菅総理が再び岸田首相に「苦言」

菅総理がラジオ番組で再び岸田首相に苦言を呈したそうです。増税には「丁寧な説明が必要」としたうえで、岸田首相の「1兆円増税」方針や、現在自民党内の一部などで議論がなされている消費増税を財源とした少子化対策などを巡っても批判したのだとか。正論と言わざるを得ません。個人的に岸田首相が「今すぐ辞めるべき」とまでは考えていませんが、菅総理が「お目付け役」として政権を正しい方向に導くことができれば、岸田政権はより多くの成果を上げることができるでしょう。

政局の分析は非常に難しい

内閣総理大臣を辞任して以来、沈黙を守ってきた菅義偉総理が、訪問先のベトナムで突如として岸田文雄・現首相に対する「派閥批判」などを行ったことを受け、一部メディアは菅総理が「政局をにらんだ動きを開始した」、などと報じ始めています。

これについては『「菅義偉発」の政局はあるのか:自民党派閥勢力最新図』でも告白したとおり、正直、当ウェブサイトとしては「政局」を取り扱うのは苦手です。

というのも、「政局」は実際のところ、それを発生させる政治からの「心のなか」に加え、盟友関係、派閥、政権支持率、選挙日程など、考慮すべき「力学」が多数働くからです。

とりわけ時の首相が政権与党内で求心力を失ったり、その首相が政権を賭けて推進した法案が否決されたりした場合でも、首相にはそのまま総辞職に応じるだけでなく、解散総選挙に打って出るという「賭け」をすることができます。2005年8月の、当時の小泉純一郎首相による「郵政解散」は、その典型例でしょう。

これを現在に当てはめるならば、岸田首相が例の「1兆円増税」を巡り、党内の反発を押し切って無理やり法案を国会に提出し、自民党内からも多数の造反が出て法案が否決されたような場合に、解散総選挙に打って出る、というものです。

岸田首相が自らの確固たる政治的信念に基づいて解散総選挙に打って出るような性格の人物なのかどうか、あるいは毎年の予算が100兆円を超える日本において、たかだか1兆円の増税ごときで解散総選挙に打って出るものなのか、といったツッコミは、とりあえずしないでください。

ここで指摘しておきたいのは、政局を議論するには、残念ながら著者自身の力量がまったく足りていない、ということです。

その気になれば安倍派に次ぐ勢力の旗揚げも可能?

ただし、昨日の議論でも取り上げたとおり、著者自身の調べに基づけば、自民党所属議員378人(衆260+参118)のうち、岸田首相の出身母体である宏池会(岸田派)は43人(衆33+参10)で第4派閥にとどまっている、という事実は重要でしょう。

自民党の派閥勢力図(5大派閥)
  • 第1位:安倍派…97人(衆59+参38)
  • 第2位:茂木派…54人(衆33+参21)
  • 第3位:麻生派…53人(衆37+参16)
  • 第4位:岸田派…43人(衆33+参10)
  • 第4位:二階派…43人(衆34+参9)
  • その他…88人(衆64+参24)
  • 合計…378人(衆260+参118)

(【出所】所属議員数は2023/01/17時点の自民党ウェブサイト等を参考に著者調べ)

しかも、岸田派と同じく第4位の二階派は、衆議院議員の数だと岸田派を上回っています。

これに加え、自民党内にはこの5大派閥に属していることが確認できない議員が88人おり(衆64+参24)、このうち森山派が7人(衆6+参1)、また、菅総理に近いとされる「ガネーシャの会」に参加していると思われる議員は衆議院に15人います。

これに参議院で菅総理を支持していると思われる議員が8名ほどいるようであり、菅総理がこれらのすべての議員を束ねたうえで、二階派、森山派を糾合すれば、理屈の上では73人(衆55+参18)という、安倍派に続く第2派閥が誕生する計算です。

もしも「菅派」が誕生したら…?
  • 安倍派…97人(衆59+参38)
  • 「菅」派…73人(衆55+参18)
  • 茂木派…54人(衆33+参21)
  • 麻生派…53人(衆37+参16)
  • 岸田派…43人(衆33+参10)
  • その他…58人(衆43+参15)
  • 合計…378人(衆260+参118)

「自民党内の圧倒的多数を抑えて再登板」、現実味は?

この場合、安倍派と菅派の2派閥だけで170人(衆114+参56)と、自民党の議員の半数近くが所属することになります。

したがって、もしも岸田首相が何らかの事情で自民党総裁職を辞任することとなり、安倍派が菅総理の再登板を支持したならば、菅総理の再登板の可能性はかなり高まります。茂木派、麻生派、岸田派の3派を合算しても150人(衆103+参47)にしかなりません。

もちろん、これまで派閥を率いたことがない(しかも高齢の)菅総理が、いきなり派閥を立ち上げてうまくいく、という保証などありませんし、そもそも論として、必ずしも目論見通りに他派閥を吸収できるというものでもないでしょう。それに、菅総理も聡明な人物であるはずなので、そこまで向こう見ずな行動を取るとも思えません。

ただ、こうした議論自体、菅総理が実際にそれをやるかどうかではなく、「その気になれば自民党を糾合するだけの力を持っている(かも)」という点を、岸田首相が認識するかどうかがポイントです。

つまり、「宏池会政権」がその立場を忘れ、閣内、自民党内、あるいは有権者とのコンセンサス形成を怠り、財務省や外務省などと勝手に握って国民不在の政策を打ち出すようであれば、菅総理自身が「反撃ののろし」を上げるかもしれない、ということを岸田首相が認識すれば、それでも良いのです。

このあたり、くどいようですが、「菅総理が政局を仕掛ける」かどうかについて議論するだけの力量は、残念ながら当ウェブサイトにはありませんが、それでも故・安倍晋三総理大臣が担っていた岸田首相に対する「お目付け役」を、菅総理が担うのならば、それはそれで悪い話ではないでしょう。

菅総理のラジオ出演

こうした考え方が突拍子もないものではないことについては、菅総理自身の発言を見ればわかるかもしれません。

そのヒントとなるのでしょうか、菅総理自身は18日、ラジオ日本『岩瀬惠子・町亞聖のスマートNEWS』という番組に出演したそうです。

この番組で菅総理が話した内容の一部が報じられています。ここでは産経ニュースの記事を紹介しておきましょう。

菅前首相、岸田首相に重ねて苦言「防衛増税、突然だった」

―――2023/1/18 09:20付 産経ニュースより

産経によると菅総理は番組で、防衛力強化に伴う岸田首相の増税方針表明を「突然だった」と指摘。「とくに増税については丁寧な説明が必要だ」として、「重ねて苦言を呈した」のだそうです。

産経はまた、岸田首相が表明した「異次元の少子化対策」に対しても、菅総理がその必要性を認めつつ、次のように述べたと報じています。

これだけ物価が高騰してるときに(少子化対策として)何をやるかのメニューが出ていない中で消費税(増税)の議論はありえない」。

まったくの正論であり、非常に正しい発言です。

不安になる岸田首相の政治姿勢

やはりこうした発言を眺めていると、菅総理という人物が、政治における「プロセス」を何より重視していることがよくわかります。そして、異論をさしはさむ暇もなく、いきなり「1兆円増税」なるものを打ち出すという岸田首相の姿勢は、民主主義的な意思決定プロセスからはかなり逸脱していることも、大変によくわかります。

もっと言えば、議論を尽くさないまま結論だけ打ち出すという岸田首相の政治姿勢自体、極めて危ういものでもあります。政治や政府に対する有権者の信頼が失われることにつながりかねないからです。

そういえば、岸田首相は増税だけでなく、その他の諸懸案(たとえば日韓諸懸案)を巡っても、菅総理の姿勢を大幅に後退させています。

たとえば、菅総理の2020年10月26日の第203回国会の所信表明演説では、日韓関係については次のように位置付けられていました。

韓国は、極めて重要な隣国です。健全な日韓関係に戻すべく、我が国の一貫した立場に基づいて、適切な対応を強く求めていきます」。

この菅総理の発言、「韓国による日本に対する二重の不法行為」の構造を理解していれば、当然に出て来るものです。日韓諸懸案を解決する全責任が韓国の側にあるという点を踏まえると、日韓諸懸案はもはや日韓が「協議」すべき問題ではないからです。

それなのに、岸田首相は今年10月3日の第210回国会の所信表明演説で、こんなことを言い出したのです。

韓国は、国際社会における様々な課題への対応に協力していくべき重要な隣国です。国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤に基づき、日韓関係を健全な関係に戻し、更に発展させていく必要があり、韓国政府と緊密に意思疎通していきます」。

「韓国が解決せよ」とする文言が抜けて、「日韓で緊密に意思疎通する」とは、本質の大幅な転換です。

こんな大事な姿勢をいとも簡単にコロッと変えてしまうなど、一事が万事、岸田首相には政治家(あるいは行政の長)としての資質に疑念を抱く点は多々あるのです。

菅総理に期待したい「お目付け役」

このあたり、くどいようですが、岸田政権は経済安保法制を成立させ、安保3文書を策定し、原発再稼働・新増設方針を打ち出すなど、「やるべきこと」はきちんとやっていますので、当ウェブサイトとしては「岸田(氏)はすぐに辞職せよ」、などと主張するつもりはありません。

だいたい、『「岸田首相が辞めればバラ色の未来」論の大きな間違い』などでも述べたとおり、岸田首相が今すぐ辞めたとして、菅総理が再登板できるという保証も、岸田首相や菅総理に代替する「素晴らしい総理」が就任するという保証もどこにもないからです。

こうした文脈で考えていくならば、今回、菅総理が発言をし始めたことで、結果的に岸田首相が姿勢を改めるならば「儲けもの」です。

とりあえずは岸田首相の在任中は「増税」については完全に封印し、韓国に余計な譲歩をしようとする外務省の外交方針を矯正し、原発再稼働や新増設を粛々と進め、自衛隊の装備増強、米・豪・英・印・台湾などの友好国との連携を強化することができれば、岸田政権の後世からの評価は極めて高くなるでしょう。

まずは安倍総理の置き土産である「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)をしっかり推進することです。そのうえで、日米豪印「クアッド」協力を深化させるとともに、米英豪の「AUKUS」の枠組みとの協力関係も模索すべきでしょう(英米豪に日本を入れれば、さしずめ「JAUKUS」でしょうか)。

その意味では、菅総理にはまずは「お目付け役」として、政権を正しい方向に導く役割が期待できるのかどうかを見極める価値はありそうです

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. めがねのおやじ より:

    岸田総理、2発目やで(苦笑)。菅義偉総理は、危なっかしくて辛口に言ったんでしょう。また「1兆円増税」も『言わされただけ』と思う。自分でコレと言う信念が無いからドツボにハマるんだよ。

    今すぐ辞めるべき、とは少ししか思わないが、ええ加減に財務省や外務省や日韓議連、韓国の政治家、マスコミらみんなに良い顔し続けるのは無理だヨ。今自民党内で政権争ったら、絶対に勝ち目は無い。安倍派と菅派の2派閥だけで170人、これに無派閥や麻生派も雪崩を打って参加したら、首相経験者としては恥ずかしい結果になる。では、、引きますか?(笑)

  2. カズ より:

    菅総理は、ご意見役が天職だと思います。
    端的に本質を突き、何よりも解りやすい。

    >「自民党内の圧倒的多数を抑えて再登板」、現実味は?
    =そのためには、石橋(石破氏)を叩くことが肝要ですね。

  3. 匿名 より:

    自分も、菅前総理が岸田総理の「お目付け役」になってくれたら、いろいろと上手くまとまるのではないかなと思っております。

    菅前総理が、岸田総理の首にしっかり鈴をつけてコントロールしつつ、その一方で、ポスト岸田として総理大臣の職責を担う人材を育てて引き上げていってくれれば、将来的な流れとしてもいいんじゃないかなぁと、個人的に期待しております。

  4. 古いほうの愛読者 より:

    過去の例からして,経済状況の悪いときに総理になっても,短期政権で終わることが多いように思われます。長期政権を目指すなら,もう少し待ったほうがいいでしょう。とにかく,岸田総理の次の総理も短期政権でしょう。近くで戦争でも始まれば別でしょうが。平和だったら,消費税15%を言う役が誰に回ってくるかでしょう。その後が総理になるチャンスです。

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