スリランカと中国・債務の罠:人民元経済圏の落とし穴

スリランカといえば、南部の港湾を中国に取り上げられてしまった国としても知られます。そのスリランカは現在、コロナ禍により主力産業である観光業が壊滅的な打撃を受け、外貨準備不足のため、紅茶を使って石油を輸入する、といった状況にあるようです。いずれにせよ、人民元経済圏が拡大するとすれば、それは「経済的に弱った国を取り込む」という方法が最も手っ取り早いのかもしれません。

中国の金融覇権には疑問

当ウェブサイト『新宿会計士の政治経済評論』では以前から、「中国の金融覇権」に関する話題を取り上げてきました(そのリストについては、本稿の末尾に列挙しておきたいと思います)。

ただ、当ウェブサイトでこれまでに議論してきたとおり、中国は基本的に、「人民元経済圏の拡大」を目論んでいるフシはありますが、その試みがうまくいっている部分と、そうでない部分があるのではないか、というのが、これまでの当ウェブサイトの暫定的な結論です。

そもそも論ですが、人民元自体が国際的な通貨となっているのかといえば、大変に微妙です。

人民元は事実上、米ドルに対してなかばレートが固定されていて、市場メカニズムで自由に為替変動をする、ということが、ほとんどありません。

いちおう、人民元は香港などの「オフショア市場」でも取引されているのですが(いわゆる「オフショア人民元」)、オフショア人民元市場は規模が非常に小さく、おそらくは中国の通貨当局が日常的に為替介入を行っているものと想像されます(著者私見)。

実際、後述するリンクでも取り上げているとおり、オフショア人民元債券市場の規模は2015年を境に成長がピタリと止まってしまいましたし、また、人民元建ての国際送金シェアについても、一向に増えて行こうとはしていません。

中国の狙いは「人民元基軸通貨化」ではなく「人民元経済圏」か?

このように考えていくと、中国当局としては、2016年10月に人民元が国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)構成通貨に組み入れられたことをもって、人民元国際化の「目的」を達成してしまった、ということなのかもしれません。

もっとも、中国当局の狙いは、「人民元の国際化」というよりはむしろ、「人民元経済圏の拡大」にあるのかもしれません。

すなわち、「人民元が米ドルに代替する基軸通貨になるかどうか」という点では大変に疑問ではありますが、いわば、かつての「ソ連ルーブル圏」のように、中国は「米ドル経済圏」と分離した「人民元経済圏」の創設でも狙っているのかもしれません。

具体的には、日欧米といった先進国ではなく、中国が「一帯一路諸国」と位置付ける発展途上国を中心に、人民元を使用する国を拡大させていこうとする試みです。その典型例は、トルコや北朝鮮でしょう。

トルコ中央銀行は昨年6月19日、中国との間で締結した通貨スワップ協定に基づき、人民元を中国から引き出し、それらの人民元を中国企業からの輸入代金の決済に使用した、と発表しました(『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』等参照)。

これなど、トルコが今後、中国との商取引で人民元を使うようになるための、大きなきっかけとなり得ます。

また、北朝鮮の場合だと、自国通貨・北朝鮮ウォンだけでなく、人民元が市場で一般に用いられているという話もよく耳にします。これなども、北朝鮮がなかば、人民元経済圏に取り込まれているという証拠といえるかもしれません。

もっとも、このような仮説を取るならば、人民元経済圏に入る国は、経済運営に失敗し、経済的に苦境に陥っている国が中心、という可能性が出て来ます。

ひと昔前の「ブロック経済圏」の発想ではありませんが、米ドル基軸通貨圏から離れて人民元経済圏が存続していけるのかどうかは見ものでしょう。

一帯一路とスリランカ

さて、こうしたなかで、「中国が人民元経済圏を拡大しようとしている」という証拠のひとつが、「一帯一路構想」を推し進めるなかで、インフラ金融により途上国に対し莫大なカネを貸し付け、インフラを取り上げてしまう、といった強引な手法です。

そのひとつが、スリランカのハンバントタ港でしょう。

いまから4年前、産経ニュースに掲載された次の記事によれば、高金利債務の返済に窮していたスリランカ政府は2017年12月、中国の援助で建設した南部ハンバントタ港を中国企業に引き渡した、と記載されています。

まるで高利貸し 借金のカタでスリランカの港を奪った中国のやり口とは

―――2018/1/5 09:00付 産経ニュースより

産経によると、スリランカ政府は最高6.3%にも達する高金利により債務の返済に窮してしまい、港を所管するスリランカ国営企業の株式の80%を中国の国有企業に99年間貸与することで合意した、などとしています。

また、当時からインドや日本を中心に、「中国による軍事利用につながるおそれがある」との警戒も生じていたのだとか。

また、産経ニュースでは、スリランカ政府側が契約内容を見直した際、「中国側には港を軍事目的で使わせないことを確約した」、などと記載されているのですが、相手国が相手国だけあって、そんな約束を守ってくれる素直に信じる方が不思議でしょう。

ちなみに記事タイトルに「まるで高利貸し」とありますが、このあたり、甘い見通しでカネを借りたことについては、スリランカ政府の過失もゼロであるとはいえないでしょう。ただ、相手国を過剰債務の罠に貶めてインフラを取り上げるという手法は、当時から「債務の罠」などと指摘されてきた、中国のインフラ金融の問題点です。

実際、当時の時点で、スリランカの中国国有企業への債務は合計で80億ドルにも上る(ニューヨーク・タイムズ)という状況だったそうですが、2020年においてスリランカのGDPが800億ドル少々であることを思い起こすならば、明らかに過大な債務です。

スリランカが中国に返済再考を嘆願するも…?

こうしたなか、時事通信に今朝、こんな記事が掲載されていました。

スリランカ、中国に返済再考を嘆願 債務のわな、コロナ追い打ち

―――2022年01月13日07時07分付け 時事通信より

時事通信によると、スリランカのラジャパクサ大統領が9日、最大都市コロンボで中国の王毅(おう・き)国務委員兼外相と会談し、「新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済危機」を理由として債務返済計画を再考してもらえれば「非常に安心する」と伝えたのだそうです。

時事通信は、同国はもともと対外債務の返済に窮していたうえ、コロナ禍で主要産業のひとつである観光業が大打撃を受けた、などと指摘。さらに外貨準備高は昨年11月末時点で15億ドルに過ぎず、12月にはイラン産原油代金2.5億ドルを「スリランカ特産の紅茶で支払うことで合意した」、などとしています。

ちなみに当ウェブサイトの『中国が保有する人民元通貨スワップ等をすべて列挙する』でも紹介しましたが、中国はスリランカとの間で、総額100億元相当の通貨スワップを保有しています。

トルコがそうしたように、今後、スリランカは中国とのスワップを発動し、人民元を引き出して中国企業からの輸入代金の決済に充てる、という可能性は十分にあるでしょう。

弱った経済が人民元経済圏に取り込まれる可能性

ただし、トルコやスリランカの事例で見てみると、人民元経済圏の拡大は、「健全な経済運営を続ける国」が好きこのんで人民元経済圏に入るというよりは、経済危機、通貨危機などの「弱みに付け込まれる」というかたちで人民元経済圏に取り込まれる、というパターンが多いのかもしれません。

さらにいえば、中国が国際社会の秩序を無視するかのように、強引な資金の貸し付けを行っていることは、国際社会から強い反発を招き、万が一、債務国が中国からの債務を踏み倒そうとしても、国際社会は中国の味方になってくれない、という可能性もあります。

いずれにせよ、人民元が米ドル基軸通貨体制を突き崩すという可能性はさほど高くないにせよ、人民元経済圏の拡大については、今後も引き続き注視する価値があるといえるでしょう。

なお、昨年11月以降、当ウェブサイトにて議論してきた内容を再掲しておきます。

是非ともご参照賜りますと幸いです。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. sqsq より:

    日本の失われた20年とか30年を中国は観察していて、その原因が円高にあると考えている。人民元の国際化などすれば元高になり輸出減、製造業の空洞化がおこり、共産党の一党支配が揺らぐと考えている。
    日本は経済の原則に従い円高を許容し、日本の製造業は東南アジアに出て行った。その結果タイには現在5800社の日系企業がありタイの経済発展に貢献している。
    中国にはそのような根性はないだろう。せっかく輸出で稼いだ虎の子、何が何でも放したくない。
    ただこういう経済の原則にはずれるようなことをしていると、どこかでひずみ、破綻がでてくるはずと考える。

  2. 匿名 より:

    暮れにラオス~チャイナの鉄路が開通してます。1/3はラオス政府の出資ですがそのほとんどはチャイナからの借金・・・
    ビエンチャンの新駅建屋には現地語より大きく「万象」(ビエンチャンの充て漢字)の表示・・・
    観光客はこのご時世であてに出来ず・・・ラオス人民は時速160km/hの車両を眺めるだけ・・・あとはチャイナから怒涛の如く物品と低俗旅行者(隠れ移民)が流れ込むだけ・・・
    タイ・ノンカイ~バンコク~マレー半島~シンガポール・・・で一帯一路の完成も、そっちの国々が言う事聞かなければ、すでに属国並みになってるカンボジアを通ってシャム湾へ出ちゃうよってw・・・ベトナムも囲まれちゃう訳です・・・

    1. はにわファクトリー より:

      ラオス国内は単線だという話で豪華車両の表定速度も実は速くなく、新鉄道は客貨輸送力面でしばらく本領発揮とはならないそうです。ですが「半島南進」は中国国家目標のひとつ。タイはどうするつもりでしょうか。ベトナム・ミヤンマーを結ぶインドシナ半島東西横断動脈構想ってのがあって、中国が推進する南北縦断動脈とタイ国内で交差することになってます。横断構想の西の要アンダマン海を臨む半島西岸ダウェイ新港計画は凍結になって長いらしい。

  3. わんわん より:

    余談です
    ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏の噂
    https://www.mag2.com/p/news/181484/amp#aoh=16420797870798&referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com&amp_tf=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%3A%20%251%24s

    検証
    https://spiceup.lk/jr_jayawardene/

     良い話でも簡単に信じてはいけません

    1. がみ より:

      わんわん様

      ソ連が求めた十三ヶ条の改正案みると当初ソ連は北方領土の占有主張していなくて、グルジア人のスターリンが後にゴリ押ししたとも読めますね。

      旧ソ連・現行ロシアを擁護するかたがこのサイトにもいましたけど、旧ソ連や日本共産党ですら北方領土を一貫して対日本戦での戦勝地であり日本の領土であると言ってきた事と繋がってくるのかも知れません。

      現行新政ロシアのプーチン政権下で急にロシア領土を声高に主張し始めました。

      韓国が不法占拠する島根県竹島への弱腰を見て現行ロシアや尖閣諸島の領有を言い出した戦勝国ですらない中華人民共和国の態度に繋がったのだとしたら、本当に罪深い事ですね。

      1. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

        昔は韓国名で鬱陵島と呼ばれている島を日本では竹島と呼んでいて
        今の竹島を松島と呼んでいたらしい

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