順調にADBの下請機関と化しつつあるAIIBの現状

コロナ禍の影響もあったのでしょうか、ようやく、AIIBの融資残高が増え始めました。2022年12月末時点における本業融資額は222億ドルで、また、昨日時点における承認済みプロジェクトは206件、これらの融資がすべて実行に移された場合の融資総額は約400億ドル、といったところでしょう。ただ、ADBの1372億ドルという金額と比べればまだまだ融資額は小さく、また、現実のAIIBの融資案件を眺めてみると、事実上、ADBの下請けのような存在でもあります。

AIIBのファクト

中国が主導するAIIBの現状

当ウェブサイトでずいぶんと以前から追いかけ続けているテーマのひとつが、中国が主導する、「アジアインフラ投資銀行」と呼ばれる国際開発銀行の財務諸表の分析です。

この銀行に出資を約束している国は、現時点で世界91ヵ国に達しており、出資約束額は1000億ドル近くに達しています。

また、コロナ直前までは、毎年のプロジェクト承認件数は多くてもせいぜい30件弱で、承認金額もせいぜい年間40億ドルくらいでしたが、2020年にコロナ禍が生じるや、コロナ関連のプロジェクトが激増。これに伴い、本業の融資の額も少しずつ伸びている、という状況です。

前回、AIIBについて紹介したのは2月でしたが(『AIIBは「コロナ特需」一巡し融資の伸びは再び鈍化』等参照)、昨日までにAIIBの2022年12月末の財務諸表が公表されたため、本稿では昨日時点までのAIIBの動きをざっとまとめておきたいと思います。

日米を除くすべてのG7が参加

まずは、出資国の状況です(図表1)。

図表1 AIIB出資国(2023年4月10日時点)
出資国(出資年月)出資約束額議決権
1位:中国(15/12)297.80億ドル26.59%
2位:インド(16/1)83.67億ドル7.60%
3位:ロシア(15/12)65.36億ドル5.98%
4位:ドイツ(15/12)44.84億ドル4.16%
5位:韓国(15/12)37.39億ドル3.50%
6位:豪州(15/12)36.91億ドル3.46%
7位:フランス(16/6)33.76億ドル3.18%
8位:インドネシア(16/1)33.61億ドル3.16%
9位:英国(15/12)30.55億ドル2.89%
10位:トルコ(16/1)26.10億ドル2.50%
その他(81ヵ国)279.66億ドル36.99%
合計(91ヵ国)969.65億ドル100.00%

(【出所】AIIBウェブサイト “Members and Prospective Members of the Bank” を参考に著者作成)

ちなみにAIIBの拒否権は4分の1だそうで、中国は議決権の26.59%を保有しているため、単独で拒否権を持っています。これが「中国が事実上、AIIBを支配している」などといわれるゆえんでしょう。

また、出資約束額は総額969.65億ドルで、1位の中国を筆頭に、G7諸国のうち英国、ドイツ、フランス、カナダ、イタリアが参加しているほか、日本の隣国である韓国、日米とともに「クアッド」を構成しているインド、豪州なども加わっています。

また、「G20」諸国だけを抜き出しても、日本、米国、メキシコ、南アフリカ以外の15ヵ国がこぞってAIIBに参集している状況です(ちなみに南アフリカはAIIBが2015年に発足した当初から参加を表明しているものの、いまだに国内の加盟手続が終了していないそうです)。

AIIBに参加しているG20諸国

Australia, China, India, Indonesia, Korea, Russia, Saudi Arabia, Turkiye, Argentina, Brazil, Canada, France, Germany, Italy, United Kingdom

(【出所】AIIBウェブサイト “Members and Prospective Members of the Bank” を参考に著者作成)

いずれにせよ、G7のなかでAIIBに参加していない国は日本と米国のみです。

AIIBの本業融資は200億ドルを突破し、順調に伸びる

次に、AIIBの貸借対照表から判明する、主要な資産の内訳を、図表2にまとめています。

図表2 AIIBの個別貸借対照表の推移

(【出所】AIIBの財務諸表より著者作成)

「本業融資と思しき項目」には、C8の金銭債権( ”Loan investments, at amortized cost” )とC9の債券投資( “Bond investments, at amortized cost” 、おそらくは私募債)の金額を合算しています。

2020年6月頃まで本業融資が「鳴かず飛ばず」だったのが、コロナ関連融資に対する需要が伸びた影響もあってか、現在では本業融資の金額は200億ドルを超え、222億ドルに達しました(うち債権176億ドル、債券46億ドル)。

AIIBのプロジェクト承認状況

続いて、プロジェクトの承認状況です。

AIIBのプロジェクトの承認状況については、図表3のとおり、件数、金額ともに2020年と21年に急増していることが確認できます。22年には前年比で件数、金額ともに落ち込みましたが、コロナ関連融資が減ったためでしょう。

図表3 AIIBのプロジェクト承認件数・金額

(【出所】AIIBウェブサイト “Our Projects” を2023年4月10日時点で閲覧し、全集計したもの)

なお、2023年の承認件数・金額が激減しているように見えるのは、2023年については4月10日までの承認分(つまり約3ヵ月分)しか集計されていないだけの話であり、べつに異常値ではありません。2023年の承認件数(10件)・金額(約16億ドル)を4倍したら、どちらもほぼ2022年なみです。

AIIBの目論見と実情

通貨別に見ると206件中3件がユーロ建て、残りはすべてドル建て

ちなみにAIIBの承認済みプロジェクトは現時点までに206件あり、これらすべてが実行されれば400億ドル弱に達しますが、その一覧を眺めているとユーロ建てが3件で6.5億ユーロ分あるのを除き、残り203件の案件はすべて米ドル建てです(図表4)。

図表4 AIIBの承認済みプロジェクトの実行通貨
通貨件数金額(百万)
米ドル20338,432
ユーロ3650
人民元00
日本円00
英ポンド00
合計206

(【出所】AIIBウェブサイト “Our Projects” を2023年4月10日時点で閲覧し、全集計したもの。なお、金額はドルとユーロが混じっているため合計していない)

AIIBがアジアのインフラ金融を牛耳っている!?

以上が、AIIBの最新の概況です。

これを、どう見るべきでしょうか。

本業融資が伸び始めているというのは、ある意味では予想されていた動きでもあります。なぜなら、2020年半ば以降、プロジェクトそのものの承認が急速に進んだからです。通常、プロジェクトが承認されてから融資が実行されるまで、タイムラグがあります。

いわば、AIIBはコロナによって資金需要が急増したことに助けられた格好であり、これによりAIIB発足より7年近くもかけて、やっと本業融資が200億ドルの大台に乗りました。承認済みのプロジェクト総額は400億ドルですので、これらの融資が順次実行に移されれば、もう少し本業融資は伸びるでしょう。

もっとも、世界91ヵ国から1000億ドル近い出資金を集めてはいますが、その規模と比べると、実行済みの融資額はまだまだ少ないと言わざるを得ません。

ちなみにこの1000億ドルは、現時点では「出資約束額」であり、全額払い込み済みではありません。払い込まれている金額は約194億ドルで、出資約束額の20%程度です。また、これら以外にもAIIBは市場で245億ドルほどを借り入れているため、バランスシートはトータルで474億ドルほどに膨らんでいます。

AIIBという組織の資本効率の悪さ

ただ、この474億ドルのうち、本業融資に回っている金額は222億ドルです。

残額はいったい何に使われているのか――。

じつは、AIIBのバランスシートを見ると、現金・現金同等物が31億ドル、定期預金が67億ドル、売買目的投資が127億ドル計上されています(合計すればだいたい224億ドルほどです)。いわば、余ったお金を証券会社や銀行のおススメする商品に運用している、という状況だと思えば良いでしょう。

何のことはない、AIIBは世界各国から出資を集め、最高格付を取得しておカネを調達したまでは良かったものの、コロナ禍直前の2020年なかばまで使う当てがなく、仕方なしに余資運用に廻されていた、という実態が見えて来ます。大変資本効率の悪い組織です。

コロナのおかげで本業融資が伸びたにせよ、設立から7年もかけて、いまだに出資約束額に対してまだ5分の1ほどしか融資が出ていない組織です。しかも、融資案件の多くはアジア開発銀行(ADB)や世界銀行などとの協調融資が多く、少なくとも「アジアのインフラ金融を牛耳っている」という形跡はありません。

AIIBの野心とその実情

このあたり、2015年当時は、AIIBに日本や米国が参加を見送ったことなどを巡り、さまざまな主張がありました。いちばんおもしろいものとしては、「これからはAIIBの時代だ」、「日本はアジアのインフラ金融から除け者にされる」、といったものですが、それだけではありません。

「AIIBは中国による一帯一路金融を支える金融機関となる」、「中国はAIIBを活用し、人民元建ての国際融資を一気に増やし、米ドルの覇権を奪いに行くつもりだ」、といったものもありました。

また、「AIIBは脅威が、日本はうまく付き合う必要がある」といった主張もあれば、「AIIBには油断すべきではないが、日本は距離を置くべきだ」と言った主張もありましたが、これらの主張の共通点は、「AIIB脅威論」、といったところでしょう。

さて、蓋を開けてみて、このAIIBという組織のせいで、日本がアジアのインフラ金融から「除け者」にされているという事実はあるのでしょうか?AIIBが人民元の国際化を推進する組織となっているのでしょうか?

敢えて批判を覚悟で結論を述べておくならば、AIIBは現状、アジアのインフラ金融の世界において、毒にも薬にもならない存在として、ひっそりと自分の立ち位置を確保している、というのが現状でしょう。

正直、融資額こそ200億ドルを超え、将来的には500億ドルも視野に入っていますが、この規模だと、アジアのインフラ金融の世界において存在感はありません。『マネー面から見た「日本が関係を深める国・薄める国」』でも指摘したとおり、日本の金融機関の対外与信は4.6兆ドルで、ケタが違います。

ADBの下請け機関に!?

ちなみにADBの場合、2021年末時点で「通常資本財源」の資産の部が2821億ドル(!)で、このうちの融資残高が1372億ドルと、AIIBの本業融資と比べて約6倍です(そのほかにデリバティブ資産969億ドル、流動化目的投資433億ドルなど。ADB『年次報告2021』P11等参照)。

そして、アジアにはインフラ投資需要が溢れており、ADBだけでは財源として足りないため、AIIBがADBによる融資を手伝うという関係が出来上がっており、融資案件も協調融資が中心です。現実にAIIBが中国にとっての「一帯一路金融」の手段になっているという実態も、あまり見当たりません。

このように考えていくと、AIIBは現状、コロナ禍からの復興プログラムへの資金提供源として、ある意味で健全に(?)活用されている状態でもあり、中国の「一帯一路金融」にとっては毒にも薬にもならない存在になり果てている、という言い方もできるかもしれません。

なんだかつまらない結論になってしまいましたが、少なくとも現状のAIIBに関しては、「ADBの下請け金融機関」のようなものだと考えておいて間違いないでしょう。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. めがねのおやじ より:

    日本が中心となるADBや世銀に比べれば、AIIBは小判鮫でしょうか。「バスに乗り遅れるな」「これからは中国の一帯一路、日本は何してる」「米国と日本だけが除け者になる」と仰るテレビの御用学者、新聞はじめマスコミ、ジャーナリストは今、何を言うでしょう。

    コロナ禍が過ぎつつある今、既に融資は減っている。あんなものに出資するG7も先見の明無いわ。ところで中国の「一帯一路金融」については「毒にも薬にもならない存在になり果てている」と会計士さん言われますが、「毒薬」にはなるんじゃないですか(^^)?(笑)

  2. 元ジェネラリスト より:

    >日米を除くすべてのG7が参加

    対中国の連携の文脈で。
    先日のマクロン・習近平会談について、東野篤子氏がその成果(?)を強調しておられました。連ツイの1番目です。

    台湾は「『私達の』問題ではない」とマクロン大統領。この発言を引き出せただけでも、中国にとっては成功だったのでは。2月に王毅外相が訪仏して地ならしした甲斐もあったというものでしょう。https://t.co/Sok3DRnCWf— 東野篤子 Atsuko Higashino (@AtsukoHigashino) April 10, 2023

    仏も(独も)艦艇派遣などでFOIPに一丁噛みしてますが、まあこういうこともします。
    G7内のグラデーションがよく現れてると思いました。
    日本もG7に対しても押したり引いたり、注意深く立ち回らなきゃですね。

    最近では独ショルツのレオパルド供与難色の三文芝居を見て、同じ敗戦国としての難しさや辛さを感じました。

  3. カズ より:

    >AIIBは現状、コロナ禍からの復興プログラムへの資金提供源として、ある意味で健全に(?)活用されている

    ADBとの協調融資だからこその融資実績のような気がします。常識的に考えれば銀行から資金調達できるのにサラ金に走る人はいないからです。

    コロナ禍における協調融資って、被支援国にしてみれば、AIIBの借りやすさとADBの安心感のいいとこ取りだったのかもですね。

  4. 伊江太 より:

    現状。中国がAIIBにどの程度の期待を寄せているのかを知る、ひとつの手がかりとしいては、この組織の総裁の座に治まって2期目に入っている王立群氏の、中国共産党内の序列がどうなってるってことではないかと思うのですが、その辺どうなんでしょうね。

    福島香織氏の見立てに拠れば、エリートコンプレックスの塊みたいな習近平氏は、権力掌握を成し遂げた今、米国で金融工学なんかを学んで帰って、これまでその分野で活躍していた連中を、片っ端からパージしているということだそうですが。

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