ロシアの「戦死者債務減免政策」巡り欧州2銀行に批判

ロシア政府が打ち出してきた「戦死者に対する銀行貸出免除」法案が、ロシアに進出しているオーストリアとイタリアの銀行にとっての経営上の課題になっている、とする話題が出てきました。じつは、両国は現在でもロシアに対する大口の国際与信を出している国でもあります。

CBSとは?

以前から当ウェブサイトではしばしば利用しているのが、国際決済銀行(BIS)による『国際与信統計』と呼ばれる統計です。英語の “Consolidated Banking Statsitics” を略して、一般に「CBS」と呼ばれることもあります。

このCBSは四半期に一度、BISが作成して公表しているものですが、世界の約30ヵ国あまりの「報告国」が提出しているデータをもとに、「どこの国の金融機関がどこの国に対していくらおカネを貸しているか」を横断的に取りまとめたものです。

これについて現時点で確認できるものは2022年9月末時点のものですが、国境をまたいだ与信総額は29.56兆ドル、すなわち約30兆ドルです。1ドル=130円で換算すれば3900兆円で、日本のGDPの7倍以上という金額です。

世界最大の債権国・日本

ちなみに世界最大の対外与信を出している国は日本で、その金額は4.5兆ドルです(図表1)。この金額は2022年3月末時点の約5.0兆ドルと比べれば目減りしましたが、これはおそらく世界的に進んだドル高の影響と考えられます(※著者私見)。

図表1 世界の「債権国」一覧(最終リスクベース、2022年9月末時点)
合計の債権国金額シェア
報告国合計29兆5603億ドル100.00%
1位:日本4兆5375億ドル15.35%
2位:米国4兆2963億ドル14.53%
3位:英国4兆0321億ドル13.64%
4位:フランス3兆0725億ドル10.39%
5位:カナダ2兆4032億ドル8.13%
6位:スペイン1兆8810億ドル6.36%
7位:ドイツ1兆6707億ドル5.65%
8位:オランダ1兆4100億ドル4.77%
9位:スイス1兆1624億ドル3.93%
10位:イタリア9182億ドル3.11%

これに対し、この29兆5603億ドルがどこに行くかを追いかけてみると、最大の資金の向き先は米国であり、続いて英国、ドイツ、ケイマン諸島などが並びます(図表2、ちなみに日本の対外債務も1兆ドルを超えています)。

図表2 世界の「債務国」一覧(最終リスクベース、2022年9月末時点)
債務国金額シェア
合計29兆5603億ドル100.00%
1位:米国7兆5357億ドル25.49%
2位:英国2兆2187億ドル7.51%
3位:ドイツ1兆6586億ドル5.61%
4位:ケイマン諸島1兆3979億ドル4.73%
5位:フランス1兆3792億ドル4.67%
6位:日本1兆1623億ドル3.93%
7位:香港9207億ドル3.11%
8位:中国8150億ドル2.76%
9位:ルクセンブルク7303億ドル2.47%
10位:イタリア6850億ドル2.32%

ここで注意点があるとしたら、図表1の「債権国」側についてはBISにデータを提出している30ヵ国余りに限られているのに対し、図表2の「債務国」側については、データ提出国以外の国もランクに上がってくる、という点でしょう。たとえば図表2では中国が第8位に浮上しています。

中国のデータについても確認できる

このあたり、BISデータについては決して網羅的なものではなく、とくにケイマン諸島や香港などのオフショアセンターのデータが揃っていない、などの点には気を付けなければなりませんが、それでもBISデータの提出国は「金融大国」が網羅されているため、大所ではだいたいのカネの流れを把握することはできるでしょう。

たとえば、主要国の中国に対する与信状況については、図表3のような状況が浮かび上がります。

図表3 主要国の中国に対する与信(最終リスクベース、2022年9月末時点)
中国の債権国金額シェア
報告国合計8150億ドル100.00%
1位:英国2331億ドル28.60%
2位:米国1235億ドル15.15%
3位:日本877.8億ドル10.77%
4位:台湾530.8億ドル6.51%
5位:フランス474.2億ドル5.82%
6位:韓国268.0億ドル3.29%
7位:ドイツ189.3億ドル2.32%
8位:豪州172.1億ドル2.11%
9位:カナダ132.3億ドル1.62%
10位:スペイン77.4億ドル0.95%

日本は中国のすぐ隣にあるにも関わらず、中国に対する与信は1000億ドルに満たず、トップの英国(2331億ドル)の3分の1少々に過ぎません。米国の1235億ドルよりも少ないのです。このあたり、データを見せられると、「少々意外な気もする」と感じる方も多いのではないでしょうか。

(※これについては「台湾から見て最大の与信相手国は中国ではなく米国である」など、興味深いデータがほかにもいくつかあるのですが、どこか別稿にて取り上げてみたいと思う次第です。)

ロシアに対する与信は半年でどう変わったか

さて、こうしたなか、ロシアによるウクライナに対する違法な軍事侵攻が始まってから、今月24日で丸1年が経過します。

ロシアにカネを貸している国はどこだったのかをCBSにより探ってみると、これについては戦争開始直後の2022年3月末時点では、イタリア、フランス、オーストリアの3ヵ国で全体の3分の2を占めていたことがわかります(図表4)。

図表4 主要国のロシアに対する与信(最終リスクベース、2022年3月末時点)
ロシアの債権国金額シェア
報告国合計903.6億ドル100.00%
1位:イタリア236.3億ドル26.16%
2位:フランス219.5億ドル24.30%
3位:オーストリア157.7億ドル17.45%
4位:米国85.6億ドル9.47%
5位:日本80.2億ドル8.88%
6位:ドイツ45.5億ドル5.04%
7位:韓国11.9億ドル1.32%
8位:英国8億6100万ドル0.95%
9位:スペイン2億1691万ドル0.24%
10位:フィンランド1億9200万ドル0.21%

ところが、そこから半年後の22年9月末時点では、このランキングに大きな変動が生じました。

フランスが与信を219.5億ドルから61.0億ドルへと大きく落とし、現在はオーストリア、イタリアの「2強」がロシアに与信を出している状況です(図表5)。

図表5 主要国のロシアに対する与信(最終リスクベース、2022年9月末時点)
ロシアの債権国金額シェア
報告国合計729.7億ドル100.00%
1位:オーストリア204.8億ドル28.07%
2位:イタリア169.2億ドル23.18%
3位:米国92.2億ドル12.63%
4位:日本85.2億ドル11.67%
5位:フランス61.0億ドル8.36%
6位:ドイツ36.6億ドル5.01%
7位:韓国12.3億ドル1.69%
8位:英国4億8900万ドル0.67%
9位:トルコ4億4233万ドル0.61%
10位:スペイン1億3574万ドル0.19%

とりわけロシアに対する主要国の国際与信は半年で200億ドル近く減少していることがわかりますが、日米両国のロシアに対する与信金額がほとんど変わっていないというのも興味深いところでもあります。

ロイター「イタリアとオーストリアの銀行を巡り批判」

これに関連し、ロイターが13日付で、興味深い記事を配信していました。

Analysis: Loans to Russian soldiers fuel calls for European banks to quit

―――2023/02/13 14:17 GMT+9付 ロイターより

ロイターによると、ロシア政府が現在検討している「ウクライナ戦死者」に対する負債免除案が「ロシアに残る海外金融機関に対する撤退圧力を高めている」のだそうです。

記事によれば、オーストリアのライファイゼン・バンクやイタリアのウニ・クレーディトなど、おもに欧州の金融機関が現在でもロシアで事業を営んでいて(上記図表4、図表5とも整合します)、とくに両行はロシアにとっての「システム上重要な金融機関」13社のリストに外銀として唯一入っているのだそうです。

このロシアの計画についてロイターは、ノルウェーの年金基金関係者による「銀行が事実上の戦費調達手段に使われる可能性がある」との指摘を紹介していますが、この指摘はそのとおりでしょう。

ロシアの戦死者の債務を銀行に事実上負担させるような政策は、ロシアにとって戦争のコストを民間金融機関に転嫁するものでもあります。

ただし、ロイターによると、両行は現時点においてロシアからの撤退を明言していないようであり、とりわけライファイゼンは「政府が課した融資モラトリアム」を巡り、「影響を受けるのはロシア向け融資の0.2%に過ぎず、その額は『無視できる』もの」だと述べたそうです。

ちなみに図表4と図表5でフランスのランキングが大きく落ちている理由については、ロイター記事の次のような記述を読むと納得できるでしょう。

フランスのソシエテ ジェネラルは昨年5月、ロスバンクを実業家ウラジミール・ポタニンの Interros Group に売却し、ロシアとの関係を断ち切った」。

しかし、欧州最大級の2つの銀行が<ロシアに>存在し続けていることが、欧州中央銀行(ECB)の規制当局の関心を集めていると、この問題に詳しい関係者は指摘している」。

このあたりは、やはり金融機関にとってある国からの撤退がなかなかに難しいという証拠といえるのかもしれません。

なお、同じくCBSによると、同じく2022年9月末時点で主要国のウクライナに対する与信は81.8億ドル、ベラルーシに対する与信は20億ドルに過ぎず、日本の両国に対する与信は対ウクライナで5150万ドル、対ベラルーシだと20万ドルなのだそうです。

いずれにせよ、ウクライナ戦争が2年目に突入するなかで、日欧米金融機関のロシア向け与信は、個人的には「隠れたテーマ」のひとつではないかと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 古いほうの愛読者 より:

    戦死を含めて相続に関する規定は国によって異なりますし,私はロシア法に詳しくないので一般論的なコメントしかできません。
    日本の場合,銀行口座は預金もローンも,被相続人が相続放棄しない限り,民放の規定に従って相続することになります。他方,欧米の預金は共有名義というかジョイント口座になっている場合が多く,共有名義人のうちの1人が死亡した場合,もう1人が権利と義務を継承する場合が多いと思います。ニュースの意味が,少し理解できていません。

  2. がみ より:

    数字で世界を見ると金の流れや物流がわかって面白いものですね。

    昨日の韓国のニュースで、輸入医薬品・製造原料が入って来ないと言うのがありました。
    コロナとも一見関係無さそうな便秘の薬とか記事に書いてあって記者は主な輸入先の日本の企業の製造ラインが故障の為とか相変わらず日本のせいにしてましたけど…
    酸化マグネシウム製剤の便秘薬等について言及してました。
    どうも中国が買い漁っている様子。

    あら?不足して中国が買い漁るという他の医薬品・原料とも血液製剤にも使えるぞ?
    酸化マグネシウムとかは降圧剤にも使えます。

    冒頭書いて置きながら数字とリンクで示せないのですが、昨年末から今年に入って中華人民共和国は何気に大献血運動を始めています。

    またロシアも昨年のウクライナ進攻前の直近数年やたらと献血する盛んでした。
    同じような動きです。

    なぜか日本は今年に入って製剤汚染事件で禁止していた血液製剤の輸出許可をひっそり決めて「途上国の血友病の子供達に朗報♪」とかマスコミが浮かれています。
    なにしろ、今や最も信用出来ない厚生労働省絡みです…

    確たる根拠ではなく推測てすが…
    この一連の物流の変化見てると…中国近々なにか始める気じゃないか?
    という疑問がわいてきます。
    国家レベルで大量の血液や血液製剤や鎮痛剤が必要ななにかってなんだっけ? …とすっとぼけます。

    私の杞憂であればいいのですが。

    1. がみ より:

      あっそうそう、血友病に使う血液製剤に主な成分は血小板だったりします。
      ぐ…よく止血に使われたりしますね。

      意味はないですが母の実家が群馬県なのでの「ぐ」だと思います。

      海鮮前夜祭

    2. すみません、匿名です より:

      いろんな出来事を、論理的に組み立てて推論して予測をたてる。
      その後、なぜ的中したのか、外れたのかを思考できる人を尊敬します。
      今回は杞憂であってほしいですね・・・。

      1. がみ より:

        恐縮です。

        なにしろまだコロナの真っ最中から露中が
        「献血しよ〜!」
        って言ってたのが不思議で。
        そんな医療リソース世界中で不足しているのにね。

  3. tohoku78 より:

    質問です
    与信を与える国はその国に進出ないしは出資する企業や民間人が多いこととある程度イコールなのでしょうか?
    それともロシアの場合はファンドのような金融機関だけの取引に限定されることもあるんでしょうか?

  4. 世相マンボウ* より:

    まあ、過去の経営判断で
    泥船ロシアと運命を共にしそうな
    2銀行には頑張って抜け出して
    と声援送るぐらいしかできません。

    これは
    お先真っ暗の隣国脆弱通貨国に
    貸し込んでしまっていた某M銀行さんにも
    言ってあげたいことです。

  5. 美術好きのおばさん より:

    お金の計算に弱いおばさんの戯言です。

    「ウクライナ戦死者」に対する負債免除案の言葉から、ダンナさんの死によって住宅ローンがチャラになった話しを連想しました。多摩川の土手で大量の灯油を用いた例の話し。

    それにしても、ロシアに対する与信、ドイツの第6位……

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