ゴーン容疑者再逮捕と「売建オプション」、核心は特別背任罪

東京地検特捜部は本日、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長を逮捕しました。日経電子版の報道によると、ゴーン氏は新生銀行との間で締結したデリバティブ契約から生じた損失を日産自動車に追わせようとしたことが疑われているそうですが、これについては記事を読んでもよくわかりません。そこで、本稿ではデリバティブの一種である「オプション」について簡単に解説を加えるとともに、ゴーン氏が「通貨のプット・オプションの売建取引」で損失を発生させたのではないかとの可能性を考えてみたいと思います。

ゴーン氏再逮捕、内外メディアが報じる

複数のメディアの報道によれば、本日、東京地検特捜部は日産自動車のカルロス・ゴーン元会長を再逮捕したそうです(ちなみに私自身は米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の電子版の契約読者ですが、ゴーン氏の逮捕については、スマートフォンの通知機能でWSJの速報として知りました)。

これらの内外メディアによる報道の1つである日経電子版の記事をチェックしてみましょう。

ゴーン元会長を特別背任容疑で再逮捕 東京地検(2018/12/21 12:01付 日本経済新聞電子版より)

日経電子版によると、ゴーン氏の再逮捕容疑は会社法上の特別背任です。具体的には、

  • 2008年10月、自身の資産管理会社が運用していたデリバティブ取引の契約を日産に移転させることで約18億5000万円の評価損を負担する義務を日産に負わせた疑い
  • 日産に移転した契約を資産管理会社に再移転する際に尽力した人物が経営する会社の預金口座に、09年6月~12年3月、4回にわたり日産子会社の預金口座から計1470万米ドルを振り込み入金させた疑い

とありますが、これが事実であれば、まさに特別背任そのものです。

日経電子版はこれについて、

関係者によると、ゴーン元会長の資産管理会社は新生銀行と通貨取引に関するスワップ契約を結んでいた。08年のリーマン・ショックを受けた急激な円高で十数億円の損失が生じた状態となり、銀行から担保不足を指摘された。ゴーン元会長は担保の追加を拒否する一方、損失を含むすべての権利を日産に移すことを提案したとされる。

と報じていますが、これは以前から主にインターネット上で噂としてちらほら挙がっていたものです。ただ、日経が報じたことで、今後は私も堂々と「日経報道によれば」と述べることが出来そうです。

売建オプションは「損失無限大」も

ただ、この記事には「新生銀行との通貨取引に関するスワップ契約」とありますが、私がどこかで見知った噂は「スワップ」ではなく、「オプション」です。

この「オプション」とは、ごくわかりやすく言えば、「権利の売買」のことです。

たとえば、米ドル建ての外貨預金という資産を持っている人は、将来、円高・ドル安になったら損をします。そこで、1ドル=100円の時点で、100万ドル(=1億円相当)の外貨預金を持っているAさんという人物がいたとしましょう。

このとき、1ドル=80円の円高・ドル安になれば、100万ドルの資産価格は8000万円に下落してしまいます。これが「為替リスク」ですが、Aさんとしてはこの「為替リスク」をなくしたいと思っているとしましょう。このとき、「絶対に将来円高になることはない」と自信を持っているBさんがいたとして、

AさんがBさんにお金(100万円)を支払い、その代わり、3ヵ月後に為替相場が一定水準(1ドル=90円)を割り込む円高・ドル安になっていたら、あらかじめ決められた為替相場(1ドル=90円)により、Aさんが持っている外貨をBさんが買い取る

という契約を締結することがあります。これが、オプションの基本形です。

オプションには

  • コール・オプション(買い付ける権利)
  • プット・オプション(売り付ける権利)

の2つの種類があり、それぞれに「権利の買い手」「権利の売り手」がいます。

先ほどのケースは、Aさんが持っている100万ドルの外貨預金を、Bさんに1ドル=90円で売り付ける権利(プット・オプション)であり、仮に直物為替相場が1ドル=80円だったならば、Aさんは8000万円の価値しかない100万ドルという外貨預金を9000万円で売り付けることに成功するのです。

この場合、Aさんを「プット・オプションの買い手」、Bさんを「プット・オプションの売り手」と表現します。そして、オプションの買い手の場合は、オプション料(この場合は100万円)に限定されるのに対し、オプションの売り手の場合、損失は無限大に膨らむこともあります。

日経電子版の記事にそこまで詳しく書かれているわけではありませんが、実際、いくつかの銀行は外貨のオプション取引を使用した金融商品を積極的に販売していたことも事実です。

ここで、Aさんを「新生銀行」、Bさんを「ゴーン容疑者」と置き換えれば、ゴーン容疑者が新生銀行との取引でプット・オプションの売り手という立場になり、損失を膨らませたという可能性が出て来るのです。

「特別背任」こそ本丸?

もちろん、当初の逮捕容疑である有報虚偽記載については、それなりに深刻な罪であることは間違いありません。

また、役員報酬を有報に虚偽記載したことが、投資家の意思決定をどこまで歪めたのかという論点はあります(この点については『ゴーン氏起訴した日本、NHKの超高額な人件費も追及すべし』で触れたとおり、むしろNHKのように高額の人件費を支払っている組織の方が問題でしょう)。

しかし、本日の再逮捕容疑である「特別背任」が事実だったとすれば、話はまったく変わって来ます。しかし、とくに「売建オプションの損失付け替え」が事実だったとすれば、これについては言い逃れができない犯罪行為であり、明らかに会社に損失を与えていることになります。

とくに、ゴーン容疑者は日産の経営者でありながらも海外滞在期間が長く、日経電子版の記事にも指摘されているとおり、2008年10月の行為については現時点で公訴時効(7年)が経過していない、という可能性があります。

つまり、ゴーン氏の一連の逮捕劇は、日産自動車による一種の「社内クーデター」であるのに加え、ルノーが事実上、フランス政府の統制下にあることから、「日本の自動車技術をフランス本国に持ち帰る」という、フランス政府のよこしまな野心を阻止した日仏代理戦争のようなものという見方ができるかもしれません。

もちろん、こうした見方が正しいという保証はありませんが、本件については影響を見極める必要がありそうです。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 有明 より:

    記事冒頭の、[ゴーン氏は新生銀行との間で締結したデリバティブ契約から生じた損失を日産自動車に追わせようとしたことが]の、「負わせる」は変換ミスだと思います。

    下では正しく使われていますので・・・

    1. 有明 より:

      「負わせる]は、は「負わせる」の、間違いです。済みません。

  2. 定年碁打ち より:

    更新ありがとうございます。1点、疑問があります。
    記事中に、売建オプションは「損失無限大」と見出しがあり、本文で内容が書かれています。
    仮に、1ドルが0円になったとして、Bさんの損失は、8900万円に限定されるので、損失無限大は理解できません。
    江戸時代に米の先物取引(オプション?)で、飢饉により米代が異常に高くなり、千石を一定の金額で売る取引で、米を売る側が、青天井の損失になる事は、時代小説を読んで理解できています。
    コメントされている方で、解説していただけるとありがたいです。よろしくお願いします。

    1. 新宿会計士 より:

      定年碁打ち様

      いつもコメントありがとうございます。
      鋭いご指摘、ありがとうございます。

      本文中だと「売建オプションでは損失無限大になることもある」と書いていますが、もう少し厳密に言えば、損失無限大になるのは「コール・オプションの売り」であり、「プット・オプションの売り」ではありません。この点についてはグラフを書くと良くわかるのですが、残念ながら本日は時間がなく、プットとコールの違いについて言及できなかったので、この点については端折っております。

      引き続きのご愛読とお気軽なコメントを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

  3. 月光 より:

    こんにちは。いつも興味深い考察をたのしませてもらってましたが、初めて投稿させていただきます。いわゆる市場関係の仕事をしています。

    >ここで、Aさんを「新生銀行」、Bさんを「ゴーン容疑者」と置き換えれば、ゴーン容疑者が新生銀行との取引でプット・オプションの売り手という立場になり、損失を膨らませたという可能性が出て来るのです。

    もし貴方の推測通りオプション取引を行っていたとするならば、
    ゴーン氏が単純に(ドル)プットの売り手になっていたとは考えにくく、いわゆるゼロコストオプションの類でしょう。

    ここからは私の推論ですが・・・
    ゴーン氏は日産からの円建て報酬をドルベースで確定させたかった。毎年貰うのは大体10億円だから、1ドル=100円ならば10百万ドル。このドル額をこの先5年くらい確定したい。
    この効果を得るためにゴーン氏に必要なのは本来(ドル)コールオプションの買い。10百万ドルの5年分。
    しかし、この取引を行うと莫大なオプション料を支払う必要がある。なので同量の(ドル)プットオプションを売った。こうすると、円安になればゴーン氏が権利行使し、円高になれば銀行が権利行使するので、結局1ドル=100円で常に交換が成立。結局円高になったため、ゴーン氏側に多大な含み損が発生したと。

    ところで2008年10月時点の含み損18.5億円とのこと。その時点で為替レートは1ドル=約90円。直近(2007年7月)のドル高値は約120円。差損30円だから50百万ドルだとすると含み損は約15億円。とすれば60百万ドル位やってたんですかねー。あるいは80百万ドル位やって23円やられたのか。いずれにせよすごい金額ですね。

    長文失礼しました。

  4. ダルマさん より:

    まだまだ続きそうやねw
    海外の自宅購入?レンタル?代の会社持ちやねぇちゃんへの実体のないコンサルタント代とか。
    ルノーの方には何もないのかねぇ?w

  5. 非国民 より:

    検察がよくやる別件逮捕みたいですね。最初は外形的に逮捕できる事実で逮捕しておいて、疲れたところで本丸の事件の逮捕。あまりやりすぎると人権問題になるかも。ゴーンはどこで納税しているかわからないけど、日本の納税義務がある場合、もしかすると脱税もあるかも。所得税法違反とかね。アルカポネも殺人では捕まらなかったけど、脱税では捕まった。税金はこれはなかなか逃れがたいもので、すぐに捕まる。ま、サラリーマンには無縁の罪だけど。

    1. 名無しの権兵衛 より:

      パーペチュアル・トラベラー
      wikiの説明ではこうなってます。

      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%9A%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%A9%E3%83%BC

      ゴーンさん問題の本質の一つに、これがあるのかも・・・

      ひょっとして、検察が別件逮捕した本当の理由は不当拘留して拘留期間を在日期間に加え、PAにならないようにすること自体が目的とか?
      半年拘留し、そしてそのあと国税局から重加算税・・・

      なんてね
      もしそんなストーリーなら、この国は法治国家とは言えませんねぇ・・・
      怖いですね、、、怖いですね、、、コワイですね。。。

  6. カズ より:

    記事にあった「売建オプション」を少しだけ、初めて勉強してみました。

    会計士さんのコメントにあった「コールオプションの売り」に、青天井の買戻しリスクが潜在していることが、よくわかりました。

    このような取引をしてると、1度の失敗で簡単に身を滅ぼしてしまいそうですね。

    でも、現物を保有したうえでの投資なら、相場の停滞期にも効率的な小銭稼ぎができそうな気がするのですが、どうなのでしょうか?

    買戻し価格が高騰してしまっても現物を渡せばいいだけなので、「儲け損ねることはあっても、大きく損をする訳ではない」と認識しました。(私の認識違いでしたら、ご指摘ください)

    お金持ちにしかできないことなんでしょうけど・・。

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