客観的数値からは米中貿易戦争は中国の敗北、独韓にも流れ弾
客観的な数値だけで確認する限り、今般の「米中貿易戦争」は、米国よりもむしろ中国にとって、一方的に不利な戦いであると痛感せざるを得ません。これに加えて、貿易戦争の「流れ弾」は韓国とドイツにも命中するおそれがあり、さらにはドイツ発での国際的な金融危機にも注意が必要です。
目次
2018/07/15 13:12 追記
「ノブくん」様からの次のご指摘で、記事本文を修正しております。
「11日の時から気になってましたがアメリカの経済制裁は340億ドルだと思います」
まったくご指摘のとおりです。また、このコメントを受けて、『【朝刊】米中貿易戦争はルール主義を無視する中国への鉄槌』についても修正したいと思います。
記事本文の間違いをご指摘くださった「ノブくん」様には、心の底から御礼申し上げたいと思います。大変ありがとうございました。
米中貿易戦争
経済論壇的に見て、先週は「米中貿易戦争」が強く意識された週だったのではないかと思います。
これは、米国側が今月6日、中国からのハイテク分野に関する輸入品818品目(約340億ドル)に対し、25%の「制裁関税」措置を発動したもので、中国側はこれに対抗して、同様に農産物などを中心とする545品目を対象とする報復関税を発動しています。
これについては『【朝刊】米中貿易戦争はルール主義を無視する中国への鉄槌』でも簡単に述べたのですが、どちらかといえば、米国の側に有利に働きます。なぜなら、ハイテク関連製品は「どこで作っても同じ」であり、米国が中国に制裁関税を課せば、その分、中国以外の国からの輸入が増えるからです。
これに対し、中国側が導入した報復関税は、大豆などの農産物が中心です。先日の記事でも触れたとおり、農林水産省によれば、大豆の世界生産量のトップは米国、消費量のトップは中国です(図表1、図表2)。
図表1 大豆生産量(2016年、単位:千トン)
ランク | 国 | 生産量 |
---|---|---|
1位 | 米国 | 106,934 |
2位 | ブラジル | 100,000 |
3位 | アルゼンチン | 59,000 |
4位 | 中国 | 11,800 |
5位 | パラグアイ | 8,800 |
(【出所】農林水産省が発表するパンフレット)
図表2 大豆消費量(2016年、単位:千トン)
ランク | 国 | 消費量 |
---|---|---|
1位 | 中国 | 95,250 |
2位 | 米国 | 54,425 |
3位 | アルゼンチン | 50,500 |
4位 | ブラジル | 43,000 |
5位 | EU | 15,320 |
(【出所】農林水産省が発表するパンフレット)
ちなみに、大豆は人間の食用とは限りません。家畜の飼料、搾油などの用途にも使われるため、単なる「食品」ではなく、二次加工のための原料でもあります。その意味で、米国にとって大豆は重要な「戦略物資」なのです。
中国は米国からの大豆に報復関税を掛けてしまったものの、大豆自体の世界最大の供給国は米国です。ブラジル、アルゼンチンなど、ほかの主要生産国においても、少なくとも今年の大豆の販売先は確定しており、中国が米国からの大豆をキャンセルしてブラジルから大量に輸入することはできません。
基礎データで確認してみる
そもそも貿易依存度が違う
ところで、国内総生産(GDP)とは「国内消費(C)+政府支出(G)+国内投資(I)+輸出(X)-輸入(M)」で定義されます(支出項目別の場合。なお、本当は在庫品調整なども含まれるのですが、金額的に大きくないので、ここでは考慮しません)。
GDP=C+G+I+X-M
貿易戦争について考えるうえでは、同じGDPの国があったとしても、輸出が大きいのか、国内消費が大きいのかを考える必要があります。総務省統計局が公表する『世界の統計2018』によれば、米国、中国、その他の主要国のGDP比率は、次のとおりです(図表3)。
図表3 GDPの支出項目別比率(2016年)
国 | C | G | I | X | M |
---|---|---|---|---|---|
日本 | 56% | 20% | 24% | 13.1% | 12.3% |
中国 | 39% | 14% | 42% | 19.1% | 14.2% |
韓国 | 49% | 15% | 30% | 38.0% | 31.4% |
米国 | 69% | 14% | 20% | 7.8% | 12.1% |
ドイツ | 53% | 20% | 20% | 38.5% | 30.5% |
(【出所】総務省統計局『世界の統計2018』図表3-5/図表9-3より著者作成。ただし、Xは輸出依存度、Mは輸入依存度であり、計算方式の違いなどにより、合計しても100%にならない)
少しだけ脱線しておくと、よく日本のことを「貿易に過度に依存した経済だ」と述べる人がいるのですが、図表3を見て頂ければ、客観的な数値上は日本の貿易依存度はむしろ、非常に低いことがわかります。したり顔で「日本は外需に依存している」と述べる人は、こうした基礎数値すら見ていないのでしょう。
また、図表3に挙げた5ヵ国のなかで、貿易依存度(とくに輸出依存度)が著しく高いのが韓国とドイツですが、米中貿易戦争の煽りを喰らう可能性が高いのは、日本ではなく、韓国とドイツの2ヵ国であるということが、数値のうえからはかなり高い角度で予想できるのです。
という余談はこれくらいにしておいて、中国と米国は、そもそも貿易依存度を含めた経済の構造がまったく異なります。そもそも、国内消費の比率が40%を割り込んでいる中国と、70%近くに達している米国とを比べれば、自由貿易を制限した時のインパクトは全然違います。
中国の競り負け?
もちろん、日本も米国も貿易を行っている国であり、自由貿易が制限されれば、いずれも経済に大きな悪影響が生じることは間違いありません。しかし、そのインパクトという意味では、中国、韓国、ドイツは日米の比ではありません。貿易依存度(とくに輸出依存度)が非常に高いからです。
ここで、米中両国に絞って、もう少し詳細に基礎データを比較してみましょう(図表4)。
図表4 貿易基礎データ(2016年、金額単位は百万ドル)
項目 | 中国 | 米国 |
---|---|---|
名目GDP | 11,218,281 | 18,624,475 |
輸出依存度 | 19.1% | 7.8% |
輸入依存度 | 14.2% | 12.1% |
輸出総額 | 2,097,637 | 1,453,167 |
うち相手国への輸出額 | 385,678 | 115,775 |
輸入総額 | 1,587,921 | 2,249,661 |
うち相手国からの輸入額 | 135,120 | 481,718 |
(【出所】総務省統計局『世界の統計2018』図表3-2、図表9-3、図表9-6より著者作成)
なお、データ相互間で矛盾がある点については、承知しておく必要があります。たとえば、中国側の統計だと、「中国から米国への輸出額」は385,678百万ドル(約3857億ドル)ですが、米国側の統計だと、「中国から米国への輸入額」は481,718百万ドル(4817億ドル)です。
そこで、米中間の貿易高については、ここでは主に米国側の統計を使って議論していきたいと思います。
名目GDPでいえば、18.6兆ドルの米国に対し、中国はすでに11.2兆ドルと、米国の3分の2に迫っていますが、輸出依存度は19.1%と、米国の7.8%と比べて3倍近くに達しています。さらに、輸出総額2兆ドルのうち、米国向けが4817億ドル、つまり全体の4分の1を占めています。
今回のトランプ政権の貿易戦争は、中国から米国への輸出額の全額を対象としたものではありません。しかし、かなりの比率が25%の制裁関税の適用を受けることになり、それだけ中国のGDPへの悪影響は甚大です。
一方、中国側は米国からの輸入品約3400億ドルに25%の制裁関税を課すと述べていますが、2016年時点のデータだと、そもそも米国から中国への輸出額は1158億ドルしかありません。つまり、あきらかに中国側にとっては「打つ手」が限られているのです。
追加での貿易関税適用
しかし、話はこの「約340億ドルに対する25%関税」だけでは終わりません。次のロイターなどの報道によれば、トランプ政権は10日、追加で「2000億ドル相当に10%の関税」という措置も打ち出してきました。
米政府、約22兆円対象の対中追加関税適用へ 中国も対抗表明(2018年7月11日 07:09付 ロイターより)
ロイターは「中国商務省の李成鋼次官補は11日、米国による追加の関税適用方針について、世界貿易機関(WTO)体制に打撃を与え、グローバル化を損なうものだと警告した」などと報じていますが、これは中国側が相当に焦っている証拠でしょう。
「中国商務省も同日の声明で、今回の追加関税方針について、全く受け入れられないと述べ、対抗措置を取らざるを得ないと表明した」と述べていますが、中国側が「貿易面で」取れる対抗措置は、もはやほとんどありません。
つまり、純粋な経済効果だけで見るのであれば、今回は米国が中国を一方的に「タコ殴り」しているような格好なのです。
火の粉は独・韓へ
韓国ウォンの変動に悲鳴を上げる韓国
そうなってくると、実は、意外なところに影響が生じて来ます。
それは、ドイツと韓国です。
このうち、韓国側では、『毎日経済新聞』(日本語版)に、こんな記事が出ています。
米・中の衝突「火の粉」…ウォン1130ウォンに急落(2018-07-13 16:08:23付 毎日経済新聞日本語版より)
毎日経済新聞は
「米国と中国の間の貿易紛争が「チキンゲーム」に突き進む中で、対ドルでウォンが一時1130.20ウォンまで急落した。昨年10月27日に記録した場中の1131.90ウォン以来、8ヶ月半ぶりの最低値だ。韓国ウォンに影響を与えるドル=人民元も大幅に下がり、当分のあいだはウォン安は避けられない状況だ。」
などと報じていますが、私に言わせれば、ヒストリカルに見て、ドル・ウォン相場はまったくのレンジ相場内にあると思います。たかだか1ドル=1130ウォン程度の水準で、なにを大騒ぎしているのか、まったく意味が分かりません。
ただし、『韓国側の日韓スワップ待望論はもはや病気だ』でも指摘しましたが、韓国が許容できる通貨・ウォンの変動幅は、非常に低いのが実情です。少しでもドル高・ウォン安に動き過ぎれば外資が逃げ、少しでもドル安・ウォン高に動き過ぎれば輸出企業の業績が打撃を受けます。
日本の場合、国を挙げて為替ヘッジ手段の開発、海外現地生産の拡大、円の国際化などで対応を進めてきた結果、数パーセントの為替変動で経済はびくともしません。しかし、韓国の場合は為替変動に極端に弱い経済なのです。
ドイツと中国の奇妙な結びつき
一方、世界経済にとって、もっと気になるのはドイツの動きです。
以前、『WSJ「ドイツ銀行の米国事業にトラブル」報道に嫌な予感』でも申し上げましたが、2008年9月に発生したグローバルな金融危機では、ドイツが影のトラブルメーカーでした。国際的な会計基準であるIFRS(※)は、金融商品会計を捻じ曲げ、時価会計の凍結を主導したほどです。
(※)IFRSとは:国際財務報告基準の略。日本人は監査業界を中心に、これを「いふぁーす」と発音する人もいますが、「いふぁーす」なる間抜けな発音は大間違いです。あえて発音したければ、「アイファース」、「アイエファーレス」とでも発音しておけば間違いないと思います。
それはともかく、ドイツの場合はユーロという単一通貨の仕組みを悪用し、ユーロ圏内には無限に貿易黒字を積み上げ、ユーロ危機の際のユーロ安ではユーロ圏外にも輸出を拡大しました。その過程で、ドイツは中国とも結び付きを強めています。
たとえば、2015年に排ガスのデータの偽装が発覚したことでも知られるドイツの某自動車メーカーは、中国での販売台数を急速に増大させています。
VW中国販売が新記録、13.4%増の89万台…乗用車シェア1位 2018年第1四半期(2018年4月17日(火) 15時15分付 Responseより)
要するに、「中国こけたらドイツもこける」という状況になりつつあるようにも見えるのですが、この自動車メーカーの経営が傾けば、ドイツの金融機関にも悪影響が波及しかねません。
ちなみに、国際的な金融規制「バーゼルⅢ」などにおいて、「金融機関の救済に公的資金を使うな!」という趣旨の「ベイルイン」という考え方を強硬に主張した国は、ドイツです。その理屈が正しければ、ドイツの某銀行が経営破綻の危機に瀕しても、メルケル政権は銀行救済に踏み切れません。
そうなれば、今回のトランプ貿易戦争を遠因として、ドイツ発の金融危機が生じるおそれも織り込んでおく必要がありそうです。
日本は傍観者で良い
さて、日本も確かに貿易立国ですが、輸出がGDPに占める比率は、G7諸国と比べても、米国に次いで低いのが実情です。当然、トランプ貿易戦争の悪影響は日本にも及びますが、その悪影響は、「交戦国」である中国や、「過剰貿易立国」であるドイツ、韓国の比ではなく、十分にコントロール可能です。
当然、日本としてはこの問題を巡り、トランプ政権からは「米国の味方になれ」と言われますが、中国に対しては「米国と仲介してやる」などと話を通しやすくなる、という側面もあります。とくに、安倍総理はトランプ大統領と「ツーカーの関係」(?)にあると思われていることも、日本の立場を有利にします。
いずれにせよ、この「米中貿易戦争」を巡っては、日本はしばらく「傍観者」としての立場で良いと思いますが、しかし、北朝鮮核問題や日本国内の改憲問題などが片付けば、トランプ政権に加勢して一緒に中国をやっつける方向に行っても良いでしょう。
いずれにせよ、米国は米国の国益を追及しているわけですから、日本も日本の国益を追求するのが正しいのです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
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会計士様にお聞きしたいのですが(詳しければ誰でもいいけど)、日本企業が現地生産を進めた結果円高の影響を受け難いとの記述がありましたが現地生産の場合は利益はドルないしその国の通貨で支払われるのでしょうか?(世界の主要通貨かそれ以外の通貨という事)
主要通貨であれば問題はありませんがそれ以外の通貨で支払われた場合それらを円やドルなどに戻してから日本に送金するのは大変ですし円高であれば利益が減少します。果たして現状では問題にならないのでしょうか?
追伸 無知で申し訳ありません、一応建築業界にいるので材料が海外製(メキシコ産とか)が多くどの様な影響が起きるか気になったのです。
毎日の更新ありがとうございます。
正直いつも難しくて、ほとんど拝読できておりません。
米中貿易戦争とマスコミが騒いでおり、不安でした。
今回の記事で少し安心しております。ありがとうございます。
詳しくないので恐縮ですが、むるむる様へです。
戦後基本的にはドル安円高の流れで来ております。
よって、企業は輸入はドル建てのまま、輸出は円建てで取引を行う方向で
対処している。と聞きました。
また、輸出依存度が低い。については、
「でも、日本の景気を引っ張っているのは、輸出企業だから、
やはり輸出に左右されやすいのだ」とエコノミストの方が主張しているようです。
私にはわかりませんが。
いつも更新ご苦労様です
11日の時から気になってましたがアメリカの経済制裁は340億ドルだと思います
いつも訂正ばかりのチェックですいません
コメントから消してください
「ノブくん」 様
貴重なご指摘、大変ありがとうございます。まったくご指摘の通りです。
さっそく注記のうえ、記事本文を訂正いたしました。
引き続きご愛読ならびにお気軽なコメントを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
相変わらずの耄碌爺の寝言です
アメリカと中国間の貿易量を数字で詳しく説明していただきありがとうございます。アメリカと中国では大人と子供、月とすっぽんで喧嘩にもなりませんね。日本も繊維、自動車、半導体などで随分アメリカ側から難題を押し付けられてきましたが、企業努力で克服してきた。日本側の低姿勢外交にはやりきれなさも感じてましたが、アメリカと喧嘩するよりは結果的に良かったと言える。今後、中国がどのように対応するか見ものですが、おそらく貿易戦争には発展しないとみてます。中国は実益よりもメンツを重視する国です。習近平のメンツさえ立てば、アメリカにする寄るように思う。
むるむる様へ
直接建設業とかかわりないかもしれませんが、日本は為替と輸出の感応度は低くなっており、為替が変動しても影響はすくないようです。輸出企業の現地生産、配当金と特許量の増大、付加価値が高く代替え品のきかない製品の開発により、円高でも大きな損害が出ないようです。上手くコピーが貼れなかったのですが、勝又壽良氏の昨日のブログ;日本、「円」全天候型の通貨で世界が注目「企業は為替の壁破る」で書かれています。