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経済は、ほんの些細なきっかけで突然死することもある

先週、当ウェブサイトでは『韓国企業が永久債のコールをスキップしたらどうなる?』という記事の中で、「永久債についてはコールをスキップしたとしてもデフォルトにはならないが、タイミング次第ではその企業、あるいはその国の経済に対する信認を傷つけることになるかもしれない」、と申し上げました。もっと端的に言えば、一見するとその国の経済が堅調だったにも関わらず、ふとしたきっかけに資本逃避(キャピタル・フライト)が発生した、という事例は、枚挙にいとまがありません。

「債券」は「債権」ではありません!

先日の『韓国企業が永久債のコールをスキップしたらどうなる?』では、「永久債」という金融商品について紹介しました。

この記事、自分自身で読み返してみて、少しわかり辛いところがありましたので補足しておきたいと思います。どこが「わかり辛い」のかといえば、そもそもなぜ「永久債」が資本と同じような性質を持っているのか、という点にあります。

そのまえに、「債券」とは、いったい何でしょうか。

これは、一般に国や地方公共団体、企業などが資本市場から広くおカネを借りる手段のことであり、また、おカネを貸す側(投資家側)にとっては投資対象の有価証券(債務証券)のことです。

ちなみに「債券」は「さいけん」と読み、「債権」(さいけん)と発音自体はまったく同じですが、概念はまったく別物です。

よく経済小説などで、「不良債(ふりょうさいけん)」のことを「不良債(ふりょうさいけん)」と誤記しているケースを見かけますし、また、一部の「まとめサイト」などで外貨準備高に含まれる「債券」を「債権」と表記しているケースもあります(どこのサイトとは申し上げませんが…)。

しかし、日本語だと両者の発音がたまたま同じなだけであって、英語では債券は “bond”と称するのが一般的であるのに対し、債権は会計上の区分などにより “claim” “loan” “obligation” などと表現することが一般的で、まったく次元が違う用語です(厳密には「債権」は「債券」を包含する概念です)。

「債権」は一般に「人の人に対する請求権」などと定義されることがありますが、意味合いとしては非常に広く、民法上の「債権」と経済学的な「債権」、会計上の「債権」と金融規制上の「債権」はすべて意味合いが異なります。

  • 民法上の債権…人の人に対する請求権に関する一般的な概念
  • 会計上の債権…おもに金銭債権であって、貸出金と債券を包含する概念
  • 規制上の債権…時価評価したエクスポージャー(与信)のこと

それぞれ細かい論点が多数あるのですが、本稿は「債」を議論するものではありませんので、このくらいにしておきたいと思います。

債券とは何か

投資家側は債券を購入して、その金利(クーポン+取得差額の償却原価法適用による利息計上額)を収益の源泉としているほか、「ロールダウン」による債券売却益も魅力的です。

この「ロールダウン」とは、一般に債券市場でイールドカーブ(利回り曲線)が「右肩上がり」となっていることを受け、償還までの期間が短くなると金利が下がって値段が上がるという現象を利用し、債券を買ってから数ヵ月から数年後にその債券が含み益となる経済現象を指します。

(※ちなみにこの「ロールダウン効果」については、昨年、『金融機関を苦しめているのはマイナス金利政策なのか?』という記事で紹介したことがありますので、本稿ではその詳細については省略します。)

ちなみに債券を「発行者側」から見ると、

  • 国が発行する債券→国債
  • 地方公共団体などが発行する債券→地方債
  • 政府関係機関などが発行する債券→(旧)公社公団債、あるいは財投機関債など
  • 昔の長信銀などが発行する債券→金融債
  • 一般企業が発行する債券→事業債
  • 学校法人が発行する債券→学校債
  • 外国の主体が発行する債券→外債

という具合に、呼び名は微妙に異なりますが、ざっくりと分類するならば「社債」とは、「国債、地方債以外の債券」を広く総称する概念です。

ついでにいえば、わが国の場合、外国で発行された円建ての債券を「ユーロ円債」、外国企業が本邦で円建てで発行する債券を「サムライ債」、本邦で外貨建で発行される債券を「ショーグン債」などと俗称することもあります。

社債のポイントは「デフォルトすること」

それはさておき、一般の社債は、発行した時点で「何年何月何日に償還しますよ」、という約束をしています。このため、もしその企業が、約束した期日に社債を償還(払戻)することができなかったら、それは「債務不履行」、または俗に「デフォルト」と呼びます。

とくに、これらの債券(とくに公募債)は、いったん資本市場で発行されると流通市場で転々流通するのですが、不特定多数の人からおカネを借りているという状態になるため、万が一、デフォルトが発生すれば、大変多くの人に影響を与えます。

社債がデフォルトした場合、当然、社債権者は一般債権者として会社の財産などを売却して換金することでおカネを回収しようとするのですが、一般に企業が経営破綻する場合、額面の100%を回収することはなかなか大変です。

もっとも、わが国の場合、社債のデフォルトは滅多に発生しません。市場関係者の記憶に残っている、最近の代表的な社債のデフォルト事例といえば、今から約3年前、エアバッグの欠陥問題を契機に経営破綻したタカタが発行していた社債がデフォルト状態に陥ったというものでしょう。

タカタ社債がデフォルト 弁済率「2~3割」の声(2017/6/26 13:51付 日本経済新聞電子版より)

この日経電子版の記事にも

国内主要企業の社債デフォルトは2012年2月のエルピーダメモリ以来で、約5年ぶり

などと記載されているとおり、日本の場合、資本市場の大きさの割に、社債のデフォルトがいかに少ないかという証拠でしょう。

なぜ日本企業の「社債のデフォルト」が少ないのかに関する説明としては諸説あるのですが、「有力説」は、「メインバンク制度」という日本独特の商慣習が存在していて、社債発行企業が傾いたら、まずはメインバンクがその企業を支えようとするからだ、といったものです。

これに対し、米国や中国などでは社債のデフォルトは頻繁に発生しており、ある意味ではこれらの国の市場関係者は「デフォルト慣れ」しているフシがあります(※中国の場合、通貨・人民元自体が国際的な「ハード・カレンシー」でもないくせに社債のデフォルトが頻発しているというのもどうかと思いますが…)。

もっとも、米メディア『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』(日本語版)に昨年12月に記載された次の記事によれば、中国では社債のデフォルトが国有企業にも広がりを見せているそうです。

中国の社債デフォルト、国有企業にも広がる(2019 年 12 月 14 日 07:47 JST付 WSJ日本版より)

また、中国の場合は「国営企業」は「政府の後ろ盾があるから滅多にデフォルトしない」という謎の安心感もあったようですが、WSJは中国企業の社債のデフォルトが広がっている背景にあるのが中国経済の成長鈍化であるとしつつ、

地方政府では税金や土地売却による収入が減少。公的救済措置をあてにするような、モラルハザード(倫理観の欠如)を防止しようとする政府関係者は多い

などと指摘しています。

このあたり、最近のコロナウィルスの流行による経済活動の停滞が社債のデフォルト件数に与える影響などのデータが出てきたら、当ウェブサイトでも別稿にて紹介してみても良いかもしれません。

「デフォルト」にならないハイブリッド証券

さて、普通の債券(社債など)は、あらかじめ決めた償還日に償還することが出来なければ「デフォルト」という大変な状態に陥ってしまいますし、社債のデフォルトはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の信用事由にも該当しています。

ところが、そんな社債にも、例外的に「あらかじめ決めた償還日に償還することが出来なくても構わない」という債券があります。これが、最近話題の「ハイブリッド証券」なのです。

この「ハイブリッド証券」の典型例は、銀行等が発行している金融商品であり、会計上は「負債」などに相当しているが、経済的には「資本」に近い働きをすることが期待されるものをさします。

たとえば、「AT1証券」や「T2証券」、「TLAC(ティーラック)債」などの金融商品については、一般の経済新聞などにも掲載されることもあるため、金融業界以外の方でも「聞いたことがある」という方は多いと思います。

これらの証券は、法的には「債券(社債)」として発行されることが多いのですが、現実には

●年●月●日の時点で償還するかもしれないし、償還しないかもしれない(償還するかどうかは発行体である銀行が決められる)

という特約が付いていることが一般的です(厳密には、AT1証券の場合は償還日を明示的に定めてはならないため、最初から永久債として発行されます。また、「ハイブリッド証券」が自動的に「永久債」となるとは限りません)。

ちなみに「償還するかもしれないし、償還しないかもしれない」という権利のことを、一般的には「コール条項」と呼び、この「コール条項」が到来するのが仮に5年後であれば、「ノンコール・ファイブ(non-call 5)」、略して「NC5」と呼びます。応用形としては、

  • 「発行した時点では法定償還日は10年後だが、5年後にコール条項が到来する」という債券→「10NC5(テン・ノンコール・ファイブ)」
  • 「発行した時点では法定償還日は60年後だが、5年後にコール条項が到来する」という債券→「60NC5」
  • 「発行した時点では永久債だが、10年後にコール条項が到来する」という債券→「perpNC10(パープ・ノンコール・テン)」

といった呼び方があります。

そして、「●年●月●日」が訪れた時点で、その発行体がその債券を償還することができない状態が実現していたとしたら、その企業は「やっぱり償還しません!」と宣言すれば良いので、いざという時には部分的に資本と同じような役割が期待できます。

だからこそ、ハイブリッド証券を発行している企業は、格付業者からの高い格付を得ることができるのでしょう。

(※ちなみに余談ですが、個人的にはハイブリッド債が資本として機能するという説明には同意してませんが、これはあくまでも個人的な意見であり、俗世間の見方とは異なっていますのでご注意ください。)

コールのスキップはやっても良いが…

さて、永久サイトは、経済学的には、もともとは「永久に償還されない債券」、「償還日があらかじめ定められていない債券」、などのことを広く指す用語でしたが、最近では企業の資金調達手段が多様化したことで、もう少し広い意味合いで使用されています。

あくまでも著者の主観的な感覚で恐縮ですが、現在の永久債とは、

永久に償還されない債券」(いわゆるコンソル債)

のことではなく、上記で示したAT1、T2、TLAC債などのように、単純に

償還予定日に償還しなくても良い債券」(いわゆるハイブリッド証券)

を指すことが多いと思います(ただし、細かいことを言えば、ハイブリッド証券のすべてが永久債とは限りませんので、このあたりはご注意ください)。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

こうしたなか、先日の『韓国企業が永久債のコールをスキップしたらどうなる?』で紹介した話題は、最近のコロナウィルス蔓延に伴う市場のリスク選好低下により、一部の韓国企業が永久債の借換を延期した、というものです。

もし永久債の借換がさらに遅れれば、それらの韓国企業は資金繰り的な都合上、既存の永久債の償還ができなくなってしまう可能性もあります。

もちろん、先日の記事でもくどいほど申し上げたのですが、そもそも論として「永久債」という金融商品は、べつに償還できなかったとしても「デフォルト」になることはありません。なぜなら、一般に永久債とは、「償還予定日に償還しなくても良い債券」だからです。

しかし、それと同時に、万が一、永久債の償還(コール)がスキップされたとすれば、それはそれで、その韓国企業(あるいは最悪の場合、コーポレート・サウス・コリア自体)に対する国際社会の信認が傷つくことにつながりかねません。

あくまでも個人的な感想を申し上げるならば、たしかにコロナウィルスの蔓延によって市場のリスク選好が低下していることは事実ですが、それはあくまでも「市場環境」の問題であって、永久債のコールをスキップする正当な理由だとは思えません。

おりしも最近、週末ごとに韓国の通貨・ウォンが下落し(『市場ではあたかも韓国が「一人負け」の様相を呈する』や『雇用統計が堅調なのに、なぜか中韓通貨が下落』等参照)、週初に買い戻される、という展開が続いています。

こうしたなか、あくまでも一般論ですが、一見すると堅調な経済であっても、何らかのきっかけで突然のキャピタルフライト(資本逃避)が発生する可能性は十分にあります(※韓国に限らず、中国、東南アジア諸国などでも同じことがいえます)。

一部のメディアでは、「金融市場的にはコロナウィルス騒動に収束の兆しが見えている」などという人もいるようですが、個人的には「一波乱」のリスクが完全に排除されたと見るのは尚早ではないかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (8)

  • 更新ありがとうございます!

    韓国企業の永久債の償還がスキップされた場合、例えば1億円分の永久債を持っている外資の投資家・投資機関が(韓国)市場で永久債を内資に9800万円などで売り払って損切りし、KRWをJPYやUSDに交換した結果、資本逃避が起こる、って理解で良いでしょうか?

    となれば、外資の投資家・投資機関が永久債を保持し続ける、或いは、別の外資の投資家・投資機関に売ってKRWからJPYやUSDへの交換が行われなければ、資本逃避は起きない、となると思いますが、償還期限を過ぎた永久債には一般的にどの程度の価値が残るのでしょうか?

    保持し続けたり購入したりする利点が今ひとつ分かりません。

    あと、償還期限を過ぎた永久債は発行企業が将来的に額面通りの金額で償還するかも知れないし、償還されないまま発行企業が潰れれば「債務不履行」となって不良債権となり、額面未満の金額で回収する事になる、って理解で良いでしょうか?

  • >「金融市場的にはコロナウィルス騒動に収束の兆しが見えている」
    などという人もいるようですが、個人的には「一波乱」のリスクが
    完全に排除されたと見るのは尚早ではないかと思う次第です。

    ⇒ 同感です。
      今の市場はコロナリスクを過小評価している感じがします。
      
      感染者数推移(中国発表値)を見ると、ここ数日1日の新規
      感染者数が減少傾向に転じているようで、これは良い
      ニュースだと思ってます。しかし、中国の経済活動が元に
      戻るのにはまだ時間がかかりそうですから、波乱が来るのは
      これからじゃないですかね。

  • 更新ありがとうございます。

    何でもかんでも、コロナウイルスのせいにするのは、納得できませんね。で、煽ったかと思えば【一部のメディアでは、「金融市場的にはコロナウィルス騒動に収束の兆しが見えている」などという人もいる】(会計士さん)のも事実です。

    いつもの「〜なって欲しい」人々の希望的観測です。何も韓国に限らず、中国にも香港にも居ます。勿論日本にも。

    何らかの理由で、韓国の永久債の償還がスキップされたとすれば、それはそれで韓国企業に対する国際社会の見る目は、厳しくなるでしょうね。詳細調べてませんので、この程度しか書けません。

  • ハイブリッド債の償還(コール)がスキップされれば、その韓国企業の信用が低下し、具体的には、格付けの低下、その発行する社債の金利のアップや、価格の下落をまねき、デフォルト(債務不履行)リスクが高まり、また、次回の新規の資金調達に困難をきたす、という意味と理解しました。

    金融市場の不安定は日本経済への悪影響も考えられるところです。早くコロナウィルスの問題が収束して欲しいです。

  •  コロナを理由に償還を先送り出来るって、まるで震災手形じゃあないですか。あの時は、震災被害を原因としない単なる不良債券まで「震災のせいじゃあ」と申し立てて延命措置を受け、償還期限の頃に金融恐慌(昭和2年=1927年)が発生したアレと、なんか似通っているような気がししますが……。

    •  独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。

      日本史様へ
      >コロナを理由に償還を先送り出来るって

       もしかしたら、償還を先送りしたいと思っていた時に、運よく(?)
      新型コロナウィルス流行が起きたのではないでしょうか。(震災手形の
      ように、目に前の危機を災害を理由にして先送りするのは、韓国に限ら
      ないのでしょう)

       駄文にて失礼しました。

  • >「金融市場的にはコロナウィルス騒動に収束の兆しが見えている」などという人もいるようですが
    株の「証券アナリスト」さんにそういう人がいますね。(全くあてにならない)
    要は「後付け」で、日経平均が下がった原因を新型コロナウィルスにし 最近上げているのを見て「騒動に収束」とか言っているのかもしれません。

    先月中旬から上場企業の決算発表が続いていますが、下方修正する会社が増えたと思います。最初はこれに敏感に反応して 売りに走った投資家が多かったのかもしれませんが、最近鈍感になっていると感じています。
    むしろ こちらの方が気になります。 中国とは貿易等で相当つながっていますから、、、。
    しかし、株の売買はギャンブル性が強いのでこれも有りですかね(笑)

  • 一度スキップしてしまうと、資本家はスキップされることが前提でなければ投資できません。
    当然、5年後にコール条項が設定されていようとも法定償還日が10年後であるのならば、10年債相当の利払いでないと資金調達できなくなってしまうのでしょうね。

    泣きたいところにコロナ騒動?

    スキップを回避できる状況においてのスキップは、信用の毀損そのもの。
    前もって償還予定日は確定しているのだから、スキップの理由を他に求めるのは筋違いだと思うんですよね。

    あわよくばスキップ。義務の不履行の理由はいつだって外部要因に求めてる。
    甘いスキップへの誘いは破滅へのステップに繋がってるはずなんですけどね。