【昼刊】金正恩訪中の2つの目的と日本批判の真意
金正恩が昨日、3度目の訪中を終えて北朝鮮に帰国したそうです。おそらくこの訪中には、経済制裁の緩和ないしは解除を懇願するという狙いに加え、北朝鮮が米国と中国を両天秤に掛けようとしているという側面もあると私は考えています。それと同時に、北朝鮮が日本を厳しく批判している点についても、見逃せません。
目次
金正恩の3度目の訪中
金正恩「中朝両国は家族のようなもの」
複数のメディアによると、北朝鮮の独裁者である金正恩(きん・しょうおん)が火曜日、中国を訪問して習近平(しゅう・きんぺい)国家主席と面会したそうです。これについてはすでに昨日時点でロイターなどが「習主席は米朝会談の結果を歓迎する」と述べたと報じています。
金正恩氏が訪中、習主席は米朝会談の結果歓迎(2018/06/20 00:23付 ロイターより)
金正恩が中国を訪問するは3回目です。2011年に父親である金正日が死に、独裁者としての地位を承継してから、すでに6年半が経過しますが、今年の3月になるまで、金正恩はただの1度も中国を訪問していませんでした。
それが、3月25~28日に第1回目、5月7~8日に第2回目、そして今回、6月19~20日に第3回目の訪中を行った格好であり、これまでの金正恩の行動に照らせばきわめて異例です。それだけ経済的にも心理的にも追い詰められている証拠でしょうか?それとも何か別の狙いがあるのでしょうか?
こうしたなか、関連する報道の中で、強い関心を持ったのは、「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)」が報じた、次の記事です。
Kim Jong-un says Beijing and Pyongyang ‘like family’(2018/06/20 20:16付 サウス・チャイナ・モーニング・ポストより)
SCMPによると、金正恩は習主席に対し、「北京の国賓館」(釣魚台国賓館のことでしょうか?)で帰り際に、「両国は家族であるかのようにお互いを助け合ってきた」と述べたのだそうです。該当する下りは次のとおりです。
In a meeting held at a state guest house in Beijing before returning home, Kim told Chinese President Xi Jinping that the two countries supported each other like family members.
普通に考えて、私が習近平氏の立場だったとしたら強い不快感を抱くと思います。なぜなら、韓国人や朝鮮人が述べる「お互い助け合ってきた」というセリフは、たいていの場合、自分たちが一方的に助けられてきた相手に向けられるからです。
北朝鮮も建国以来、中国に助けられっ放しだったはずですし、また、昨日紹介した、中国問題に詳しいジャーナリストの福島香織氏の論考のなかにも、次のようなくだりが出て来ます。
金正恩が中国とのパイプ役であった張成沢を処刑し、さらにやはり中国が庇護していた異母兄である正男を暗殺し、6年もの間、中国との距離を置き、中国が党大会後に送り込んだ特使をお茶も出さずに追い返した上で、いきなり今年の3月と5月に金正恩が中国にまで来て習近平との面会を求めたのは金正恩の米朝首脳会談に向けての駆け引きの一環にすぎず、本当に中朝が信頼関係を再構築できたとは考えにくい。
こうした指摘を踏まえるならば、SCMPが報じた金正恩の発言に、私は空虚さしか感じません。
金正恩の朝貢外交の主目的は「経済制裁解除」?
では、金正恩の今回の訪中目的とは、いったい何でしょうか?
自然に考えて、この報道に接して、私は強い違和感を抱きます。それは、「わずか3ヵ月間に3回も中国を訪問していること」であり、「習主席が訪朝せず、いずれも金正恩が一方的に訪中していること」です。まるで「朝貢外交」のようですね。
おそらくその主目的は、経済制裁の解除にあります。あくまでも私の理解では、金正恩、あるいは北朝鮮が、今年1月以降、態度を軟化させて国際社会との対話に応じ始めた直接的なきっかけは、経済制裁にあったのだと思います。
しかし、考えてみれば、「鳴物入り」で行われた6月12日の米朝首脳会談では、両国は「朝鮮半島の非核化」、「米朝間のあらたな関係の構築」などの項目で合意しましたが、そこに北朝鮮が望む「経済制裁の緩和、解除」という項目は、まったく含まれていませんでした。
どんなテロ組織であれ、どんな暴力集団であれ、資金源を絶たれれば、干上がってしまいます。中東のテロ組織「ISIL」が壊滅した要因の1つが国際的なマネロン規制の強化だったという点や、わが国で暴力団の勢力が弱まっている背景は金融取引規制があるという点を考えれば、よくわかるでしょう。
あくまでも私の理解では、金正恩、あるいは北朝鮮が、今年1月以降、態度を軟化させて国際社会との対話に応じ始めた直接的なきっかけは、経済制裁にあったのだと思います。
北朝鮮の場合、産業基盤が脆弱であり、自国で生産することができない生活物資も多いと考えられます。このため、外貨獲得手段を絶ち切り、石油などの輸出を制限すれば、別に北朝鮮に軍事侵攻しなくとも、経済活動の停滞を通じて北朝鮮社会に多大な打撃を与えることができます。
おそらく、金正恩が短期間で3回も中国を一方的に訪問し、習主席と面会したのも、こうした「苦しい内情」があったのではないでしょうか?
対日請求権200億ドルの怪
北朝鮮がまた日本を批判
「北朝鮮が経済的な苦境を打開しようと必死になっている」という仮説を裏付ける情報は、ほかにもたくさんありますが、ここでは韓国メディア『中央日報』(日本語版)の報道から、気になる記事を2つほど紹介しておきましょう。
1つ目の記事は、韓国の「サムスン証券」が今月13日、「北朝鮮が対日請求権を行使し200億ドルを日本から受け取り、これを経済再建の種銭として活用できる」とする「分析」を出した、とするものです。
「対日請求権200億ドル、北朝鮮再建の『種銭』可能」(2018年06月14日09時01分付 中央日報日本語版より)
私に言わせれば、こんなものは「分析」ではなく「妄想」ですが、それでも、韓国国内では日本が「第二次世界大戦の敗戦国として、戦勝国に対する賠償責任を有している」といった俗説が信じ込まれていて、定期的に、こうした「分析」が出てきてしまうようです。
ただし、実際に日本の小泉純一郎元首相が2002年9月に訪朝したの『日朝平壌宣言』の中で、「日朝間の不幸な過去を清算し」、という下りが出て来ますが、これこそ、「日本が北朝鮮に対して事実上の戦後賠償を支払うという密約ではないか」、といった警戒があることは、無視してはなりません。
ただし、ここで重要な点は、日本と同じ「海洋チーム」にいるはずの韓国国内で、この手の「分析」がまことしやかに論じられている、という事実です。ということは、「大陸チーム」側に属している北朝鮮で、「日朝国交正常化の暁には多額の賠償金が日本から支払われる」と信じられていても、不思議ではありません。
こうした考察を踏まえて、2つ目の記事を読んでみましょう。
朝鮮中央通信「日本が相変わらず対北朝鮮圧迫を主張…日本の行動はきまり悪い」(2018年06月20日07時41分付 中央日報日本語版より)
これは、北朝鮮の国営メディア『朝鮮中央通信』が19日、日本に対し、次のように批判した、とするものです。
「日本が相変わらず『国際的な対朝鮮圧力』を唱えている。圧力を続けるという現在の姿勢には変わりがない、各国が歩調を合わせるべきだという発言が支配層内から引き続き出ている。/今がどんな時であるのに日本はいまだに『圧力』うんぬんなのか。日本としては消えていく対朝鮮圧迫騒動の火種を生かそうとそのようなみみっちい劇に執着している時ではない。なぜ、日本だけが地理的に近い朝鮮と『遠い国』になっているのか。日本は、深く考えてみるべきだ。」
自分たちが苦境にある時に、こうした減らず口を叩くのは、南北揃って朝鮮民族の特徴なのかもしれません。それはともかくとして、この文章は、北朝鮮側から日本に対する、
「日本からの圧力に困っています」
という、重要なメッセージなのです。
日本は「多段階支援」論で行くべき
つまり、北朝鮮からのメッセージは、「現在、日本が北朝鮮に対して掛けて来ている経済制裁に、北朝鮮としては本当に困っているから、何とか緩和してくれないか?」と読むべきなのです。これに対して日本はどう出るべきなのでしょうか?
小泉純一郎元首相がいまだに日本の政権を担っていたとすれば、おそらく、北朝鮮に対して安易に妥協しようとするでしょう。あるいは、菅直人元首相あたりが政権を担っていたならば、日本が率先して北朝鮮と国交正常化し、「戦後賠償」と称して数兆円の現金を北朝鮮に渡しているかもしれません。
しかし、この点に関しては本当に幸いなことに、現在の日本の政権を担っているのは、小泉純一郎、福田康夫、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦の各元首相ではありません。安倍晋三総理と、安倍政権で副総理として入閣している麻生太郎総理です(※私は自分自身が尊敬できる総理大臣や総理経験者には、「首相」ではなくあえて「総理」との敬称を付すことにしています)。
安倍、麻生両総理は、北朝鮮に対して「国を売り渡す」ような愚行をしない政治家だと信じています。実際、日本政府が北朝鮮にどういう態度を取るかについては、(なぜか)韓国メディアの中央日報が、次のような「3段階支援論」を報じています。
日本「北への現金支援はない」…3段階支援の構想をみると(2018年06月15日07時46分付 中央日報日本語版より)
中央日報が報じた内容によれば、日本政府関係者は現在、北朝鮮に対する支援が行われるとしても、次のような「3段階方式」による方針だとしています。
- 第1段階:国際原子力機関(IAEA)の核査察に対する初期費用の支援
- 第2段階:国際機関を通じた人道支援。現金を直接支払うのではなく、コメや医薬品の現物を提供するもの
- 第3段階:インフラ整備などの有償による経済協力
あるいはこの「第1段階」は、「IAEAの核査察に対する初期費用の支援」ではなく、「米軍が北朝鮮に軍事侵攻するための戦費の支援」であっても良いと思いますし、「金正恩政権を倒すための工作資金」であっても構わないと思います。
要するに、少なくとも現在の日本政府は、北朝鮮に大枚を渡すほどの愚行をする政権ではないのです。
北朝鮮は米中両国を引き込もうとしている?
さて、金正恩による一連の訪中について、もう1つの特徴は、北朝鮮が「米中二股外交」を開始した、という点にあると思います。
つい先ほど掲載した『危なっかしい米国の北朝鮮外交』で指摘したばかりですが、現在の米国の姿勢、トランプ大統領の言動などを眺めていると、どうも北朝鮮を米中対立の「コマ」に利用しているのではないかと感じざるを得ません。
しかし、北朝鮮は米国が考えているよりも、はるかに狡猾な国です。朝鮮半島は地政学的にみれば大国間のはざまにある盲腸のような地域ですが、この地域に成立する国家が、歴史的に見て周辺大国を引きずり込み、大規模な戦乱の要因となってきたことは、歴史が教える点です。
- 唐+新羅vs日本(白村江の戦い)
- 元+高麗vs日本(元寇)
- 明+朝鮮vs日本(朝鮮出兵)
- 清+朝鮮vs日本(日清戦争)
- 露+韓国vs日本(日露戦争)
- 中+北朝鮮vs米+韓国(朝鮮戦争)
トランプ大統領としては、「中国に対する貿易戦争」において、中国を牽制するためのコマとして、うまく北朝鮮を使いたいと思っているのかもしれませんが、むしろ朝鮮半島における戦乱に引きずり込まれるのが関の山だと思います。
これについては先ほどの記事で主張したばかりですので、あえて繰り返しません。しかし、「朝鮮民族が南北揃って米朝二股外交を繰り広げている」という点については、一度、どこかでじっくりと議論しても面白いかもしれない、と思っています。
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