「主観的事実」を捏造する人たち

年頭ということもあり、本日は、改めて当ウェブサイトの運営方針と考え方についてまとめておきたいと思います。また、当ウェブサイトの記事が最近、某大手オピニオン・サイトに転載され始めるという、嬉しい話もあわせて報告しておきます。

2018/01/06 22:58付 誤植のお詫びと修正のお知らせ

1箇所、文意が通じなくなるという致命的な誤植がありましたので修正しております。

「主観的事実」という概念を提示している箇所で、「主観的意見」と書いてしまったため、論旨がまったく通じなくなってしまっていました。お詫びして修正致します。

読者の皆様には論旨不明な文章を提示したことをお詫び申し上げますとともに、神田友紀様のご指摘には深く御礼申し上げます。

社会人評論家の意味

当ウェブサイトのコンテンツは無料で転載可能です

新たな年が始まったこともあり、改めて当ウェブサイトの「転載ポリシー」について説明しておきたいと思います。

世の中には「転載禁止」というウェブサイトもありますが、当ウェブサイトはむしろ、転載を推奨しています。そして、当ウェブサイトのコンテンツは、原則として、どなたにでも自由に引用、転載等をしていただくことができます。もちろん、転載費用も必要ありませんし、事前に私の許可を取る必要もありません。

私のこの方針は、どなたに対しても貫徹しています。

極端な話、どこかの匿名掲示板に転載していただいても結構ですし、個人ブログやYouTubeなどの動画に使っていただいても構いません。また、部分的な転載でも構いません。

私が引用、転載等を推奨しているのには、きちんとした理由があります。それは、そのようにすることで、当ウェブサイトの考え方を、少しでも多くの方々に伝えることができるからです。

私は、「読んで下さった方の知的好奇心を刺激すること」を目的に記事を執筆しています。私はビジネスマンであるとともに金融と経済の専門家でもありますが、その視線から、世の中のジャーナリストとは違った視点を提供することで、民主主義社会における議論の活性化に寄与したいと思って、ウェブサイトを続けています。

当然、当ウェブサイトを直接、訪れて下さる方が増えれば、それはそれで嬉しいことです。ただ、別に私は「直接、当ウェブサイトで記事を閲覧して頂く」ことにはこだわっていません。むしろ重要なことは、より多くの人々に、私の考え方を知ってもらうことだからです。

そして、現在の日本にとって一番必要なことは、インターネット言論空間の活発な議論であり、それに私は微力ながら貢献したいと思っているのです。

こうした中、私にとっては非常に嬉しい話があります。

昨年秋以降、当ウェブサイトの一部記事が某大手オピニオン・サイトに転載され始めました。

この大手オピニオン・サイトには、著名な保守論客の方の記事も掲載されていますが、こうしたそうそうたる論客に混じって「新宿会計士」の小稿が掲載されているのは、嬉しいだけでなく、光栄な話でもあります。

また、当ウェブサイトをご覧いただいている、YouTuberやまとめサイト管理人、大手ウェブサイトの皆様も、どうか当ウェブサイトを積極的に引用・転載して頂けると嬉しいです。

(※ただし、私は著作権を放棄していませんので、無断での商業利用 1)商業利用としては、たとえば当ウェブサイトのコンテンツを転載して有料で公開したり、当ウェブサイトのコンテンツを編集して商業出版したりすることが含まれます。 はお断りしています。)

出所を示さない引用・転載・トリミングはルール違反

ただし、私は自サイトの記事の転載を推奨しているものの、その際、1つだけお願いしたいルールがあります。

それは、「出所をきちんと示すこと」、です。

最近、YouTubeなどの動画サイトを中心に、出所不明の動画を見かけることが増えて来ました。その多くは、経済評論家などがテレビ、ラジオ、インターネット番組などに出演した際の音声を切り取り、その人物の写真と組み合わせて動画に仕立てあげてアップロードしている、という代物です。

題材としては、青山繁晴さんや上念司さん、高橋洋一さんなどの論客が、どこかの番組で話した内容を再録するというものが多いようですが、これは非常に困ります。なぜなら、この手の動画は著作権法に違反しているだけでなく、視聴者から見て、「いつ・どこで・どういう前提条件で」話したのかを、後から検証することができないからです。

もちろん、インターネット時代にさまざまな情報が拡散され、広く国民に共有されることは良いことです。しかし、だからといって違法な拡散をして良いという話にはなりません。

敢えて厳しい言い方をすれば、出所を示さない引用・転載は、窃盗と同じことです。

YouTubeの場合、アップロードした動画の視聴回数に応じて、アップロード者に広告収入が支払われるという仕組みがあるようですが、これは「他人の褌で相撲を取っている」ようなものであり、卑劣ですらあります。

そういえば、一部の「まとめサイト」にも、某匿名掲示板から出所も明示せずに転載しているだけのウェブサイトがあるようですが、これも「他人様が書いたコンテンツを窃盗している」のと同じことでしょう。

それだけではありません。さらに大きな問題は「トリミング」(切り張り)です。

たとえば、ある論客が「仮にXXならば●●だ」と述べたとしましょう。この時に、「仮にXXならば」の部分を無視して「●●だ」と主張した、という部分だけ切り取れば、その人が意図していない内容が伝わってしまいます。

こうした経験は、私自身にもあります。

自分でさまざまな記事を執筆する中で、前後の文脈を無視して一部の文章だけを切り取られて転載されたがために、どこかの「知恵袋」なるサイトで批判を浴びたことがあります。自分が主張した内容を批判されるならまだわかりますが、主張してもいないことで批判されるのは不本意でもあります。

いずれにせよ、私のウェブサイトに限らず、ありとあらゆるウェブサイトの引用、転載にあたっては、出所を示すのは最低限のルールです。

だれでも情報発信できるインターネット時代だからこそ、改めてこのことを強調しておきたいと思います。

ジャーナリストではない人間が情報を発信する

さて、「だれでも情報発信できる時代が到来した」という意味で、もっとも窮地に陥っている職業の人々は、ジャーナリストでしょう。

新年のコンテンツでも指摘しましたが、ひと昔前であれば、不特定多数の人々に向けて情報を発信することができるのは、ジャーナリストの特権でした。なぜなら、「不特定多数の人々に向けた情報」を発信する手段自体が、限られていたからです。

いちばん手軽な情報発信手段は新聞やテレビですが、新聞・テレビを通じた情報発信をしようと思えば、その前段階として、その新聞社やテレビ局に気に入ってもらう必要があります。一般人が新聞社やテレビ局の関係者と面識を持つのは難しく、したがって、私のような一般人が新聞・テレビを使って人々に自分の考えを伝えることは、とても困難です。

また、出版という手段であれば、一般人であっても、出版社に原稿を持ち込めば、有名になれる可能性はゼロではありません。ただ、出版業界には一般人を「カモ」にする会社もありますし、最近の出版不況の折、出版社側も簡単には出版に応じてくれないという事情もあります。

このように考えていけば、インターネット出現以前であれば、ジャーナリストではない一般人が広く社会全体に向けて情報を発信する手段は、ほとんどなかったというのが実情に近いでしょう。

しかし、現在であれば、新聞社、テレビ局、出版社などの「中間業者」を通さずに、直接、情報を発信することができるようになりました。これこそがインターネットの威力です。

さて、私自身は東京都内で中小企業を経営するビジネスマンであり、公認会計士であり、そして金融規制の専門家です。そして、当ウェブサイトのセールス・ポイントは、「ビジネスの現場に居ながら、経済・金融の専門家として培った視点」を、そのまま国内政治や外交などの評論に生かしていることです。

たとえば、ある程度の大きさの組織・企業で働いていれば、何かプロジェクトを実現しようとする際に、さまざまな部署の利害を調整する必要があります。そのときに必要となるのは、「正論」だけではありません。相手の立場を見ながら、プロジェクトの実現に向けて、慎重に説得する能力です。

こうした視点があれば、公開情報だけを見ながら、政治家や官僚らの発言・行動を見て、「これはこういう狙いがあるのか」と、ある程度、予想することができます。

私でさえこうなのですが、恐ろしいことに、世の中には私などよりはるかに優れたビジネスマンはたくさんいます。つまり、旧来型のジャーナリストではとうていまねのできない、シャープな評論を世の中に発信することができる潜在能力を持った人が、世の中にはたくさん存在する、ということです。

そして、インターネットという空間は誰にでも開かれているため、ウェブ上で私がやっているような独立系ビジネス評論を始める人は、これからも増えていくに違いありません。

ジャーナリストと社会人評論家の違い

私はビジネスマンであり、社会人評論家ですが、ジャーナリストではありません。

では、ジャーナリストと社会人評論家の違いは何でしょうか?

「ジャーナリスト」に明確な定義はありませんが、私の理解では、直接、政治家やビジネスマンに会って情報を得て、それを社会に向けて発信する、というのが、本来のジャーナリストの在り方です。

ところが、ジャーナリストを自称する人たちのなかには、私の目から見て、どうも首をかしげざるを得ない人もたくさんいます。そして、『デイリーニュースオンライン』というウェブサイトで見つけた次の記事にも、興味深いエピソードが紹介されています。

室井佑月がテレ朝アナを「頭おかしい」と罵倒?元旦のBS討論番組で波乱続出(2018.01.03 20:30付 Daily News Onlineより)

リンク先の記事によると、「BSテレビ朝日」が放送した新春恒例の討論番組で、コメンテーターの青木理氏が「答えに窮してしどろもどろになった」のだそうです。

「青木さんは番組冒頭で『安倍政権は戦後最低最悪』と切って捨てて批判したのですが、これに対し小松アナが中盤に田原の制止を無視して、『ボクは青木さんに聞きたい。そこまで安倍政権を戦後最悪だと言うなら、対案を出すべきでは?』と正論をぶつけた。そこで青木さんは『ボクはジャーナリストだから対案を出す立場にない』と即答して議論を避けたんですが、小松アナはさらに畳み掛けて、『そこまで言うなら対案がないと説得力がない』『その話をするとワタシは社会部だとかおっしゃるんですが、そんなの関係ない』と青木さんを追い込んでしまった。すると、いつもは切れ味鋭い青木さんが小松アナとは目を合わせず、『あの、いや……』としどろもどろになってしまいました」(週刊誌記者)」(下線部は引用者による加工)

(※ただし、私はこのテレビ番組自体を視聴していないため、あくまでもリンク先の記事が正しいという仮定を置いたうえで、議論を進めます。)

ここで、青木氏が発言した内容によれば、「ジャーナリストは政権を批判することはあっても、対案を出す立場にはない」のだそうです。

記事によれば、このシーンの動画が投稿されたSNS上では、

  • 「文句だけでいいならジャーナリストは誰でもできる職業」
  • 「ジャーナリストも小説家も何の役にも立たないことが判明した」

といったコメントが相次いだとしていますが、私もまったくその通りだと思います。

私が一部のジャーナリストに対して抱く違和感の正体とは、まさにこの青木氏の、「無責任に言いっ放しでも済む」という発想なのです。

かくいう私もビジネスマンであり、公認会計士であり、また、金融規制の専門家でもありますが、ジャーナリストではありません。このため、自分で政治家や大企業の社長などに取材をしたり、事件現場に出掛けたり、記者クラブに所属したりすることはできません。

しかし、公開情報だけを手掛かりに、ビジネスマンならではの視点で分析し、考察することで、独自の見解を提示するという点においては、ジャーナリストの方々には決して引けを取らないという自負があります。

某大手オピニオン・サイト様が、当ウェブサイトの記事を転載して下さる理由は、経済・金融の専門家としての「切り口の独自性」や「対案の提案力」などをご評価いただいたからなのかもしれません。

事実と意見

客観的事実と主観的意見の違い

さて、私が常に主張している通り、この世の中の情報には、2つの種類があります。それが「客観的事実」と「主観的意見」です。

このうち、「客観的事実」は、だれがどういう立場で主張しても同じ内容になる情報のことです。

しかし、「主観的意見」は、主張する人によって、極端な話、真逆になる可能性がある情報のことです。

たとえば、昨年暮れに韓国で発表された、「慰安婦合意検証タスクフォース(TF)」について考えてみましょう。

これは、「2015年12月28日の日韓慰安婦合意の成立経緯などを分析する目的で、韓国の外交部長官を座長として韓国伊政府が設置した検証グループ」のことであり、「2017年12月27日にその検証結果が発表された」という点については、日本、韓国を問わず、同じ内容が報じられています。

日本国内だと、保守的な論調で知られる産経新聞であろうが、反日的な論調を採用する朝日新聞だろうが、この点については一致しています。なぜなら、これは「客観的事実」だからです。

ところが、この慰安婦合意の検証TFについては、日本国内でもその意義については分析が割れています。

たとえば、産経、読売、日経などは、「今回のTFには、日韓関係を損なう危険性がある」、「韓国側が勝手に外交機密を発表したのは問題だ」などの見解で、ほぼ一致していました。しかし、慰安婦問題を捏造した「犯人」でもある朝日新聞は、社説で「日本政府の努力も欠かせない」などと言い放つなど、朝日新聞の異常さが際立っていますが、これは「慰安婦合意TFの意義」が「主観的意見」だから生じる違いなのでしょう。

また、韓国側のメディアでも、この慰安婦合意TFについては「よくやった」という喝采の声に混じって、「日韓関係を損ねるのではないか?」など、これを不安視する社説も散見されます(このあたりの事情については『慰安婦合意TF、韓国メディアの「逆切れ」』などもご参照ください)。

「主観的事実」という奇妙な概念

こうした中、私が最近、気付いたことがあります。

それは、「客観的事実」でも「主観的意見」でもない情報を、どうどうと報じるメディアがある、ということです。

もっといえば、事実関係を捻じ曲げ、自分の都合が良いように報じる、という姿勢です。これを「主観的事実」とでも言えば良いでしょうか?

最近私が見た「主観的事実」の中でも、とくに酷いものといえば、次の中央日報の記事でしょう。

韓国政府、慰安婦問題への対応を平昌五輪後に先送り(2017年12月18日07時45分付 中央日報日本語版より)

リンク先記事は、先ほども挙げた、昨年暮れの慰安婦合意検証TFに関する話題ですが、この記事には次のようなくだりが出てきます。

「(慰安婦合意に関し、)外交部の関係者は「検証は民間(TF)がしたのであり、政府がしたのではない」と話した。TFが長官直属で、一部の外交部関係者が参加しているにもかかわらず、TFの性格を「民間」と規定したのだ。TFが否定的な結果を出しても、政府の後続措置が必ずしも破棄または再交渉につながるわけではないという説明だ。」(※下線部は引用者による加工)

なんと、慰安婦合意TFは「民間(団体)」だ、というのです。

先ほども指摘しましたが、慰安婦合意TFとは、「2015年12月28日の日韓慰安婦合意の成立経緯などを分析する目的で、韓国の外交部長官を座長として韓国伊政府が設置した検証グループ」のことです。「民間」ではありません。

つまり、この例では、韓国政府と韓国メディアが、「客観的事実」を捻じ曲げ、自分にとって都合が悪い情報を、いつのまにか「主観的にこうだと思っている事実」とすり替えてしまうのです。

「主観的事実」はメディアの自殺だ!

こうした事例は、別に韓国メディアだけに見られるものではありません。

わが国でも、昨年を通じて広く見られました。それが「もりかけ事件」です。

「もりかけ事件」とは、簡単にいえば、

安倍晋三(氏)が内閣総理大臣としての地位を悪用し、友人が経営する学校法人に対し、違法な便宜を供与した事件

のことです。

これが事実であれば、安倍晋三氏が行ったことは明確な犯罪であり、ただちに内閣総理大臣を辞任するとともに、司直に自首しなければなりません。

しかし、正確にいえば、安倍総理が「お友達が経営する学校法人」に対し、何らかの違法な便宜を図ったという証拠は、ただの1つもありません。

実際、「安倍は有罪だ!」と主張する社説、ブログ記事などを見つけては読んでみているのですが、とにかく「安倍が悪い」という前提に立った記事ばかりであり、具体的な証拠などの議論は置き去りにされたままです。

こうした「主観的事実」を広めているメディアの筆頭格といえば、何といっても朝日新聞社でしょう。

同社は「日本軍が朝鮮半島で少女20万人を戦場に強制連行して性的奴隷とした」とする、いわゆる「従軍慰安婦問題」のウソを捏造した犯人でもありますが、それだけではありません。

「もりかけ事件」も、同社が刊行する「朝日新聞」がその捏造の中心にいるのではないかとの疑念は払拭されません。

そして、こうした「客観的事実」から逸脱し続けることは、オールド・メディアにとっても自殺行為です。

「信頼を作るのには数年から数十年かかるが、信頼を破壊するのは一瞬でできる」というのは、ビジネスの世界の常識でもあります。

ひとつひとつのウソ・捏造も信頼を破壊するのに十分ですが、何度も何度もそれを繰り返すことは、朝日新聞社だけの問題にとどまらず、すべてのオールド・メディア(毎日、東京だけでなく、産経、日経、読売も含めたすべての新聞社、地上波テレビ局)に対する社会的信頼を破壊することにもなりかねません。

ビジネスマンだからこそできるウェブ評論

さて、今年は日並びの都合上、1月4日(木)・5日(金)の2日間が休暇だという人も多いでしょう。というのも、1月8日(月)が祝日(成人の日)だからであり、とくに金融機関や役所に勤めている方の場合、2日間だけ休暇を取れば10連休にすることができるからです。

このため、わが国で今年が「本格稼働」するのは来週以降と思われますが、それに備えて私もしばらく、話題の棚卸や今年の業務計画を立てて過ごそうと考えています。

いずれにせよ、今年も「ビジネスマンだからこそできるウェブ評論」に邁進して参りたいと思いますので、どうか当ウェブサイトのご愛読をお願い申し上げます。

注記   [ + ]

1.商業利用としては、たとえば当ウェブサイトのコンテンツを転載して有料で公開したり、当ウェブサイトのコンテンツを編集して商業出版したりすることが含まれます。

読者コメント一覧

  1. とらじろう より:

    実は、若い頃、ジャーナリストという職業に憧れていました。
    会社組織に縛られず取材で世界中を飛び回る。
    世間知らずの青二才にはジャーナリストはそういうイメージがあったのです。
    いつの頃からかジャーナリストというものが胡散臭い人種に見えてきて憧れていたかつての自分がバカですね。
    今では東京都内で普通のサラリーマンやってます。

  2. めがねのおやじ より:

     <毎日の更新ありがとうございます。
     <そして某大手オピニオンサイトに転載されたそうで、おめでとうございます!やっぱり見てる人は見ているんですね~。
     < ところでマスゴミにおけるジャーナリストって何だろう?聞こえはよいが、大部分のメジャー勢力は政治家、財界著名人、学術関係者、思想家、宗教家などの内外の方に、自由に会えて、情報発信すると言えば聞こえはいいが、阿る、文句だけ言う、批評だけする人というイメージが強いです。記者は別、客観的事実を報じなければいけません。「デイリーニュースオンライン」というのは存在も知りませんでしたが、BSテレビ朝日の番組でコメントが炎上しているというので、確認しました。しかし、なかなかヒドイ番組ですな(笑)。青木理氏というコメンテーターの「安倍政権は戦後最低最悪」の発言に対し小松アナウンサーが「それなら対案だすべきでは?」それで作家の室井佑月氏が青木理を庇う、、。
     < まず青木理氏は安倍氏が戦後最低最悪政権というなら、そのモノサシは何か?幣原か近衛からだったか歴代総理のこと、全部分かってるのかな。それは無理、そんなものスッと出る方は、とっくに認知になってます。つまり客観的な事実ではない。単なる安倍氏嫌いでしょ?まったく根拠がありません。それといい大学出てるのに(関係ないか)、韓国暮らしが長くて洗脳されているんじゃないか。「僕はジャーナリストだから、対案出す必要ない」と言ったのはボロが出た。そこは切り替えして言わないと。思考力のリミットを振り切ったんだね。室井氏も他人の事言えないぐらい「アタマおかしい」な。この方も安倍氏嫌い。何枠で出てるか知らないが、こんなメンツなら私は絶対見ません(テレビ全体見なくなったが)。それとこの青木氏と室井氏は揃って文筆家でもあるが、小説家って本当に視覚聴覚嗅覚の狭い人が多い。ご自分の狭い世界ですべて判断して物書いたり喋るから厄介な人種だ。「いや足で書いている」という人も始末におえない(理由は別の機会にさせていただきます)。
    < ジャーナリストだろうがコメンテーターだろうが、無責任に言いっぱなしで済むという発想はやめてもらいたい。「それは反対、~こうすればいい」ぐらいフツーの人でも考えられる。無い頭で私も努力をちょっとしています。
    < 失礼いたしました。

  3. 神田友紀 より:

    いつも興味深く拝見しております。
    なかなか内容にコメントさせて頂くまとまった時間が取れないのですが、一点気になった箇所が。

    >もっといえば、事実関係を捻じ曲げ、自分の都合が良いように報じる、という姿勢です。これを「主観的意見」とでも言えば良いでしょうか?
    この部分は、「主観的意見」ではなく、「主観的事実」の文脈ではないでしょうか?

    1. めがねのおやじ より:

      < 神田友紀 様
      < コメントを拝見しました。横から失礼します。ご質問の件は「 主観的事実という奇妙な概念」という見出しが、その上に付いてますので、言われる通り『主観的事実』でしょうね。私も何回か読み返しましたが、前後の新宿会計士様の文脈から言って、まあ分かるかなという範囲だと思います。 以上

    2. 神田友紀様

      いつもコメントありがとうございます。
      また、貴重なご指摘を賜り、大変ありがとうございました。

      ご指摘の通り、該当する部分は「主観的意見」ではありません。「主観的事実」です。
      早速修正致します。

      このようなご指摘を賜りますこと、深く感謝申し上げます。

      引続きご愛読並びにお気軽なコメントを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

      新宿会計士

  4. 関澤 より:

    主観的事実という概念ですが、客観的事実に背景等の因子を加味した各人の解釈ということでしょうか。
    それであれば、各人のバイアスで事実の焦点が変わるので、十人十色となって然るべきですが。ポスト真実の時代に特徴的な概念だと思います。
    事実というからには、条件と過程を示して、客観的検証が後から出来ることを担保しておくことが必要だと思いますが、それを示せない一部のメディアは単なるホラ吹き、妄想家だと思います。
    事実、情報を集めて発信するジャーナリストと懸け離れたフィクション作家が日本のジャーナリスト。飽きられて当然ですね。
    以前にもコメントでお聞きしましたが、今後ジャーナリズムはどのように変化していくと思われますか。

  5. 激辛大好き より:

    主観的事実ということで話題になってますが、誤記の類でよろしいのではと思う。
    それよりも怖いのが事実を捻じ曲げて報道する大手新聞社が存在することです。今年1月1日付の朝日新聞の論説で安倍政権が5年間で5回も国政選挙を行っており、他の政権に比べてあまりにも多く選挙をしており、次々と政策の看板を変えてきたことは民主主義の健全性を損なうと主張した。この5回という数字には参議院選挙の2回が含まれ、安倍政権が強引に国政選挙をしたものと言えない。さらに残りの3回も野田政権下で行った1回を加えた数字で、実際は2回である。安倍政権が頻繁に国政選挙をしてきたというのは強引すぎる主張だ。逆にあと1年間衆議院を解散しなければ安倍政権は他の政権に比べ、衆議院を解散するのが少ないことになる。こんなひどいごまかしにはネットから多くの批判が出ている。
    朝日ほど大きな新聞社なら記事のミスには気を使い、多くのチェックが入ると思うが、全くスルーのまま掲載されたようだ。素人の私でもこの欄にコメントを投稿する際は、読み返しを何度も行い、誤りがないか気を使うし、後でコメントに間違いを見つけたときは赤面し、できれば削除や訂正を行いたい気持ちになる。しかるにこんな間違いをしても今もって朝日新聞はこの記事を配信しており閲覧できる状態だ。数多くの間違いを指摘を受けても、いまだに訂正削除をする動きがないのは、事実を捻じ曲げても安倍批判をする気持ちで書いたと疑いたくなる。もしもこの疑いが本当なら朝日のこのような姿勢は腐りきっているとしか言いようがない。
    ミスは誰でもあるし、フェイクニュースもある。ただ間違いを指摘された時、謙虚に受け止め訂正するかどうかでジャーナリストの真価が問われる。

  6. だいなあいらん より:

     既存ジャーナリズムの問題点については同意します。ただ、ネットの情報発信についてはあまり楽観的になれません。
     情報発信の自由化は、銃所持の自由化に似ています。これが一部の人間の特権である間は、この特権を持たない人間は持つ人間に逆らうのは困難だった。それがある程度は抵抗できるようになったのは前進です。ただし、自分を逆恨みするチンピラのような人間もその手段を所有する恐怖と背中合わせでもあります。
     怖いのはネットの虚偽の情報により名誉や社会的な立ち位置を失った場合、情報発信者に刑事罰を与えたり補償を要求するのがすこぶる困難なことです。ネット全般が「悪貨が良貨を駆逐する」事態に陥いる未来図は想像したくありません。

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