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【読者投稿】武漢肺炎が日本で広まらない理由・その1

当ウェブサイトでは読者投稿を歓迎しており、読者投稿要領等につきましては『【お知らせ】読者投稿の常設化/読者投稿一覧』にまとめているとおりです。さて、例の「武漢肺炎」を巡り、これまで合計9本の読者投稿を寄せてくださった、「伊江太」様というハンドルネームの読者様から、今回、記念すべき10本目のご投稿を頂きました。

読者投稿につきまして

当ウェブサイトでは、2016年7月のサイト開設以来、「読んで下さった方々の知的好奇心を刺激すること」を目的に、おもに政治、経済の分野から話題を選んで執筆した論考を、日々、原則としてすべての方々に無料で提供しております。

こうしたなか、当ウェブサイトをお読みいただいた方々のなかで、「自分も文章を書いてみたい」という方からの読者投稿につきましては、常時受け付けています(投稿要領等につきましては、『【お知らせ】読者投稿の常設化/読者投稿一覧』等をご参照ください)。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

さて、本稿では久しぶりに、「伊江太」様というハンドルネームの読者様からの投稿を掲載したいと思います。

伊江太様からは次のとおり、過去に9本の論考をご投稿いただいています。

伊江太様から:「データで読み解く武漢肺炎」シリーズ

本稿は通算10本目、というわけです。さっそく、読んでみましょう(※ただし、収録にあたっては、意味を変えない範囲で、原文の表現の一部を書き直している箇所があります)。

なぜ日本で武漢肺炎が拡がりにくいのか

『データで読み解く武漢肺炎』第10報

『改めて、武漢肺炎が日本で拡がりにくい理由を考える(その1)』――。

緊急事態宣言が発出される事態にまで至っての、この表題。「何を寝ぼけたことを」、と叱られるかも知れません。

しかし、稠密な人口、活発な人の移動を伴う旺盛な経済活動を営むこの国で、ロックダウンのような過激な措置を執らないにもかかわらず、人口比にすれば、感染者数では世界平均の5分の1、死亡者数なら6分の1。さらに感染が深刻な欧米諸国に比較すれば、1~2桁は低い。

客観的に見れば、日本はやはり「大して感染が拡がらない国」と言っても過言ではないと思うのです。

決して根気強い質とは言えないわたしが、昨年の3月来、国内外の武漢肺炎の蔓延状況に関するデータを収集し続けてきたのは、ウイルスやその感染症を生業として扱う職業からは離れたのちも、ずっと持ち続けていた興味が、この疾患によって改めて刺激されたせいだろうと思います。

最近の事象にしても、今では歴史となったものにしても、感染症の大流行は社会に大きな影響を与えますが、その現われ方が国、地域によって様々なのはなぜか。社会、文化、生活、その他どのような要因が、感染症の現われ方やその影響に差を生じるのかというのかというのがそれです。

かつてエイズのサーベイランスに係わっていた経験があるのですが、もちろん当時はそれなりの危機感を持って仕事をしてはいたものの、常にアタマの片隅に、「なぜ、欧米に比べて、日本ではこんなにエイズ患者が少ないんだ」という疑問がありました。

一昔前には、日本は欧米と変らないというか、むしろそれ以上に梅毒が猖獗を極めた国であったというのに。

武漢肺炎がこうした問題意識とも大いに関係しそうだという予感は、日本での流行が始まった早いうちから感じていました。

100年前、世界を襲ったスペイン風邪。

わたしが学生の頃は、感染者数2億人、死者数2千万人と言われていたのが、当時公的資料が未整備だった中国、インドなどの研究が進んだ今では、5億人の感染、4~5千万人の死亡というほどの規模だったと見なされています。

今のところ感染者数1.2億人、死者260万人程度の武漢肺炎など、それに比べればものの数ではないとも言えそうですが、感染症死がごく日常的だった時代と現在では、数字のもつ意味が大きく違います。

武漢肺炎が現代社会に及ぼした影響、文明史的意味などを論じた著作がすでに現われていますし、これからも出版が相次ぐでしょう。

しかし、この日本に関しては、経済的損失や明らかになった医療制度の弱点くらいは論議されていくにしても、「疾患そのものの被害」に関しては、「いつの間にか忘れ去られる」という程度に留まるのではないか、そんな気さえしています。

感染規模の比較を可能にする確かな尺度とは

武漢肺炎の流行状況を国際比較する際に使う指標を何にすべきか。

真っ先に思い浮かぶのは、新規の感染者数とほぼ同義語の如くに扱われている、検査(おもにPCR)陽性者数、ないしそれから回復者数をさし引いたいわゆる現感染者数。

公開されているどんな情報にも必ず出てくる数値ですが、これが結構眉唾ものではないかという疑いを、前稿『【読者投稿】これだけある!「検査至上主義」への疑問』で書きました。

どうやらこの検査データと感染実態との乖離は、日本のケースなどむしろ可愛らしい部類に入るのではないだろうかと思い始めています。統計の取り方や透明性に関しては、信頼がおけると考えられる国々においてすら、のはなしです。

図表1に、最近半年間に欧米6ヵ国で観察された武漢肺炎の感染動向、つまり昨年の秋以降に発生した武漢肺炎の検査陽性者と死亡者の報告数の推移を示しています。

図表1 昨年秋以降の武漢肺炎の検査陽性者数と死亡者報告数の推移

(【出所】『新型コロナ感染世界マップ:日本経済新聞社』に掲載されたデータより投稿者作成。。PCR/抗原検査の陽性者数(青折れ線)と死亡者数(グレー折れ線)は、各日の7日間移動平均値を示している。左軸と右軸はそれぞれ検査陽性者数と死亡者数のスケールを表し、表示は実数。)

毎日の値としているのは7日間移動平均値で、どのグラフも、左軸の検査陽性者数を示す目盛りと右軸の死亡者数の目盛りは50:1の比になっています。

つまり、感染者数(検査陽性者数)と、それから遅れて現われる死亡者数の曲線でそれぞれ囲まれる面積が、グラフ上で同じになるなら、死亡率は2%と算定されることになります。

西欧諸国では感染の急拡大を受けて、昨年11月の初め頃軒並み再度のロックダウンに追い込まれました。3~4月の最初のロックダウン時に比べて目に付くのが、影響が感染統計により早くから顕著に表われた点でしょう。

フランスではロックダウン開始の直後から検査陽性数は急減し、1ヵ月後には5分の1にまで減少しています。わたしは、それはロックダウンがもたらした感染抑止効果というより、徒に検査態勢を拡大させてきたことの帰結という方が、むしろ事実に近いんじゃないかと考えています。

EU研究者であるパリ在住の日本人がこんな記事を書いています。

感染者数の拡大で「欧州は危険、日本は大丈夫」は本当か:新型コロナウイルス問題

―――2020/10/16 12:40付 Yahoo!ニュースより

記事によれば、フランスではいつでも、誰でも、何度でも、無料でPCR検査が受けられる体制が整えられており、毎日20万件もの検査が行われていたとのことです。

これが書かれたのは、まだ感染拡大がそれほどでもなかった昨年10月初め頃のこと。以後検査数はさらに拡大しているかも知れません。であれば、これだけ急激に検査陽性判定数が減ったのは、外出制限で市民の足が検査場から遠のいたというだけのことではないでしょうか。

一方で、検査陽性数の変動の後、遅れて観察された死亡者数の減少幅はピーク時の2分の1。

そのままに解釈すれば、11月初め頃、1日に5万件以上報告されていた検査陽性症例の5分の3は、死者の発生には繋がらない、はっきり言ってしまえば、「その分はみんな偽陽性例なんじゃない?」ということになりそうに思えるのです。

程度の違いはありますが、イタリアのデータについてもフランスと同じことが言えるでしょう。

米国では時期と地域を違えて、五月雨式にロックダウンを繰り返していますが、政権交代が影響してか、ニューヨーク州やカリフォルニア州など武漢肺炎の蔓延が深刻な地域で、1月以来強力なロックダウン措置が執られているようです。これによって確かに検査陽性者数は従来にない急激な減少を見せています。しかし、死者数について見れば、激減したとはとても言えない。

3.3億の人口に対して2900万の累積感染数。米国人の約9%が感染した計算になりますが、果たしてそのどれだけが本当の感染者なのか、疑問を感じさせられます。

ドイツではまた違ったパターンが見られます。

急激に増えていた検査陽性報告数はロックダウン入りとともに停滞するものの減少はしない。一方、死亡者数はそれにお構いなしに増加を続けていき、結局年明け頃から、ようやくロックダウンの効果が出てきたのか、陽性報告数とともに減少が始まります。

一体どんな検査態勢をとっておれば、また偽陽性の発生率がどれくらいであれば、こんなパターンになるのか、断定的なことを言うのは難しいのですが、ロックダウン前のデータに相当の偽陽性による水増しが含まれていたのは間違いないと思います。

武漢肺炎による人的被害が欧州で最悪である英国で、検査陽性数と死亡者数の値はほぼ連動して動いているのは、ちょっと面白いところです。

無駄な数の検査などやっている余裕がないということかも知れません。ロックダウンの開始から2ヵ月も経った後に、さらに一段の感染拡大があったパターンは、スペインでも見られます。どうせロックダウンまでやるのなら、市民が音を上げるほどの強度のものでなければ意味がないということでしょうか。

こうしてみてくると、検査陽性数=感染者数として各国間の感染動向の比較をおこなうのは、あまりうまいやり方ではないように思えます。

容易に取得できるもうひとつの指標、死亡者数のデータですが、これにも難点はいろいろあります。まず感染から死亡までには1ヵ月もの時間差があるので、直近の感染動向を知る手段としては使えません。

死亡例のほとんどは70歳以上の高齢者だから、高齢化が進んだ国ほど相対的に大きな数が出るでしょうし、高齢患者への延命処置の適用方針が国によって異なる影響もあるかも知れません。

さらに感染判定を受けていれば、たとえそれが偽陽性であろうが、死亡すればすべて武漢肺炎死にカウントされる、などなど。

しかし。それらの点すべてを考慮しても、各国間の感染実態を比較する指標として死亡者数の統計は、検査陽性数に比べれば、「まだ」というか「ずっと」ましだとわたしは考えています。それで、以下の議論はすべて死亡数のデータを使っておこなっています。

世界各国の感染動向の比較から見えること

図表2図表3に、死亡者数の統計に基づいた世界各国のこの1年間の流行動向を示します。

図表2 北半球温帯域の国々で発生した武漢肺炎死亡の推移

(【出所】『新型コロナ感染世界マップ:日本経済新聞社』に掲載されたデータより投稿者作成。発生数は対数目盛に合わせて表示している。値はすべて7日間移動平均値。点線で示しているのは、長期持続型とした国のデータ【図表5参照】)

図表3 熱帯域、および南半球温帯域の国々で発生した武漢肺炎死亡の推移

(【出所】『新型コロナ感染世界マップ:日本経済新聞社』に掲載されたデータより投稿者作成。グラフ表示に関する注意事項は図表2と同じ)

対数目盛によってグラフを描くことのメリットとデメリットについては、前稿『【読者投稿】これだけある!「検査至上主義」への疑問』でも説明したとおりです。

ここで思い出していただきたいのは、そのメリットのひとつとして挙げた、「比較対象の値に非常に大きな違いがあるケースでも、同じグラフ内にそれなりに変化の様子が分かる形で示すことができる」という点です。

たとえば図表2で、ときに値の大きさが100倍も違う日本と米国の動向を同時に比較できることを見れば明らかでしょう。もちろん、大きな数の変動ほど小さめに、小さな数の変動ほど大きめに見えるという、対数表示のグラフの特性をわきまえた上のことではありますが。

図表2は、欧米諸国に日本を加えた北半球の温帯域に位置する国々で発生した、武漢肺炎による死亡数の推移です。

実線の折れ線で示した西・北欧諸国のグラフからは、この武漢肺炎という疾患が冬に流行し夏に収束する季節性をもつように見えます。しかし、これを気温変化と結びつけるにはやや無理があると思います。

何よりわれわれ日本人にとって、昨年7月に始まった感染拡大の第2波の記憶は鮮明です。米国にしてもロシアにしても、実数表示のグラフにすれば増減はもっと目立つようにはなるのですが、そのパターンでも季節的な気温の変動と武漢肺炎の流行との相関を言うのは難しいと思います。

図表3に示した死亡者数の推移には、アルゼンチン、チリ、南アフリカの、南半球の温帯域に位置する国のデータが含まれますが、欧州諸国で見られたような、冬期に増加、夏季に減少というパターンを示すのは、アルゼンチン一国だけです。

アンデス山脈を挟んで気候が相当異なるとは言え、季節ごとの暑さ寒さについては隣国チリでも同じでしょうから、これは気温が武漢肺炎の流行に大した影響力を持たないと証左とも言えるでしょう。

図表3に含めた国々の中で面白いのはインドです。春以来一貫して増え続けた死者は9月に1日1300人近くに達した後、翌月以降は減少に転じて現在では1日当たり100人程度になっています。

亜熱帯モンスーン帯に位置するインドでは雨季は6月~9月頃、乾季は主に10月~2月頃となっているようです。なにか、空気の乾湿の切り替わりが武漢肺炎流行の消長を分けているように見るのです。

一方、インドネシアの場合、雨季は11月〜3月、乾季は4月〜10月となっています。

グラフを見ると、それまで1日100人前後で推移していた死者数が、11月に入って増加し始め、2月初めには1日300人まで増加していることもまた、雨期、すなわち多雨/多湿がウイルスの伝播を助長するという考えに合致するようです。

見方を変えれば。「ポプラン」様という読者の方が投稿した2020/12/30付『【読者投稿】紫外線指数と県民行動様式で読む感染者数』でも示された、「日照量/紫外線量がウイルスの感染力を弱める効果がある」と、逆の説明にすることも可能かも知れません。

前々回の投稿『【読者投稿】「検査数と感染者数は比例する」は本当か』で、夏の感染拡大第2波が日本で生じた理由として、不必要な数のPCR検査の結果生じた多数の偽陽性判定者が、保健所が果たしてきた市中の潜在感染者を発掘する機能を台無しにしてしまった結果という考えを述べました。

なぜ増え始めた感染をただちに抑え込むことが出来なくなったのかという説明は、これで可能と今でも思っています。

しかし、わたしが過剰と見なすほどのPCR検査が行われるようになったのは、この感染拡大が始まるより2ヵ月近く前からのことです。なぜ7月という真夏の時期になって流行が再発したのかという疑問は、ずっと抱いていました。「武漢肺炎雨期流行説」は、この疑問にうまく答えてくれるかも知れません。

思えば、感染拡大の第2波は初めの頃は東京限定の現象と言っていいものでした。そして、7月の東京はと言えば、まる1ヵ月間、曇天と雨の日ばかりの異常な天候続きであったのは、偶然の一致では片付けられないような気がします。

感染の拡がりやすさを数値化してみる

特定の地域内で観察される感染の季節的変動に、気候が関与することは大いにありそうに思えます。しかし、国ごとの流行規模の違いとなると、そういった自然要因に理由を求めるのは、これまた難しいでしょう。

わたしはこの武漢肺炎という感染症は、インフルエンザのような、周囲で流行が起きれば既存の免疫がないかぎり感染を避けるのが難しい、そういう疾患ではないと考えています。

きちんとした知識を持ち、また相応の感染回避に必要な措置を執れる人間が、人口のどれくらいの割合を占めるかによって、その社会における感染の拡がりが規定される。それがこの疾患に関するわたしの基本的考えです。

前稿に書いたように、対数表示のグラフを使うもうひとつのメリットとして、感染の拡大時にその勢いがどれくらいのものなのか、倍加時間というわかりやすい数値で表すことが挙げられます。図表4は日米伊3国で最近起きた感染拡大を例に、倍加時間を求める方法を図示したものです。

図表4 指数関数的に増えていく数の「増大の勢い」を倍加時間の形で数値化する

(【注記】例としてあげた3国のグラフは、図表2に掲げた範囲の一部。ただし、図表2では縦軸の目盛りを値の「真数」に対応させているのに対し、この図では「対数」そのものにしている点に注意。直線で近似することによってグラフの傾きkを求め、2の対数0.302をその値で割ると、倍加時間Td、つまり観測値が2倍に増加するのに要する日数が計算される【Td = log 2 / k】)

多少の凹凸は無視して、変動曲線の極大と極小と見なされる期間を選び、その間のデータの値に近似する回帰直線の傾きを求めると、倍加時間Tdが計算できます。

図表5では、図表2、3に採録した国々について算出した死亡者数の倍加時間を一覧にして示しました。

図表5 倍加時間の比較で分かる、国ごとに異なる武漢肺炎の拡大速度

※新宿会計士注:投稿者の方からテキスト化したデータもいただきましたので、それぞれ図表5-1、図表5-2に展開しています。

図表5-1 倍加時間の比較で分かる、国ごとに異なる武漢肺炎の拡大速度(変動型)
測定期間 倍加時間(日)
イタリア 2020/09/13~11/28 10.4
英国* 2020/09/03~11/13 11.5
2020/12/30~01/24 16.9
スウェーデン 2020/10/19~12/18 11.7
ドイツ 2020/09/11~12/24 12.6
フランス 2020/09/08~11/11 14.4
スペイン 2021/01/07~02/12 17.4
南アフリカ 2020/11/14~01/11 18.0
日本 2020/10/11~01/29 23.4
図表5-2 倍加時間の比較で分かる、国ごとに異なる武漢肺炎の拡大速度(長期持続型)
測定期間 倍加時間(日)
米国 2020/10/16~01/16 38.0
ロシア 2020/09/07~12/22 38.8
インドネシア 2020/11/19~02/06 43.6
チリ 2020/12/19~02/06 43.9
ブラジル 2020/11/10~03/10 72.0

(【出所】『新型コロナ感染世界マップ:日本経済新聞社』に掲載されたデータより投稿者作成。*英国ではロックダウンの効果だろうか、昨年11月半ばから年末まで、一時的に死亡者数が減少したあと、再度増加に転じているので、それぞれの期間で別個に倍加時間を求めている)

武漢肺炎に関する知識が周知のものとなったと判断される昨夏以降の感染拡大のみを分析の対象としたので、それ以後に増加がおきていないインドとアルゼンチンの値は表に含まれません。

掲載した国を、感染動向の特徴から「変動型」(図表5-1)と「長期持続型」(図表5-2)の2つのカテゴリーに分けていますが、その根拠は図表2、3と照らし合わせれば納得いただけるでしょう。

変動型の国々では、相対的に倍加時間が短い、より速やかな感染の拡がりが見られます。

といっても、倍加時間が10日余りと最短のイタリアにおいてすら、春先に見られた1~2日で死者数が倍増した勢いに比べれば、拡大は桁違いに緩やかになっています。ハグ、頬ずり、キスといった欧米人の日常習慣の自制が、この大きな差が生まれた主要原因と考えてよいでしょう。

こうして数字にしてみると、日本という国でいかに武漢肺炎が拡大しにくいのかが分かります。

真の感染者数は死者数から死亡率という定数を除して求められるという前提の上での議論ですが、感染拡大第2波~第3波の期間の約23日という倍加時間。

数ヵ月前なら、ひとりの感染者が撒き散らしたウイルスすべての行方を3週間程度追跡できたとすると、期間の最後まで首尾良く受け継げたのは、結局ふたりだけだった(!)ということがわかります。極めて形式論的に単純化してはいますが、この倍加時間はそういう意味になります。

この間当然何人かの人達の間でウイルスはやりとりされていなければなりませんが、周囲に居合わせたであろう数十~数百人の中に感染者はひとりも出ない。さらに、同じことを1月初め頃にやったなら33週間後のウイルス継承者は2人どころか、一人に減っており、これが2月以降ともなれば、たった一人にすらウイルスが受け継がれないケースが多々あるに至っている。

倍加時間という数値を得たことで、日本では武漢肺炎ウイルスは「人から人への感染がものすごく起こりにくい」状況にあることが分かるのです。

病院や介護施設、「接待(触)を伴う」飲食店などで、おそらくひとりの感染者が持ち込んだウイルスから、ときに100人を超えるほどのクラスターがしばしば発生しているのですから、市中の低い伝播効率を日本でだけ流行している特別に感染力の低いウイルスのせいとするのは無理でしょう。

職務上、至近距離でface to faceの対応、直接的身体接触などが避けがたい医療や介護の場は別にして、日常生活の中で家族以外からこのウイルスをうつされたとなると、これは不幸な偶然というより、挑発的な物言いをお許し願えれば、よほどの「うかつ者」と言うべきではないかと、わたしには思えます。

今やたいていの日本人はこの疾患の危険を「自覚」しており、必要な予防策を実行しているとでも考えない限り、このように「遅い」拡大速度は説明できないと思うのです。

長期持続型とした国には、死亡者数で世界第1位の米国、第2位のブラジル、第7位のロシアなどが含まれます。

こうした国で感染拡大の倍加時間が日本よりはるかに長いというのは、やや矛盾するようにも感じます。ただ、流行の最初に一気に死者数が高い値に達した後、一時的に減少することはあっても、すぐ高い値に戻ることを繰り返しているというのが実相です。

これらの国は人口大国であると同時に、広大な国土を有するため、日本や欧州より人口密度が顕著に低いという共通点があります。おそらくですが、全体としては長期持続型ではあっても、地域ごとに見ていけば、感染に相当の変動はあるのではないでしょうか。

そして全国に散在し互いの交流はさほど密ではない個々の人口集団内で、感染の増減が異なった位相で起こっているのであれば、総和としての全国の死亡者の発生動向は長期持続的なパターンをとる。これが今のところわたしが長期持続型という態様に抱いているイメージです。

チリ、インドネシアというも長期持続型に分類できます。チリの国土は南北に細長い特異な形。インドネシアは稠密な人口を抱える多数の大きな島からなる国家です。

これらの例を加えた上で、長期持続型という態様を取る国々を通覧すると、そこには、住む人達が「気を揃えて」、感染予防に取り組むという意識を共有するのが難しいという、共通点が見えると思うのです。

武漢肺炎ウイルスの感染リスクは、その人の心掛け次第

「自覚」だの、「うかつ」だの、「気を揃えて」だのと、元とは言え、理系の職種でメシを食っていた人間が使う言葉かと、お叱りを受けるかも知れませんが、わたしはこの疾患の流行像の理解は、普通にやられる数量解析的アプローチでは無理。社会学、心理学的な考察こそが有効だろうと考えています。

図表6が、わたしが考える社会と武漢肺炎流行との関係を描いた概要です。

図表6 『武漢肺炎の感染拡大に拮抗する社会心理的防壁』概念図

(【出所】投稿者作成。単純なアイデアだから、解説は不要であろう。図からは、感染拡大に対してU/J比が敏感に反応する国ほど、流行の変動の振幅が小さく、また周期が短くなることが予測されるが、日本>南アフリカ>スペイン>イタリアと並べてみると、図表2、3のパターンに、なんとなくそういう傾向が見えるのは面白い)

これだけ武漢肺炎に関する情報が流布しているのですから、その危険性に対する知識や対処の必要性を十分認識しているコアな「自覚層」は、どの国にも相当数育っているはずです。この層の中では、まず流行は起きません。

一方で、そういう情報や警告には反応しないコアな「うかつ者層」もまた、必ずある割合居るはずです。米国大統領選の際、トランプ派の集会にノーマスクで集まった人達などをイメージすればわかりやすいでしょう。

問題は2つの層の間に存在する流動層です。

感染者数が増え、身の周りの危険を感じ始めれば、自覚的(J)行動を取る。しかし、危機が去ってしばらく経つと、うかつ者(U)と変らぬ振る舞いに戻る。こういう流動層が人口のどれくらいの割合を占めているのか。

U/J比が感染拡大時にどれほど敏感に減少し、また流行が治まるにつれてどれくらいの速さで元に戻るのかなど。心理的要素が国ごとに流行の大きさ、拡がりの速さが大きく異なる原因となっていると考えるのです。そうした考えに至った理由については、次稿に譲りたいと思います。

もちろん、今回の稿と同じく、新宿会計士さんの掲載のお許しがえられれば、のはなしですが。

本当は、ロックダウンと緊急事態宣言の効果の比較、今話題の変異ウイルスが新たな感染拡大を引き起こす恐れ(わたし自身は、可能性はまずないと思っています)、といった話題もこの稿に含めるつもりだったのですが、字数がすでに8000字を超えるほど長くなっておりますので、それらも次の機会に回したいと思います。<了>

読後感

以上が、伊江太様からの投稿です。

伊江太様はかなり専門的な知見をお持ちのようですが、豊富なグラフに加え、それらに対する丁寧な解説が付されていることで、(やや難しいながらも)私たち一般人が読んで理解できる内容ではないかと思います。

伊江太様の一連の論考を拝読した印象ですが、伊江太様が1年前に初めて当ウェブサイトに読者投稿を寄せてくださった際の問題意識は、「なぜ日本では欧米諸国などと比べ感染が拡大していないのか」、という疑問だったのではないかと思います。

また、メディア報道などを見ても、「日本の感染者が少ない理由は検査を抑えているからだろう?」といった決めつけもあったようです(※それらは現在でもありますし、いまだに「国民全員にPCR検査を」と主張する政治家もいます)。

「データで私たち一般人にもわかりやすい形で読み解く」という社会的役割の一部を、「読者投稿」という形ではありますが、結果的に当ウェブサイトが担っているというのは、本当に光栄は話です。

その意味では、伊江太様に深く感謝申し上げますとともに、「その2」にも期待したいと思う次第です。

伊江太様、本当にありがとうございました。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

なお、武漢コロナ、武漢肺炎等については、過去に専門家などの方々からずいぶんと論考を寄せていただきましたが、これらについては『読者投稿の募集と過去の読者投稿一覧』のページにまとめておりますので、ぜひともご参照ください。

新宿会計士:

View Comments (33)

  • 伊江太様
     
     執筆お疲れ様でした。
     おもしろかったです。特に疑問点や反対意見はありません。
     
    > 気温が武漢肺炎の流行に大した影響力を持たないと証左とも言えるでしょう。
    >空気の乾湿の切り替わりが武漢肺炎流行の消長を分けているように見るのです。

     これはおもしろい見方ですね。
     とは言え、ブラジル、チリ、インドのように熱帯、温帯、寒帯、乾燥帯の内2つ以上が混在する国だと判断が難しそうです。いつか地域別に分けて調べたデータが出てくるともっとおもしろそうですね。

  • 国内での対応以前に、防疫の問題点も浮き彫りになりましたね。
    政府は少しでも外国人を入国させようと頑張っているようですが、本当に日本経済は外国人労働者がいないと回らなくなってしまっているのか?
    やはり外国人の感染者数は公表してもらいたいですね。
    何割が外国人感染者なのかは分かりませんが、公表すると入国制限を強化しなくていけなくなるので好評出来ないのでしょうか。
    そうなると日本政府は日本人に過剰な制限を強要してきた疑いも出て来ます。
    何にしてもコロナでは外国人労働者に依存する日本経済という問題点が浮き彫りになったと思います。

  • とても説得力がありました。自分が今一番知りたいにはワクチンについてです。
    1.日本でアナフィラキシーショックが多いのは 事実か。ワクチンの摂取量が欧米人に比べて多いためなのか。
    2.中華ワクチンは本当に効果があるのか。変異種については効果ないとの噂もある。
    また 中途半端なワクチンは かえって変異種の発生を促し 最悪の結果を招く恐れがあるというのは事実か
    以上 どうしても知りたい。伊江太様以外でも分かる人はお願いします。

    • 赤ずきん様

      どの問いも今の時点で答えられるのは神様だけでしょう。
      3年くらい経てば、少しは答えられるかも知れません。
      風土、生活習慣、個体差がいろいろ過ぎるのです。
      日本では例年と比べて死者数は増えていないので、ワクチン必要かな・・・。

    • 赤ずきん様

      ワクチンについて巷間の議論に付け加える材料は、いまのところなにも持っておりません。ただ次のことは言えるのではないでしょうか。もし、明日にも感染する危険を感じておられるなら、順番が回ってきたら、迷わず接種すべきでしょう。

      現行日本で使われている(使われようとしている)ワクチンは、開発したメーカーが数万人を対象におこない、権威がある公的機関が正当と認めた知見データによって、十分な効果と安全性が保証されています。これを疑う理由はないと思います。ですから、医療関係者と、介護関係者を優先接種対象とするのは、理に適っています。一般対象についても、普段から感染の不安を感じているのなら、自分に番が回ってくれば、接種を受けるのが賢い選択であるのは間違いないと思います。

      ただし、これらのワクチンの公的認証が緊急避難的措置であることは、知っておく必要があります。普通ワクチンが一般人を対象に広範に行われるようになるまでには、少なくとも5年程度の小規模な試行と観察期間が必要です。この間に、ワクチンの効果がどれくらいの期間持続するのか、感染予防効果が切れた後に再感染して、おかしな症状が現われないか、その他、接種後短時間の観察では現われなかった副反応がないか、などなどが確かめられていき、それを基にして最終認可となるのです。これがまったくやられていないのですから、本当にこれらのワクチンの接種によってえられる利益がどれくらいなのか、評価は今のところは仕様がないと言っていいでしょう。

      わたし個人はどうするかといえば、当面やろうとは思っていませんが、まだ元気なうちは海外旅行にも行ってみたいとは思っていますので、渡航先の国がワクチン接種の証明書を持つ者のみ受入れるなんてことになれば、間違いなく接種を受けるはずです。まだ、しばらくは先のことになるでしょうが。

      • 赤ずきん様、伊江太様

        伊江太様には追記していただいて感謝しております。

        1.日本でアナフィラキシーショックが多いのは・・・。

        事例とか多いとして、人種によるのか生活習慣によるのか、
        判別は困難です。

        例えば、サンフランシスコ市の人種別、年齢別、いろいろ差別化し、
        ニューヨーク市とか、いろいろ比べないとわからないでしょう。

        人種間なのか、衛生環境なのか、生活習慣なのか、何年たっても
        分からないかもしれません。

        ワクチン接種するか否か。

        伊江太様のように目的が明確ならばそれに合わせて。

        日本国内だけであれば、死者数が増えていないので、効用は少ないかも。
        多くの人と接する職業であれば、プラス???

        • ご返事ありがとうございます。政府の思惑(健康と経済のバランス)マスコミの思惑、首長の思惑と思惑ばかり渦巻いて 結局自分で判断するしかありませんが この板の皆さんの意見がとても参考になりました。

      • 丁寧な御返事ありがとうございます。「これらのワクチンの公的認証が緊急避難的措置であることは、知っておく必要があります」これ大事ですね。ついつい従来のインフルワクチンと同じと認識しがちですから。個人的には持病もありますので医者とよく相談して決めたいと思います。

    • 確かにアナフィラキシーが多いと言われてますね。
      外国製のワクチンは、アジュバントが多いからインフルエンザワクチンでも多いよと
      留学経験のある先輩は言われてました。
      コロナのワクチンは、必ず打ちます。
      医療に携わる以上コロナ感染は、必発だと感じています。
      だけどコロナに感染して死んだら、生命保険だけです。
      ワクチンで死んだら生命保険+4000万ですよ。
      家族にとってはその方が良い父親ですよ。

      • 貰えませんよ、武漢ウイルスワクチンで死んでも。
         四千万円払うのが政府なら、武漢ウイルスワクチンが死因かどうかを判断するのも政府なんだから、
         政府は武漢ウイルスワクチンによる死とは、早々簡単には認めない。
         故に、武漢ウイルスワクチン死で四千万円のお金は貰えない!

  • 「コアなうかつもの」に吹きました。告解します。それわわたしですw(懴悔)

    • はにわファクトリー様

      とても面白い内容の投稿だなぁと読み進めていたところ、私も「コアなうかつ者層」という表現に思わず「プッ」となってしまいました。
      内容も充実していますし、ユーモアもありますので、ぜひこの続きを期待したいですね。

  • 妄想申し訳ないです。
    水(上水道)資源活用インフラが他国より整備されているから、日本での重症化する感染者数が…と、考えてしまいます。
    いつでもどこでも、うがい手洗い顔洗いができ、かつ習近平を避ける文化を急速に形成できたから…とか妄想して遊んでいます。 #知らんけどw

    >赤ずきん 様

    1.日本でアナフィラキシーショックが多いのは

    アナフィラキシーとアナフィラキシーショックは別物と思います。アブや蚊に刺された患部が赤くなるのがアナフィラキシー、直ちに処置が必要な症状が出たらアナフィラキシーショックと個人的に識別しています。(医学的には噴飯ものかもしれませんが)。同一化しているような報道には「む?」となっている昨今です。

    伊江太 様

    小職では至りえることができない視点でのご高察、ありがとうございます。個人的な妄想が広がってまた楽しく過ごせそうです。ありがとうございます。

  • 伊江太様
     今回も明快な分析、ありがとうございました。

     そもそも感染症拡大は指数関数的な事象のハズであり、また国家的には死亡者数がキーになるのだと思いますので、本稿はまさに核心をついていると思います。
     日々のマスコミやそこに出てくる解説者の先生方の発言は、全てがと言えるほど、日毎の感染者実数を主体にした話しかしないので本当にイライラしているところでありまして、伊江太様の一連の解析投稿は大変興味深く、納得できて、スッキリします。
     また、今回の「コアなうかつもの層」と「流動層」というグループ定義は、これもまた腑に落ちました。小生は「うかつもの層」の増減のように考えていてスッキリしてなかったのですが、そうではなく流動層なのでした。

     それで、この流動層の動向が感染拡大を左右するということは、おバカなマスゴミの報道が多くをミスリードして感染を拡大していると言えると思います。つまりマスゴミの使命は視聴率、購買数を上げることであってその基本思考は政府批判であるから、本来の感染防止策の追及などではなく、政府の対策を批判すること、ないしコアなうかつもの層の「商売が~」「外出が~」という声を増幅することに注力するため、流動層が感染拡大方向に行動してしまうのだと思います。纏まりない意見で済みません。

     兎に角、自分と家族はコロナを拾わないように行動に注意しています。

  • 伊江太様

    とても説得力のある論理です。さすが理系現役の研究者の方は違うなと思いました。一度目は途中で読むの辞めました(笑)。やっと読み切って、さて何を書いても恥をかくだけです。このコメントに常連さんがあまり書き込みしてないのは、私みたいな方も居るからでしょうか(笑)?

    仰る通り、以前の「エイズ禍」はアフリカ?でしたっけ、始まって、日本も散々危険である事を特にテレビ、新聞、そして結構購読者が多かった写真週刊誌が煽り立ててました。しかし日本でエイズは、さほど拡大しなかった。

    「武漢肺炎」については、日本は海外諸国に比して拡大しにくいというのがデータを使われたご説明で分かりました。

  • 肝心なのは流動層に対しての正しい情報共有なのですね。

    コアなうかつ者層って、かなりの割合で「議論を嫌う人たち」だったりするのかな?〔図表でもアカく塗ってあるし・・。〕

  • 伊江太様
    興味深い考察の投稿ありがとうございます。面白く拝見させていただきました。
    微生物関係の研究職の方とのことから、ノイズだらけのデータの中から意味のある結論を導きだしてきたご経験がいきた考察と思います。
    ご専門からはずれるかもしれませんが、変異株がなぜ注目されるかを次回のご投稿ででも、お教えいただければ有難いです。
    理由は、武漢肺炎ウイルス以外のコロナウイルスは風邪として継続的に流行していても強毒化していないのに、武漢肺炎ウイルスについてのみどうして変異をそんなに怖がるのかがよくわからないためです。武漢肺炎ウイルスが従来のコロナウイルスの人体内での変異では無いという仮定の上の話ですが。
    政治的意味合いが強い気もします。
    素人ですので的外れかもしれません、ご容赦ください。

  • 伊江太様
     大変面白く読ませていただきました。この視点を以て公的に大規模な調査などやってくれたら面白いのですが。
     コアU層......うーん!専門用語に昇格させたい!

     私個人周辺の狭いエリアの実感で恐縮ですが、「コアU層」は確実に存在します。しかし、「コアJ」に該当する人物は見当たりません。
     実際はコアUから外に向かった緩やかなグラディエーションを持ったR層があるだけに見えますね。
     で、時々、中心部から太陽コロナ質量放出みたいなのが起きる、みたいな。

    • いかに自覚していても外との関わりを絶つのは難しいので、R層と接触している時点で濃淡はあれどR層に見えてしまうこと、本当に隔絶しているならば『欠席の人は手を上げて!→シーン→よぉし欠席者なし!』の如くコアJ層=0になるものと推察します。

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