悪い円安論唱えたメディアがなぜ利上げを批判するのか

「植田日銀は、いつまで円安を放置するつもりか」。かりに日銀が先月31日の政策決定会合で利上げを見送っていたとしたら、「悪い円安」論者の皆さまは日銀を批判していたのではないでしょうか。現実に日銀は(たかだか25ベーシスではあるにせよ)政策金利の引き上げに踏み切り、円高、株安が進むなかで、メディアは利上げを非難しているように見受けられます。このあたり、本当に面黒い限りです。

悪い円安論

2022年頃、円安が進み始めていた時期あたりから、当ウェブサイトで一貫して申し上げてきたのが、円安は日本経済に対し良い影響も悪い影響も与えるものの、「現在の日本経済の条件に照らせば」良い影響の方が大きい、とする考察です。

この考察は、世に蔓延している、いわゆる「悪い円安」―――「円安が日本経済に悪影響を与える」とする主張―――に対する、一種の反論として提示してきたものです。

ちなみに『「デジタル赤字」が日本経済にもたらす実質インパクト』、あるいは『【総論】円安が「現在の日本にとっては」望ましい理由』などを含め、これまでに当ウェブサイトではさんざん論じてきたとおり、この「悪い円安」論は正直、経済理論的にはかなり怪しい主張でもあります。

円安はたしかに輸入品物価を押し上げる効果をもたらしますが、それと同時に輸出競争力を高め、資産効果(円安で外貨建ての投資の円換算額が膨らむ効果)などをももたらすからです。

とりわけ日本は世界最大規模の対外資産を保有している国でもありますし、円安(や海外金利の上昇)は日本に巨額の所得収支黒字をもたらします(現に2024年3月期の経常収支は過去最大の黒字を計上しています)。

いかにも苦しい「悪い円安」論者の言い分

ただ、こんなことを指摘すると、ごくまれに受ける反論が、「通貨安になれば日本は通貨危機になる」、といったものですが、この心配はほぼありません。

日本は国を挙げて、外貨準備が豊富であるだけでなく、外貨建ての債務が非常に少なく、また、円建ての貿易も活発に行われているため、いわゆる通貨危機―――「外貨調達ができなくなり、外貨決済に支障を来す」といった状況―――が生じる可能性が極めて低いからです。

個人的には、日本のような「ハード・カレンシー国」において、1兆ドルを超える外貨準備が果たして必要なのか、極めて疑わしいと考えている次第ですが、この点はとりあえず脇に置きましょう。

そして、日経平均株価は先月、過去最高値を記録しましたし、時価総額も1000兆円を超えるなどしてきました。

この株高について、「悪い円安」論者の皆さまの言い分は、いかにも苦しいものでした。

「たしかに円安を受けた株高だが、円安の恩恵を受けているのは、輸出で儲けているごく一部の大企業だ」、「一般の中小企業は円安や株高の恩恵も受けられず、また、株式を持たない庶民は物価高で苦しんでいるだけだ」、といった言い分も聞かれたのです。

(ちなみに当ウェブサイトにも、ごく一部のコメント主の方が、そのような趣旨のコメントを残して行かれたようです。どうでも良い話ですが。)

日銀は先週、政策金利の25bps引き上げに踏み切る

ところが、日銀が政策決定会合で、政策金利を0.25%に引き上げる決定を行った7月31日以降、どうも為替や株式市場の流れが、すっかり変わってしまったかの感があります。

この点、著者自身は日銀のたかだか25ベーシス・ポイントの利上げで、実体経済がどこまで変わるかに関しては、正直、懐疑的ではありますし、経済への影響があるとしたら利上げではなく、むしろQT=量的引締めの方だとは考えています。

よって、この利上げに対し、マクロ経済政策面からは、当ウェブサイトとしては中立を守りたいと考えています。つまり、これについて現時点で「日銀の政策は正しい」とも、「誤っている」とも申し上げるつもりはありません。

ただ、前回の日銀の利上げ(2007年2月、0.25%→0.50%)から17年ぶりの利上げというインパクトが大きかったことは間違いなく、これが市場の大きなショックをもたらしたのではないでしょうか。

実際、7月30日時点で1ドル=153円前後だった為替相場は円高が進み、WSJのマーケット欄だと、本日午前11時時点で1ドル=145円を割り込む水準となっています。

また、日経平均株価は7月31日時点の終値は39,101円82銭でしたが、翌・8月1日は38,126円33銭、8月2日は35,909円70銭、そして週が明けた8月5日は、一時、前週末比で2,500円以上下げる局面も見られました。

もし利上げを行っていなければ?

もちろん、個人的には、株高・株安の原因がすべて為替相場に起因するとの見方には与しません。とりわけ2日の米雇用統計の数値が弱かったことなども影響を与えている可能性はあります。

ただ、本稿で注目しておきたいのが、「現在の円安は、悪い円安」、「悪い円安が進行するのを防ぐために、日銀は今すぐ利上げすべきだ」、などと主張していたメディアなどの報道姿勢です。

メディアはいっせいに、植田日銀の利上げを非難し、「円高になったから株価が落ちた」、などといわんばかりの論調を取っているからです。

円安ならば「悪い円安」だが、円高になれば「悪い円高」。

要するに、「悪い円安」を批判していた人たちは、植田日銀が仮に利上げを見送っていたとしたら、「円安を放置するつもりか」と大騒ぎしていた可能性がある、ということですし、実際に植田日銀が利上げに踏み切ったことで円高・株安が進めば、それはそれで植田日銀を批判する、ということなのでしょう。

なんとも面黒い限りだと思う次第です。

本文は以上です。

読者コメント欄はこのあとに続きます。当ウェブサイトは読者コメントも読みごたえがありますので、ぜひ、ご一読ください。なお、現在、「ランキング」に参加しています。「知的好奇心を刺激される記事だ」と思った方はランキングバナーをクリックしてください。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

このエントリーをはてなブックマークに追加    

読者コメント一覧

  1. 引きこもり中年 より:

    結論、マスゴミは批判すること自体に意味を見出している。

    1. 引きこもり中年 より:

      毎度、ばかばかしいお話を。
      マスゴミ:「我々は上のものを攻撃することで、愚民に娯楽を提供している」
      その上のものは、マスゴミの仲間でもよいのでは。

    2. 匿名 より:

      マスコミは「批判しか出来ることがない」のではと思っています。
      あれ? どこかの野党も同じ「批判しか出来ることがない」ような気もします。

    3. 星のおーじ より:

      それでも国境なき記者団には認めて貰えず70位。
      何を書いてもお咎めのない日本なんだから、
      もっともっと激しく政府攻撃しないとダメなんじゃないか?

    4. 引きこもり中年 より:

      悪い予測は外れても文句がこないが、良い予測は外れると死ぬほど文句がくる。ならば悪い予測の方が安全である。

  2. 通りすがり より:

    oldメディアのマズゴミが素人集団の集まりだからでしょう。だから没落しているわけで…。
    なにをいまさら感。

  3. 陰謀論者 より:

     どちらかと言えば株安を批判するような論調が目立ちます。
     株とかどうなっても興味もない無関心層で素人ですが、円高になれば日本株が値下がりするのは、冬になって平均気温が下がるたいうくらい当たり前のような気がするのですが、何を騒いでいるのか分かりません。
     個人的には、逆巻さんの相場ジンクスが、またまた現在の結果をもたらしているようで、そちらのほうがよほど恐ろしいです。

  4. sqsq より:

    昔から「利上げ」は株式市場の天敵。
    今回の利上げー>日経平均の大幅下落について評論家は何というか楽しみだ。
    日銀はメディアに突き上げられて利上げしたような面がある。
    3営業日で5000円の下げはきつい。
    これだけ下げると信用で買っている個人の投げ売りが出て「下げが下げを呼ぶ」展開になっているような気がする。

  5. 引っ掛かったオタク より:

    マスゴミ一同の“ナニがドーなろうと批判する”と云う『一貫した姿勢』がハタ目にもハッキリしてヨロシイのではナイカナ~、と
    連中が“ソーユー奴ら”であるとの理解が拡く一般化してゆくコレモマタ一助とナリマセウ…

  6. 匿名 より:

    今回の利上げは政治的側面もあるのではないかなと思っています。
    米国では某Tさんが次期大統領になる可能性が高く、西洋絵札さんはドル高円安けしからんと言っていますから、ビッグベイビーの機嫌を損なわせないために利上げをしたのでは?と思いました。

  7. レッドバロン より:

    新宿会計士様に是非レビューをお願いしたい書籍が

    それは日経プレミアム新書

    「弱い円の正体 仮面の(経常)黒字国日本」

    ブログ主さんのみならず、ここに集う皆さんの心の
    琴線に触れそうな刺激的なタイトルかとw

    1. 伊江太 より:

      レッドバロン様

      唐鎌氏の書かれていることは、これまでのネット記事なんかで、だいたい把握してるつもりですし、わたしは「弱い円」なんて毛頭思っていない人間ですから、この本を買ってまで読もうとは思っていないんですが、できれば、大筋でもご紹介いただければと期待しています。

      書籍の紹介文で、目次に
      「第3章:資産運用立国の不都合な真実」
      というのが目に付きましたが、どんな趣旨のものなのか、そこには興味があります。

      英国みたいに過度に金融・資産運用に依存して、工業生産力をすっかりダメにしてしまったような例を念頭に書かれたものなら、そこのところはちょっと違うような気がします。

      「穴を掘って埋め戻すでも、有効需要」は、しばしばケインズを揶揄する意味合いで言及されますが、金利生活者を敵視した彼のスタンスは、額に汗して働くことを尊ぶ日本人には、割と共感されているのではないかと、思っているのですが。

  8. 元雑用係 より:

    株も為替も上がれば下がり、下がれば上がるものではありますが。
    今週の為替の取引開始の朝6時からドル円が売り込まれてまして、ニュースを見れば日経平均大幅下げと。先週の結果を受けて改めて円売り相場の終了を意識したのでしょうかね。(知らんけど)
    別にリスクオフってわけじゃないですが、久しぶりに「リスクオフの円買い」っぽい相場になってますね。ほんと久しぶり。
    円キャリートレードも過去最高水準で積み上がっていたそうですし、多少巻き戻すのでしょうかね。

  9. DEEPBLUE より:

    この連中はどうでも良いとして、景気への影響を日銀や岸田政権は考えなかったんでしょうかと思います。

  10. sqsq より:

    2時20分ごろの時点で日経平均の下げは3800円を超え、前日比10%以上のマイナス。
    久しぶりに見たね、こんな下げ。暴落と呼べるかもしれない。
    「日銀は利上げするべきではなかった」とか言いそうだね。メディアは。
    そういう意見の評論家を連れてきて。

  11. ひねもすのたり より:

    >日本のような「ハード・カレンシー国」において、1兆ドルを超える外貨準備が果たして必要なのか、極めて疑わしいと考えている次第ですが…

    ブログ主様はここで思考停止されていますが、
    高橋洋一先生は、「1兆ドルを超える外貨準備が 是非とも必要ダ!」と断言しています。
    他の先進国ではこのような多額の外貨準備をしている国はない中で、日本だけは必要なのです。

    なぜなら、その金は、財務省から金融機関の当座預金口座に(なぜか、通常当座預金は利子無しだが、特別に)利子付きで預けられ、財務省がその利子を払うことで、金融機関に”天下り”のポストを確保させ、
    天下り役人の給与、退職金その他を賄わせているから、とのこと。
    だから、100~110円/ドルで仕込んだドルを150円で売れば50~40円/ドルの差益があり、*1兆倍、即ち50~40兆円の差益が出るにも拘らず、それを実行しようとしないのだ、とおっしゃっている。

    ……ひょっとして、これって、金を迂回させた組織的な業務上横領なのではないかと思うのだが、皆さん如何でしょうか?

  12. 伊江太 より:

    いやあ、週明けの東証市場はまさにパニック状況ですね。さっそく自称経済専門家の皆さんは「日銀の利上げが~」なんて、騒ぎ出すことでしょう。

    違いますよ。利上げ幅0.25%なんて、今の日本経済にとって、良かれ悪しかれ、テコの役割なんぞというほどの大した意味があるものじゃないはずです。円安のプラス効果が国民の懐を潤す以前に、ショボくて出し遅れの所得減税以上に保険料その他の負担が増え、かつ賃上げはあっても日用品の価格上昇に追いついていないという、実質所得の目減りが意識されている今の時点での利上げは、デメリットの方が大きい政策判断ミスだとは思いますがね。

    直接にはNY市場で強気の信用取引していた連中が大きな損失を出して、追い証が必要になったから、手持ちの日本株を売って、ということなんでしょうが、今後の米国経済への不安が広がっていることも、背景にあるのではないかと思います。

    政策金利を下げる下げると、去年辺りからずっと言われ続けながら、物価動向が一向収まる気配を見せないことから、グズグズといつまで経ってもERBは判断を先延ばし。そして、いよいよ失業率やオフィス空室率の上昇など、景気の先行きの不透明感が増してきた今、下手すりゃ,リセッションからスタグフレーション入りが危ぶまれる事態になっても、インフレ再燃を怖れて手足縛られてるFRBは、大した手は打てないんじゃないか? まあ、冷静に考えれば、心配にもなるよね。

    米国にこけられるのはこちらも困るが、ひとつ安心材料があるとしたら、こんなとき悪さをしかねないチャイナの経済状況が、ひょっとすると米国以上にひどいんじゃないかと推測されること。信頼できる経済統計なんてないに等しいアノ国だけど、過剰消費体質(軍拡、無駄なインフラ・不動産投資)と、所得格差の拡大(共産党幹部と官僚の腐敗、海外への資産逃避)は、どうも半端なものじゃない様子ですからね。

    米中二大国が揃っておかしくなったら? 世界的不況が来るのは多分間違いないでしょうが、こんなときに強いのは、やっぱり普段から国民がちゃんと働いて、真面目にものづくりしてる国だと思うんですけどね。しっかり備えたいものです。

    1. クロワッサン より:

      >米中二大国が揃っておかしくなったら? 世界的不況が来るのは多分間違いないでしょうが、こんなときに強いのは、やっぱり普段から国民がちゃんと働いて、真面目にものづくりしてる国だと思うんですけどね。

      戦争を始めて経済を回そうとしそうでのあり。

      こんなときに強いのは、カツアゲ力を普段から鍛えている国も含まれるんじゃないかと。

      米国って、自分が働いて得たお金で暮らすより、お金を働かせて得たお金で暮らそうとする国って見るのが正解なんでしょうし。

  13. 河原信行 より:

    いつも拝読させていただいています。
     円高円安論についてですが、私も貴殿と同じくメリットもデメリットもあると考えており、その時の状況によって良い悪いを煽りたてるマスコミ他に対し腹立たしさを感じています。
     私は技術者なので経済の専門家ではありませんが、シンプルに考えると円高は貨幣の価値が高くなる反面で、労働や技術に対する価値は低くなり、円安はその逆です。つまり、お金を使う観点からすれば円高が好ましいですが、お金を稼ぐ観点からすれば円安が好ましいです。ここまでは貴殿も何度も例を挙げてご説明されていることです。
     ただ、もう一歩踏み込んだ表現をさせていただくと、円高は日本の資産を海外へ流出させやすくなり、貨幣価値が上がって喜んでいる人たちは親の遺産を食い潰しながら自分は金持ちだと錯覚しているのと同じではないかと思うのです。逆に円安は生活は苦しいかもしれませんが、自分の労働や技術に対する価値が相対的に高くなり、頑張っただけ国を豊かにするのに適した環境だと思います。確かに収入が上がらないと価値が上がっている実感は持てませんが、日本国あるいは日本企業としては付加価値が上がっている富を作りやすい訳です。GDPを増やすことが幸せに直結する訳ではありませんが、私たちの子孫に豊かな日本を残すためには円安になったこの機会をチャンスと捉えて私達は頑張らなければいけないと思います。

※【重要】ご注意:他サイトの文章の転載は可能な限りお控えください。

やむを得ず他サイトの文章を引用する場合、引用率(引用する文字数の元サイトの文字数に対する比率)は10%以下にしてください。著作権侵害コメントにつきましては、発見次第、削除します。

※現在、ロシア語、中国語、韓国語などによる、ウィルスサイト・ポルノサイトなどへの誘導目的のスパムコメントが激増しており、その関係で、通常の読者コメントも誤って「スパム」に判定される事例が増えています。そのようなコメントは後刻、極力手作業で修正しています。コメントを入力後、反映されない場合でも、少し待ち頂けると幸いです。

※【重要】ご注意:人格攻撃等に関するコメントは禁止です。

当ウェブサイトのポリシーのページなどに再三示していますが、基本的に第三者の人格等を攻撃するようなコメントについては書き込まないでください。今後は警告なしに削除します。なお、コメントにつきましては、これらの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、コメントにあたって、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。ブログ、ツイッターアカウントなどをお持ちの方は、該当するURLを記載するなど、宣伝にもご活用ください。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました

自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。

【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました

日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。
関連記事・スポンサーリンク・広告