日米首脳会談は「菅路線継承」も報道発表で微妙な齟齬
日米首脳テレビ会談では、総論では強固な日米関係が演じられる一方、少し気になる点もあった――。これが、率直な感想です。基本的には「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)重視」、「経済安全保障」、「北核問題解決」といった点で合意や進展が見られたのですが、日米両国の報道発表を眺めてみると、数箇所の相違点があるのです。
週末の日米首脳テレビ会談
日本時間の21日午後10時から約80分間、日米首脳テレビ会談が実施されました。
内容についてはすでに多くのメディアが報じたとおりですが、これについて日米のプレス・リリースの原文を読んでいると、いくつか気になる点がありました。
日本側と米国側のそれぞれにおけるプレス・リリースの原文は、次のとおりです。
日米首脳テレビ会談
―――2022/01/22付 外務省HPより
Readout of President Biden’s Meeting with Prime Minister Kishida of Japan
―――2022/01/21付 ホワイトハウスHPより
日米での報道発表の日付が違っているのは時差の都合と考えられ、事実上、ほぼ同時に出てきたと考えて良いでしょう。
日本側の報道発表
まずは、日本側の報道発表文を眺めておきましょう。
まず、「『自由で開かれたインド太平洋』(FOIP)の実現に向け、日米両国が緊密に連携するとともに、豪州、インド、ASEAN、欧州等の同志国との協力を深化させることで一致した」、「今年前半に日米豪印(クアッド)首脳会合を日本が主催する考え」、との記述があります。
個人的に、ASEAN諸国や欧州諸国のすべてがFOIPに賛同しているとは思いませんが(とくにドイツはFOIPから距離を置いている印象があります)、それでも、「自由・民主主義国同士」で中国を牽制するというのは、安倍晋三・菅義偉の両総理からそのまま引き継がれた構想と考えて良いでしょう。
次に、両首脳が最近の地域情勢について意見交換を行った、とする記述がありますが、これについては①中国、②北朝鮮、③ウクライナに言及があります。
まず中国に関しては、東シナ海、南シナ海、台湾海峡、香港情勢、新疆ウイグル自治区の人権状況に対して言及がなされましたが、これは昨年4月の菅義偉総理の訪米時に言及されたものと、ほぼ同じであると考えて良いでしょう(『台湾防衛にコミットした日本:日米同盟は経済同盟に!』等参照)。
次に北朝鮮に関しては、「安保理決議に沿った北朝鮮の完全な非核化」、「拉致問題の即時解決」という表現が出てきたほか、FOIPの部分では言及がなかった韓国、あるいは「日米韓」という表現が、北朝鮮問題に関しては表に出てきています。
そのうえでウクライナ情勢については、「両首脳はロシアによるウクライナへの侵攻を抑止するために共に緊密に取り組むことにコミットした」、としています。
基本的には菅路線の継承
さらに、外交・防衛面では、今年1月7日の日米「2+2」(外相・防衛相会合)での共同声明を踏まえ、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化することで一致したほか、日米安保第5条が尖閣諸島にも適用されるとの見解などに改めて言及があった、としています。
ほかにも岸田文雄首相はジョー・バイデン大統領に対し、「新しい資本主義」の考え方を説明したほか、経済安全保障についての連携、経済版「2+2」の立ち上げなどに合意した、などとしています。
正直、「新しい資本主義」云々については、個人的には完全な蛇足だとは思うものの、それ以外の外交・安全保障分野に関しては、安倍晋三・菅義偉の両総理が敷いた路線をそのまま継承し、発展させようとしているものだと評価して良いと思います。
とくに、FOIP・クアッドを重視し、それをさらに発展させようとする、という構想については、まさに菅総理が退任間際に行った仕事そのものではないかと思う次第です(『近隣国重視から価値重視へ:菅総理が日本外交を変えた』参照)。
米国側の発表では細かい齟齬も
その一方、米国側の発表については、基本的には日本側の発表とさまざまな点で共通していますが、少し力点が異なっている部分があります。
たとえば、FOIPの記述は冒頭で出て来ます。具体的には、 “to advance our shared vision of a free and open Indo-Pacific region” 、といった具合です。また、FOIPに関し、日本側の声明にあった「ASEAN、欧州」の表現が欠落しているのは気になる点です。
また、米国側の発表ではFOIPに続き、日米同盟の重要性、そして日本防衛力の抜本的強化の必要性に言及するとともに、バイデン大統領が岸田首相による防衛大綱の見直しを「歓迎する」と述べた、という記述が出て来ますが、ここでも若干の齟齬があります。
具体的には、「防衛費の増額」です。
日本側の発表だと、バイデン大統領が「極めて重要な防衛分野における投資を今後も持続させることの重要性を強調した」とありますが、米国側だと「岸田首相が防衛支出を増額させることを決断したことをバイデン大統領は歓迎した」、とあります。
日米の報道発表でかなりの温度差を感じる部分は、ほかにもあります。
たとえば、韓国の取扱いでしょう。
日本側の発表だと「北朝鮮問題」に限定されていた「日米韓」の記述が、米国側の発表だと独立した一節に設けられ、両首脳が「日米韓連携」を巡っては「安全保障上の共通の課題に取り組むうえで」重要だ、といった認識で合致した、などと記載されています。
つまり、日本側は「韓国との協力は北朝鮮問題に日米韓の3ヵ国で対処するときに限定される」と認識している一方、米国側は「韓国との協力は安全保障の共通課題に取り組むうえで重要だ」と認識している、ということです。一見細かいように見えますが、じつは、かなり重要な違いではないでしょうか。
さらに、日本側の発表にあった「新しい資本主義」云々の記述については、ホワイトハウス側では確認することができません。
細かい齟齬の背景については気になるが…
このように、両国の報道発表をじっくり読む浮かび上がってくる、表現の細かな違い(齟齬)が、岸田首相とバイデン大統領の「表に出て来ない関係性」を示唆するものなのかどうかについては、気になるところです。安倍総理の時代、あるいは菅総理の時代で、日米の発表にこうした齟齬はほとんどなかったからです。
いずれにせよ、岸田政権下で日米関係が抜本的に変わるという可能性はさほど高くない(正確に言えば「岸田首相に菅総理の路線を変更するだけの政治力がない」)というのが著者自身の見立てではありますが、今後の日米関係については、少し関心を払う必要があるのかもしれません。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
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この度、エマニュエル新駐日米国大使が来日なされました。これからは岸田さんに対する管理力が強まることでしょう。
毎日のように岸田に説教することになるのかな?
>さらに、日本側の発表にあった「新しい資本主義」云々の記述については、ホワイトハウス側では確認することができません。
まるで韓国大統領府の発表みたいですね。
お互い刺さらない会話だったんだろうなぁ。
新しい資本主義はアメリカの掲げる自由と民主主義に反する内容なので、アメリカから説教されるからアメリカ側には伝えなかったと思われる
言った言わないでいえば言ったんでしょうけど(アジェンダに1行書いてたとか)、ノーコメントということは完全な日本の内政問題と理解されたのでしょう。
「好きにしたら?」と。
岸田氏の過去の発言から「新しい資本主義」が日米の外交に関係あるとは思えません。
毒にも薬にもならないので、別に構わないのですが、これをわざわざ取り上げて国内アピールに使うのが文在寅的な浅はかさを感じるので、ダサいなァと思いました。
>これをわざわざ取り上げて国内アピールに使うのが文在寅的な浅はかさを感じるので、ダサいなァと思いました。
岸田さんは政策を語るときに目標を達成するために何をどういう手順で行うことで目標を達成するかという目標の実現方法に関して具体的に何も言えない点でお隣の文さんと非常に良く似ている.共に口先でだけは色々と語るが具体性がゼロ.
つまり岸田さんは文さん並みに無能ということ.
ワクチン接種やオリンピックの準備など,国民の目には当初は強引に映っても下の者達を引っ張って黙々とやるべきことを進めて実現した菅さんとは口先だけで具体性ゼロ・決断力ゼロの岸田さんは対極にあるタイプだろう.(菅さんが右顧左眄したのは自分を首相の座につけてくれた二階幹事長の望む政策に絡んでしまう場合だった)
肝心なFOIPに齟齬がなくて良かった。
これを重視している間は韓国やアメリカ、欧州に不意をつかれることは少なくなると思うので。
〉さらに、日本側の発表にあった「新しい資本主義」云々の記述については、ホワイトハウス側では確認することができません。
核心的な部分であり、分析であると思います。
バイデン政権もよくよくお分かりのようですね…
「新しい資本主義」なる標語は結局のところ、鳴かず飛ばずの言葉遊びで終わってしまうことを。
米国としては台湾問題に韓国を駆り出す夢をまだ捨ててないでしょうしね。