卵を買うため行列を作るロシア人
ロシアの統計をどこまで信頼して良いのかはわかりませんが、ロシアのインフレ率は乱高下を繰り返しており、今年4月頃には2%台にまで鎮静化していたようです。ただ、最近になって再びインフレ率が上昇し始めており、ウェブ評論サイト『ニューズウィーク日本版』の記事によれば、とくに今年に入り、卵が40%以上も値上がりした、とする話題が出てきました。もっとも、卵価格はウクライナ戦争だけでなく、鳥インフルや飼料高騰などの影響もあるのかもしれませんが…。
目次
ルーブル防衛
ルーブルの不思議な動き
この世の中には、「基礎的な経済統計が信頼に値するのかよくわからない国」というものがいくつか存在しますが、そのひとつはロシアです。
ロシアといえば2022年2月24日に開始したウクライナへの軍事侵攻を理由に、現在、国際社会からの厳しい経済制裁を受けている国として知られていますが、そのロシアの通貨・ルーブルは、不思議な動きをしました。
国際決済銀行(BIS)のデータに基づけば、ルーブルの対米ドル相場は、ウクライナ侵攻直後の3月11日に、1ドル=120.38ルーブルという旧ソ連崩壊以来の最安値を記録したのですが、その後はなぜか、ルーブル高に転じ、6月末には一時1ドル=51.16ルーブルにまでルーブル高となりました。
また、その後はじわじわとルーブル安が進み、今年は8月と10月に100ルーブル台を記録したのですが、いずれもルーブルが買い戻され、BISの最新データだと12月12日時点で1ドル=90.98ルーブルなのだそうです。
これを図示したものが、図表1です。
図表1 USDRUBの推移(直近4年分)
(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis) データをもとに作成)
ルーブル防衛のために政策金利を上げていたロシア
数字「だけ」で見ると、ロシアの通貨は暴落しそうになっても買い戻されているのであり、論者によっては、このルーブルの推移を見るだけで、「ロシア経済は崩壊していないし、崩壊する兆しもない」、「ロシアの戦争遂行能力は十分だ」、などと考えるようです。
もちろん、為替レートは数ある経済指標のなかでも、その国の経済状況を見るうえでは最も手っ取り早いもののひとつではありますし、その為替レート「だけ」で判断するならば、ロシア経済は崩壊するどころか、意外と堅強に持ちこたえているように見えることは間違いありません。
もっとも、だからといって、為替レート「だけ」で「ロシア経済は崩壊していない」などと結論付けるのは、議論としてはずいぶんと乱暴です。ロシアは通貨が暴落した際に、たいていの場合、金利を大幅に引き上げているからです(図表2)。
図表2 政策金利比較(ロシアvs米国)
(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, Policy rates (daily, vertical time axis) をもとに作成)
図表1と図表2をしげしげ見比べていただければわかりますが、ロシアの通貨が暴落しそうになったときには、たいていの場合、ロシア中銀が政策金利を思いっきり引き上げているのです(たとえばウクライナ侵攻直後にロシア中銀は金利を9.5%から一気に20%に引き上げています)。
追い込まれるロシア経済
トリレンマと為替レートの関係①先進国の場合
そして、結論からいえば、ルーブルが一時的に暴落したものの、その後は安定している理由は、「国際収支のトリレンマ」と呼ばれる法則で、だいたい説明が付きます。
この「国際収支のトリレンマ」とは、「資本移動の自由」、「金融政策の独立」、「為替相場の安定」という3つの政策目標を同時に達成することが絶対に不可能である、などとする経済学の鉄則のことです(図表3)。
図表3 トリレンマ
©新宿会計士の政治経済評論(※当ウェブサイト名を明記していただければ、引用・転載は自由です)
日本や米国、英国といった先進国の場合だと、「資本移動の自由」と「金融政策の独立」は基本的に維持されるため、残りの「為替相場の安定」という政策目標は、放棄されます。
いや、もちろん、完全に放棄しているわけではなく、たとえば日本政府(この場合は日銀ではなく財務省・外為特会)は、行き過ぎた円高や円安に対しては為替介入を行っており、その結果については『外国為替平衡操作の実施状況』のページで、事後的に公表されています。
しかし、日本政府の為替操作の実施は極めて限定的であり、為替レートは基本的に為替市場に委ねられているのです。
トリレンマと為替レートの関係②香港の場合
ただし、資本移動の自由が保障されている状況で、為替相場を本当に安定させる方法が、ないわけではありません。その最もわかりやすい事例が香港でしょう。
香港では自国通貨・香港ドルを、1983年10月以降、1米ドル=7.8香港ドルで為替レートは固定されています(ペッグ制、ただし現在は7.8香港ドルを中心に、上下0.05香港ドルの動きは許容されています)。
香港の場合は、そもそも7.8香港ドルを発行するために、発券銀行が1米ドルを香港金融管理局(HKMA)に預託する必要があるのですが、為替レートを維持するために、HKMAは外為市場で1米ドル=7.75~7.85香港ドルを外れそうになると、すぐに為替介入を行います。
これとあわせてHKMAは政策金利をほぼ米国に連動させています(図表4)。
図表4 政策金利・米港比較
(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, Policy rates (daily, vertical time axis) をもとに作成)
ロシアが香港並みに政策金利の追随を徹底するのは難しいでしょうし、また、それをやる必要もないと思われる反面、もしもロシアが本気で通貨防衛をするのであれば、政策金利を思いっきり引き上げることで、為替相場におけるルーブル売り圧力を緩和することが可能です。
もっとも、不必要に利上げすれば、国内の経済は大混乱に陥るのが関の山です。
このため、通常はトリレンマ法則に従い、為替相場を安定させるためには、一時的に資本フローに制限を喰わせることが一般的です。
資本規制だけでルーブル安を止められないロシア
つまり、日米英欧などの先進国では、国際的な資本移動が自由だからこそ、各国の金融政策によって大規模な資本移動と為替変動が発生するわけですし、資本移動が自由な国が為替レートを固定するためには、香港のように、「独自の金融政策」を放棄する必要があるのです。
しかし、資本移動の自由に強い制限を加えてやれば、独自の金融政策を採用したとしても、日米英欧などの先進国のような大規模な資本移動は生じませんし、また、為替レートを維持するために、香港のように金融政策を外国に無理やり合わせる必要もなくなります。
おそらく、現在のロシアが採用しているのは、国民のルーブルと外貨の両替を制限し、また、貿易取引でも一部の外国に対してはルーブル建ての取引を強要することで、ルーブルの値崩れを強制的に防ぐという措置なのではないでしょうか。
もっとも、その理屈が正しければ、資本規制を採用すれば、わざわざ高金利政策など採用しなくても、ルーブル安は止まるはずです。
しかし、現実に図表1でわかるとおり、今年に入ってから再びルーブル安が加速しています。実際、ロシア中銀が慌てて利上げに踏み切った目的のひとつも、ルーブル防衛にあると見て良いでしょう。
つまり、資本移動に制限を加え、さらに本来ならば不必要な利上げまで行ったのは、ロシアがそれだけ追い込まれている証拠、と見ることもできるのです。
ロシアのCPIで見るインフレ率
こうしたなか、個人的にネットサーフィンをしていて発見したのが、ロシア政府統計局(ロスタット)の統計検索ページ【※英語版】です。ここで「CPI」というキーワードを打ち込むと、いくつかのXMLファイルが表示されるのですが、そのひとつが『2000年を100とするCPIの時系列データ』です。
現時点までに2023年10月時点までのものが出ているようですので、この「CPI」(おそらく季節調整等を行っていないもの)を使い、単純に「前年同月比の物価上昇率」を計算してグラフ化してみると、図表5のようなものができました。
図表5 ロシアのCPIの年上昇率
(【出所】ロシア政府統計局・2000年基準CPI時系列データXMLファイルをもとに作成)
これによると、意外なことに、ウクライナ戦争前はCPI上昇率が2%前後にまで落ち着いていた時期があることがわかりますし、また、最近だと2023年4月頃にはインフレ率が再び2%に沈静化していたことがわかります。
ということは、現在のロシアはインフレ率が低位安定しているにも関わらず、通貨防衛目的で無理やり利上げを行っている、という解釈も成り立ちます。
直近、2023年10月時点でインフレ率は約7%弱であり、これに対し政策金利は何と15%(!)という水準ですので、もしロスタットが公表しているこのCPIデータが正しければ、国民生活にとっては相当に苦しくなっている、ということが示唆されます。
ニューズウィーク「卵価格は40%以上上昇」
ただ、ロシアが金利を15%にまで引き上げているということは、現実のインフレ率がかなり上昇している、という可能性も、同時に示唆しています。
冒頭に示した通り、ロシアの統計には怪しい点が多々あるのですが、このCPIが正確なものなのかどうか、という点についても同様に、疑ってかかる必要があるのかもしれません。
というのも、ニューズウィークが14日夜、こんな記事を配信しているからです。
旧ソ連時代に逆戻り?卵を買うために長蛇の列を作るロシア人
―――2023/12/14 18:20付 Yahoo!ニュースより【ニューズウィーク日本版配信】
ニューズウィークによると、ロシアでは現在、家庭の必需品である卵が手に入らなくなっているのだそうです。
とりわけ、『卵を買うために長蛇の列を作るロシア人』というX(旧ツイッター)のポストも埋め込まれているのですが、これまた旧ソ連時代を想起させる、じつに印象的な動画です。
An egg crisis is starting to “boil” in Russia and in occupied Crimea.
In Belgorod, huge queues lined up for cheap eggs. People began to gather as early as 7am, despite the frost.
Some stores even introduced restrictions on sales: you can buy no more than 20 eggs per customer. pic.twitter.com/FYQPwdpphk
— War_Watcher 🇺🇦🇬🇧 (@war_crimes_uk) December 10, 2023
Putin desires to bring back the USSR and russians are getting a taste of the glory days already.
Due to a nationwide egg shortage russians stand in long lines in hopes of getting a few dozen eggs this winter.@Prune602 has some good threads about labor shortages across russia. pic.twitter.com/huzL5KNjOx
— Jack Ryan 🇺🇸🇺🇦 (@jackryan212) December 10, 2023
ニューズウィークはロスタットのデータを引用したロイターの報道をもとに、ロシアの卵の価格が今年に入ってから42.4%上昇したとしつう、ロシア人が屋台で卵を買うために長蛇の列を作る動画も投稿されている、などとしています。
ただ、この「42.4%」という数値、先ほど図表5で示したインフレ率ともかけ離れています。
想像するに、鳥インフルエンザや飼料の高騰など、卵の価格上昇は世界的な現象であり、卵の価格だけをもってロシアのインフレ率が深刻だ、などと結論付けるのは、若干ミスリーディングです。
ただし、図表5でも示した通り、ロシアではインフレ率が最近になって徐々に上昇していることも間違いなく、実際、ニューズウィークも「11月のロシアのインフレ率は7.48%に達した」、などとしています。
やはり、ロシアでは足元のインフレ率が再び上昇していることはどうやら間違いないらしく、その原因のひとつに長引くウクライナ戦争があることは否定できないでしょう。
実際のところはどうなのか
もちろん、ロシア自身が資源国でもありますし、あれだけの「泥沼の戦争」を続けながらも、インフレ率を6~7%程度に抑えているというのは、それなりにロシアの金融政策が巧みだ、という証拠だと見ることもできるかもしれません。
ただ、資本規制と国民生活に多大な負担をかける高金利で無理やりルーブルの価値を維持するというのにも限界はありますし、「卵求めて長蛇の列」は、ロシアという国の経済がすでに正常な姿ではないことを示唆する象徴的な絵なのかもしれません。
もっとも、一説によるとロシア国民は旧ソ連時代から物資不足には慣れているようであり、ロシア経済が崩壊するかどうかについては、まだ自信をもって見通すことは難しいのが実情でしょう。
いずれにせよ、来年こそ、まずはロシアによるウクライナ侵略の試みが完全に頓挫することを願いたいところです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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>もっとも、一説によるとロシア国民は旧ソ連時代から物資不足には慣れているようであり、ロシア経済が崩壊するかどうかについては、まだ自信をもって見通すことは難しいのが実情でしょう。
これまでと異なるとすれば、男手不足も加わりそうなところですね。
日本も戦後の混乱期は男手不足に陥りましたし。
プーチン大統領が戦争の落としどころをどう考えているのか。
西側諸国のウクライナへの支援疲れを呼び水に、現状とそう変わらない状態での休戦となりそうですが。
そのうち、ロシア国営メディアからニューズウィークに対抗(?)して、売り場に卵が山積みされて、人々が次々を買っていく動画が公開されるでしょう。
ロシアが、オイルショックの時の日本のトイレットペーパー騒ぎの映像を流すのではないでしょうか。
>一説によるとロシア国民は旧ソ連時代から物資不足には慣れているようであり、
旧ソ連時代から不思議だったのは、物資不足で買い物の長蛇の列という光景は、よく報道されて写真も同じようなものが出ていたが、並んでいる人達が、皆、栄養満点・恰幅も血色も良くて、とても物資不足の社会とは見えなかったこと。
一説によると、何時ものが無くなるか分からないから、ものが店に有る時に、取り敢えず行列をしてでも手に入れておくというのがこの国で生きる知恵だ、と書いてある記事を読んだことがある。
それに比して、コンビニやスーパーが冷蔵庫代わり、という生活を送っている日本国民は、地上の楽園に住んでいる?
当方も2日も買い物に行かなければ、食べるものがないなあ、という程に備蓄が無い。
「もしか袋 ロシア」と検索するとたくさん掛かります。
Beyond Russia の「アヴォーシカ」記事も圧巻です。曰く
アヴォーシカという名称とその由来も素晴らしいが、多くの人はこの関連性に気がついていない。「アヴォーシカ」を日本語に訳すと、「ひょっとしてバッグ」となる。最初のアヴォーシカがロシアに登場したのは革命後である。
成程ですね。
最近日本で必須になりつつある買物袋・トートバッグも、かの国では、「ひょっとしてバッグ」として必須の日常の携行品なのですね。
勿論、袋を携行している意味・目的が違うんでしょうけれど。彼の国では、行列が出来ていたら、取り敢えず並ぶ、ということらしいですが。もしかしたら、これから、その物資が不足し始めるのかもしれない、と。勿論、その物資が何かは分からないでもとにかく並ぶらしいですね。
Daniil Orain くんによるロシア街頭インタビュー投稿『1420 Russia』、最近 10 本の投稿タイトルは新しい順にこうなっていました。どれも面白そうですね。
– Putin is the richest man in the world
– European Union will send our money to Ukraine
– Do we send migrants to European borders?
– How our country got so big?
– Did we attack Finland in 1939?
– Do we have a strong propaganda in Russia?
– Russians: about Estonia
– Russians: about the holodomor ウクライナ大飢饉
– Did we split Poland with Nazis in 1939?
– Do people live better in democratic or in autocratic countries?
YouTubeマリーシュカチャンネルでは、最新の投稿で卵は出て来ませんから、卵不足かどうかは判りませんが、生鮮食料品も豊富で、一般人にとっては影響が少ない様に見えます。
プーチン政権が影響を感じさせないようにしている。とは思いますが。
埋蔵量世界第3位とも言われる、石油、ガスが豊富にあるだけで、日銭がどんどんと入ってくる。
そりゃあ、物も色々と買えますよね。
黒海沿岸は世界の食糧庫とも呼ばれていて、食料生産も順調。
日本なら、あっと言う間に何もかも無くなりそうです。
台湾有事の際には、完全にシーレーン塞がれますので、一時的に石油がストップすると同時に、コストが激しく上昇します。
話が逸れましたが、ロシアを経済的に潰すのは難しいですねぇ。。
持てる者は強いです。羨ましい。
似た状況は日本の戦時統制経済ですかね。
映画『この世界の片隅で』が、わかりやすいです。
モノも公定価格もある。
けど手に入れるためには延々と並ぶ必要あり。
(実質的にモノが無い)
闇市に行ったらなんでもあるけど、市場価格。
今の大手メディアの世論調査や支持率なんてのも、この手の
「実態を無視した公式数値」
だと思いますね。
肌感覚とまったく合わないから。
ま、煽動されるアホは古今東西一定割合存在するものなので、ゼロにはできません。