月間PV100万件間近 「文章作成術」について考えてみた
信じられないことに、当『新宿会計士の政治経済評論』への月間ページビュー(PV)数が、おそらく今月、100万件を達成しそうな勢いです。そこで、『「本当の民主主義社会」実現に向けて ウェブ評論サイトの流儀』や『何と月間PVが70万件に!保守系言論サイトの話題あれこれ』の続編として、本日は私が適当にでっち上げた文章を例題として、私自身がどういう点に気を付けて文章を作ろうとしているのかについて、自戒を込めて説明しておきたいと思います。
目次
アクセス御礼
月間PV数、100万件の大台達成間近!
当ウェブサイト『新宿会計士の政治経済評論』の「月間を通じたページビュー(PV)数が10月に70万件に達した」と報告したばかりですが、今月はさらにページビューが伸び、現時点で月間PV数が90万件(!)を超えました。
この分で行けば、今月、ウェブサイトを開設して初めてPV数100万件を達成する可能性が極めて高くなってきました。自分でも信じられませんが、改めて当ウェブサイトを読んで下さる読者の皆さまには深く御礼申し上げたいと思います。
むかしどこかで読んだブログ記事によれば、PV数が100万件に達すれば、もはやそのウェブサイトは「評論サイトとしてはセミプロ級」なのだそうで、なかには月間の収益が数十万円を超え、ブログだけで食っていける、という人もいるそうです(残念ながら、当ウェブサイトの場合はそうではありませんが…)。
といっても、当ウェブサイトの場合、別に「アクセス数を稼ぐこと」が目的ではありません。あくまでも、「読んで下さった方々の知的好奇心を刺激する」ことが目的であり、この点こそが、私がウェブ評論活動を実施するうえで、最も重視しているものです。
今さら指摘するまでもありませんが、日本は民主主義国家です。そして、民主主義国家は、個々人の有権者が賢くなければ機能しません。
日本の場合、完全に民主的な選挙によって、国家の最高責任者が選ばれる仕組みが運営されています。そして、「選挙を通じた政権交代」というものも発生したことがありますし、政権交代が生じた場合に前政権の最高責任者が逮捕されたりすることもありません。
しかし、このことを当たり前だと考えてはなりません。
たとえば、日本の近隣には中国共産党による一党軍事独裁が続く中国という異形の大国が存在します。中国では選挙を通じた政権交代は絶対に発生しません。中国共産党が「下野する」としたら、人民解放軍によるクーデターでしょうか、それとも人民による革命でしょうか?
また、同じ「民主主義国」でも、自分たちで大統領を選んでおきながら、ろうそくを片手に大統領府に押し掛け、現職大統領をデモで引きずりおろし、前職大統領の多くが刑事訴追される韓国のようなケースだと、民主主義がうまく運営されているとは、決して言えません。
この点については、私自身も現代の日本に生まれて本当に良かったと思います。
もっとも、日本の場合も中国や韓国を笑ってはいられません。
選挙で選ばれたわけでもないくせに、不当に大きな社会的権力を握っている勢力が、民主主義と国益を歪めているからです。その代表格は、増税原理主義に染まり、絶大な権力を振るう財務省、虚報・偏向報道を続ける朝日新聞社、国民から受信料をむしり取るNHKなどの組織です。
また、日本には健全な野党が少なく、野党第1党として絶大な権限を振るいながらも国会で審議拒否ばかり繰り返す立憲民主党や、民主主義社会である日本において共産主義革命を目指す日本共産党のような組織もあります。
これらの勢力を、私は「民主主義の敵」、「国民の敵」と位置付けています。
良質なサイトがたくさんできたら嬉しい
ただ、いくら私がそう思ったところで、そう主張する手段がなければ、どうしようもありません。
ひと昔前だと、自分の思いを広く全国に伝えるための手段といえば、新聞かテレビ、ラジオ、せいぜい雑誌や書籍くらいしかありませんでしたし、評論活動をするためには、新聞社、テレビ局、出版社などに認めてもらう必要がありました。つまり、評論活動は、一握りの限られたジャーナリストらの特権だったのです。
しかし、いまや、評論活動は一部のジャーナリストらの特権ではありません。なぜなら、現代の世の中、インターネットにつながる環境さえあれば、極端な話、誰だって気軽にブログサイトを設け、全世界に向けて情報発信できるからです。
そして、「ジャーナリストでもない人間が、ブログやウェブサイトを通じて情報発信を始め、いまや多くの人々に文章を読ませている」という典型的な事例は、私自身です。
以前から何度かお伝えしているとおり、私は2010年7月からウェブ評論を開始しました。
当初は大手ブログサービスに文章を掲載していたのですが、私自身が起業し、サラリーマンではなくなって「副業の制約」が消えたという事情もあり、2016年7月には独立系ビジネス評論サイトである当『新宿会計士の政治経済評論』を開設。広告掲載によりスズメの涙ほどの収益を得ています。
私自身のこの事例が「成功例」だと申し上げるつもりはありません。広告収入自体は大した額ではないからです(※もっとも、だからといって「アダルトサイトへの誘導広告をクリックしなければ先に進めない仕組み」など、意地悪な広告を入れるつもりはありません)。
しかし、ウェブサイト作りのセンスが良い人であれば、月間数万~数十万ページビュー(PV)のサイトを作れば、極端な話、ウェブサイトの運営収入だけで食べていくこともできます(※当ウェブサイトの場合は、残念ながら生活できるだけのウェブサイト運営収入は得られませんが…笑)。
そして、私はインターネット上に良質な評論サイトが多数出来上がれば、日本の言論空間がさらにすばらしいものになると考えています。このため、より多くの人々がウェブ評論の世界に参入してくることを願い、当ウェブサイトの「成功例」(?)についてお伝えする記事を、ときどきは掲載しようと考えているのです。
ウェブ評論の収益化は道半ば
もっとも、別に私は、当ウェブサイトが「成功例」だとは考えていません。
本当に評論活動を収益化するつもりなら、実名を出し、大人気インターネット番組(DHCテレビが制作するウェブ番組『真相深入り!虎ノ門ニュース』や日本文化チャンネル桜が制作する『Front Japan』など)の出演オファーを待ちますし、本も書くなど、バリバリ情報発信していくのが筋です。
しかし、現在、私が行っていることといえば、本名を出さず、「新宿会計士」というペンネームのみを使って、細々とウェブ評論を続けているだけのことです。
もしかすると将来、自分自身の記事に「投げ銭」機能くらいは設けるかもしれませんが、記事そのものを有料化するつもりもありません(※だいいち、そんな技術もありませんし、有料化しても読んでもらえるほどのクオリティだとは思いません)。
その意味で、ウェブ評論活動の「収益化」は、実に中途半端な状態に留まっているのです(この点については『新聞社の苦境は事実だが、まだウェブ評論では生きていけない』あたりでも議論していますので、ぜひ、ご参照ください)。
ただ、別に私はそれでも構わないと考えています。
繰り返しになりますが、当ウェブサイトの目的は、「私自身が広告収入などで荒稼ぎすること」、ではありません。「読んで下さった方々の知的好奇心を刺激し、そのことを通じて日本社会をより良くすることに、多少なりとも貢献すること」にあります。
それに、当ウェブサイトが多くの方々に評価されることで、私自身にもメリットはたくさんあります。というのも、本業で良い仕事をすれば、ウェブ評論活動でも良い記事につながりますし、ウェブ評論活動で良い記事を書けば、本業にも良い影響があるからです。
あとは本業とウェブ評論活動との時間配分の問題に過ぎません。
ウェブ評論活動の収益化については、焦らず、おいおい、じっくり考えることにしたいと思います。
悪文の典型例
格調高き悪文
さて、本日はせっかく100万PVが視野に入ったということもあり、「多くの人に読んで頂ける文章」とはなにか、という点で、普段の私の考え方を紹介したいと思います。
もちろん、当ウェブサイトは「PV数を稼ぐこと」を目的に運営しているものではありません。あくまでも「読者の皆さまの知的好奇心を刺激することで、よりレベルの高いコメントを引き出し、議論を深めること」が最大の目的です。
ただ、そうであったとしても、せっかく文章を書くのであれば、やはり、できるだけ多くの人に読んでもらう方が良いことは間違いありません。そして、多くの人に読んでもらうために重要なことといえば、主張している「中身」もさることながら、「文章の書き方」も大切です。
こうしたなか、過去の自分自身の文章を読んでいて気付いたのですが、初期の方のブログ記事(とくに2010年~12年ごろの記事)には、本当に読み辛い記事が多くて驚きます(※別に現在の記事が「とても読みやすい」かといえば、というわけでもありませんが…)。
自分自身に対する反省も含めて、「わかりやすい文章」についての注意点について考えてみたのですが、それについて説明するにあたり、架空の文章を掲載してみたいと思います(もうしわけないのですが、あとの議論につながりますので、頑張って読んでみてください)。
例文:「ゲーテ的な形而上の観念」
ゲーテ的な形而上の観念よりも、私はヘーゲル的な形而下の観念の方が、勿論、今日の複雑化・グローバル化した社会環境に於いては適合すると言う考えを、無碍に否定するものではない。尤も、こうした私の立場は決して世の中の主流ではないらしいのだが、だからといって私は世の中に媚びたりせず、飽くまでも拙稿においてはゲーテ的な形而上的観念を至上の思考としつつも、ヘーゲル的な形而下の観念に於ける形而上的なものの価値を見出すことの意義について述べて見たいと思うのだ。但し、だからといって別に私が持論を放棄するという訳ではないという点については強調しておきたいし、むしろ私自身の持論を維持、発展、強化させるという意味に於いても、斯かる思考が重要であることは論を俟たない(尚、こうした自らの立場に敢えて反するような考え方を自説の補強に使うという考え方自体、私が常套手段として使う弁証法の一つであり、これを使って議論を行うことを、読者諸兄に於いてもご了解頂きたい)。本稿に於いてはそれについて順を追って述べて行きたいと考えているのだが、本論に入る前に、ここで少し立ち止まって考えてみたいのだが、抑々、今日的な社会通念上の意味合いに於いて、ゲーテ的な形而上の観点について議論する意味合いとは、いったい何であろうか?
いかがでしょうか?
頑張って読んで頂いた方には申し訳ないのですが、ここに挙げた文章、ゲーテだのヘーゲルだの、形而(けいじ)上だの形而下だの、難しそうな単語を適当に並べて作っただけで、特に意味はありません(笑)哲学の専門知識を持つ人にとっては、それこそ「支離滅裂」な文章に見えるでしょうが、ご容赦ください。
それよりも、私の狙いは、この文章を読んでいただいて、「なんだか読みづらい文章だなぁ」、と思っていただくことにあります。この悪文、いったい何が問題なのでしょうか?
PC時代のあだ花:やたらと漢字が多い文章
この文章には、大きく分けて、「漢字が多すぎること」、「文章の構成が悪いこと」、「説明が不親切すぎること」、という、3つの欠点があります。
最初の注目点です。下線部に注目していただければわかりますが、やたらと漢字がたくさん出て来ます。
「於いて(おいて)」、「尤も(もっとも)」、「但し(ただし)」、「訳(わけ)」、「尚(なお)」、「勿論(もちろん)」くらいだったら読める人も多いと思いますが、「斯かる(かかる)」、「論を俟たない(ろんをまたない)」、「抑々(そもそも)」あたりになると、読みにくいと感じる人が増えるのではないでしょうか?
漢字が多い文章は、格調が高く、哲学的で難解な文章にピッタリかもしれませんが(笑)、ウェブ評論の世界では、「格調高い文章」よりも「読みやすい文章」の方が良いと思います。
もちろん、今回例示した文章は、すこし極端な事例かもしれません。
ただ、あくまでも仮説ですが、手書きの文章と比べると、PCで作成した文章には、より多くの漢字が含まれる気がします。というのも、PCを使って文章を執筆すれば、変換キーを押すだけで、難しい漢字でも気軽に使うことができてしまうからです。
実は、私自身が過去に作成したブログ記事を読み返してみても、この手の「やたらと漢字が混じっている文章」を発見します。やはり、私自身の例でいえば、つい、漢字を多用してしまっていました。この点については深く反省しており、現在では不必要に漢字をたくさん使ったりしないように努めています。
もっとも、やたらと漢字を忌避するマスコミの報道を見ていると、それはそれで違和感を抱きます。とくに、「朝日新聞の捏造」を「朝日新聞のねつ造」、「韓国を牽制」を「韓国をけん制」といった具合に、単語の片方をわざわざひらがなにしてしまうのは、私にとっては、受け入れられません。
なにごともバランスが大事、というわけですね。
文章は短く、そしてもっと改行を!
次の問題点は、「文章の構成の悪さ」です。具体的には、1行の文字数が長すぎることと、改行が少なすぎることです。
日本語の場合、文章の末尾は一般に句点「。」や疑問符「?」などで区切られます。私自身のウェブサイトについて調べてみると、6000文字ていどの文章に含まれる「。」や「?」の数は、だいたい100~120個です。つまり、1つの文章は、だいたい50~60文字です。
しかし、先ほどの例文では、543文字のうち、「。」と「?」の数はたった4個(!)に過ぎません。ということは、1つの文章の長さは平均して135文字(つまり当ウェブサイトの平均値の2倍以上!)という計算です。これだと文章を読むほうも疲れてしまいます。
また、543文字の文章に、改行が1ヵ所もありません。段落が長すぎると間延びしてしまい、途中でどこを読んでいるのかわからなくなることもあります。私の経験上、1つの段落に収める文字数は、多くても150~200文字(つまり2~3文)が限界です。
さらに、文章の途中で、やたらと長文のカッコ書きが挿入されていて、読者としては文章を素直に読むのが非常に困難です。カッコ書きはちょっとした説明を補足するのに便利ですが、あまりにも長すぎると、文章が間延びしてしまいますし、文章の流れが途切れてしまいます。
余談ですが、私自身も、仕事がら、やたらと長くてカッコ書きもたくさんある文章をよく読んでいます。たとえば、究極に頭が悪い文章の代表例が「銀行自己資本比率告示」ですが、次の文章は同告示の第8条第1項第2号を抜き出したものです。
第六条第一項第五号に掲げるその他Tier1資本に係る調整後非支配株主持分等の額は、連結子法人等の非支配株主持分等相当Tier1資本に係る基礎項目の額(連結子法人等の単体Tier1資本に係る基礎項目の額(第十四条第一号の算式における普通株式等Tier1資本に係る基礎項目の額及び同条第二号の算式におけるその他Tier1資本に係る基礎項目の額(第十八条第一項第四号に掲げる額を除く。)の合計額をいい、当該連結子法人等が銀行以外の場合にあっては、これに相当する額とする。以下この項において同じ。)のうち当該連結子法人等の親法人等である銀行の連結貸借対照表の純資産の部又は負債の部に新株予約権若しくは非支配株主持分又は負債として計上される部分の額(当該額が零を下回る場合にあっては、零とする。)をいう。以下この号において同じ。)のうち次に掲げる額のいずれか少ない額にTier1資本に係る第三者持分割合(連結子法人等の非支配株主持分等相当Tier1資本に係る基礎項目の額を単体Tier1資本に係る基礎項目の額で除して得た割合をいう。)を乗じて得た額以下の額から、第五条第一項第四号に掲げる額を控除した額とする。
日本政府はこのアホ過ぎる条文を起草した担当官を今すぐ懲戒免職処分にしたうえで、霞ヶ関の三流官庁・金融庁を廃局にして、あらためてちゃんと日本語として読める条文を起草し直すべきでしょう。
説明が不親切すぎる!
さて、余談が過ぎましたので、本論に戻りましょう。
もう1つ、先ほどの文章に問題があるとすれば、「説明が不親切すぎること」です。
この例文のテーマは、たぶん哲学に関するものなのだと思いますが、一般読者にとっては難解な「ゲーテ」だの、「ヘーゲル」だの、「形而上」だの、「形而下」だのといった言葉を、何ら解説せずに使っています。
もちろん、専門家に対して読ませるつもりで書いている文章ならば、それでも問題はないかもしれません。しかし、哲学をまったく知らない一般読者に向けて書いているのだとしたら、問題は大アリです。専門用語を何ら解説せずに、いきなりこんな文章を突きつけられたら、普通は読まずにパスします。
そして、いきなり専門用語を使っているだけではありません。先ほどの文章を頑張って読み解くと、この文章の著者は「ゲーテ的な形而上の観念」(?)とやらを支持しているのに対し、世間的には「ヘーゲル的な形而下の観念」(?)とやらの方が支持されている、と主張しています。
つまり、ここで読者は、「ゲーテ的な形而上の観念」と「ヘーゲル的な形而下の観念」というのがあって、著者が支持しているのは前者の考え方であり、世間で支持されているのは後者の考え方である、という主張を、わざわざ読み取らねばならないのです。
私などは哲学の知識が皆無ですので、最初の1行を読んで、読むのを諦めてしまいます。また、哲学に詳しい一般読者にとっても、この文章の著者は「ヘーゲル的な形而下の観念」という代物が「世間で支持されている」と決めつけている時点で、「こいつは何を言っているのだ?」と思うかもしれません。
文章を書いた人間としては、「格調高く哲学的な内容」だと思っているのかもしれませんが、すこし厳しい言い方をすれば、「難しい表現を使っているだけで中身はスカスカな文章」です。
少しだけ添削してみた
ここで、先ほど持ち出した例文については、漢字が妙に多すぎること、文章の構成が悪すぎること、説明が不親切すぎること、といった問題があることがわかりました。
では、これを少しでも読みやすくするならば、いったいどうすれば良いのでしょうか?
もし私がこの文章を添削するならば、次のように、「1段落あたり100~150文字ていど」で改行し、「カッコ書き」や「尤も」「尚」「但し」「勿論」といった無駄な修飾語を取っ払うと思います。
私は「ゲーテ的な形而上の観念」を支持しているが、世間的には「ヘーゲル的な形而下の観念」の方が受け入れられているようだ。おそらくその理由は、複雑化・グローバル化する今日の社会環境に適合する考え方は、前者よりも後者だと考えられているためだろう。
ここで、「ゲーテ的な形而上の観念」とは、(中略)という考え方であり、「ヘーゲル的な形而下の観念」とは、(中略)という考え方のことだ。
もっとも、私は「ヘーゲル的な形而下の観念」を頭から否定するつもりはない。いや、むしろ両者は対立するものではなく、片方の考え方をじっくりと検証すれば、もう片方の考え方についても理解が深まる、という関係にあると考えている。
また、自分の考え方と相容れないという理由だけで、その考え方を全部否定することは間違っている。逆説的だが、「ヘーゲル的な形而下の観念」を突き詰めていけば、私が「ゲーテ的な形而上の観念こそが至上の思考である」、という点が、明らかになるのだ。
そのことを、今から説明したい。
いかがでしょうか?
あいかわらず何を言っているのかよくわからない文章ですが(笑)、先ほどと比べると、まだ「読める」と思います。
あなたの意見が聞きたい!
さて、いろいろ勝手なことを申し上げてしまいましたが、私は以前から、「ブログやウェブ評論サイトのアクセス数を得るためにはどうすれば良いか」、という観点から、いくつかの記事を執筆しています(今月だと、次のような記事が参考になると思います)。
これらの記事を通じて主張したい内容は、とても単純です。それは、「難しい言葉じゃなくても良いので、いろんな人の意見が聞きたい」、というものです。
当ウェブサイトのケースでいえば、ここ数日、まるで「韓国専門サイト」であるかのごとく、慰安婦財団の解散に関する話題を掲載し続けました。
なぜこの同じ話題を何度も掲載し続けたのかといえば、私自身が本件について深く知りたいと思ったことに加え、どうも世の中には納得がいく解説が掲載されたウェブサイトがなかったからです。
とくに、匿名掲示板の「まとめサイト」のたぐいはたくさんあるのですが、この手のサイトだと、単に一般の人たちが匿名掲示板に書き込んだだけのコメントがまとめられているに過ぎず、私が求めているニュース解説、分析などのたぐいは、いっさいありません。
「見当たらないなら拙いなりにもみずから仮説を提示すれば良い。」
そう考えた結果が、ここ数日の一連の記事なのです。
当ウェブサイトの解説が、世の中のスタンダードと比べてレベルが高かったのか、低かったのかはわかりません。ただ、アクセス数が非常に多かったという事実を見れば、それなりに多くの方々から読んでいただいたことは間違いないといえるでしょう。
そして、このウェブサイトを運営していて、思わぬ副産物があるとすれば、極めてレベルの高い読者コメントの数々です。世の中にたくさんある「まとめサイト」のたぐいと違って、当ウェブサイトに頂くコメントの質は非常に高く、私自身にとっても、読んでいるだけで勉強になるのです。
私自身、世の中に価値があるとすれば、「誰にでも簡単にアクセスできる記事」ではなく、「その人にしか言えないようなコメント」だと思います。他のウェブサイト、まとめサイトのたぐいを読んでいても、いまひとつ読みごたえがない理由は、そのウェブサイトの運営者の見解がわからないからだと思います。
いずれにせよ、今後とも当ウェブサイトでは、どこかの匿名掲示板から議論をそのまま拾ってくるのではなく、私自身が文章を組み立てるというスタイルに徹したいと思っているのです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
「文章は短く、そしてもっと改行を!」
https://shinjukuacc.com/20181125-01/#i-7
を読んで、考えたことを列挙します。
下記列挙中、考え違いしている処を、ご指摘くだされば幸いです。
1 こどもが分るような単語を選び、こどもでも読めるように心がけて書く。
2 文章は、短く区切る。
3 章立てし、「章 節 項」をしっかりと書く。
https://bunsyou-kakikata.com/ronpun/
4 目次 [非表示] で検索し易くする。
5 目次と同じ番号を本文にも付ける。
できれば、等でリンクしている旨を示し、文章の該当箇所を引用し易くする。
6 文章各部分について、強調したい度合いの違いを分かってもらえるように工夫する。フォントを変えたり、枠で囲んだり、下線を引いたりする。
7 主語と述語の対応を意識し、ズレが生じていないか点検する。
8 できごとについては、何で知ったのか、出典を書きそえる。
9 関連するフェイクニュースについても触れ、嘘だと考えるよりどころを説明する。
10 意見・主張については、何故そう思うのか、よりどころを説明する。
11 予想される反対意見にも触れ、反対する理由を説明する。
できれば、<span id=”i”>等でリンクしている旨を示し、文章の該当箇所を引用し易くする。
と書いたのですが、不思議なことに、送信したら「<span id=”i”>」の部分が消えていました。
私がここのサイトを拝見するようになったのは二か月くらい前でしょうか。
たまたま出会ったという感じです。
丁寧な作りで確かに記事が読みやすく好印象です。
100万PVおめでとうございます。
このペースで将来は朝日の部数を超えていきましょう。
そうそう今年も残り一か月と少しとなりました。
新宿様の今年のMY流行語でもありましたら教えてほしいです。
ミリオネアーおめでとうございます。
これからも楽しく拝読いたします。
初めまして。
10月の観艦式の問題辺りから、ちょくちょくお邪魔しています^ ^
これからも頑張ってください。
月間PV100万件間近だそうで、おめでとうございます。
私は、今年に入って読者になった新参者ですが、私なりの「新宿会計士の政治経済評論との接し方」について簡単に書きます。
①冒頭に掲載されている引用記事(URL表示あり)は必ず読む
大体ここからブログが始まっていますが、テーマが「慰安婦被害者問題」の場合、皆さんは内容を大体知っているから見ない場合があると思います。
でも先に引用記事を読むと、引用記事のどの部分や表現に着目してブログを書いたのが分かり、内容の理解が深まると思います。
②詳しい読者コメントは自分を高めるキッカケになる
ここの読者コメントに記事を載せている方のレベルは非常に高いです。
特に、阿野煮鱒様、りょうちん様、gommer様、愚塵様、めがねのおやじ様、カズ様などの記事を読んでいると、判らないこと、疑問に思うことがたくさん出てきます。
それだけ知らないことがあるんだなと思い、判らないことを調べるうちに自分自身の知識が増えていくと思います。
③自分が考えた内容を読者コメントに書いてみる
政治・経済に詳しくないのと、レベルが高い方が多くいますので、読者コメントなど書けないと思っていましたが、確か旭日旗のメデイア記事に関する感想を読者コメントに初めて書きました。
その感想について他の読者からコメントをいただいた時はとてもうれしく思いました。
読者コメントのレベルを下げているのではないかと思っていますが、記事にするには自分なりの考えがまとまってないと書けません。その訓練の場と勝手に判断して書き続けようと思っています。
駄文失礼しました。
ちょっとフライングですが、月間PV100万件達成おめでとうございます!
ブログ主様の読みやすい文章に加え、今のパヨク、ネトウヨと呼ばれる自説の押し売りサイトと違い、まともに議論できる環境を築かれたのが成功のもう一つの秘訣かと思います。
ところで。本日下記の様なコラムが現代デジタルに掲載されました。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58626
「カルロス・ゴーン氏は無実だ」ある会計人の重大指摘
そもそもの罪が成立していない 細野 祐二
上記はピントのずれたコラムとは思うのですが、
新宿会計士様の見解を頂ければ幸いです。
逆に、読む側の立場の人間は
文章の読みにくさに辟易しながらでも、内容をきちんと読むことが大事ですね。
これが出来ないと、結局新聞や書誌、著名サイトの見栄えのする嘘に騙されてしまいますから。
…てか、文字のサイズや色付け程度で不満漏らしてたら
『博士ちゃんねる』とか読めないよ。
https://politics.blogmura.com/politicalissue/ranking_pv.html
によれば2018年11月26日930050PV。2位が37010PV。
「新宿会計士の政治経済評論」は、特別なブログサイトになりましたね。
ファンの一人として、一層、盛り上げるよう、努力したいと思います。
私が足を引っ張るような書き込みをしたときは、容赦なく、ご指摘くださるよう、読者の皆様方にお願い申し上げます。