ロシアで「ルーブルを金とペッグさせよう」とする提案

ロシアの『イズベスチヤ』によると、ロシアで最近、金本位制が検討されているフシがあるようです。ただ、金本位制には健全な経済運営を不可能にする決定的な欠点があります。それは、物理的な金地金の量以上におカネを発行することができない、という点です。それとも、すでに破綻した金本位制を本気で検討しなければならないほど、ロシア経済は追い込まれているとでもいうのでしょうか?

ロシアの外貨準備

ロシアが現在、ウクライナへの違法な軍事侵攻への制裁として、西側あ諸国から外貨準備の大半を凍結されているとする話題については、当ウェブサイトではこれまでに何度となく取り上げてきました。ここでは、『開戦準備の証拠?ロシア外貨準備でドルが急減していた』でも示した試算を再掲しておきましょう。

図表は、IMFのデータ、ロシア中央銀行がが下院向けに作成している「年次レポート」をもとに、ロシアが保有する外貨準備のうち「有価証券」「現金預金」「金(マネタリー・ゴールド)」の3項目を抜粋し、金額割合を推計したものです。

図表 ロシアの外貨準備の通貨別内訳・試算値
通貨2022年1月末1年間の変化
ユーロ2037億ドル+349億ドル
金(マネタリー・ゴールド)1292億ドル▲55億ドル
米ドル655億ドル▲571億ドル
人民元1028億ドル+287億ドル
英ポンド373億ドル+8億ドル
その他625億ドル+209億ドル
合計6009億ドル+227億ドル

(【出所】ロシア中央銀行の下院向けレポートやIMFデータをもとに著者作成)

人民元だけでなく「金地金」にも投資するロシア

この図表で示されている金(マネタリー・ゴールド)の金額は、国際通貨基金(IMF)の公式統計(1323億ドル)と比べ、「誤差の範囲内」と呼ぶには若干大きいズレが生じていますが、議論の大勢に大きな影響はないため、とりあえずこのまま議論を進めます。

図表を眺めていて気付くのが、2点ほどあります。そのうちのひとつは、西側諸国通貨の割合に関するものでしょう。

先月の『西側、制裁逃れのロシアに今度は外貨準備の金取引規制』などでも述べてきたとおり、ロシア当局の発表に基づけば、ロシアが保有している外貨準備総額約6400億ドルのうち、西側主要国の金融制裁の影響で凍結されているのは3000億ドル前後です。

しかし、図表で見ると、西側諸国が凍結したと想定される金額、すなわち外貨準備のうちのドル、ユーロ、英ポンド、その他(日本円、加ドル、豪ドルなど)の総額は3689億ドルであり、この金額はロシア政府が主張する「約3000億ドル」と比べ、600~700億ドルほど上回っています。

ということは、ロシアの中央銀行が、ハード・カレンシー建ての600~700億ドル分ほどの外貨準備を、どこかに秘匿している、という可能性については、ひとつ指摘しておいて良いかもしれません。それはオフショアなどを経由した匿名の秘密口座かもしれませんし、現金かなにかで持っているのかもしれません。

ただ、もうひとつの特徴があるとすれば、人民元とともに、金(マネタリー・ゴールド)の金額が1000億ドル分を超えている、という点です。

このこと自体、ロシアが人民元のことを本質では警戒しているという間接的な証拠かもしれません。なぜなら、中国は現在のところ、対露制裁に差関していませんが、万が一中国が対露制裁に踏み出せば、この部分も凍結されてしまうからです。

あるいは、中国が対露制裁に踏み切っていなかったとしても、実際問題として中国の通貨・人民元は使い勝手が悪く、どうしてもドル、ユーロ、円、ポンドといった国際的なハード・カレンシーと比べて見劣りがします。

このように考えるならば、ロシアが人民元と並んで金地金を重視しているという理由も、なんとなく見えてきます。少なくとも金塊が相手であれば、自分で勝手に足が生えて逃げていく、ということはあり得ないからです。

金本位制を議論するイズベスチヤの記事

こうしたロシアにおける「金信仰」のあらわれでしょうか、ロシアのメディア『イズベスチヤ』に昨日、ちょっと気になる記事が出ていました。

Развод с долларом: рубль предложили привязать к золоту

―――2022/04/28 00:02付 イズベスチヤより

記事タイトルを翻訳エンジンで直訳すると『ドルとの離婚:ルーブルを金にペッグすることが提案された』、だそうです。以下、翻訳エンジンを使いながら読んでいきましょう(※ただし、登場人物の肩書などが現実と異なっている可能性もありますので、この点はご容赦ください)。

  • ロシア連邦安全保障会議書記のニコライ・パトルシェフ氏は、ロシアの経済安全保障を確保するために、通貨の価値が金にペッグされることを含む新しい金融システムが開発され、実証実験されるだろうと述べた
  • ドルの覇権は間もなく終わるかもしれないが、通貨自体は消えない
  • 19世紀のロシア帝国では1895年から1897年の改革後、ルーブルは紙と金の双方で流通したし、旧ソ連時代でも1921年のNEP(新経済政策)期間中に同様のことが発生した。ある通貨を金にペッグすれば、その通貨とその他の通貨の価値も容易に決まるなど、メリットも多い
  • 専門家らは、ロシア帝国やソ連時代、金と紙のルーブルが同時に流通することで、経済や市民の福祉が大幅に増加したことに注目している

…。

金本位制の問題点

このあたり、イズベスチヤでは、通貨・ルーブルと金の価値を紐づけることを、しきりに「新しい考え」などと強調しているのですが、非常に残念ながら、その考えは正しくありません。

これはまさに過去の「金本位制」そのものだからです。

そして、金本位制自体、基本的には貨幣発行量が物理的な金の保有量を超えることができないため(※「絶対に不可能」、というわけではありませんが)、健全なインフレを伴い経済が成長していけば、必ず破綻します。

そもそも地球上に存在する金は有限だといわれていますが、金自体は外貨準備用の資産であるとともに、じつは工業用の原料でもあります。古い携帯電話や家電、PCなどを解体し、そこから貴金属やレアメタル類を抽出する「都市鉱山」という考え方も有名でしょう。

国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)のウェブサイトにある『都市鉱山 (urban mining) の特徴と具体例』というページの説明によると、都市鉱山とは「地上に蓄積された工業製品を資源とみなし、資源をそこから積極的に取り出すこと試みる概念」だそうです。

都市鉱山 (urban mining) の特徴
  • 確定埋蔵量が明確であり、探索の必要がない
  • 加工を経て集約的に使用されたものであるため、一般に天然鉱石より高品位である
  • 採鉱・製錬という視点で、省資源・省エネルギーの可能性が大きい
  • 景観の改善や拡散による環境汚染を回避できる

(【出所】NIMS『都市鉱山 (urban mining) の特徴と具体例』)

裏を返していえば、工業原料としても貴重な金属を、中央銀行が「おカネ」と称して金庫に蓄え込んでしまうと、産業の発展が阻害されかねない、という話でもあります。その意味では、現代社会において金地金は「おカネ」には適さない物質でもある、という言い方ができるかもしれません。

いずれにせよ、金本位制の復活を大真面目に議論しているロシアのメディアを眺めていると、ロシアが西側諸国の金融制裁でかなり大きな打撃を受けていることだけは間違いないでしょう。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. カズ より:

    現実問題として、通貨の実力に関係のないところ(金地金の採掘や消費、需給バランスによる価格変動)に身をゆだねるのはどうかと思います。

    露の目論みは「金(キン)本位制」
    韓国は元から「金(キム)本位制」

  2. sqsq より:

    いざという時に頼りになるから外貨準備を積んでいる。
    外貨準備の米ドル預金が単なる帳簿の上の数字でアメリカがその気になればいつでも召し上げられるということが今回わかって、中国は真っ青になってるはず。
    今後中国は米ドルの外貨準備を減らしていくのではないか。米ドルを減らして金に行くのではないだろうか。

  3. クロワッサン より:

    ロシアは中国、オーストラリアに次ぐ金産出国ですが、金の重さで物を買う経済への移行は出来るもんなんでしょうかね。。。

    金の産出量の多い国
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/kids/ranking/gold.html

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