伝貰(チョンセ)と事業貸出は韓国の「隠れ家計債務」
家計債務はすでにGDPを大きく超えている可能性も!
最近、当ウェブサイトでよく取り上げるのが、韓国の債務・金利問題です。ただでさえ韓国銀行が米FRBにつられて利上げを余儀なくされているなかで、「伝貰」と呼ばれる不動産賃貸に伴う金銭債権債務が、統計に計上されていないという疑いがあるのです。これについて、少し古い2019年2月時点の記事に基づけば、伝貰や個人事業主に対する貸付金をカウントしたら、家計債務総額は公式統計ベースの1.7倍に達するというのです。
目次
韓国の金利・債券市場の混乱
昨日の『韓国で新規貸出金利が5%台突入:社債発行残高も急減』を含め、「金融評論家」的な視点から、少し前から当ウェブサイトで注目している話題があるとしたら、それは韓国の債券市場の大混乱に関するものです。
何度も繰り返しで恐縮ですが、現在、韓国銀行の利上げにともない、韓国の金利市場・債券市場全体で利回りが急上昇しており、玉突きで家計・個人や企業の資金調達が困難になり始めているのです。
韓国銀行が利上げに踏み切る理由は、表向きはインフレ対策などですが、おそらくそのホンネは「通貨防衛」にあります。米FRBが過去4回のFOMCでFF金利を0.75%ずつ引き上げるなど、本格的な金融引締め局面に入るなかで、韓国も事実上の追随利上げを余儀なくされているのです。
通貨危機と金融危機
なぜ米国が利上げすると、韓国が追随して利上げしなければならないのか――。
わかりやすくいえば、米国の方が韓国よりも金利が上がれば、国際的な投資家は韓国のような国からは資金を回収し、米国に振り向けるからです(※この説明自体は厳密さに欠いていますが、詳しくは『韓国紙「円安契機にウォン安が加速し通貨危機再来か」』などでも説明してきた論点ですので、本稿では割愛します)。
つまり、ウォン安は韓国から外国人投資資金が流出しているという証拠であり、ウォン安が進めば、ある日突然、韓国の企業や銀行が外貨を調達できなくなってしまうという事態が生じかねないのです。これがいわゆる「通貨危機」の一形態でしょう。
しかし、通貨危機を懸念するあまり、韓国銀行が利上げを早急に進めれば、今度は国内で金融危機の発生可能性が高まりかねません。実際、『回答者6割「韓国で1年内に金融ショック」=韓銀調査』でも触れたとおり、韓国では現在、家計・企業債務が不良資産化し、金融危機に発展する懸念も高まっているのです。
個人債務が急増、そして「伝貰」の問題
韓国銀行がこうした微妙なかじ取りを余儀なくされているというなかで、先日の『韓国消費者信用の伸びは鈍化するも「商業信用」は急伸』では、韓国の家計部門でリスクの高い借入(いわゆる「商業信用」)が急増しているとする話題も取り上げています。
一般に商業信用には家計部門が借りている事業性資金であったり、日本でいうところのカードローンや消費者ローン(むかしの言葉でいう「サラ金」)などが含まれることが多いようですが、いずれにせよ、借り手にとっては銀行などからの融資を断られた場合の「最後の手段」であることも多いのです。
ただ、こうしたなかで、もう少し気を付けなければならないという話題があるとしたら、「伝貰」と呼ばれる家計負債が、どうやら韓国の債務関連統計に出現しないようだ、という論点です。
「伝貰(でんせ)」と書いて、韓国語で「チョンセ」と読むそうですが、わかりやすくいえば、不動産を借り入れるときの敷金あるいは保証金のようなものです。
ただ、韓国の場合、この伝貰は単なる敷金ではありません。多くの場合、借主としては、物件価値に近い額の伝貰を大家さんに預け入れることで、入居期間中は家賃を支払わなくても良く、借主が退去するときには大家さんから全額返してもらえる、という仕組みです。
伝貰の正体は「信用二階建て」
では、なぜこんなことができるのでしょうか。
大家さんとしては、預かった伝貰資金を銀行に預けて利息で運用するか、はたまた似たような物件をもう1件買って家賃収入を得ることで利益を得るので、伝貰を預けてくれている借主から家賃をもらう必要はない、というわけです。
つまり、「伝貰タイプ」の物件に入居すれば、借主は月々の管理費だけを負担すれば良く、実質的に家賃なしで入居できますし、大家さんにとっても伝貰資金の運用で収益が得られるため、一見すると、双方ウィン・ウィンの関係になる、ということです。
ただし、ここで「一見すると」、と申し上げているのには、いくつかの理由があります。
まず、大家さんとしては伝貰は「もらえるおカネ」ではなく、「いつか返さなければならないおカネ」である、という特徴があります。伝貰タイプの物件のオーナーにとっては、その伝貰資金の運用の巧拙次第では思ったほどに利益が挙げられないということもあり得るでしょうし、入居者が退去したら資金を返さなければなりません。
さらには、自己資金の余力に乏しい大家さんのなかには、実質的に伝貰でその物件を購入した、というケースもあります。つまり、つなぎ融資で5億ウォンを銀行から借り入れて物件を買い、その物件で入居者から5億ウォンの伝貰を預かり、つなぎ融資を返済すれば、実質的に自己資金ゼロで物件が購入できます。
ただし、この大家さんの場合、物件のオーナーではあるものの、伝貰物件なので家賃収入は得られませんし、肝心の伝貰資金を銀行つなぎ融資の返済に使ってしまっているため、伝貰資金の運用収益も得られず、単に物件の価値変動リスクのみを負ってしまうのです。
次に、入居者としては、多くの場合、物件を買えるほどの巨額の伝貰資金を準備することはできません。必然的に、銀行などから伝貰ローンを借りることが一般的です。つまり、この入居者は5億ウォンの伝貰ローンを借り、これをそのまま大家さんに差し入れ、その利息を銀行に支払う、というかたちをとります。
しかし、この伝貰ローンが変動金利であれば、金利上昇局面では金利負担が上昇しますし、何らかの理由で大家さんから退去時に伝貰を返してもらうことができなかった場合には、理屈のうえでは、入居者も銀行に対して伝貰ローンを返済することができなくなる可能性があります。
金融の世界では、「おカネを借りて投資する」という状態を、「レバレッジド投資」と呼ぶこともあれば、俗に「信用二階建て」、「信用三階建て」などと呼ぶこともあるようです。要するに、社会全体としてリスクをかなり積み上げているという状況ですね。
公式統計はなし:個人事業ローンも統計から漏れている
ただ、先日から著者自身もこの伝貰について、韓国社会全体における正確な金額についてのデータがないかどうか探しているのですが、どうにも見当たりません。
こうしたなかで発掘したのが、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に今から4年近く前に掲載された、こんな記事です。
韓国経済の信管である家計負債の規模は
―――2019.02.18 07:56付 中央日報日本語版より
あらかじめお断りしておくと、記事自体が古いので、記事に出て来る数値(とくに家計債務の額)については、現在の統計データとは整合していません。ただ、この点を踏まえたうえで、ここで見ておきたいのが、伝貰の額に関する韓国の統計データの取扱いです。
「伝貰負債関連の公式統計はない。推定値はまちまちだ。韓国銀行が昨年3月基準で推定した伝貰保証金規模は保証付き月貰含め687兆ウォンだ。ソウル大学のキム・セジク教授らの研究によると、2017年の伝貰負債は750兆ウォンを超えると推定される」
…。
ずいぶんと幅がありますが、ここで重要な点は、「伝貰負債関連の公式統計はない」、という点でしょう。
それにしても、687兆ウォンだの、750兆ウォンだの、推計値にはずいぶんと大きなバラツキがありますが、これを公式統計に織り込んでいないのが事実であるとすれば、かなりの問題でしょう。伝貰は入居者から見たら大家さんに対する金融資産であり、大家さんから見たら入居者に対する金融負債だからです。
韓国の家計資産と家計負債は、伝貰分だけ、両建てで圧縮されてしまっているのです。
また、この記事が掲載された時点の公式な家計債務の規模は1514兆ウォン(2018年9月末基準)だったそうですが、これに関連して、記事冒頭にはこんな記述も出てきます。
「1514兆ウォン対2600兆ウォン。韓国経済の弱点であり時限爆弾の信管に挙げられる家計負債規模に対する交錯する見方だ。家計が借りて返さなければならないお金という意味で家計負債の範囲を広げるならば家計負債は雪だるま式に増えかねない。信管の爆発力がさらに大きくなるわけだ」。
1514兆ウォンと2600兆ウォン!
ずいぶんと大きな差異です。2600兆ウォンといえば、公式統計の1.7倍ですが、この差異の正体は、750兆ウォンの伝貰に加えて個人事業者に対する貸付315兆ウォンを加えたものなのだそうです。驚くことに、中央日報によると、韓国では個人事業者に対する貸付は、「企業貸付」に分類されているのです。
ちなみにわが国の資金循環統計の場合、日銀ウェブサイト『資金循環統計の解説』P3-24、PDFでいうと63ページ目の末尾の記載によれば、「法人形態を採らない個人事業主」は「個人企業」として家計部門に計上されると明記されています。
要するに、韓国の家計債務は、伝貰と個人事業貸付の2項目が隠蔽されてしまっているのです。
すでにGDPの1.3倍以上に達している可能性も
ちなみに『韓国消費者信用の伸びは鈍化するも「商業信用」は急伸』でも触れたとおり、2022年9月末時点における家計信用の額は1871兆ウォンに膨らんでいます。たった4年で24%も増えた計算です。
なお、韓国の家計信用についてのグラフを再掲しておきましょう(図表)。
図表 韓国家計信用
(【出所】韓国銀行データより著者作成)
この図表自体、伝貰や個人事業貸付が含まれていないとのことですが、もしこれらの項目もその他の項目と同様にこの4年間で24%増えたと仮定すれば、韓国の実質的な家計債務総額は3224兆ウォン(!)に膨らんでいる計算です。
下手をしたら、韓国家計債務総額は、すでに韓国のGDPの1.3~1.4倍に達している可能性もありそうです。
もちろん、ここでの議論はあくまでも「仮定のもの」であり、正確な数値に基づくものではありませんが、実質的には韓国の家計負債の状況は、韓国銀行の公式な統計から見えるものよりも深刻である可能性は否定できません。
いずれにせよ、韓国の金融について論じる際には、そもそもの基礎統計の網羅性を疑わなければならないというのは、意外と知られていない論点のひとつなのかもしれません。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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>そもそもの基礎統計の網羅性を疑わなければならない
GDPも外貨準備も家計負債も、みんな同じ。
下駄を履いて、背伸びしてるようなものです。
シークレットシューズにも、限界があります。
なぜ伝貰というユニークな制度があるのだろう。大家の側のメリットを考えると最初に思い浮かぶのが「家賃の滞納に悩まされることがない」だろう。
日本に対して様々な約束破りを行っているが、あの民族、国内では約束、契約を守っている人ばかりとは考えにくい。大家にとって毎月の家賃の入金を気にかけることがないというのはありがたいことだろう。
金利が低い時代、預かった伝貰を銀行預金で運用云々は成り立たない。運用しているとすれば高利が期待できる私金融だろう。
不動産の値上がりが期待できるのであれば、次の物件購入の頭金に使う。つまりレバレッジをかけるのが合理的だ。
不動産が下がっているときはどうなるか。現在60平米のマンションに伝貰3000万円を預けて住んでいるとする。不動産が下がってくると75平米のマンションに伝貰2000万円で住める物件が出てきてもおかしくない。その時は現在のマンションを解約して広いマンションに低い伝貰で住むのが合理的だろう。その際3000万円預かっている大家は3000万円をすぐに返金しなければならない。手元になければどうするのか。伝貰システミックリスクか。
伝貰の運用先もまた不透明ですが不動産に閉じないらしいですからね。おお、こわ。
普通先進国とよばれる経済発展を遂げた国々に比べて、韓国経済の姿は余りに歪に見えるんですが、案外その歪さこそが、この国をGDO公称世界10位というレベルにまで引き上げてこられた理由ではないかと、密かに考えています。
この国の経済の歪さが端的に表われているのが、内需三割、外需七割とされるGDPの構成でしょう。一言で言うなら、国民が汗水垂らしてはたらいた、その揚がりが、金銭に換算してみれば、ほとんど輸出で稼いでいる企業の経営者とそれに雇用されている労働者に渡っているってことでしょう。彼らこそ潤ってはいるものの、同じようにはたらいても、それ以外の人間には大した額は回ってこない。つまり、トリクルダウン効果などというものは、この国では生じないってことではないかと思うのです。
本来自らの将来のために、幅広い知識、技能の獲得、何より人格陶冶に費やさなければいけない幼少期から思春期の期間を、輸出企業を抱える財閥系の大企業への就職を唯一無二の目標としてして、一流大学への進学を目指し、只管詰め込み式受験勉強に明け暮れるこの国の若者達の異様な有様は、それ以外に浮かび上がる術のない社会構造の反映と言えるのでしょう。
それにしても、本記事の文中に指摘されている、次の2つの数字はすさまじいですね。
>2022年9月末時点における家計信用の額は1871兆ウォンに膨らんでいます。たった4年で24%も増えた計算です。
>韓国家計債務総額は、すでに韓国のGDPの1.3~1.4倍に達している可能性もありそうです。
家計負債の額は、もっぱら内需の拡大=生活水準の向上(へのあがき)に注ぎ込まれたものと言って良いと思うのですが、その内需がGDPの三割を占めるに過ぎないとするならば、それは4~5倍の規模の借金がつぎ込まれてこそ、今まで回してくることが可能だったという言い方ができるのではないでしょうか?
もちろん負債の一方で、それにバランスするだけの家計に資産があり、返済が滞りなく行われているのであれば、負債額の大小は問題ないはずですが、年を追って負債の残高が急激に膨らんでいるとあれば、そういうやりくりがいつまでも続くはずはない。クラッシュは目前と言って良いような気がします。
さてそこで、国内金融に大々的な破綻が生じた場合、その時点でこの国の経済がオワかと言ったら、どうもそうはならない気がするんですよね。GDPの七割を占める輸出企業群の稼ぎ。このところ国際競争力に顕著な陰りが見えるとは言っても、経常収支はトントン、まだ底堅さを保っています。国内が実質的に、そうした良質の企業の構成員と、その他大勢とに分離された、二重構造になっているとするなら、もちろん無傷で済むはずはなくとも、前者はそのまま生き残り、後者は貧困の淵に追いやられておしまい。これまでの状況が一歩進んだだけで、なべて世は事もなし、ってことになりそうかと。
いつの間にやら、一昔前の両班制の国へ先祖返りというのが、なんとなく見えている道筋って予感がするんですが、さて? 民主主義「先進国」の力量が試される場面ってことでしょうかね。
伝貰というシステムが正常に機能するためには、市場環境が以下の2点を満たしている必要があります。
1. 不動産価格が上昇し続けること
2. 市場金利が十分に高く、大家が十分な運用収益を上げられること
この2点が満たされていれば、大家はさしてリスクを取ることもなく運用益を得られましたし、不動産価格が右肩上がりであれば、資産価値も上がっていきます。うろ覚えの数字で恐縮ですが、その頃の伝貰の相場は住宅価格の7割前後だったと聞いています。
このうち、まず市場金利が大幅に下がったことで、伝貰の相場が大幅に上昇しました。預金金利が下がったため、伝貰を引き上げないと目論んだ運用益が得られなくなったからです。最近の数字は聞いてませんが、一時期、伝貰が住宅価格の9割を超える設定がなされた事例もあったそうです。
さらに、今年に入って不動産価格も下落に転じたため、いざとなれば不動産を売却すればなんとかなるという状況が揺らいできています。多くの場合、大家だって即金で不動産を購入したわけではなく、既所有の不動産を担保としたローンを組んでますので、予定していた運用益が得られなくなると、簡単に行き詰ってしまいます。新宿会計士様の説明の通り、伝貰はいつかは入居者に返還しなければなりませんので、最悪の場合、手持ち資産を売却してでも返還資金を確保しなければなりません。韓国人の資産の9割は不動産であるらしいので、資産売却とはすなわち不動産売却であり、当然不動産価格はさらに下落することになります。
壮大な逆回転の始まりです。
さらに状況が悪化すると、大家が資産を売却しても伝貰返還資金を確保できずに破産に至ります。そうなれば、伝貰を返還してもらえない入居者も連鎖的に破綻する可能性も高くなります。このような負のスパイラルにまで踏み込むと、それはもうエライコッチャになります。
今のところ、伝貰を返還できなくなった大家が破産したというニュースはほとんど見かけませんが、そのようなニュースが目立ち始めたら、いよいよ本格的にヤバい状況ということになります。さて、どうなりますかねえ。