自称元徴用工の現状①日韓協議は「進展」しているのか

本日は自称元徴用工問題に関し、その進展と「日本企業の資産売却」という2つの観点から簡単に論点を整理しておきたいと思います。ただし、この2つの論点は厳密にいえば議論が別ですので、本日はこの両者を別稿にて議論したいと思います。まず本稿の方では自称元徴用工問題を巡り、どうやら韓国が「早期妥結」に失敗したらしい、という点について、考察しておきます。

今日から3月だよ?スケジュールはどうなった?

早いもので、今日から3月です。

そして、「3月1日」と聞けば、ウェブ評論家としてはいくつか気になる論点があるのですが、そのひとつが、先月の『自称元徴用工「焦る」韓国政府の内情と冷徹な日本国民』などでも取り上げた、自称元徴用工問題を含めた日韓諸懸案の「解決」に向けた具体的なスケジュールです。

韓国政府の発表や日韓メディアの年明け以降の報道を著者なりにまとめると、現在、「徴用問題」などの日韓諸懸案を巡って、日韓双方の当局は「元徴用工らに対する財団方式による賠償金の支払い」、「日本の対韓輸出規制の解除」、「日韓首脳シャトル外交の復活」の3点を軸に協議を進めている可能性が高いです。

そして、この3点を巡って2月中旬の日韓外務次官級協議で「詰めの交渉」を行い、18日の日韓外相会談で林芳正外相が「政治決断」を行い、外務省がその「解決案」で自公両党から承認を得る作業を行い、岸田文雄首相が韓国側に伝達する、という流れでしょう。

その際、最終的な合意は2月中に行われ、「解決策」が韓国政府から公式発表され、3月1日の尹錫悦(いん・しゃくえつ)韓国大統領による「3・1節記念演説」において日韓の象徴的で劇的な「和解」が盛り込まれ、そのまま日韓首脳シャトル外交の復活に戻る、というわけです。

こうした文脈上、場合によっては日韓両政府から「日韓徴用工合意」が発表されるかもしれない、といった可能性もあったのかもしれません。さらには、日韓シャトル外交という流れから、は5月のG7広島サミットに韓国大統領が招待される、といった観測までありました。

外務省はその方向で妥結しようとしていたフシがある

もちろん、こうした流れにおいて、細かい用語でさまざまな齟齬はあります。

たとえば韓国側がいう「強制徴用問題」ないし「強制動員問題」は、日本政府の用語でいえば「旧朝鮮半島出身労働者問題」ですし、「輸出規制」も同様に、日本政府の言い分では「規制ではなく輸出管理の問題」であって、「旧朝鮮半島出身労働者問題」とは無関係です。

ただ、ここで重要なのは、こうした「用語」ではなく、現実に日韓両国政府がその方向で妥結しようとしているのではないか、といった状況証拠が積みあがっていたという点にあります。

このあたり、当ウェブサイトではもう何十回、何百回となく議論してきたとおり、べつに日韓間の諸懸案は、自称元徴用工問題に限られるものではありませんし、韓国が輸出「規制」だと言い張る対韓輸出管理適正化措置自体も、自称元徴用工問題とはまったく関係ありません。

したがって、「もし万が一、本当に」、日本の外務省が「徴用工に対する財団からの賠償金支払い」、「輸出『規制』の解除」、「シャトル外交復活」をもくろんでいるのだとしたら、これはとんでもない話であり、それだけで外務省は解体処分に値するほどでしょう。

日韓外相会談で何も合意されなかった

もっとも、こうした流れは、先月18日の日韓外相会談のあたりから、明らかに変わりました。

日韓外相会談進展なし:韓国は日本に「政治決断」要求』でも「速報」的に取り上げたとおり、また、『自称徴用工問題巡る韓国の最大の誤算は日本の国民世論』でも議論したとおり、どうも林外相は日韓外相会談で韓国側に譲歩を示さなかったようなのです。

これについては林外相自身が確固たる国家観を持ち、そうした国家観から対韓譲歩をしないと決断したからなのか、それとも単純に優柔不断で決断できず、その決断を「ボス」である岸田首相に丸投げしようとしたからなのかは、現時点ではよくわかりません。

ただ、ひとつ間違いないのは、先ほど示した「2月中に日韓徴用工合意発表」は、結局は実現しませんでした。

また、くだんの「G7広島サミット」を巡っても、岸田首相は先月24日に行われた記者会見で、フジテレビの記者からの質問に対し、こう答えています。

まず、G7広島サミットの招待国に関しては、現在検討中であり、何ら現在決まってはおりません。そして、韓国との関係については、日韓関係、昨年11月の日韓首脳会談において、私と尹大統領との間で、日韓間の懸案の早期解決を図ることで改めて一致いたしました。そして、それを受けて、現在、外交当局間で協議を加速してきているところです」。

要するに、以前からの発言を繰り返しているだけであり、また、現時点で何ら決まっていないと述べるにとどめているのです。

このあたり、G7への招待国が直前に発表されるのはよくある話であり、現時点においては韓国は招待されるかもしれないし、招待されないかもしれません。しかし、少なくとも「2月中に徴用工合意→日韓首脳シャトル外交復活」、というモメンタムが生じていることを示唆する発言ではありません。

鈴置氏は「考える時間を与えない狙いがある」と指摘

こうしたなか、日韓間の「協議」は実際のところ、いったいどうなっているのかについては、たしかに気になるところではあります。というのも、韓国側が日本に対し「政治決断」を迫るにあたり、どうも日本を急かしているフシがあるからです。

実際、日本で最も信頼のおける韓国観察者である鈴置高史氏も、韓国側のこうした狙いについて、「日本人に深く考える時間を与えない作戦を採ってきた」と説明しています(『徴用工「早期決着」に失敗した韓国の次の手=鈴置論考』参照)。

「相手に深く考える時間を与えない」というのは詐欺師の常套手段ですが、冷静に考えてみたら、韓国側が焦るのも当然のことです。現在、韓国政府が打ち出している「解決案」とは、2018年の大法院判決を根本から解決することなく、財団方式でお茶を濁そうとしているものだからです。

当然、少し時間が経過してくれば、「どうもこれはおかしい」、「2018年の大法院判決を無効にしていない時点で解決になっていないのではないか」、といった疑念を抱く関係者が、日本政府内にも相当に増えて来るはずでしょう。

なにより、冒頭で示した「徴用賠償問題」、「輸出規制解除」、「シャトル外交復活」という流れは、そもそも山積している日韓諸懸案を何ひとつとして解決するものではありません。

まず、「財団方式」を議論するならば、自称元慰安婦問題における2015年12月の日韓慰安婦合意で設立された「和解・癒し財団」を、韓国政府が勝手に解散してしまった問題について、誠心誠意、韓国側が説明しなければなりません。

続いて対韓輸出管理適正化措置の「撤回」を求めるなら、輸出管理を巡る韓国側の「不適切な事案」について、韓国政府は日本政府に対し、きちんと説明する義務がありますし、なにより政策対話に応じず、WTOに提訴する、といった不誠実な態度について、まずは日本に謝罪すべきでしょう。

さらには、日韓間の防衛協力を進めるにあたり、韓国による「旭日旗ヘイト」問題や2018年12月の火器管制レーダー照射事件に関し、韓国側からしかるべき説明がなされる必要があります(『酒井海上幕僚長「韓国側にボール」発言こそ正しい認識』等参照)。

すなわち日韓間に山積みのままとなっている諸懸案は自称元徴用工問題だけではありません。そして、これらの諸懸案はひとつずつ丁寧に韓国側から説明が加えられなければならないものばかりです。こうした努力をほったらかしにして、関係「改善」もなにもありません。

韓国外相「ドイツでの外相会談をもとに日本と協議中」

こうしたなかで、韓国メディア『聯合ニュース』(日本語版)に28日、こんな記事が掲載されていました。

韓国外相 徴用問題「ミュンヘンでの会談をもとに日本と協議中」

―――2023.02.28 18:53付 聯合ニュース日本語版より

韓国の朴振(ぼく・しん)外交部長官(※外相に相当)は28日、「徴用被害者(※原文ママ、正しくは自称元徴用工)」の遺族と面会したあとで記者団に対し、「徴用問題」(※正しくは自称元徴用工問題のこと)を巡り、次のように発言したのだそうです。

ドイツ・ミュンヘンで開いた韓日外相会談で韓国政府の立場を十分に説明し、それに対する協議が現在進行中だ」。

また、この問題に関連し、日本の外務省の船越健裕アジア大洋州局長が先週、非公開で韓国を訪れていたこともわかった、などとしています(※ということは、カウンターパートは韓国外交部の徐旻廷(じょ・みんてい)アジア太平洋局長でしょうか)。

協議が停滞していることは間違いない

船越氏が何の目的で訪韓したのかについてはよくわかりません。

ただ、先月中旬の日韓外務次官級会談では、外務省の森健良事務次官と韓国外交部の趙賢東(ちょう・けんとう)第1次官が自称元徴用工問題などを巡り、予定を大幅に上回る2時間半の間、「協議」を行ったとされています(『長時間の日韓次官級協議「結論に至らず」=自称徴用工』参照)。

もし森局長の訪韓目的が自称元徴用工問題の協議であるならば、次官級協議、外相会談を経て、再び局長級に押し戻されたということであり、これはこれで大変に不自然な話でしょう。

これについて聯合ニュースは、「船越氏が協議で韓国側の求めに意味のある反応を示したのかについては明らかにされていない」としつつ、次のように述べます。

ただ、両国の結論は出ていないようだ」。

正直、外務省が韓国に対して譲歩したがっているフシがあることは否定できないにせよ、「3・1独立節」の前のタイミングにおいて日韓両国で自称元徴用工問題を巡る最終結論が出ていないのは、私たち日本国民にとっては僥倖といえるかもしれません。

「時間切れ」の可能性が出て来るからです。

岸田文雄政権自体がいつまでもつのかという論点もありますが、それ以上に尹錫悦政権としても、来年の総選挙が近づくにつれ、自称元徴用工問題で何らかの結論を出すのは政治的なリスクを伴います。

この問題、韓国自身が作り出した幻想のようなものですが、それと同時に、「日本の戦犯企業」(?)からの謝罪や賠償金が不十分なものであれば、韓国の国内世論がそうした解決策に反発する可能性も十分にあるからです。

いずれにせよ、現時点で楽観は禁物ですが、韓国・尹錫悦政権が仕掛けた「日本に非を認めさせるための努力」の第一ラウンドは失敗に終わりつつある可能性が高い、というのが現時点における評価ではないかと思う次第です。

なお、本稿に続き、自称元徴用工問題を巡る「売却できない資産」問題についても議論したいと思いますが、テーマが少し異なるため、稿を分けたいと思います。のちほど公表予定の『自称元徴用工の現状②その資産、換金できるのですか?』をご参照ください。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. WindKnight.jp より:

    日本政府と韓国で目指しているゴールが違うので、「進展」の定義が難しいですね。
    「停滞」にしても、何もする気が無い日本政府にとって、ゴールはそこにあるわけで。

  2. Sky より:

    本文に鈴置さんの見解が載ってましたが、本日のBSフジプライムニュースは、鈴置さん、眞田さん登場です。久々ですね~。

  3. taku より:

     ユンソンニョル政権の見込み違いは、「韓国世論が持たないから、もう一段譲歩してくれ」というこれまでの日韓交渉における成功体験が、今回は全く機能しなかったことでしょう。それだけ日本の世論(オールドマスコミも含めて)が対韓で冷めてきたという証でしょうし、慰安婦合意のちゃぶ台返しの影響が尾を引いていると言ってよいでしょう。
     日本の毅然とした対応(私から見ればです。論外という人もいるでしょう)を受けて、ユンソンニョル政権はどうしますかね。
    ケースA:”被害者”をいつまでも放置できないと、このまま第三者弁済へ進む
    ケースB:これでは韓国世論が持たないと、現時点での解決そのものを断念する
    ケースC:ダラダラと交渉を続け、いつまでも決着しない
    ケースAが6割、ケースCが3割、ケースBが1割と予想しますが、皆様はどう思われますか?

    1. 雪だんご より:

      私はCが本命、Aが対抗馬だと思いますね。

      いくら韓国大統領と言えども、さすがに「日韓の報復合戦の引き金を引いた」と言う
      評判は欲しくないだろうと思います。自分の命(物理的な意味で)も惜しいでしょうし。

      ただ、支持率が低くなりすぎて「もう我慢できない!ハイリスクローリターンだと
      分かっていても、やるしかない!」とAを選ぶ可能性はあると思います。

    2. KN より:

      Cで日本にすがりついてきても相手にしてはいけません。
      Aに進んだ場合、日本にありもしない債務が発生したとして制裁することはできないのでしょうか?

    3. ななっしー より:

      ケースC+:要求が通るまで嫌がらせ増し増し。
      「WTO提訴を取り下げて欲しければチョウヨウコウで日本企業の参加と謝罪が必須だ!」とか(*)。
      「ボクがこんなに手を差しのべててるのに仲良くできないのは日本のせい! 日本が悪い! ボールは日本にある!」キャンペーンを続ける。
      「ほらほら、ボクが優しいうちに何とかしないと大変なことになるぞ」と難癖を繰り返す(金山とか日本海とか処理水とか)。
      とにかく日本がやりたそうなことは邪魔させる。
      そして大統領府はエエカッコする、というか大統領自身が被害者ぶる。
      日本国民の半分の同情を買い、キッシーをだませればワンチャン。

      (*) 何を言っているのか分からねえと思うが、いやオレも分からねえが彼らはきっとそう言ってる。

  4. はにわファクトリー より:

    ゆすり・たかりが常態化していた。日韓関係とはそうゆうものであった。
    新聞記者・NHK がいかにほざこうとも、これら認識が今よりも深まっていくなら、ますます冷静冷淡さが広まっていくことでしょう。

  5. 匿名 より:

    韓国的に大法院の判決を無視してるのはええのか?
    てかはよ竹島返せ

  6. 名無しの権兵衛 より:

     昨年11月の日韓首脳会談で「旧朝鮮半島出身労働者問題に関し、両首脳は(中略)懸案の早期解決を図ることで改めて一致しました。」と発表したことが間違いの元でした。
     この発表を受けて、韓国政府は「しめた!早期解決を図ることで一致したのだから、韓国政府が条件を吊り上げて粘っていれば、そのうち日本政府が折れる。」と考えたのは当然だと思います。
     過去に2度も韓国政府に騙されるという失敗を犯した岸田文雄首相には、失敗を犯した時の鉄則「原因究明、再発防止」という基本が身に付いていないのでしょう。国のリーダーたる者がこんなことでは、本当に困ったことです。
     せめて、岸田首相に「自らが犯した失敗のケツは自らの手で拭いて見せる」という気概があればよいのですが、国会答弁などを聞いていると、その気概があるのか疑問符だらけです。

    1. カズ より:

      >岸田首相に「自らが犯した失敗のケツは自らの手で拭いて見せる」という気概があればよいのですが・・

      むしろ「自らの手でなんとかできる」と思ってるからこその現状(グダグダ)のような気もしています・・。
      「韓国を翻意させる」なんて幻想を捨て、韓国がなくても困らない方向に自身が変わって欲しいものですね。

  7. まんさく より:

    韓国の言っている事は、文政権時とたいして変わりありません。文政権に対しては、NOの結論が出てるのですから、日本に考える時間を与えないと言うのは間違ってます。考えるべきは韓国であって日本ではありません。

    日本にせよ韓国にせよ国内世論がありますから、相手国に譲歩するのは難しいでしょうし、先に譲歩した方が負けになります。なので、譲歩と言う解決法はありません。

    圧力や報復で解決する手もありますが、国際的な評価を考えると派手にはやりにくい方法です。ここは少しずつじわじわとやるしかないですね。

    日韓対立は結局我慢比べですから、体力がある方が勝つことはわかってます。

  8. Hさん より:

    韓国では、日清戦争で清国からの独立を記念して建てられた独立門は、歴史教科書に写真があっても説明がない。下関条約も記載がない。
    多くの韓国人は、日本からの独立した記念碑と思っている。
    このような歴史教育をしている以上、大統領が保守であろうと革新であろうと、反日の国是は変わらないだろう。
    特に、反日を生業としている市民団体、左翼団体は、反日の火種を消さないように必死である。
    1965年以降、日本が(必要のない)謝罪、賠償をしてきたことも大いに問題だが、自称元徴用工問題で外務省が同じ間違いを繰り返そうとし、媚中、媚韓の岸田、林が毅然とした対応を現状とっていないことが心配だ。
    会談など応じてしまっては、韓国の罠に嵌るとを、菅さんあたりが諭してほしい。

  9. KN より:

    このサイトでもたぶん紹介されるでしょうが、ムシのいいことをいっていますね。

    日本は「協力パートナー」 韓国大統領https://news.yahoo.co.jp/articles/a8384297a7af16f0e84694916111e4363533cab3

    1. 伊江太 より:

      >普遍的価値を共有する国家と連帯・協力し、世界市民の自由の拡大と共通の繁栄に寄与すべきだ(三・一独立運動記念式典 大統領演説より)

      フム…

  10. j より:

    お疲れ様です。
    私の考えですが、日韓基本条約の無視確定で、日本は一切関係してはいけないと思います。
    無視確定で、韓国自身の問題になったと思います。

  11. HN忘れた より:

    韓国人がまともになるには一度には無理でしょうから、とりあえず、泥棒していった仏像を返すことぐらいから初めてはいかが。

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