長時間労働を当然とみる、怪しい「経営コンサルタント」

働き方改革という言葉が「流行語」のようになっています。私なりにわかりやすくいえば、「仕事と私生活の適切なバランスを図ること」、「組織が個人に対して違法な長時間労働を強要することを禁止すること」です。ただ、この「働き方改革」を勘違いしている人がいます。40代の男性のなかには、「早く家に帰っても子供の相手をさせられる」という、極めて情けないことをいう者もいるようですが、こういう親としての自覚もない人間が「働き方改革」を批判しているのを見ると、思わず乾いた笑いが出て来ます。

そりゃないでしょ、デイリー新潮さん

最近、日本経済新聞社の元編集委員にして優れた韓国観察者である鈴置高史氏の論説が読みたくて、定期的に『デイリー新潮』を巡回しています(一方で、『早読み深読み朝鮮半島』シリーズが終了したため、もはや貴重な時間を割いてまで『日経ビジネス電子版』を訪れることもなくなりました)。

ただ、デイリー新潮さんにはまことに申し訳ないのですが、鈴置氏の連載がなければ多分わざわざ訪れることはないでしょう。なぜなら、読んでいてまったく賛同できない記事もたくさんあるからです(もっとも、このあたりの事情は旧『日経ビジネスオンライン』についても同じことがいえたのですが…)。

正直、何を述べているのかよくわからない記事が、これです。

「働き方改革」が国を滅ぼす――企業成長に停滞懸念、病院すらも“診療お断り”?(2019年4月11日付 デイリー新潮より)

主張内容はタイトルのままです。

この記事は、4月1日以降、順次施行されていく「働き方改革関連法」に従って残業時間などが規制されることを巡って、「さながら仕事妨害の時短ハラスメント」と舌鋒鋭く批判します。

記事の中では「経営コンサルタントの横山信弘氏」という人物が登場するのですが、この人物は、次のように述べています。

  • 働き方改革によって、社員や企業の成長が滞ってしまいかねない、という懸念は、多くの企業の社長から寄せられています
  • いまの40代、50代の社員は、若いころから長時間労働に慣れ、時間をかけたからこそ身につけられた能力をもっています。

はて、そうですかね?(笑)

長時間労働で時間をかけたからこそ身に着いた能力って、いったい何のことでしょうか?

具体的な統計データなどの指摘がまったくないので、この横山氏という人物が何をもって「長時間労働でこそ身に着いた能力」と呼んでいるのかわかりませんが、長時間労働で得たのは効率悪くダラダラ働くという悪弊と、「濡れ落ち葉」と揶揄される定年後の惨状ではないでしょうか。

その典型例が、おなじ記事の中にある、大手生命保険会社勤務の40代男性の次の発言です。

早く帰宅しても、子供の世話をしろとか皿を洗えとか言われるだけなので、漫画喫茶や飲み屋で時間をつぶし、家族が寝るころに帰るようにしています。そうしておかないと、仕事で疲れたのを言いわけに、土日にゴロゴロすることもできなくなりますからね

こういう情けないことを言う男のことを、同じ「40代男性」として、私は深く軽蔑します。別に自分のことをどうのこうの言うつもりはありませんが、私自身は子供の世話をするのは夫婦の連帯責任だと考えているからです。

横山さんがいう「長時間労働に慣れ、時間をかけて身につけた能力」って、「仕事で疲れた」を言い訳に、土日に子供を放り出すという能力のことでしょうか?(苦笑)

若手に長時間労働強いるのはどうかと思います

ちなみにこの横山さんという人物は、このようにも述べます。

一方、入社したばかりの新人が最初から時短を目標にした働き方をして、はたして成長に結びつくのか、能力を開発できるのか、非常に疑問です。剣道に喩えれば、達人と呼ばれる人は、どこで力を入れるのか、どこで力を抜くのか、という判断ができます。始めたばかりの人は動きすぎてしまうものですが、徐々に無駄をそぎ落とすことで洗練されていく。でも、最初から“動かない”を前提にしていると、なにが必要な動きであるかさえ判断できません

「新人は誰しも、どこまで働けばよいか、何が必要な動きであるかさえ判断できない。」

この指摘は、そのとおりでしょう。

当然、若いころだと無駄な仕事もたくさんしてしまいますし、失敗も数多く経験するに違いありません。「何が必要な仕事か」、「どうすれば失敗しないか」、「どう働けば効率的か」については、「長時間働けば身に着く」というものでもありません。

なにより、日本企業の大きな問題点は、本人が望んでもいないのに、「周りの先輩が帰らないから自分も何となく帰れない」という、「帰れない風潮」「有給が取れない風潮」があることです。それなのに横山氏は

若手のなかには、体力があるうちにバリバリ働いて能力を磨きたい、と考える人もいます。そういう人は、日本の企業では、残業を望んでも帰されてしまうので、より融通がきき、海外で働く機会が得られる可能性がある外資系企業に流れます。優秀な人材がどんどん外資に流れてしまうのは、大きな損失です

と述べているのです。

横山氏は「外資系」とひとくくりにしていますが、業種によっては外資系の方が勤務時間の制限が厳しいということを、もしかしてご存知ではないのでしょうか?

こういうまったく理論的でない主張をする人物が「経営コンサルタント」を名乗るということの方が、むしろ心配ですよ。

能力開発はどうすればよいのか?

ちなみにデイリー新潮の記事は若年層の人たちの長時間労働に肯定的なようですが、私自身はその考え方には同意できません。

いくら若くても、毎日のように長時間労働で疲弊しきってしまえば、週末も寝て過ごすことになるでしょう。

毎日家に帰って眠るだけ、週末は1日中寝てしまう。

そんな生活を長期間続けて、いったい何のスキルが身に着くというのでしょうか。

せっかく生まれて来たのなら、さまざまな人たちと知り合いになるべきですし、趣味にも没頭したいところですし、さらには素敵な異性(※)とお付き合いし、結婚して家族を持つというのも素晴らしい人生かもしれません。

(※ただし、世の中には異性との恋愛ができないという方もいらっしゃることは存じ上げていますし、別に私はそのような人たちを差別するつもりは一切ありませんので、どうか誤解されないようにお願い申し上げます。)

平日は1日8時間まででキッチリと仕事を終わらせ、合コンに行くもよし、趣味の習い事をするもよし、それこそ能力開発をするのも良いことです(ちなみに、私個人的には「英語、会計、PC」という分野で能力を開発すると、今後の人生で何かと役に立つと考えています)。

かくいう私自身も若いころ、いくつかの会社を経験したのですが、自分なりに気付いたのは、「能力開発」はさまざまな手段で行うべきだ、ということです。あまり自分の経験を押し出すわけにはいかないのですが、私自身、ITスキルでかなり得をしてきた人間でもあります。

たとえば、私が社会に出た前世紀末頃は、ちょうど世の中にPCが普及し始めた時期と重なっており、オフィスでも1人1台、ノートPC(OSはウィンドウズ98)が配布されていました。しかし、まだ現場では十分にPCを使いこなしているとは言い難い状況にありました。

こうしたなか、私は新人でありながら、諸先輩方が1週間掛けていた作業を1時間で終わらせるマクロを組み、業務を一気に圧縮したことがありました。

大学時代にはマッキントッシュ・ユーザーだったため、もともとキーボード・ショートカットを知っていたという事情もあるのですが、これにマクロ、エクセル関数、アクセス関数などのテクニック組み合わせることで、作業の速度と正確さが飛躍的に上昇したのです。

というのも、昔の会計監査の世界だと、被監査会社の帳簿と証憑を手作業で突合していたのですが、被監査会社の方から帳簿サンプルをデータで受け取り、それを自分で集計し直して矛盾を発見し、深刻なシステムバグを発見して感謝されたこともあります。

また、当時自分自身で開発したデータ集計技術は、現在でも当ウェブサイト『新宿会計士の政治経済評論』を執筆する際に、いろいろと役立っていることも事実です。

長時間労働ではなく「ビジネス」をやろう

さて、現在の私は、すでに「労働者」ではなくなってしまっています。

「平日は朝早く起きて通勤電車に乗り、1日中仕事をして、夜遅く帰ってくると妻も子供も寝ている」

「休日は仕事の疲れで1日中ゴロゴロ寝ている」

という生活を、逆にしたことがありません。

あまりプライベートの話をするのもはばかられるのですが、ごく簡単に申し上げれば、少なくとも私自身、子育ては夫婦共同責任だと考えていますし、わが家の場合はお互い気を遣い、子供や家庭にかかる仕事を分担していると考えています。

(※といっても、現代の家電技術を活用し、「平日の家事は、夫が保育園の送り迎え、子供のお風呂は夫、料理は妻。掃除はルンバ、洗濯は全自動洗濯乾燥機」といった分担にすれば、かなり楽になると思いますが…。)

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

ちなみに、私自身が起業を決断したのは約4年前のことですが、何が良いかといえば、自分ですべて決められることです。

正直に申し上げると、もう少し仕事をしたいなぁ、という気持ちもあるのですが、それと同時に子育てというのは人生の中でも今しかできないというのも事実です。私自身、やはり子育てが一段落するまでは、仕事をセーブしつつも、家族と過ごす時間を大切にしていきたいと思っています。

ただし、その人がどのようなビジネスライフを送ろうと思っているのか、あるいは仕事と私生活のバランスをどう図るのかは、その人によっても、あるいは人生の段階によっても異なるはずです。

正直、「長時間労働をやりたい」と思う人は、自主的にやれば良いと思いますが、組織が若手に対し、それを強要することは間違っています。

(※どうでも良いのですが、日本のなかでもっとも「働き方改革」を必要としているのは、日本共産党や立憲民主党などの野党だと思います(『真っ先に働き方を改革しなければならないのは野党の方だ』参照))。

読者コメント一覧

  1. 韓国在住日本人 より:

     小生が最初に入社した日本の企業はPCがほとんど普及しておらず、大学でずっとコンピュータを使っていた小生としては少々面食らった思い出があり余す(無論小生の時代はFORTRANからBASICを経由してC言語でしたが、小生はC言語は放棄しました)。小生は測定器に付属しているPCを使って1-2-3や一太郎を使って報告書を仕上げていました。とかく異端児でしたので仕事も指示されたもの以外に自ら考えてやりました。そうすると下調べや論理構築等でどうしても時間がかかります。会社の慣例に習わない小生のやり方が理解できない人もいましたが、それでも会社は全て仕事とみなしてくれました。そのため、入社して2カ月の研修期間が終わってすぐに残業の嵐が始まりました。24時間、48時間労働もあり、毎月80時間オーバーで、人事担当から目を付けられていました。

     しかし、その時の長時間労働が現在の小生にとってかなり生かされているのは間違いありません。また、長時間労働してもさほど苦には感じませんでした。技術者の方なら理解して頂けると思いますが、仕事が楽しいのです。お給料を頂くと言うよりも、自分の好きな事をやらせてもらっている感が大きかったんです。自分の構築した論理で答えが思い通りに出たときの快感は何とも言えません。ただし、このような状況は長くは続きません。務めるにつれてやりたくない仕事が増えていくのです。最終的には管理職なるとやりたい仕事すらできなくなりました。「部下を育てろ」、「いつまでお前ばかりやってる」等々・・・。

     長時間労働を認める立場ではありませんが、長時間労働の全てを否定できません。即ち、長時間労働の内容が重要なのです。真面目に努めている方にとって、仕事にはやりたい仕事とやらなければならない仕事があります。やりたい仕事のみが続き、それが社員のモチベーションを維持できれば、多少の長時間労働も認められると小生は思います。ただし、モチベーションが維持できるような仕事が常にあればいいのですが、そうも行かないのが世の中です。

     韓国の長時間労働はかなり酷いのですが、それも労働者の側にも問題があります。韓国人は効率化が出来ない(やらない?)のです。効率化すると仕事がなくなるとか、残業手当がもらえなくなるとか、全てが金銭に絡む方向で考えている人が多いです。楽してお金を沢山もらう方法を常に考えており、自らの好奇心を満たすような仕事はほぼやりません。その考えは慰安婦問題や朝鮮人出稼ぎ労働者問題に繋がっていると小生は思います。少なくとも韓国内の韓国人の仕事ぶりを見ていると、慰安婦問題や朝鮮人出稼ぎ労働者問題がいつまで経っても解決しないことが良く分かります。

     駄文にて失礼します

    1. りょうちん より:

      >一太郎を使って報告書を仕上げていました。

      お布施のように三年に一回くらい買っているのですが、今年はこんなバージョンアップするよ、早期購入すると景品がもらえるよとJUST SYTEMからDMが送られてきます。
      でもって、その景品の品揃えを見るとユーザーの高齢化がうかがえてなんとも・・・。

      技術職(IT土方は除外w)・研究職の長時間勤務は、半ば趣味ですよね。
      私も大学院時代は辛かったけど、研究時間より生活のためのバイトの時間の方がきつかった。

      1. 韓国在住日本人 より:

        りょうちん 様

         レス有難うございます

         >三年に一回くらい買っているのですが

         まだJUST SYSTEMは一太郎を開発・販売していたんですね。小生はベネッセコーポレーションのライバルになったんだと思っておりました。

         今から思えばJUST SYSTEMのATOKは優れものでした。MICRO SOFTのFEPの変換率の悪さからWORDをAOTKで動かしていた時期がありましたね。あと、使い勝手の悪いJUST WINDOWや花子というCADモドキもありましたね。

         駄文にて失礼します。

    2. 阿野煮鱒 より:

      自分も長時間労働をやりまくった技術者でしたが、確かにその全てがやりがい搾取的な劣悪な労働ではなかったと認めます。ハードウェアが本職でしたが、C言語だけでなく遡ってアセンブラも覚えましたし、VLIW(Very Long Instruction Word)のLSIもいじくれました。英語もOJTで、つまりぶっつけ本番の海外出張で鍛えられました。給料をもらいながら勉強できるのですから、安月給でもいいやと思っていたものです。

      でもね、結婚して子供ができて管理職になって全てが変わるのです。その状況を想定せずに仕事に耽溺していたのは不覚でした。

      生活の質は収入に比例しないかもしれませんが、最低限度は必要腕あり、家族のために費やす自由時間も必要です。それを否定して企業への献身のみを求める経営者は、いずれ淘汰されるであろうと夢見ます。

  2. ととちん より:

    私は2年前に定年退職しました。仕事はサービス業です。この働き方改革などは何度もききましたが、ホワイトカラーの話でブルーカラーの我々には当てはまらないと思って来ました。しかし、新しい方は8時間労働があたりまえで作業が終わらなくても帰ってしまいます。また、言われないことはやらない。そうゆう方が上に上がっていくと指示ができない考えられない。ゆえに年寄が尻拭いをする、企業はそれでも良いのでしょうか、長く働けとは言えないですが、経験を重視することも大切だと思いました。

  3. 匿名 より:

    まず、この横山とか言う怪しげなコンサルが世間ではよく知られていないことに気付く必要がある。つまりさまざま世間の批判を乗り越えていないことを意味するわけだ。それでいてデイリーが彼の間抜けな意見を掲載するというのは一見疑問に思うわけだが、実はよくある話しである。
    例えば経験の浅さを度外視して能書き垂れている朝の市場解説者がTVによく出てくる。これは所属する会社がCMを打っているからその代わりにTVに顔を出させてくれという取引に過ぎない。
    まぁ一種の宣伝行為なんだが、良ければそれなりに読者はついてくる。だがいかんせん、内容の酷さを無視して登場させるというのはメディアにとっては自殺行為にとなりかねない。このような手法は限界に来ているということだよ。だから恥をかく前に浅学をわざわざ披露するなと思うわな。

  4. 新人類と言われた世代 より:

    長時間労働を推奨もしませんし、正しいというつもりはありません。
    しかし、韓国在住日本人様と同じように感じます。
    家に帰りたくない、家事、子育てしたくない、という極端な「家に帰りたくない病」や「休みはゴロゴロしたい無気力中年病」を例にして残業悪と決めつけるのはちょっといかがなものかと。まぁそういう人も周りにいることは事実ですが。

    料理洗濯掃除などの家事もする、犬の世話も猫の世話も、ゴミ捨ても、子供の送り迎えもしますが、だからと言って残業が悪だと単純には思いません。無意味な残業は悪だと思ますが。
    結局、無意味な残業と、意味のある残業をしっかりと区別することが大事なのではないかと思います。
    と言うことで、逆の意味で極端な話で反論させて頂きます。

    私自身は商品開発の仕事をしているのですが、商品を作ることが好きでこの仕事に入りました。自分がこれだと思ったアイデアを調査して、検証して、設計して、商品化して、工業化に落とし込んで、それがそれなりの評価を得た時に達成感やモチベーションが向上します。別にそれで報奨金がもらえるわけでもなく、収入が増えるわけでもないですが。ある意味自己満足。
    時間になったのでここまで、で、思考や作業を止めることの方がストレス。長時間働くことが目的なのではなく商品を作り上げることが目的、結果として若いころには長時間労働をしていたことも多々あります。
    現在は管理職で自分で作る立場ではなく、管理系の業務や部署間調整業務が多いのでわざわざ残業して何かしたいとは思っていませんが、会議だトップへのプレゼンだとしたくもない内部資料や(若手の)くだらないミスのトラブルシューティングなどで残業になる時は無駄な残業だとは感じますが。
    開発の仕事も、もうちょっと踏み込んだら面白いのに、「いえ、これ以上すると残業になるので」とか「時間が足りないのでどうしたらいいか、答えを教えてください」と言われることは最近多いです。
    自分で考えて出した答えだからこそ価値もあるし、自分の血肉にもなることはあるのではないでしょうか。
    自分で考えたり調べたほうが身に付くよ、というと「じゃあ残業しろと言うことですか」ときたもんだ。「出来はせいぜい60点ですが、締切が近いのでこれで行かせてくれ」と言われても困ります。帰ってからもう少し考えてみたら?といえば「持ち帰りでサービス残業をしろということですか、プライベートと仕事は分けたいので家で仕事のことは考えたくありません」素晴らしいですね、これが世に言うワークライフバランスか、と。ワークライフバランスと言うより責任放棄じゃないか、と。
    今の大学は卒論のために夜中まで実験をしたり論文を書いたりせずに、実験時間を限定して不十分な内容でも時間を優先して卒論を認めるのですかね?研究室の電機は午後6時で強制シャットダウン、とか(笑)。卒論のために居残り実験(残業)するのは悪、ワークライフバランスで、バイトがあるので卒論は中途半端でオーケー?出来なきゃ卒業させなきゃいいけど、恐らく特に理系は卒業できる人、殆どいなくなるんじゃないですか?留年ばっかじゃ大学も迷惑するので卒業させるのかな?

    趣味は一日2時間、土日はしない、と制約をつけて中途半端でもやめる、というのが当然だという人はわかりませんが、趣味ですから納得いくまで没頭したいとは思わないのでしょうかね?一日2時間のみとかの時間を限定した練習でプロスポーツの選手、ましてや一流の選手になれるものでしょうか?
    多分、一定期間は入れ込んで練習しないと上達しないのではないでしょうか?筋トレもしないといけないのではないでしょうか?夜は銀座で飲み歩いてワークライフバランス、で三冠王取った野球選手って誰かいるのでしょうか?ろくに走れないデブでDHとかは昔いたけど、やっぱ守備はむりだよね、その身体じゃ。
    え?スポーツとか趣味ならいいけど仕事はダメ?じゃぁさ、仕事が好きでやってる人は?スポーツが仕事の人は?
    8時間労働が正しくて、残業は悪、がすべてではないでしょう、仕事とプライベート完全分離が絶対ではないと思います。

    結論:働き方改革って、ポリティカリーコレクトネスと同じで行き過ぎな点が多いと思ってます。

  5. ショゴスライム より:

    いつも更新ありがとうございます。

    そのコンサルも記事の40代男性も的外れ過ぎて、危機感を覚えますね。ビジネスの基本はリソースをいかに効率的に消費してお金に変えるか?だと思います。で、能力開発の基本は限られたリソースである時間をどのように効率的に成果に変えるか?の工夫だと思うんですけどね。

    自分の限界を知るのはとても大事です。その意味では一度は長時間労働に挑む価値はあるとはは思います。ですが、長時間労働を続けても得られるのは手の抜き方だけなんですよね。それもあまりメリハリがなく意味のない手の抜き方です。

    子守りは大変だからしたくない、というのは理解できます。子守りで労力を使うよりも仕事に労力を使いたい、これも理解できます。ですが、そのために漫画喫茶で時間を潰すというのは最悪ですね。何のためにもなっていません。うしろめたさで休息としても質が悪いのではないでしょうか?

    それでは単に責任から逃げているだけです。責任から逃げたってなくならないのは明白ですよね。借金を返したくないからと返さなかったら利子で膨れ上がるのと同じように責任も大きくなってしまうでしょう。ならば仕事で得たお金でベビーシッターを雇う事でも考えた方がマシだと思います。雇えるぐらいに稼ぎを増やす努力をするなら奥さんも認めてくれるんじゃないですかね?

    さて、私も働き方改革は結局表面的な事で終わると思っています。本質を見誤っていると思っているからです。企業の利益と個人の幸福を足した場合の総量が決まっており、企業の利益のために個人の幸福が犠牲になっているというゼロサムゲーム的な発想が前提になっていないでしょうか?

    これでは個人の幸福を拡大したら、企業の利益を圧迫する事になり、反発は必至な上に根本的には何も変わっていません。バランス調整する意味がないとは言いませんが、やらないよりはマシ程度の効果しかないとと思います。

    そうならないためには個人の幸福の追求が、そのまま企業の利益や社会の利益に重なるように構造を変化させる必要があると私は思っています。要するにパイを大きくするという方向ですね。ですが、そう言った方向性の取り組みがほとんどないように思えます。むしろ個人と企業と社会を分離させ、パイを小さくするような取り組みばかりが行われているように見えます。

  6. 天木まろん より:

    素敵な異性(※)

    ↑この箇所、「素敵な彼氏あるいは彼女」と書けば、※で注を書かなくても問題なしなのかな、と思いました。些細な点、もうしわけありません。

  7. michi より:

    私も技術職ですが、事務職・経営側との考え方の違いは相当なものですね。
    建築で施工監理(=バリバリの現場)にいます。
    もともとは電気工事にいましたが、建築業界におけるサブコン(電気・設備)業者の扱いは酷い物です。
    しかし、酷いながらも建物に灯が燈った瞬間の感動は電気工事をしていて良かったなぁ、と思う瞬間です。
    昼間は現場で作業員の相手をし、自分の時間が出来ると図面を描いたりして、物を造る作業に没頭していて、それなりに楽しかったものです。
    しかし、やはり家族を持つと環境・考え方も変わるもので、ワークライフバランスについて考えるようになり、結局は転職いたしました。
    それなりに名の通った建設関係の会社に就職したのですが、今度は「働き方改革」で残業が出来ないのです。
    図面を描いたりすることは無くなったので、仕事量は減ったのですが、やはり現場が終わってからの作業と言うものはあります。
    事務職と現場とでは状況が違い、一括りに「働き方改革」を進められても現場は混乱してしまいます。
    当社は、幸い「その分は人を増やす」「受注量は今後調整する」「納期・条件を現実に近づける」といった対応を(営業部に要求)していますが、そのようなことが出来る会社ばかりではないでしょう。
    先述の「サブコン」の下請けなどはそのようなことを元請に要求しようものなら、一発で干されてしますます。
    建築業に働き方改革が浸透するのは何時になることか、経団連に聞いてみたいものです。

  8. michi より:

    怪しげなコンサルタントといえば、一昔前に豊洲移転反対で「環境建築コンサルタント」(だったと思う)なる人物がやたらと昼間の番組に出ていました。建築業に携わっていれば「当たり前」で、むしろ「よく考えられた」構造の建物に対して「地下空間がどうの」「重機が入れないから建物の脇を掘削して壁をぶち抜く」だの、意味不明な戯言を垂れ流していました。
    当時、某放送局関係の仕事に携わっており、事務所でその放送局の番組を「常時TV付けっぱなしにする」と言うルールのおかげでワイドショーなどの普段は視られない「昼間の番組」に触れていました。
    この何とかコンサルタント、連日TVに出て反対意見ばかりを言っていましたが、当時は「昼間、これだけ仕事をしないでTVに出られるって、普段はその程度の仕事しかしていないからそんな常識外れのコメントをするのだな」と思っていたのですが、建築業に係わっていない、昼間そのような誤情報に多く触れる人たち(=このサイトで言うところの情報弱者)にとってはそれが真実のようになっていて母や嫁に違うということを理解させるこちに苦労した覚えがあります。
    広角レンズの歪み映像で「地下の柱が曲がっている」と放送したTV局もありました。放送業界にいて、レンズによる歪みを知らない訳無いだろうし、撮影した本人は現地にいたのだから視認できているはず何だけだなぁ、とイライラしていました。当時の「反小池陣営」の強い影響だったのでしょう。
    結局はTVなどの一方通行垂れ流し情報は信用できないと視ることを止め、ネット情報に触れる頻度が高くなり今に至っています。
    一太郎、1-2-3、懐かしいですね。
    FEPをATOKにするとPCが賢くなった気がしたものです。

  9. 山の国から より:

    大体の方も言ってらっしゃるけど結局のところ労働の中身が重要なのよね。私の経験では進捗は順調なのに「前倒しのための残業」を何度もお願いされたのが印象的だったわ。すべてが順調に進むわけじゃないのもプロジェクト全体(特に納期付近)で余裕を持たせたいのはわかるが「いやいや。それはどうなんw?」って思ったわ。あげく通常の労働時間中に暇になった時もあるし(何とかするけどまじで困るからやめてほしい)。
    損失である残業をお願いして通常の労働時間に無駄を作る手腕はある意味すげえって思ったわ。

  10. めがねのおやじ より:

    更新ありがとうございます。

    さて日経ビジネスオンラインでしたっけ、訪問してませんわ〜鈴置高史氏が居なくなってからは!(笑)。

    いや、この経営コンサルの横山信弘氏、正直、お名前を聞いた事無いですが、書籍を出してる出版社によると
    ①1秒以内に的確な返事が出来る人を作る(笑)
    ②横山氏は高校卒であるのに大学・大学院卒より素晴らしい (関係ないやろ。 笑 じゃ中卒のコンサル集めたら?)
    ③インターネットのコラムは月間200万PV(2000万?)!会計士さんの方が上や(笑)。

    日経のNBOでしたか。もうまっっったく立ち寄りません。ついでに新潮もやめますわ。

    横山氏の論は、昭和かせいぜい平成ヒトケタの時の事。私も30数年以上昔、上場企業に勤めてて、そこの役員から直接、『若いうちは1年ぐらい休み無しで働け。それが肥しになる。文句言わずにやってみろ』と言われました。

    それで1年後どうなったか(笑)。6人の【選抜精鋭部隊】のうち、2人が退職、一応自己都合(笑)。1人が因果関係不明ながら病気で死亡。1人は行方不明、残る2人が失敗したプロジェクトの会社清算まで残り、のち、本体へ戻る。残る2人のうち1人が私です。多分、6人中トップからの評価は一番低く、早く飛ばしたかった奴だと思います。

    残業いわゆる時間外など当たり前、朝イチから22〜23時過ぎ迄勤務、さすがに休みゼロではなく、最初は60日目に1日、次は30日後に1日と増えて(笑)行きましたが、あの時、労働基準監督署に訴え出るという考えはなかったです。他企業で、もっと酷い環境の人が居ましたから。

    その当時はギリギリですが私の社内の資格上、残業手当が出ましたが、翌年から資格が上がり、見なし手当のみで残業代ゼロ。バカらしくなって定時で帰ろうとしても、月に100時間ぐらい時間外が発生しました。

    私は定時か遅くても60分の居残りで済ませ、早く家に帰りたかった。子供と家内と触れ合いたかった。朝、暗いうちに出て、夜、深夜に帰るって、フクロウみたいな生活です。

    或いは仲間とタマには一杯やりたかった。企業風土として残務が美徳の会社でしたから、辛かった。10年ぐらい前に、時短という名前で強制的に定時退社が進められました。

    大学生の間でブラック認定と、定位置化した為。面接でハッキリ言われました。内定しても保険です。御社に入るつもりはありません、と(笑)。

    定時退社の経営側の手口は、ビル全館の照明を落とす。但しパソコン、ファクス等は付けたまま。エレベーターを止める(笑)。管理人の巡回。

    社員はメモリ、SDカード等持ち帰り、家で作業しますが、割合スグに発覚し、持ち出し不可に。そうなるとトイレや物置、ロッカーに隠れて夜中にひっそり席で仕事する(笑)。もうイタチごっこです。今では皆無らしいですが、業績は落ちる一方!

    直近の事は差し障りあるので言いません。でも30数年お世話になりましたが、良い思い出はほとんど無いです。まだ現役の方(年齢は同じ)とタマに合って、グチを聞いてやるのが身体に良いですね。

  11. ラスタ より:

    最初にハッキリさせておきたいのですが、私は件の記事の問題点はコンサル氏の珍妙なコメントもさることながら、記者氏の意図的なバイアスに都合いいコメントを寄せ集めていることにあると考えています。
    なので、コンサル氏への批判は最低限に留めたいと思いつつ書くものであります。

    さて、働き方改革って、実は私よく理解していないのですが、要旨としては「本人の意思に反して不当に長時間勤務を強いてはいけない」という当たり前のことを法的に整備しようという話ではないのでしょうか。

    野党がちょっとピント外れた論点で反対していることもあって、過労死ラインを超えた長時間労働を部分的にお墨付き与えるかのような法律と思っている人もいるのでしょうが、これまで曖昧だった部分にきちんと線引きしましょうという議論と理解しています。
    この改革を通じて、一律にNo残業を強いるのではなく働き方を選べるようにする環境づくりを推進するのが目的なら歓迎したいと思います。

    業種職種や景況、さらには個人の能力や性格によっても、どのような勤務形態がその人にとってベターなのかは千差万別です。
    いかに短時間で成果を出すかに情熱を持つ人もいれば、ずば抜けた能力がなくてもじっくり時間をかけることで実績を積み上げるタイプの人もいます。
    人それぞれいろいろなのです。

    記事に取り上げられたような考えの人もいるでしょう。
    しかし、長時間労働して能力を伸ばす人もいるのは事実でしょうが、そうしなければ伸びないと決めつける根拠を示していません。
    あくまで個人的な事情心情からくる意見にすぎないものを勝手に敷衍して正論であるかのごとく装う姿勢には問題があると思います。

    記者氏ご本人は働き方改革の議論に一石を投じたぐらいの意識かもしれません。読者投書ならそれでいいでしょう。
    しかし執筆記事として一方通行のメディアで言いっ放しの主観的意見など議論の材料にはなりません。
    反論を受け付けない立場から書くなら、きちんと取材したうえで内容の客観性を突き詰めて、あらかじめ想定される反論に対する回答を文中に仕込んでおいたり、再反論の伏線を張るぐらいは最低限のマナーというかテクニックであるはずなのですが。
    こういうところは旧来のメディアの特権意識からくる悪弊なのでしょう。

    コンサル氏はおそらく長時間労働の経験でご自分が成長したという自負を持っていて、それは社員の成長に欠くべからざるもので、ご自身こそが理想像であると確信しておられるようです。
    それ故に自らの主張を否定するかのごとく説得力に欠く、何やらコンサルとしての職業能力だけでなく個人としての知見にも疑問を持たせるコメントになってしまった。
    そこが件の記事の面白いところではないでしょうか。

    鈴置氏の考察やこのサイトの記事を読んでいると、自然と物事を裏返して見る癖がついてしまうのですね。
    文章の内容や主張そのものはさほど重要でなく、なぜそんなことを書くのか言うのか、そこを深読みしてしまう。

    ***

    肝心の働き方の問題について。個人的な視点から。

    話の前提として私の身上を書きますと、IT関係の法人経営者です。いわゆる「ひとり親方」のミニマル零細企業ですが。
    元々個人事業主として仕事をしていて、とくにどこかの企業で勤めたということもなく、たまたま派遣社員としてメーカーさんに出張った折に、契約更新せずに直接請け負う外注会社を起業しました。
    いまは社員ゼロですが、10名弱の社員を雇用していた時期もあります。
    なので、定型化すれば労使でいうところの使の側ということになります(実際にはそうでもないですが)。
    やや特殊な立場からの個人的な意見であることをご了承ください。

    私自身の働き方としては、定型業務はできるだけ効率化自動化して最短時間で片付けるために時間を使います。
    これはコンピュータープログラミングという技術を扱っている特性からくるものですが、同じようなことを何回もやるなら、それは機械にやらせてしまえ(それこそが仕事)という考え方が根本にあります。
    それによって効率化して時間を作る。空いた時間で自分が好きなことを調査研究して将来の仕事のネタを蓄積する。
    これを繰り返せば常に技術的な貯金があるので、単に請け仕事をこなすだけでなく、こちらから提案できる優位性を確保できる。金額交渉も主張できる。それでさらに時間的余裕を確保できるというわけです。

    ところがいまどきはそれではダメなのですね。
    与えられた仕事に対して何を何時間やったか、その時間あたりどれだけのアウトプットがあるかを管理されます。
    ここをこんなふうに自動化すれば全体でこれだけコストが圧縮できるとわかっていながら、目先の工数(作業時間のことです)に対する成果が重要視されるので、勤務時間を使った効率化の努力などはむしろ悪ですらある。
    現場の末端だけでなく中間職の人たちも、いまこの時点での数字を求められているからコントロールできないのです。視野が極端なまでに短期的になってしまっている。
    能力や創造性ではなく、労働者としての「性能」を記録管理されるようになってきています。

    私は自社の取引に関しては時間精算の形態はとっていませんし、誰がいつどのように働くかを自分がマネージできる立場だからいいのですが、周囲の同業者の社員さんを見るに、日ごと成果をチェックされて予定をこなせなければ説明責任が発生してしまう。
    とんでもないプレッシャーです。一息つく暇もない過酷な状況に直面しているように思います。
    さらに悪いことに、管理されることに対して積極的に協力する人が評価されることから、自ら迎合的に管理されたがる人も増えている。
    敢えて忌憚なく酷い言い方をしますが、その構図は奴隷制度です。

    こんなことでいいわけがない。なんとかしなくてはならない。
    そういう改革なら歓迎します。

    勤務時間を制限しつつ管理徹底という話であれば、私はもしかしたらコンサル氏の立場を支持するかもしれません。
    定時厳守かつ残業と同じアウトプットや成長を要求するなんて話があるか。そんなの無理ですよと。

    ***

    私は、長時間だろうが定時厳守だろうが、本人が選択できる限りにおいてはどちらでも良いと思います。
    単に選択肢があるだけで事実上一択じゃなくて、現実的に選択の余地があるならば。
    長時間の枠を使えて、その中でいわばOTJで勉強したいという人が、それだけの時間外手当を支払える体力がある会社で長時間勤務して成長して会社に貢献するなら、お互いにメリットあるのだから制限すべきではありません。

    しかし実際には、会社側は残業代を抑制したい一方で人が足りず、残業なしでは業務が回らないという矛盾した現状があります。
    会社としての本音は、できるだけ定時で仕事をこなして帰って、プライベートな時間で自己研鑽して業務に還元してほしい。それが理想。
    長時間拘束しないから、急いで仕事を片付けて個人の自由に使える時間で勉強してね、それで会社の中だけでは得られないスキルを身に着けて仕事に活かしてほしいな、といったところではないでしょうか。

    これをうまく回すには、人件費のコスパから離れて、個人の時間で成長した部分を会社がきちんと評価できる体制作りが必要です。
    現状では、残業によって会社のシステムの中で成長したことを把握できれば、たとえば具体的に残業何時間についてこれぐらいできるようになったと育成の成果として評価できるのですが、外で勝手に成長してもそれは定量化できません。
    結局のところ、プライベートで何を何時間勉強したか報告せよなどと、なかばプライベートで仕事の勉強しろと強要しかねない、個人の生活を侵害するような義務を課すようなことになってしまう。

    では、いま働き方改革だと言って法律的に何をどのようにすればいいのか、それはよくわかりません。
    少なくとも、働き方に関する法律というものをきちんと考えなくてはならない状況にあるということなのでしょう。
    やみくもに反対すればいいということではない。それはいまのまま何も変えるなと言ってるわけだから、現状を把握できていない、そんなことは知りたくないと言ってるのと同じです。

    そもそも、法律って最初から完璧に設計できるはずのものではないです。
    まずは目的を明確にして方向性を提示したら、とりあえずやってみる。
    うまく行かないところは必ず出てくるのだから、その都度修正してより良いものにしていく。
    そのプロセスこそが民主主義というものでしょう。

    どうにも自分で書きながら話が散逸してきてしまいました。

    この記事に対するコメントを見ていると、皆さん個人的な経歴や経験を書いておられますね。しかも長文になりがち。私も含めて。
    それぐらいに個人それぞれ思うところのある、難しい問題なのでしょう。
    だからこそ人の意見には耳を傾けなくてはいけないし、それができない人は真剣に考える気がないのだからそんな人の話は聞く必要ないと思ったのでした。

  12. YOU より:

    長時間労働が為になった!とかいいながら長文ダラダラ垂れ流してる人って正直社会人としても疑問が浮かぶのですが。物事は簡潔に伝えたいことにピントを絞ってほしいものです。ただダラダラと時間かければいいわけじゃありません。中には日本語正しく使えない人、未だに化石ソフトに拘泥している人も散見されます。それらをその長い労働の中で気付けなかったんですね。これらの押し付けが「長時間労働を当然とみる」日本の衰退社会の一因だと思うんですけどね。

  13. KSK より:

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200224-00000073-jij-soci
    横山氏の最近のYahooオーサーとしてのコメントに極めて憤慨しました。
    曰く40代以上のベテラン社員は「昭和的忠誠心」をもって会社に使えており、
    このベテラン勢が現場をしきっているのであれば(コロナウイルス危機下であれ)飲み会やイベントも通常営業だろうと。
    このように世代や外資系・日系などのステレオタイプで括るコンサルにまず真理はないと思います。
    一方で著者がとりあげたように、「人昔前の長時間労働でこそ得るものがあった」などという真逆の、しかも根拠なき理論を展開、矛盾極まりない。
    そもそも90年代半ば、平成初期までメールもネットも携帯もなかったわけで、
    電卓・ファックス・ワープロ、黒電話の時代と時間の概念を同列で語るのが間違いと思いますが。
    私自身この世代で数百名の現場を預かるものとして、このような人物がこの程度でのロジックでコンサルとして成立しているらしき現実こそが危ういと思います。
    早くに氏の理論の薄さを見抜いていた著者の先見に敬服します。

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