日本国憲法の長所と短所

天皇陛下のご譲位を一つの契機として、私たち日本人は、「日本国の在り方そのもの」について検討すべき局面にあります。そこで、本日は、ごく簡単ではありますが、私自身が考える日本国憲法の「長所」と「短所」について、普段の思いをまとめてみました。読んでくださった方々に、これを機会に憲法について考えてみることを強くお勧めしたいと思います。

日本国憲法を読んだことがありますか?

今年の8月、日本国民は天皇陛下から、「象徴としてのお務め」に関するお言葉を賜っています。

象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日付 宮内庁ウェブサイトより)

これについて、私を含めて多くの日本国民は、天皇陛下がご高齢になられ、「象徴天皇としての務め」を果たすことが難しくなりつつある中で、皇太子殿下にご譲位になる方策を考えてほしいという、天皇陛下からのご意向の表示があったと受け止めたのではないでしょうか。

これについて先日、「有識者会議」の設置が決まったようです。

生前退位の法制化、与野党議論後に 有識者会議は17日初会合(2016/10/1 23:40付 日本経済新聞電子版より)

余談ですが、各種メディアの報道を見ていても、「生前退位」という無礼極まりない用語を平気で使っており、マス・メディア人らの見識を疑います。もともと「生前退位」という言葉を使い始めたのは、国民から「受信料」という名目で、事実上の「国会が決めていない税金」を強制的にむしり取っているNHKだったと記憶していますが、準国営組織でありながら、このNHKという組織は土台から腐っています。しかも、各マス・メディアがこのNHKの「生前退位」という不敬な用語を一斉に真似ており、ゆゆしき事態です。

本論に戻ります。天皇陛下がご譲位になるにあたっては、日本国憲法にも皇室典範にも、「譲位」の規定はありません。私自身、ご譲位は日本国憲法ではなく、皇室典範の改正で実現できると考えています。その根拠は、憲法第2条の規定にあります。

「(日本国憲法第2条)皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」

ということは、皇室典範に「譲位規定」を設ければ、「皇位の譲位」が実現するはずです。ただ、私は天皇陛下のお言葉の中に、「戦後70年という節目が経過し、国の在り方を抜本的に議論することを恐れるな」というメッセージが含まれていると考えています。

ちょうど良い機会ですから、日本国憲法についての国民的議論をきちんと行うべきではないかと思います。

憲法の精神

私はこのようなウェブサイトを運営しているため、他人からは「新宿会計士は日本国憲法を嫌っているに違いない」などと誤解されることもあります。しかし、現行の日本国憲法に様々な問題が含まれていることは間違いありませんが、日本国憲法のすべてが間違っており、破棄すべきである、などとは全く考えていません。だいたい、日本では護憲派、改憲派を含め、日本国憲法(あるいはその前身の大日本帝国憲法)をきちんと読み込んで議論している形跡はありません。そこで、本日は私が考える、日本国憲法についての精神と長所、問題点を簡単にまとめてみたいと思います。

日本国憲法の構造

どんな法律であっても、章立てを理解するところから始める必要があります。これは憲法であっても全く同じでしょう。日本国憲法の構造は、次の通りです(図表1)。

題名条文数
第1章天皇第1~8条
第2章戦争の放棄第9条
第3章国民の権利及び義務第10~40条
第4章国会第41~64条
第5章内閣第65~75条
第6章司法第76~82条
第7章財政第83~91条
第8章地方自治第92~95条
第9章改正第96条
第10章最高法規第97~99条
第11章補則第100~103条

このうち第11章(補則)を除くと、事実上、条文数は99条です。また、第1章の前に、日本語としてハチャメチャな「前文」が置かれており、前文の中に言及があるのに、本則部分に規定がないものが存在するなど、色々と問題があります。日本国政府はこんなメチャメチャな憲法で、よく70年間、行政を行ってきたものです。官僚(特に防衛庁/防衛省や内閣法制局等)の能力の高さには驚きます。

国民主権と三権分立

ただし、日本国憲法のすべてを否定するのは行き過ぎであり、特に「国民主権」と「三権分立」については、民主主義国家としての根幹であることは間違いありません。なお、意外と知られていませんが、大日本帝国憲法においても「主権者は天皇」といいつつも、事実上、近代国家としての「国民主権」の考え方が貫徹されていました。たとえば、国家予算を帝国議会が否決してしまえば、軍部がいかに独走したとしても、軍部が戦争を勝手に起こすことなどできませんでした。その意味で、「国民主権」と「三権分立」は、日本国憲法になってから初めて導入されたものではなく、既に日本国民が大日本帝国憲法下で経験済みのものだったのです。

私はむしろ、「国民主権と三権分立」の規定については、強化が必要だと考えています。たとえば、国会と内閣の相互牽制は現時点でも非常にうまく機能していますが、司法と行政、あるいは司法と国会の相互牽制は十分とはいえません。特に、国会が「裁判官弾劾裁判」(第64条)を実施する事例は、裁判官が犯罪などの不祥事を起こすときなどに限られているのが実情であり、明らかに法の理念から逸脱する判決を下す裁判官を免職させるなどの機能が弱いのが実情です。また、国民が裁判官を辞めさせるには、10年に1度の「最高裁判事の国民審査」(第79条)の場しかありませんし、辞めさせることができるのも最高裁の判事に限定されています。

また、私は、「国民主権」自体は素晴らしい規定だと思います。実際、日本国憲法では、国政や地方自治において、大きな権限を持つ人間(総理大臣、国務大臣、国会議員、都道府県知事、市町村長、地方議会議員など)を、有権者が直接・間接に選挙で選ぶ方式が採用されています(第43条第1項、第67条第1項、第93条第2項)。しかし、財務省や外務省をはじめとする各省庁の官僚・検事、裁判所の判事・職員らは、別に国民からの選挙で選ばれるわけではありません。そうであるならば、これらの「選挙で選ばれたわけでもない判事・検事・官僚その他の職員」らが、事実上、大きな権限を握ってしまう仕組みは改めなければなりません。

よって、国民主権と三権分立などの仕組みについては、さらに強化する方向で、憲法を改善していくことが望ましいといえます。少なくとも憲法上は、裁判官に対する国民審査の頻度を上げ、審査対象を居住地区の高裁・地裁判事にまで広げる、などの措置が必要でしょう。

予算単年度主義の弊害

日本国憲法では、財政については、たとえば次の事項が決められています(図表2)。

図表2 国会と財政に関する規定(抜粋)
条文内容
第83条国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて使しなければならない
第84条租税立法主義(法律によらないで租税を課すことの禁止)
第85条国費支出・債務負担は国会の決議を要する
第86条毎会計年度の予算作成と議決の義務

会計があるところに監査があるのは当然であり、財政は国民が支払った税金により運営される以上、国会がこれを厳しく査定するのは当然のことです。さらに、「租税立法主義」を定めた憲法第84条は、何があっても死守しなければなりません。

しかし、その一方で、ここにもいくつかの問題があります。その代表例が、「現金主義会計・予算単年度主義」を定めた第86条の規定です。企業会計の発想からすれば、国債の発行による資金調達が「収入」、国債の償還が「支出」に計上されるというのもおかしな話ですが、複数会計年度にまたがる行政費用の計上などが難しいというのも大きな問題です。

私は、憲法第86条を変更し、「複数年度の予算を一括で承認する仕組み」を認めるべきだと思いますし、また、政府に「連結貸借対照表」を作成して国会に提出させる仕組みを創設すべきだと考えています。特に、NHKのように、「受信料」という名目で勝手に「事実上の税金」を集金し、会計監査も業務監査も受けない組織など、存続を許してはなりません。連結貸借対照表を作成する以上は、NHKが会計・業務監査を受けなければならないということです。

また、複数年度の行政費用を一括で認めるということは、より厳格な監査を受ける必要性が生じる、ということです。そこで、会計検査院の機能を大幅に拡充することが求められます。さらに、情報漏洩事件などの不祥事が相次ぐ「日本年金機構」を廃止し、国費の徴収は現在の国税庁をベースに、内閣府直属の「歳入庁」を創設すべきでしょう(※もっとも、これは憲法の議論というよりは行政機構の議論ですが…)。

法治主義をかたくなに守る日本人

ところで、日本国憲法には様々な不備がありますが、それでも私は、日本国憲法の精神である「法の支配」(つまり法治主義)は大事にすべきだと思います。

日本では、時の政府が、法律の定めによらずに勝手に税金を取る、といったことができません(ちなみに中国では中国共産党の意向で勝手に税金が創設されるようですが…)。また、法律に規定されていない「罪」で立件されることもありません(中国では中国共産党に逆らうと投獄されるようですが…)。これを専門用語で「租税立法主義」「罪刑法定主義」などと称するそうですが、日本では法律に書かれていないことをやっても絶対に警察に捕まらないという安心感があります。

ただし、逆に中国や韓国、北朝鮮といった敵対国のスパイの目から見ると、日本ではまともな「スパイ防止法」などがないため、いくらでも国家機密や企業情報を盗んで本国に持ち帰ることができる、ということです。これはこれで非常に大きな問題だと思います。しかし、より重要な点は、

「日本人・日本国政府自身が法律を厳格に守る」

という真面目さだと思います。世界的な通貨危機が発生すれば、米ドルと日本円が大きく買われることが知られていますが、これも「どんな危機が発生しても日本なら大丈夫だ」という「信頼」を日本が世界から受けている証拠でしょう。

私は、日本国憲法をどのように書き換えるにせよ、「国民主権」「法治主義」については大事に守るべきだと考えています。

まとめ

日本国憲法については、まだまだ申し上げたい点は多々あります。特に「憲法第9条第2項」は、日本がどんなに外国から攻撃を受けても、反撃する権利すら日本に認めていないという規定であり、私が日本国憲法を「殺人憲法」と呼ぶ理由はここにあるからです。

ただ、本日の議論では、あくまでも憲法の骨格(三権分立、国民主権、法治主義)について触れてみました。そして、特に「国民主権」と「法治主義」については、日本の「弱点」であると同時に日本の「強み」でもあります。私たちは、天皇陛下からお言葉を賜ったことを一つの好機として、憲法をめぐる国民的議論を深めていくべきであることは間違いありません。

憲法議論そのものを封殺しようとする「朝日新聞」(従軍慰安婦事件を捏造したことで有名)、「毎日新聞」(英語ウェブサイトで日本人の品位を著しく貶めたことで有名)などのメディアによる妨害に負けず、日本国民は勇気を持って、憲法議論を進めていくべきでしょう。

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本日の「オマケ」です。当ウェブサイトでは、従来、「人民元はハード・カレンシーとはいえない」とする主張を掲載してきておりますが、これに関連する記事をまとめております。

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