロシアのシルアノフ財相が「利息はルーブルで支払う」などと述べて西側諸国を挑発したこともありましたが、現在のところは国際的なルールをきちんと守り、外貨建ての債券の利息については外貨建てで支払いを続けているようです。
「勇ましい発言」が多いわりに、ロシアは意外と西側諸国の反応を見ているのかもしれません。
ロシアが20億ドルのユーロ債をルーブルで償還か
こうしたなか、ロイターなどのメディアは、こんなことを報じました。
Russia launches Eurobond rouble buyback offer on looming $2 bln bond payment
―――2022/03/30 6:27 GMT+9付 ロイターより
ロイターによると、ロシア政府が2012年に発行し、今年4月4日に償還を迎えるドル建てのユーロ債に関し、ルーブルでの償還に応じる投資家の募集を開始したそうです。対象となるのはおもに国内投資家が保有しているとみられる20億ドル分なのだとか。
(※なお、ここでいう「ユーロ債」とは「ユーロ建ての債券」という意味ではありません。ここでは便宜上、「外国で発行されている債券」というくらいの意味合いだと考えていただければ、だいたい合っています。)
ただし、ロイターはこの債券の条項はドル建て償還が規定されていると指摘。全体のうち、政府が買い戻す部分が限定されているのか、あるいはルーブル建てでの償還に応じない投資家の持分がどうなるか、といった点については、「詳細は明らかではない」、などとしています。
これについて、どう見るべきでしょうか。
自然に考えて、ロシアの政府や企業などが発行しているとされる1400億ドル相当とされる外貨建ての債券(報道等によれば、うちロシア政府が400億ドル、残り1000億ドルは民間企業であり、大半が石油関連企業か?)の規模と比べて、20億ドルというのはいかにも少ない金額です。
ただ、個人的には、この20億ドルについては「テストディール」という可能性があるとも考えています。具体的には、この20億ドル分のユーロ債の償還に成功すれば、ロシア国内の投資家が保有する部分については以後、すべてルーブル建てで償還してしまうおう、というたくらみです。
その意味では、本件について「続報」があるかどうかには注目する価値がありそうです。
CDSの仕組みと問題点
もっとも、ロイターの報道が事実であれば、以前から当ウェブサイトで指摘している「別の問題」も生じます。それが、「デフォルト」の問題です。
本来、ドル建てで償還しなければならない部分を一部でもルーブルで償還したならば、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)などのトリガー要件(リストラクチャリングなど)に抵触するかもしれませんし、また、事実上のデフォルトが成立する可能性はあります。
ここでCDSとは、「参照企業に信用事由(クレジット・イベント)が発生した際、プロテクション提供者がプロテクション保有者に対して金銭を支払う契約」のことです。平たくいえば保証や保険のようなものでしょう(ただし、保証や保険と異なる点はいくつかあるのですが、本稿ではこれについては割愛します)。
そして、CDSのトリガー要件には、一般に破産、支払不能、条件変更という3つのクレジット・イベント(CE)があります(※ただし、これは事業会社の場合)。
CDSの3CE(事業会社の場合)
- 破産(Bankruptcy)
- 支払不能(Failure to Pay)
- 条件変更(Restructuring)
そして、参照組織(この場合はロシア政府)の行為が、3CEのいずれかに該当しているかどうかを決定するのが、アジア、北米、欧州など、地域別に組織される委員会(デターミネーション・コミッティー、DC)です。
具体的には、おもにCDSの保有者の申し立てに基づき、銀行、金融商品取引業者などから構成されるDCが組織され、いったんDCがクレジット・イベントを認定した場合には、最終的にはオークションにてCDSの清算価格が決定される、という流れです。
DCがデフォルト認定?それとも…
この点、DCがいかなる決定を下すのかに関しては、現時点では何ともわかりません。考え様によっては、今回のように「ドル建てで発行されたユーロ債」を「ドル以外の通貨(=ルーブル)」で償還した場合は、条件変更(リストラクチャリング)に該当してしまいそうにも思えます。
とくにロシア国内の投資家が「自発的に」ルーブル建ての償還に応じたのだとしたら、当事者同士が納得している以上、ISDA(国際スワップ・デリバティブ協会)のデターミネーション・コミッティー(DC)も「デフォルトだ」と認定するのを見送るという可能性はあるでしょう。
ただ、それと同時に、DCに申し立てを行うのはロシア国内の投資家だけとは限りません。CDSは債券の発行体と無関係に、市場で自由に取引されており、ロシアのソブリンCDSの保有者にとっては、DCにクレジット・イベント認定の申し立てを行う可能性もあります。
いずれにせよ、ロシアは来月以降も、CDSの定義上の「デフォルト」に抵触してくる可能性は十分にあると考えてよさそうです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
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素人疑問ですが、ロシア政府が外貨をゲットしてルーブルで返したいなら、そういう条件の債券を発行できないんでしょうか。
わざわざギリギリを攻めるのは、それができないルールでもあるから?
ギリギリアウトとも思いますけど。
外貨を政府に貸して、ルーブルで返してOKな人って、誰でしょう。オリガルヒ?
国内に蓄積された外貨を吸い上げる方策をいくつか出してるようなので、その一環とは思いますが。
>外貨を政府に貸して、ルーブルで返してOKな人って、
>誰でしょう。オリガルヒ?
まさにご指摘の抜け穴封じに
西側制裁の早い段階からオルガルヒも
対象に指定されているのでしょう。
韓国もコロナ初期のウォン暴落の際、
サムスンから手持ち外貨借りて
しのいでいましたし、
財閥にも目を光らせる必要があります。
デリバティブを応用した債券でデュアル債というのがありますね。可能ではあります。ただ、それはほぼルーブル債として認識されて投資家誰も買わないでしょう。
例えば日本政府が発行した償還のみウォン建て債券があったら買うかどうか。まあ買いませんよね。理由は嫌韓とか関係なく、償還されるウォンを円に交換するリスクを負うからです。日本が発行するから信用リスクは非常に低い。でも為替リスクに関しては全面的に投資家が負う。まあ、日本国債にしてはあり得ないような高利回りになりますから韓国人投資家なら買うかも知れませんね笑
可能なんですね。
誰も買いたがらないで言えば、外貨建て外貨償還なのにルーブルで償還するっていう債券のほうが怪しくて、かえって人気が出ない気がしますが。(笑)
技術的な話すると、償還の通貨でもって利回り水準がだいたい決まってきます。
もし日本政府が発行しても償還通貨がトルコリラやルーブル建なら利回りは20%とかになります(プライシングした訳じゃないのでざっくり)。たとえ韓国政府の債券だろうと償還が超低金利通貨の円なら0%台の債券になります。いわゆるサムライ債です(どんなに有利でも韓国政府がサムライ債って無さそうな予感しますが)
ああ、なるほど。
ルーブル償還の債券にしてしまうと、高利回りになってしまうということですか。
ロシア政府もそのリスクは取らない、ということなら、ルーブルの先行きリスクを投資家に付け替える行為ということですかね。
ロシア国内の投資家が自主的にルーブル払いに応じて、そのほかの投資家にはドルで支払ったならデフォルトは回避出来るかも知れません。誰か一人にでもルーブルでの償還を強要されたらデフォルトでしょう。
愛国的な国内投資家がどれだけ居るかの勝負ですね。
自国内の資本に対して独自レートでの外貨換金を強いるやり口は、まさに大きい北朝鮮ですね。
今回のロシアの場合は、西側諸国の制裁に因るものですが、多分このような政治リスクは考慮されないのでしょうね。
CDSのデフォルトの定義がどの様なものか知りませんが、ドルでの返済という条件を満たす必要はあると思います。
返済条件を守るという事が必須であるのでしたらデフォルトという事になるのでは無いでしょうか?
「敵は海賊」というSF小説で、主人公達が使うCDS砲というのが凶悪な対コンピュータ兵器として描かれていましたが、現実のCDSは「世界経済に対する大量破壊兵器」だったという落ちですね。