日韓「間接通貨スワップ」の防止はスワップ外交の課題

トルコと韓国が「ローカル通貨建てのスワップ」を締結』で取り上げたとおり、トルコ中央銀行と韓国銀行は昨日、ローカル通貨建ての通貨スワップ協定を締結しました。正直、ローカル通貨同士のスワップは通貨防衛に使えるものではなく、それどころか使い道を誤れば通貨危機を伝播してしまいます。これに加えてもうひとつ気になるのは、結果的に「日韓間接通貨スワップ」が成立するのをどう防ぐべきか、という論点でしょう。

今回の「土韓通貨スワップ」はトルコの要請だった?

昨日の『トルコと韓国が「ローカル通貨建てのスワップ」を締結』で取り上げたとおり、トルコ中央銀行と韓国銀行は8月12日付で、通貨スワップ協定を締結しました。

この「土韓通貨スワップ」を巡って、韓国メディア『韓国経済新聞』(韓経)が配信した記事が、『中央日報』(日本語版)に今朝、掲載されていました。

韓経:韓国銀行、トルコと20億ドルの通貨スワップ締結

―――2021.08.13 08:04付 中央日報日本語版より

報道発表をベースにした事実関係のみを掲載した非常に短い記事ですが、末尾にこんな趣旨の記述があります。

  • トルコは昨年5月、韓国政府に通貨スワップの締結を要請する書簡を送ったことがわかった
  • 今回の通貨スワップはトルコの要請で加速化した

つまり、この情報が正しければ、今回の「土韓通貨スワップ」は、トルコからの要請で締結された、ということです。

トルコも韓国も、いちおう国際的には「G20」構成国ではありますが、それと同時に金融面では非常に脆弱で、とくに金融危機の際には真っ先に自国から外資が逃げることで知られている国でもあります。

こうした事情を踏まえるならば、今回の「土韓通貨スワップ」がトルコからの要請で締結された、とする情報は、果たして正しいのでしょうか。

貿易決済スワップ

スワップの目的のひとつは「貿易決済」

結論からいえば、韓国メディアにしては珍しく、この記事の内容に関しては、おかしな点はありません。

その前に、事実関係を確認しておきましょう。昨日の韓国銀行の報道発表に続き、時差の関係で消化、トルコ中銀からも同様の報道発表が出ています。

Central Bank of the Republic of Turkey and Bank of Korea Enter Into Bilateral Currency Swap Agreement

―――2021/08/12付 トルコ中央銀行HPより

トルコ中央銀行が発表した内容は、韓国銀行が発表した内容とほぼ同じです。

  • 両行はトルコリラと韓国ウォンの二国間スワップ協定(bilateral swap agreement)を締結した
  • 上限は175億トルコリラまたは2.3兆韓国ウォンである
  • 期間は本日以降の3年で、相互の合意により延長することが可能である

そのうえで、次の一文についても、韓国銀行のウェブサイトに掲載されていたものと同様です。

This agreement is designed to promote bilateral trade through a swap-financed trade settlement facility and financial cooperation for the economic development of the two countries. The two sides expect that this will further strengthen collaboration between the two institutions.

意訳すれば、「今回のスワップ協定は両国の通貨による貿易決済などのために使われる」、ということです。

つまり、昨日も述べたとおり、「トルコがトルコリラを韓国銀行に預け、ウォンを引き出したうえで、韓国から輸入した製品の決済代金として使う」、といった使用方法が考えられる、ということです。

人民元スワップという前例

実際、こうしたスワップの使い方には、前例があります。

トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』でも述べたとおり、トルコ中銀が2020年6月、中国との通貨スワップを行使して借り入れた人民元が、トルコ国内の企業が中国から製品を輸入した際の代金決済に使わた、という事例です。

いわば、中国や韓国にとっては自国通貨を使った輸出代金の決済を通じ、自国通貨建ての取引の拡充につながる一方で、慢性的な外貨不足に悩むトルコにとっては貴重な外貨を節約することができる、ということであり、一見すると「ウィン・ウィン」の関係でしょう。

ただ、経済的に見れば、中国も韓国も、自国企業がトルコに製品を輸出する際、中央銀行がトルコリラの信用を肩代わりしてあげている、という側面があります。

その意味では、「スワップ」と言いながらも、実質的には中国が中国人民元を、韓国が韓国ウォンを、それぞれトルコに貸し付けるという意味の「借款」のようなものでしょう。

これについて、実際にトルコ中銀が中国人民銀行から人民元を借り入れた際の報道発表を確認しておきましょう。

Press Release on the Usage of the Chinese Yuan Funding

―――2020/06/19付 トルコ中央銀行HPより

報道発表を日本語で要約して箇条書きにしておきます。

  • トルコ中央銀行は中国人民銀行との間で2019年に締結した通貨スワップ協定に従い、2020年6月18日に初めて人民元を引き出した
  • これらの人民元はトルコのさまざまなセクターの企業が取引銀行を通じて中国からの輸入代金を人民元で支払うのに充てられた
  • 今回のスワップの引出を通じ、国際的な貿易においてローカル通貨を使った支払いが可能になるほか、トルコ企業にとっても国際的な支払手段を得るのに加え、トルコ・中国間の金融協力を深めるのに役立つ
  • 商業銀行にとっても顧客に提供する国際貿易金融手段の多様化につながる

…。

貿易決済くらいしか使い道がない

文面から想像するに、次のような流れがあったのでしょう。

  • ①トルコ中央銀行は自国通貨・トルコリラを中国人民銀行に預け入れ、あらかじめ合意された条件で人民元を受け取り、その人民元を国内の商業銀行に供給
  • ②商業銀行は取引先企業がにその人民元を貸し付け、その人民元で企業が中国からの輸入代金の決済に充てた

これと同じことを韓国に対してもやろうとしている、ということでしょう。

逆にいえば、現状で人民元なり、韓国ウォンなりという通貨を引き出したとしても、「中国からの輸入代金を人民元で支払う」「韓国からの輸入代金にを韓国ウォンで支払う」という使い方くらいしかできない、という証拠でもあります。

実際、今回の土韓通貨スワップも、「ソフトカレンシー国同士のローカル通貨スワップは中小企業同士の融通手形に似ている」とする当ウェブサイトの問題意識からすれば、たしかに潜在的に危機の伝播の可能性を高めるものでもあります。

ただし、金額は米ドルに換算して20億ドルそこそこであり、しかも「米ドルなどで引き出せる」というスワップではなく、韓国ウォンで引き出すスワップに過ぎません。貿易金融の分野において、韓国ウォン建ての決済をするという「試験」をするにはちょうど良い金額ではありますが、それだけの話でしょう。

今回の「土韓通貨スワップ」は、「インドネシア-韓国」間の通貨スワップなどと異なり、金額規模も小さく、放置しておいても問題ないレベルで將。

日韓間接通貨スワップ

トルコのホンネは「ハード・カレンシー・スワップ」

もっとも、トルコのホンネを想像するに、本当はいざというときの通貨防衛に使うために、国際的に通用する通貨(可能ならば米ドル、それが無理でもユーロ、日本円、英ポンドなど)とのスワップを欲しがっているのではないでしょうか。

実際、『「飛ばし報道」だけでトルコリラの暴落を防いだ日本円』などでも触れたとおり、昨年は「トルコ中銀が日銀との通貨スワップ協定を締結する」というフェイクニューズが流れただけでも、トルコリラの暴落が一時ストップした、という「事件」がありました。

この点、日本の場合、日銀が「通貨」スワップを締結するということは、基本的には考えられません。日銀が締結するのは「為替」スワップだからであり、「通貨」スワップを締結するのは財務省だからです。

当ウェブサイトでは昨年の段階で、「日銀とトルコ中銀の通貨スワップ」という現地の観測報道が出た際に、いちはやく「フェイクニューズだ」と指摘したつもりですが、これは日本の国際金融協力の建付けを知っていれば、誰でもすぐに気付く話です。

もちろん、トルコにとっては、日本との通貨スワップの締結は大変に歓迎すべき話でしょうし、750億ドル規模の日印通貨スワップ協定を始め、「スワップ大国」である日本にとっては、トルコとのスワップはロシアに対する牽制としても大変に有意義でもあります。

日韓間接通貨スワップをどう防ぐか

ただ、トルコが中国に続き、韓国ともスワップを結んでしまったという事情を踏まえると、日本としてはトルコにスワップを提供し辛くなった、という言い方もできます。

理屈のうえでは、韓国が通貨危機に陥った際、トルコからリラを引き出し、そのリラを外為市場で売って米ドルを手に入れ、その米ドルで通貨防衛をする、という行動に出る可能性はあるからです。

その場合、もし「日土通貨スワップ」が存在した場合、トルコとしては通貨防衛のために日本にスワップに基づく支援を要請するでしょう。つまり、間接的に日本が韓国の通貨危機を支援する、という形が出来てしまうのです。

この点、現時点における土韓通貨スワップの規模はせいぜい20億ドルそこそこに過ぎませんが、スワップラインがいちど成立すれば、金額を拡大するハードルはさほど高くありません。

仮に日本がトルコとの間で200~300億ドル規模の米ドル建てないし日本円建ての通貨スワップを結んだあとで、韓国が土韓通貨スワップの規模を200~300億ドル規模に拡大するようなことがあれば、間接的な日韓通貨スワップがもうひとつ出来上がってしまいます。

ちなみにこの「日韓間接スワップ」の問題点は、「日本-マレーシア-韓国」、「日本-インドネシア-韓国」などのあいだでも成り立ちますし、金額から判断すると、とくにインドネシアを通じた通貨スワップは大きな問題です。

これについて、事実関係を確認しておきましょう。

韓国が保有している外国とのスワップ(図表)を確認すると、マレーシア、インドネシアの2ヵ国を通じて「間接通貨スワップ」が成り立っています。

図表 韓国が保有する外国とのスワップ(通貨スワップ、為替スワップ)
相手国と失効日相手通貨とドル換算額韓国ウォンとドル換算額
UAE(2022/4/13)200億ディルハム ≒ 54.4億ドル6.1兆ウォン≒52.5億ドル
マレーシア(2023/2/2)150億リンギット ≒ 35.4億ドル5兆ウォン≒43.1億ドル
オーストラリア(2023/2/22)120億豪ドル ≒ 88.3億ドル9.6兆ウォン≒82.7億ドル
インドネシア(2023/3/5)115兆ルピア ≒ 79.9億ドル10.7兆ウォン≒92.1億ドル
中国(2025/10/10)4000億元 ≒ 617.5億ドル70兆ウォン≒602.8億ドル
スイス(2026/3/31)100億フラン ≒ 108.5億ドル11.2兆ウォン≒96.4億ドル
トルコ(2024/8/12)175億リラ ≒ 20.3億ドル2.3兆ウォン≒19.8億ドル
二国間通貨スワップ  小計…①1,004.4億ドル114.9兆ウォン≒989.4億ドル
多国間通貨スワップ(CMIM)…②384.0億ドル
通貨スワップ合計(①+②)1,388.4億ドル 
カナダ(期間無期限)※金額無制限
米国(2021/12/31)※600億ドル

(【出所】韓国銀行ウェブサイト等より著者作成。為替換算は昨日時点のWSJのレートを参照。なお、カナダと米国とのスワップは通貨スワップではなく為替スワップ)

為替スワップで「間接スワップ」は成り立たない

なお、韓国がスワップを締結している国のうち、豪州、中国、スイス、カナダ、米国の5ヵ国については、日本が為替スワップを締結している相手国でもありますが、為替スワップについては「間接スワップ」の問題点は成立しません。

なぜなら、為替スワップは中央銀行・通貨当局が相手国の市中金融機関に直接、自国通貨を供給するという協定であるため、通貨当局(たとえば韓国銀行など)が為替スワップで借り入れた資金を横流しする、ということはできないからです。

「韓国はカナダと無制限の通貨スワップを保有している」、「日本もカナダと無制限の通貨スワップを保有している」、「よって日韓は無制限の通貨スワップを保有している」などと述べる人がときどきいらっしゃるようですが、そもそもカナダと韓国、日本とカナダが保有しているのは通貨スワップではなく為替スワップですのでご注意ください。

いずれにせよ、その意味で、日本もスワップ外交を展開する際には、相手国だけでなく、相手国がどこの国とスワップを締結しているかについては、注意が必要なのかもしれないと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. G より:

    トルコリラは、東南アジア諸国通貨がとりあえずは安定しているのとは違って、継続的に価値が下がり続けています。こういう通貨への対応として、日本流援助型ドル通貨スワップは向かないんじゃないかなと思います。要するに危険なのが日常なので、「本当の危機」まで取っておけないような気がします。
    伝家の宝刀として、床の間にうやうやしく飾って置いて欲しい、出来れば一生使わず、飾って家の格の高さを誇る宝として扱って欲しい。でもトルコの場合、治安が悪いからと刀を腰に差して外出して事あるごとにに抜いて使ってしまいそう。そんな話です。

    だから韓国への間接通貨スワップへの危険はないと思います。

    また、日本流援助型ドル通貨スワップを提供する東南アジア諸国を使った韓国の間接スワップもほぼ無いと思います。スワップが両者対等とはいえ東南アジアとのスワップは実質日本の援助であることは両国承知しています。スワップを発動するには日本の許可が必要で、日本は当該国が危機に陥っていることを確認しての対応になります。自国が危機でも無いのにスワップ発動して韓国に横流しするというのは難しいです。

  2. めがねのおやじ より:

    更新ありがとうございます。

    ん〜とりあえず日本ートルコの通貨スワップは、無しで。気の毒な気もするし、たかが20億ドルぽっちならいいかな〜と思いますが、トルコの背後に潜む狡猾南朝鮮がいたなら取極しない。彼らは必ず日本を狙い、根こそぎ奪う「底引き網漁船」です。

    「ウリの経済領土は更に広がった!」とか与太話を吹聴しますから。【気をつけよう。各国のスワップライン、某国が潜んで居ないか?】

  3. だんな より:

    韓国についてスワップを考えるのと同様に、トルコとのスワップを考えれば良いんだと思います。
    トルコは親日国だと思いますが、中露に近づき反米トレンドになっており、韓国同様将来の紅組候補です。
    中国との60億ドルスワップ、韓国との20億ドルスワップを解消しない限りは、日本が戦略的に関わる理由は無いと思います。

    1. 匿名 より:

      オーストラリアなどと同様にトップの意向で親日的か反日的かのブレが大きそうな国ではありますね
      今のエルドアン大統領はレッドチームにベッタリの様子ですから、彼がトップの間は日本としては過度な深入りを避けるのが吉と思います

  4. がみ より:

    めがねのおやじ様

    通貨スワップってほとんどの誇り高い国家では最後の最後まで行使することの無い、国際社会への信頼を得るための安全弁だと小生は思っているのですが、こと韓国・ベネズエラ・アルゼンチン・トルコ・レバノン等の国では最初から行使する前提で締結してる風情ですもんね。

    関わらず近寄らないに越したことはありません。

  5. カズ より:

    間接スワップに有効な未然の防止策は付帯事項の充実くらいでしょうか?

    ①新たな締結の場合は日韓双方との重複した通貨スワップを認めない(日本側は為替スワップに切り替える)
    ②既存の重複通貨スワップについては、対抗措置を講じた(同等額のウォンを売り浴びせた)分だけ実行に応じる。

    とかね・・。
    *****
    >今回の「土韓通貨スワップ」はトルコの要請だった?

    本当は中国からの要請だったのでは?
    そうでないと、こんな危なげな(韓国に分が悪い)スワップなんて結ばない気がするんですよね。

    中国はトルコにささやきました。
    『人民元スワップが焦げ付きそうなら、ウォンを使って決済すればいいよ!』ってね・・。

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