20年ぶりの円安水準のメリットと、円安を恐れる韓国

20年ぶりの円安水準です。エネルギーや最終製品などの輸入が多い日本にとっては、急激な円安の進行は短期的に経済に大きな悪影響を与えかねませんが、それだけではありません。対外債権国である日本にとっては外貨建て資産の価値を押し上げる効果をもたらすとともに、中・長期的には製造業の国内回帰を促すという、意味で、日本にメリットももたらします。こうしたなか、韓国メディアには金融政策と為替相場の関係を理解していないと思しき記事も掲載されていたようです。いや、正確には、「円安を恐れている」、とでも言えばよいでしょうか。

円安:20年2か月ぶりの水準

米ドルに対する円安が進んでいます。

WSJのマーケット欄のデータによると、日本時間の本日早朝時点で1ドル=132.81円を記録したようですが、国際決済銀行(BIS)のデータと比べると、これは2002年4月3日(1ドル=132.76円)と並ぶ20年2か月ぶりの安値です。

このあたり、20年前と異なり、現在の日本は「最終製品の輸出」で大きく稼ぐ国ではなくなりつつあります。

貿易統計を分析していくと、日本の輸出品目は「消費者向けの最終消費財」よりも、「モノを作るためのモノ」、つまり生産装置などの資本財や中間素材などが非常に多く(『貿易統計①輸出品目は「モノを作るためのモノ」に特化』等参照)、短期的には円安メリットが生じ辛い経済構造に変化してしまっています。

それどころか、円安が進めば、外国から輸入する製品の価格が上昇してしまい、経済に大きな打撃が生じます。

日本の貿易構造上は、中国から最終消費財(とくにPC、スマートフォン、衣類、雑貨類)を大量に輸入しているのに加え、『日本経済の足を引っ張る「鉱物性燃料」の輸入額の急増』でも指摘したとおり、多くの原発が操業を停止するなかで鉱物性燃料(石油、石炭、ガスなど)の輸入が非常に増えています。

このため、円安は日本国民の購買力を奪い、国民生活に大きな打撃を生じさせることが懸念されます。こうした状況だからこそ、日本社会が全体として、安定したベースロード電源としての原発の再稼働に理解を示していくことが必要なのです。

円安のメリット

もっとも、円安には短期的に日本経済に打撃を与えるという側面がある一方で、忘れてはならないのは、円安がもたらす莫大なメリットです。それが「外貨建て資産の評価益の上昇」と「輸出競争力上昇・輸入代替効果」です。

そもそも日本は世界最大規模の債権国です。国際決済銀行(BIS)が四半期に一度公表している「国際与信統計」(Consolidated Banking Statistics, CBS)のデータによると、日本の金融機関が外国に貸しているおカネは、2021年12月末時点で4兆9064億ドル(※最終リスクベース)に達します。

この金額はもちろん、世界一です。また、その全額がドル建てというわけではなく、これらのなかには円建ての融資も含まれてはいるのですが、それでも基本的に日本は外国に巨額のおカネを貸していて、円安になればもうかる国である、と考えておいて良いでしょう。

これに対し、日本が外国から借り入れている金額(=債務)は1兆0908億ドル(※最終リスクベース)であり、対外債権の約5分の1少々に過ぎません。

ということは、円安が進めば進むほど、ヘッジなしで外貨建て資産に投資をしている機関投資家などには為替関連の巨額の含み益が生じていくという話でもあります。日本のような対外債権国にとって、円安は間違いなく大きなメリットをもたらすのです。

このあたりは外国の銀行から巨額の資金を借り入れている某国とは状況がまるで異なります。

貿易競争力が上昇する

円安のメリットは、それだけではありません。

貿易という側面に着目していけば、輸出品の輸出競争力が上昇します。したがって、円安が長期化すれば、製造業が日本国内に回帰していくという流れを促進しますし、また、輸入品価格が上昇すれば、中国などからの輸入品ではなく国産品を使おうとする「輸入代替効果」が生じることも期待されます。

(※ただし、現在のように電力供給が不安定な状況だと、製造業の国内回帰が順調に進むというものではないのですが、この点はまた別の議論です。)

したがって、円安には、短期的には物価上昇圧力をもたらす一方で、日本の投資家が保有する外貨建て資産の評価額を押し上げるとともに、中・長期的には日本の産業構造の変革を促進する、という効果が期待できると考えておいて良いでしょう。

日本は為替相場の安定を放棄している国

ただし、ここで少なからぬ人々が勘違いしているのが、日銀の金融政策と円安の関係です。

余り経済に強くないと思しき人々の「悪い円安論」を眺めていると、「ここまで円安になっているのだから、日銀は金融緩和政策をやめて金融引き締めに転じるべきだ」、といった主張が出てきますが、これは「国際収支のトリレンマ」という「経済の鉄則」をまったく理解していない暴論と言わざるを得ません。

この「国際収支のトリレンマ」は、「①資本移動の自由」、「②金融政策の独立」、「③為替相場の安定」という3つの政策目標を同時に達成することが「絶対にできない」、とする有名な掟のようなものです。

国際収支のトリレンマ

次の3つの政策目標を同時に達成することができないとする経済学の鉄則

  • ①資本移動の自由
  • ②金融政策の独立
  • ③為替相場の安定

①の「資本移動の自由」は、日本円という通貨自体が国際的に通用するハード・カレンシーであり続けるための絶対条件のようなものであり、日本がこの目標を捨てるということは、選択肢としてあり得ません。

一方の②の「金融政策の独立」とは、金融政策を決定するにあたって、あくまでも国内の経済成長率・インフレ率・失業率などを最適化する手段として自由に使うことができる、という意味です。

この①、②の政策目標を重視すれば、③の「為替相場の安定」が損なわれるのは、ある意味では当然の話でしょう。資本移動が自由であるという状態で、外国と比べて通貨供給量や金利が異なれば、それだけで為替相場は不安定になるからです。

したがって、日銀の金融政策も、基本的には円安、円高とは無関係に決定されなければなりませんし、為替相場を市場メカニズム以外の手段で決定することは、G20などの合意内容にも大きく反する行為です。

日本はそもそも為替相場の安定を政策目標としては放棄しています。もしも円安で短期的に日本経済に打撃が生じるというのならば、金融政策ではなく財政政策で(たとえばガソリン税や消費税の税率引き下げなどで)、国民生活への打撃を緩和する措置を講じるのが筋でしょう。

韓国メディアの記事は「大外れ!」

ところで、「資本移動の自由を保障していて、金融政策を独自に決定している以上は、為替相場は市場メカニズムで決定しなければならない」という国際社会の原則を理解していないと思しき国が、わが国のとなりに存在しているようです。

韓国メディア『中央日報』(日本語版)に今朝、こんな記事が出ていました。

円相場1ドル=132円突破…約20年ぶりの安値水準に

―――2022.06.08 07:54付 中央日報日本語版より

タイトルでもわかるとおり、1ドル=132円を突破する円安水準となったことに関連する記事なのですが、読んでいてさまざまな違和感を抱く記事でもあります。

  • 日銀が景気浮揚のための緩和政策を守っている限り、円安は続くだろう」。
  • 急激な円安の原因は米国と日本の金利差の拡大だ。グローバル投資家が円を売りドル表示の米国国債などを買い入れたことで円安が進んでいる」。
  • 最近の国際石油価格急騰も円安をあおっている。<中略>本は世界屈指のエネルギー輸入国だ。国際原油価格などエネルギー価格の急騰で経常収支に赤字が発生すれば日本企業は代金の支払いのために円を売ってドルを買わなければならない」。

このあたりの見立ては、さほどおかしなものではありません。どれも円安要因としては自然なものです。

しかし、これに続いてこんな記述が出てきます。

急激な円安を防ぐためには日本銀行が通貨政策を修正しなければならない。だが、短期間で政策を変えることは容易ではないというのが専門家の共通した意見だ。中途半端に方向を定めれば企業活動が萎縮して景気に悪影響を与える場合がある」。

ブブー!大外れです。

そもそも論として、日銀は為替相場を誘導するために金融緩和を行っているのではありません。あくまでも「脱デフレ」が金融緩和の目的です。したがって、金融緩和を続けるか解除するかに関しては、基本的には物価誘導目標が達成されているかどうかで判断され、円安の進行とは無関係です。

ただし、韓国メディアが円安に注目する理由は、おそらくは円安が進行すれば、韓国企業にとっても競争力が悪化する要因になりかねないからでしょう。

韓国の経済構造は基本的に単純で、日本から高度な生産財、中間素材など(韓国語でいう「素部装」=「素材・部品・装備」)を購入し、それを韓国国内で組み立てて輸出するというモデルです。このため、円安の進展は韓国にとっては「素部装」を安く買って来ることができるというメリットをもたらします。

しかし、現在のようにウォン安が進めば、韓国企業にとっては外貨建ての債務負担が上昇しますし、これに加えてウォン安以上に円安が進んでいることで、韓国企業にとっては輸出競争力で日本企業に競り負けてしまう、ということにもなりかねません。

したがって、韓国が円安を気にするのも、ある意味では当然といえるのでしょう。あるいは、韓国が円安を「恐れている」、と述べた方が正確でしょうか。

いずれにせよ、巷間で唱えられている「悪い円安」論自体、こうした「金融政策と為替レートの関係」、「為替相場の変動がもたらす複合的な効果」を理解していない人が一面のみを見て大騒ぎしているという側面もありますので、注意が必要であると思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 尾久の細道 より:

    アップルの iPhone が突然大幅な値上げになり、一部の消費者が愕然としているというような記事を目にしましたが、私個人としてもマクドナルドのバーガーとか豆腐だとかガソリンだとか、原料が輸入品頼りな身近な生活消費品が値上がり始めるとあまり喜んでばかりもいられないです。

    1. 匿名 より:

      逆に、例えば輸出される自動車等の高度な最終消費財は、少なくとも北米などの市場では価格競争力では勝負をしていないので、円安のメリットは同一のドル建ての販売価格を据え置いた場合に円建てのマージンが上がるというという事でしょう。

      仰るように、日本のエネルギーと食料品の輸入依存を減らすことは短期的にも長期的にも重要な課題でしょうね。

      1. 尾久の細道 より:

        上記は「尾久の細道」からです。
        失礼。

    2. りょうちん より:

      M2 Macbook Airが、ドルでは同じ値段だったのに、円価格がかなり上昇しました。
      自作パーツも。
      庶民には辛いですねえ。

  2. 七味 より:

    >急激な円安を防ぐためには日本銀行が通貨政策を修正しなければならない。

    日銀にはどうすることもできないというのは、新宿会計士様の記事で、なんとなくわかるのです♪

    だとすると、中央日報さんとしては、どう書くのが正解だっのか?と考えてみたのです♪

    急激な円安を防ぐためには「韓国政府や韓国企業が円を購入すればいい。」
    「そのために日本から円建ての輸入をたくさん増やさ」なければならない。

    これならどうかな?

    ノージャパンに引っ掛かるから、やっぱりアウトですかね♪

  3. 匿名 より:

    >>巷間で唱えられている「悪い円安」論自体、こうした「金融政策と為替レートの関係」、「為替相場の変動がもたらす複合的な効果」を理解していない人が一面のみを見て大騒ぎしているという側面

    他には対韓配慮の側面もあるのだろうか。

    1. 世相マンボウ . より:

      言及なされて見えるとおり
      日本のマスコミの
      『対韓配慮?』は不思議です。

      距離が近いということと
      ウザコイ(?笑)という点以外には
      他のまともな国に比べて
      大切な国などでは端からないのに
      なぜに韓流みたいなものに
      尋常ならざる配慮がなされているのか
      日々奇異に感じます。

      『配慮』?というと
      日本の立ち位置での行為です。
      それにしても日本に取って
      好ましいことや国防問題に
      ことごとくむたいに反対しているのは
      これはひょっとして・・・
      たとえていえば、 (^^);
      地域の自治会で
      防犯取組強化を図る際に
      こそドロ組織の手下さんが
      住民に紛れて反対しているような
      ただのそんな構図?
      なのかもしれません。

  4. どみそ より:

    「円安日本を通貨スワップで助けてあげましょうか」と 恩着せがましく倒産寸前の地域商品券を 持ち出してきそうで不快。
    マスコミは 円安デメリットばかり強調。
    儲かっているところは 沈黙。
    民主党時代の超円高が日本企業をどれだけ傷つけたか。
    円安を好機ととらえ メリットを伸ばすことを 考える思考が大切。

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