朝日新聞社「退職給付に係る繰延税金資産取崩」の意味

以前の『朝日新聞社「中間純損失400億円超」の衝撃』で「速報」的に取り上げたとおり、朝日新聞社の中間決算が同社にとって史上最大級の赤字に沈んだようです。これについて同社の半期報告書が閲覧可能な状況となっていたため、先日の議論を簡単に補足しておきましょう。キーワードは退職給付負債にかかる繰延税金資産の取り崩し、です。

朝日新聞社の半期報告書

朝日新聞社が2020年9月期の中間決算において、400億円を超える中韓損失に転落する見込みだ、という話題については、以前の『朝日新聞社「中間純損失400億円超」の衝撃』で速報的に取り上げました。

これについて、同社が12月11日付で提出した半期報告書がEDINET上で閲覧可能な状態となっていますが、これが大変に興味深い状況です(図表1)。

図表1 株式会社朝日新聞社 2020年9月期連結業績(vs2019年9月期)
項目前期からの変化増減
売上高1794億円→1391億円▲403億円
売上総損益464億円→366億円▲98億円
営業損益7億円→▲93億円▲99億円
経常損益30億円→▲82億円▲112億円
税前損益33億円→▲94億円▲126億円
中間純損益(※)14億円→▲419億円▲433億円

(【出所】株式会社朝日新聞社・2020年9月期半報より著者作成。なお、※で示した項目の正式な表記は「親会社株主に帰属する中間純利益または親会社株主に帰属する中間純損失(▲)」)

繰延税金資産の否認

2019年9月期の中間純損益は14億円の黒字でしたが、これが2020年9月期において、一気に419億円もの赤字に転落しました。その主要因は、繰延税金資産の取崩しです。

同社の連結貸借対照表上、2019年9月時点の繰延税金資産(固定資産)は321億円でしたが、これがじつに319億円も減少しました。これについて朝日新聞社半報には、次のように書かれています。

今期の新型コロナウイルスの影響などを踏まえ、将来の利益計画を見直し、繰延税金資産を取り崩した。

ここで繰延税金資産とは、税会(法人税等と企業会計)の不一致を調整するための項目です。

わが国では法人税法などの規定上、損金(税務上の損失)と認められるための条件が厳しく、会計上は費用・損失として計上されているものの、税務上はまだ損金となっていない項目(将来減算一時差異)が多く出るという傾向にあります。

退職給付に係る負債で400億円の繰延税金資産

その典型例が、退職給付に係る繰延税金資産でしょう。

「退職給付に係る負債」(昔の用語でいう「退職給付引当金」)は、従業員の退職一時金や、退職後の年金などに充てるための資産に不足額が生じている場合に、その金額を現在価値に割引いて計上する負債ですが、これを計上する際の費用の多くは税務上の損金として認められません。

株式会社朝日新聞社の2020年3月期の有価証券報告書から税効果注記を引っ張って来ると、2020年3月31日時点における繰延税金資産(連結ベース)は433億円ですが、その内訳は次のとおりです(図表2)。

図表2 株式会社朝日新聞社の繰延税金資産の発生原因別内訳(2020年3月31日)
発生原因金額構成比
退職給付に係る負債406億円93.78%
減損損失35億円8.10%
賞与引当金21億円4.87%
その他36億円8.36%
繰延税金資産小計499億円115.12%
評価性引当額▲66億円-15.12%
繰延税金資産合計433億円100.00%

(【出所】株式会社朝日新聞社・2020年3月期有価証券報告書より著者作成)

これで見ると、2020年3月期において、株式会社朝日新聞社の繰延税金資産の大部分(9割以上)は退職給付に係る負債から発生していることがわかります。つまり、同社における従業員の退職給付債務の積立不足額に実効税率(30.62%)を乗じた金額が406億円だった、というわけです。

繰延税金資産の取り崩しの意味

一般に、繰延税金資産をバランスシートに計上するためには、これが将来時点において回収可能かどうかを判断する必要があります。

実際、株式会社朝日新聞社の場合も、繰延税金資産の回収可能性については「将来の税金負担額を軽減する効果を有するかどうか」という観点から、具体的には次のいずれかを満たしているかどうかにより判断しているのだそうです。

  • ①収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得の十分性
  • ②タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の十分性
  • ③将来加算一時差異の十分性

(【出所】株式会社朝日新聞社・2020年3月期有価証券報告書P16)

ということは、今回、繰延税金資産の取り崩しが発生するということは、上記①~③をどれも満たしていない状況になってしまった、ということです。すなわち:

  • ①収益力が低下しており、一時差異等加減算前課税所得が十分とはいえなくなった
  • ②タックス・プランニングができなくなった
  • ③将来加算一時差異(≒益出しの原資)が十分とはいえなくなった

ということでしょう。

一般に退職給付の支給は長期間に及びます。株式会社朝日新聞社の有報・半報からは、従業員に対する退職給付を支給する期間において、税効果を認識することができなくなったということであり、かつ、含み益のある資産も枯渇しつつある、と読めてしまいます。

下半期に250億円以上の「益出し」を実施か?

朝日新聞社といえば、不動産部門が絶好調であり、また、有価証券や不動産など、含み益を持つ優良資産をたくさん抱えている、というイメージがあります。その朝日新聞社が繰延税金資産を取り崩したということは、やはり、益出し自体が難しくなっているという可能性が示唆されます。

こうしたなか、もうひとつ気になるのが、先日の『朝日新聞社「中間純損失400億円超」の衝撃』でも紹介した論点のひとつが、「本年度決算では170億円の赤字を見込む」、というものです。

先ほどの図表1で確認したとおり、中間期の純損失は419億円でしたが、言い換えれば、3月末には赤字幅が170億円に圧縮される、ということであり、少なくとも250億円の「益出し」オペレーションが実施される必要があります(もしかしたら、現時点ですでに実施しているのかもしれません)。

すなわち、繰延税金資産の取り崩しは含み益の枯渇と軌を一にするものである、という可能性が出てくるのです。盤石だと思われていた朝日新聞社の不動産業などの収益基盤も、意外と脆弱だったのかもしれませんね。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

ところで、朝日新聞社は新聞業界のなかでも大手であり、かつ、財務内容も良好だと思われているはずの会社です。その朝日新聞ですら、部数の激減に見舞われているということは、やはり新聞業界全体がかなりの苦境に陥りつつある、ということを意味しているように思えてなりません。

この点、新聞業界側は、新聞業界の苦境は新型コロナウイルス・武漢肺炎がきっかけだ、などと主張しているようですが、個人的にはこれまでの業界の姿勢がここにきて一気に矛盾として噴出しているだけではないかという気がしてなりません。

いずれにせよ、最大手のひとつである朝日新聞社ですらこのような状況なのですから、来年以降も新聞業界の苦戦が続くと考えて間違いないでしょう。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. イーシャ より:

    > 新聞業界の苦境は新型コロナウイルス・武漢肺炎がきっかけだ、などと主張
    一理あると思いますよ。
    武漢肺炎の不安を無暗に煽り、検査ばかりさせて医療崩壊に導こうとした悪行が、自らの首を締めたという点で。

  2. めがねのおやじ より:

    更新ありがとうございます。

    「祝!朝日新聞社。本業発行部数激減と虎の子のリーシング事業も利益枯渇か?祈2021年度廃刊!」。

    新聞みたいな遅い汚れる重い古い情報は要らぬ。配送も二酸化炭素ばら撒き。ましてやアノ反日内容ではネ。いったい何処の国の新聞か?

    さっさと諦めて、何か詰まらぬ意見を述べたいなら、書店置きの左巻き御用達の週刊誌でも出してなさい。かつての「朝日ジャーナル」のように。朝日信奉者が1万部なら金出して買ってくれる(嘲笑)。従業員は20人も居れば十分、あとは解雇。

  3. 七味 より:

    >中韓損失

    (。´・ω・)ん?・・・・・・

    ٩(。•ω<。)وピコーン

    中韓に入れ込み過ぎて赤字を出したって事ですね!!

    1. りょうちん より:

      「あなたつかれてるのよ・・・」

      1. イーシャ より:

        中韓に憑かれてるのよ・・・

    2. 名古屋の住人 より:

      七味様

      御意。

    3. タナカ珈琲 より:

      七味様

      あなたは一字一句読んでいるのが判ります。
      コレは揚げ足取りとは理解していません。
      ワタシも中韓には、ハッとしました。

    4. 匿名29号 より:

      「中韓損失」は来年の新語大賞の候補です(ウソです)

  4. 農民 より:

     「消費増税でも、値上げなんかしないで頑張ります!!(軽減対象)」と勇ましかったのに…
     むしろいまだに朝日をとる読者が相手なのだから「あーあ、政権のせいで値上げです!あーあ!!」ってやっておけば利益も同情も得られたのでは。
     さらに勘繰ると、朝日新聞社の経営にとって購読料の数%なんかもはや(元々?)意味が薄いのかもですね。

    1. 農民 より:

      参考:最近の朝日新聞社の勇姿
      https://togetter.com/li/1636616

    2. カズ より:

      農民さま

      増税前にこんなニュースもありましたね。

      新聞が“薄く”なり始めた?部数減&巨大な販売網維持コスト上昇でステルス値上げか 
      exciteニュース 2019.6.24
      https://www.excite.co.jp/news/article/Bizjournal_mixi201906_post-15797/
      >4月1日、朝日新聞は紙面リニューアルを名目に紙面の内容を削減し、最終版配達エリアも再編されることになった。

      *増税時に「朝日は元々が高かったじゃん」って意見もありましたよね。たしか。

  5. カズ より:

    何となくなのですが、
    退職給付引当金の取崩しや減資、保有資産の評価替えなんかで財務諸表上の体裁を整えただけでは状況の改善には繋がらないと思うんですよね。

    一時しのぎにはなるのかもですが、資金繰りの原資が増える訳ではないのですから・・。

    1. りょうちん より:

      大きな病院の経営を覗く立場だったことがありましたが、基幹病院の様な純益の少ない業態では、その年が赤字になるかどうかが、その年の定年退職者の人数で左右されていたりしました。
      病院ではリストラは無かったですが、朝日新聞ではリストラ費用も必要でしょうから苦境は続きますね。
      それにくらべてNHKの財源の盤石なことよ・・・。

      1. りょうちん より:

        書いてから思い出しましたが、リストラはありました。
        年齢が高く、正看の師長より給料が高いヒラの准看護師を辞めさせていました。
        まあ例外的な少数人数でしたが。

      2. カズ より:

        >それにくらべてNHKの財源の盤石なことよ・・・。

        彼らこそ、含み資産の益出しで運営費を賄って欲しいですね。

    2. 雪国の会計士 より:

      値上げと繰延税金資産で思い出しました。
       東日本大震災で原発稼動が困難になり、赤字も値上げすれば、繰延税金資産はケンチャナヨだ、として、気鋭の監査法人と闘った北海道の電力会社がありました。
       監査法人は来年の事業計画すらたてられない経営者なのに、値上げ可能だと主張するのは根拠なしと切り捨て、繰延税金資産ゼロとしました。
       会社は監査法人の主張を飲むこととし、恨み節を吐露したゲスい経営者をご紹介します。

      https://www.nikkei.com/article/DGXNASFC2700O_X20C12A4L41000

      監査法人ほこの年を最後に退任、一方、この社長しばらくして辞めました。

  6. 引きこもり中年 より:

     独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
    (なにしろ、朝日新聞と違って自分が間違う存在であると自覚しているので)
     朝日新聞社員としては、(他の会社がどうであれ)「朝日新聞の先行き不透明なのが面白くなく、それをスカッとするために紙面を作っている」という面もあるのではないか。(もちろん、正しい報道(?)をした結果、スカッとすることもあるでしょう)
     特に朝日新聞は、(金銭面はともかく)慰安婦報道の間違いを認めて以来、他人を上から目線で批判することが難しくなったということが、面白くないのでしょう。
     蛇足ですが、(朝日新聞だけとは限りませんが)世間体もあるので口外するかは別にして、他人の責任に出来ない限り、人は自分の間違いを死ぬまで認めない生き物なのかもしれません。(大きな問題になりすぎて、間違いを認めるのが辛い場合は特にそうです)
     だとすると、世代交代で新人類(?)に変わらない限り、朝日新聞も変われないのかもしれません。
     駄文にて失礼しました

  7. ぷー より:

    子供の学習塾でお薦め!中学受験に最適!旦那も、あーこれこれ!でも朝日新聞の記事を元に社会を読み解いて、尚且つ添削がある。うーん。洗脳?地道な努力はしているんでしょうけど。(朝日だからヤだ、は家庭内差別用語なので言えません。何と言って拒否すべきでしょう?)

    1. ぷー より:

      忘れてました。朝日新聞が展開している「今◯◯教室」のことです。

  8. めたぼーん より:

    本業で稼ぐ力は確実に減っているという事ですね。どうするのかな。改心するか、マニアが喜ぶ記事で紙面を埋めて、更に先鋭化するか。前者は無いでしょうけど。

  9. だいごろう より:

    まさに新宿「会計士」様の面目躍如と言った記事で、読み応えがありました。
    盤石と思われていた朝日新聞の不動産部門も雲行きが怪しくなっているというご指摘は、数多ある同社の経営危機論の中でも初めて見るもので、パラダイムシフトと言えます。
    今後も続報の投稿を楽しみにしております。

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