ウクライナ政府高官が日本に謝意

ウクライナ大統領府のアンドリー・イェルマーク長官がニューヨークタイムズの寄稿のなかで、日本の国名を具体的に挙げて「西側諸国に感謝する」などと述べたことが注目を集めているようです。ただ、それと同時に、イェルマーク氏はロシアの意図が「新ロシア帝国の建設」にあると述べたうえで、西側諸国の対露制裁をより一層強化することが必要だとも述べています。

ヘルソン陥落が転機となるか?

ロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、その動向からは目が離せない展開が続いています。

ロシアのウクライナ侵攻の目的は「キエフ公国回復」?』でも取り上げたとおり、ロシア軍は当初、侵攻後48時間までにウクライナの全土を掌握する見込みだったとする分析もあるのですが、現実にはすでに1週間が経過するにも関わらず、ロシア軍はいまだにウクライナ全土の掌握に至っていません。

もっとも、ロシア軍にとって、戦況に「進展」があったとすれば、ウクライナ南部の都市・ヘルソンを掌握した、とする点でしょう。中東系メディア『アルジャジーラ』(英語版)によると、ヘルソンはロシア軍は侵攻以来掌握した初めての都市である、と指摘しています。

Why capturing Ukraine’s Kherson is important for Russia

―――2022/03/03付 アルジャジーラ英語版より

ヘルソンはクリミア半島から100㎞も離れておらず、この街を掌握したことで、今後、ロシア軍にとっては同市西部にある港湾都市オデーサ、東部にあるマウリポリなどを地上から攻略するうえでの要衝を確保した、という言い方もできるかもしれません。

現時点においては、西側メディアは「ロシア軍内部で補給の問題が生じている」、「ウクライナ軍の抵抗は強固だ」、などと報じていますが、ヘルソンの陥落を契機に一気にウクライナ南部戦線がロシア側に傾くという可能性には十分な注意は必要でしょう。

ウクライナ大統領府長官の手稿で「日本に謝意」

その一方で、ゼレンスキー大統領の側近で大統領府長官を務めるアンドリー・イェルマーク氏が現地時間の2日、米紙ニューヨークタイムズに寄稿した手稿が、ネット上などで注目を集めているようです。

I’m Writing From a Bunker With President Zelensky Beside Me. We Will Fight to the Last Breath.

―――2022/03/02付 ニューヨークタイムズより

イェルマーク氏はこの文章について、「私は首都の防空壕から執筆している」、「ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が私の側にいる」などとしつつ、次のように「徹底抗戦」への覚悟を示します。

“Despite the constant barrage of Russian fire, we stand firm and united in our resolve to defeat the invaders. We will fight to the last breath to protect our country.”

また、イェルマーク氏は今回のウクライナ侵攻が「非ナチ化を目的にしている」とするロシア側の主張を否定したうえで、ロシアの目的が「新ロシア帝国の建設にある」と主張。そのうえで、西側諸国の武器供与を含めた支援に対し、こんなことを述べているのです。

“We are thankful to our American and European friends, to democracies worldwide including Australia and Japan, for their quick decisions to help us, for their sanctions against the Russian economy, for the armaments and equipment to deter the aggressor.”

ロシアの金融システムを部分的にSWIFTNetから切り離し、外貨準備を凍結する、といった欧米諸国の重要な経済制裁措置に、日本が半歩遅れてしまった(『日本政府、対ロシア追加制裁への参加を半日遅れで表明』等参照)点については、鈴木俊一財務相らには猛省を求めたいと思う次第です。

しかし、それ以外のさまざまな経済・金融制裁では、基本的に日本も欧米諸国と歩調を合わせています。ウクライナ当局者から日本を名指しした謝意が示されたこと自体は、ウクライナにとっては「支援」と認識されているようです。

より一層の制裁強化を求める

ただし、この寄稿の要諦は、おそらくはその部分ではありません。

イェルマーク氏は、こう続けます。

“But it’s not enough. We need more — and, please, stop telling us military aid is on the way. Nothing less than our freedom — and yours — is at stake.”

要するに、「今日のウクライナは明日のあなたたちだ」、という指摘でしょう。

実際、ロシアのウクライナに対する「侵略」は、捉え方によっては2014年のクリミア半島併合から続いているものでもあります。

そのうえで、イェルマーク氏はロシア側の戦闘が続けばNATOを戦争に引き込む可能性があると指摘し、NATOに対しウクライナに飛行禁止区域を設定するなどの措置を要求。

あわせて、一部の銀行だけでなく、ロシアのすべての銀行をSWIFTNetから除外するとともに、ロシアのオリガルヒに対する制裁の適用、ロシア産石油の米欧に対する全面禁輸など、「軍事以外のコスト」をロシアに負担させることを求めています。

あわせて、常任理事国が国連安保理において拒否権を持つという現在の仕組みについても「国際社会は考え直さなければならない」などと指摘しています。

国際社会は団結するのか?

この点、考えてみれば、国際社会の制裁はロシアに対し、ある種の「逃げ道」を準備している格好でもあるのですが、言い換えれば、対露制裁はより一層厳格化される余地を残している、という意味でもあります。

今朝の『国際社会の金融制裁で「ロシア国債デフォルト」視野に』でも少し触れましたが、すでにロシアは現在、国際社会から有価証券形式で資金を調達することが困難となりつつあります。

こうしたなかで、国連総会がロシア非難決議を141ヵ国の賛同で可決したこと(『国連総会、ロシアにウクライナからの無条件撤退を要求』等参照)は、法的拘束力はないにせよ、大変重要な象徴的な意味合いがあります。

このため、国際社会が現在よりもさらに一層の制裁厳格化に踏み切るのかどうかに関しては、注目する価値がある論点のひとつといえるでしょう。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. Sky より:

    ついにロシアは原発に攻撃を仕掛けました。敵の重要インフラをターゲットにするのは戦争の常套手段ですが、完全に一線を越え、世界中を敵にした気がします。一週間後どうなっているのか、予想できません。

    1. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

      インフラ狙うのは昔からの常套手段だが
      原発が爆発したら大惨事だからね

  2. 農家の三男坊 より:

    皆さん中露韓のカントリーリスクを再認識したのではなかろうか。

    ロシアを絞め付け過ぎて、ガス供給停止、戦術核使用等の暴発とならない様なポイントを探りながらの制裁となるのではないかと思います。

    それより、ベラルーシでルカシェンコ政権を転覆させ、北部ロシア軍の補給を止めることを考えた方が早いかもしれない。

  3. ミナミ より:

    ・クウェート侵攻の際の130億ドル支援の際の日本無視を覚えている年代からすると、涙が出そうな隔世の感である
    ・今回の事態で、戦場で活躍してるらしいジェベリン等を早期に送ったイギリスは株を上げ、ヘルメット5000個を送り、自国の兵器通過を渋ったドイツは株を下げた。今は方針がかなり変わった様だが。第一印象は大事というのも分かった。リーダーには即決のセンスが必要だ
    ・岸田政権は自衛隊所有の防弾チョッキと医薬品の援助を決めた様だが、これをどう評価すべきか? 9条国家の悲哀の割によく頑張ったと考えるべきか、安倍や菅ならもっと頑張ってたと考えるべきか? どっちにしても「検討使」の岸田の決断は常に遅いというのは間違いないだろう

    ウクライナ戦争と直接は関係無い結論になるが、岸田は今週、日銀審査委員に緊縮派を提示した
    参院選の結果で「岸田下ろし」が起こらない限り、2024-25年の次期衆院選まで、
    岸田政権という事になる可能性は高く、日本国民は緊縮増税の不況地獄がほぼ確定する
    国民生活の地獄→国力の低下→防衛力の低下→外交関係の悪化となるルートである
    こんな大変な時期に岸田と林というのは、本当に日本国民の不幸である

  4. たろうちゃん より:

    駐日ウクライナ大使の林芳正外相の面会要請が1カ月に渡りサボタージュされた。外務副大臣の鈴木貴子氏に疑惑の矛先が向いている。云わずと知れた日本政界屈指のロシア通であり、親ロシア派の鈴木宗男議員の長女である。結果論かもしれないが、国益以前に人間としてどうかとは思う。この瞬間にも犠牲になり亡くなったり、死なないまでも生涯にわたる不自由を心身ともに背負う人達がいるのだ。他人事ではない。日本政府は全力でウクライナを支援し寄り添うべきだ。同時に今日のウクライナの姿はあしたの我が国かもしれぬ。早急に9条を含む、様々な懸案の処理を望みたい。

    1. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

      好意的に見たら
      今までも危機が水面下で何度もあったから
      狼少年的に「またかいな」と思わたとか

      欧米ではどこもウクライナに対して真摯に対応しているのに
      日本の対応は酷すぎる
      後でこれが問題となり、日本が経済制裁受ける可能性もある

    2. 農家の三男坊 より:

      >外務副大臣の鈴木貴子氏に疑惑の矛先が向いている。

      これは単なる与太話でしょう。

      副大臣にそんな権限も影響力もないと思います。
      仮に官僚が副大臣に忖度したとしたら、”林大臣がよほどの無能”と官僚が判断していたことになる。

      岸田さん、林さん周辺の政治屋は役人に責任を押し付けて逃げようとするが、国民の目は節穴ではない。本当に官僚の忖度・サボタージュなら懲戒免職ものだが、処分もない。
      手足としての能力はそれなりにあるのだろうが、リーダーとしては全くのペケ。

      1. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

        欧米ではあり得ないが、日本の官僚なら普通にそんたくするでしょ
        もちろん、外務大臣の責任問題も厳しく追及しなければならないのは当たり前の話

  5. 愛知県東部在住 より:

    常任理事国が国連安保理において拒否権を持つという現在の仕組みについても「国際社会は考え直さなければならない」などと指摘 >

    そもそも、旧ソビエトが倒れたときに、常任理事国待遇も取り上げるべきだったのでのではないかと考えます。これについては中国も同様でしょう。本来ならば中華民国に与えられた枠のはずでした。これを中国に無条件で移してしまったことは、今思えば痛恨の誤りだったと言えるでしょう。

  6. 匿名 より:

    鈴木財務相が猛省しないといけない理由ってありましたっけ?

    日本が対露制裁が欧米に対して半日の後追いになった理由は明らかになっていない。
    また、それによるこれと言った悪影響も報じられていない。自分はそういう認識なんですが?

    責任を取らなくちゃいけないような確たる情報って、何も出ていないような?

    1. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

      この非常時に半日も遅れたのは許されないことだろ
      時差という戯れ言は言い訳にならない
      湾岸戦争の教訓がまるで行かされてない
      欧米も内心は(アメリカから制裁された)韓国と大同小異と思っているはず

    2. 元ジェネラリスト より:

      良かった探しをするのか、危険の兆候に予め警鐘を鳴らすのかで、変わるのだと思います。

      自らの選んだ政府に対して、過剰に足を引っ張ることは慎むべきと思いますが、良かった探しの欠点としては、「気づいたときには既に遅かった」があると思います。
      多様な意見はあってもいいと思います。

  7. 同業者 より:

    サハリン2やArctic LNG2に未練があるんでしょうかね。
    少なくともArctic LNG2とは手を切るべきです。
    60%出資のNOVATEK社はプーチンの友人が社長の会社です。

    結局は、「みんながやるから」「みんなと同じでなければ不安」という自主性のない動機で制裁に参加したのでしょうね。

  8. より:

    断片的な情報が飛び交っていますが、結局のところ、今回のロシア軍によるウクライナに対する侵攻は、以下のいずれかという結果にひとまず辿り着きます。

    A. ウクライナの「中立化」を実現する
    B. Aに失敗し、すごすごと撤退する

    ロシアの言い分は一貫しており、「ウクライナのNATO加盟は絶対に容認しない」です。その目的が達成されるかどうか、遅くとも今月中には判明するでしょう。プーチン氏は国連総会決議など歯牙にもかけないでしょうし、各種の経済制裁も即効性はありません。なにしろ、エネルギーと食料を自給可能という点は大きく、さらにロシア国民は、ソ連末期以来、少々の物資の欠乏には慣れているので、輸入が停止したとて、数か月は持ちこたえるでしょう。総会決議や経済制裁が無意味だなどと言うつもりはありませんが、当面のロシア軍の行動を止めるには至らないだろうと思います。

    さて、上で「ひとまず」と書いたのは、AであれBであれ、膨大な後始末が残されるのはほぼ確実であり、それがどのくらいの期間を要するのか、どの程度の影響があるのか、よくわからないという点にあります。軍事行動が現在進行形である以上、制裁措置を当面継続するのは当然だとしても、軍事行動終了後にどうするのか。ロシアに対する制裁措置を永遠に継続するというのは現実的ではありません。どこかの時点で制裁解除(=ロシアの国際社会への復帰)が行われるだろうと思いますが、何がどうなったら解除できるのか、そろそろ考え始めてもいいのかもしれません。

  9. だんな より:

    現在ウォンドルは、1214.4まで行きました。
    週末(終末)だから、来週になってみないと分からないですね。
    韓国のインフレは、まだまだ進行するでしょう。

  10. 匿名 より:

    ロシア語通訳者の米原万里さんが著書に「ロシア人はウェイトレスから大統領夫人まで週末はダーチャで忙しい」と書いていらっしゃいました。ダーチャとは納屋付きの別荘で、週末はそこで農作業に励むそうです(自分が食べる分は自分で作る)。いわば「全国民兼業農家」。なので旧ソ連時代、商店の前に行列をつくる人達の映像がよく流れていた割には飢えている人は少なかったそうです。現在のロシアがダーチャを受け継いでいるのかは分かりませんが、国民の気持ちが団結していれば、生活の質は下がるでしょうが、長くもちこたえることは出来るでしょう。でも今のロシア政府にそれだけの求心力があるのか…。

  11. 元ジェネラリスト より:

    駐日ロシア大使館が、ロシアの外務副大臣のインタビューをツイートしていました。
    まあ、単なるポーズだとは思うものの、ひょっと制裁が効いているのかな、とも感じましたので、足跡的に。

    駐日ロシア連邦大使館
    https://twitter.com/RusEmbassyJ/status/1499671429545328640?s=20&t=VK7Av8LWi3kHlg7OuLaLvQ
    セルゲイ・リャブコフ連邦外務副大臣へのRBCテレビ局のインタビュー
    「我々はこの底辺(米露関係)から押し戻され、関係を修復し始めると確信しています。そのためには、西側諸国、とりわけ米国の政治的意志が必要です。」

    1. より:

      経済制裁が効いてないはずはないと思いますが、それだけでロシアの意思を挫くには数か月上の時間がかかるでしょう。元々、長期戦になったらロシアの「敗け」ですので、経済制裁を直接の理由としてロシアが行動を止めることはないのではないかと思います。

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