中国よりASEANを重視する邦銀:与信額は2倍近く
ASEANといえば、人口でも面積でも、はたまたGDPの規模でも、中国にはかないません。しかし、非常に興味深いことに、日本の金融機関の投資行動は、そうではありません。国際的な統計で見ると、日本の対ASEAN投融資は2023年3月末時点で2704億ドルと、中国・香港に対する投融資額(1385億ドル)のおよそ2倍近くに達しているのです。しかも、日本の金融機関の対中投資は減少傾向にある一方、対ASEANは増加傾向にあります。
CBSとは?
当ウェブサイトにおいて「定点観測」しているデータのひとつが、国際決済銀行(BIS)が四半期に1度公表している、「国際与信統計」と呼ばれる統計です(英語の “Consolidated Banking Statistics” を略して「CBS」と呼ばれることもあります)。
このCBS、金融機関の国境を越えた資金の流れをざっくりと説明するもので、BISにデータを報告している国が多くとも31ヵ国・地域(下記参照)に限られているため、この報告国に含まれていない国(たとえば中国)からの資金の流れを解明することは難しい、といった欠点はあります。
BIS・CBS報告国31ヵ国・地域
- 先進国(21ヵ国)…オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、日本、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、米国
- オフショア(3ヵ国)…香港、パナマ、シンガポール
- 発展途上国(7ヵ国)…ブラジル、チリ、台湾、インド、メキシコ、韓国、トルコ
(【出所】日銀『BIS国際与信統計の日本分集計結果の解説』をもとに著者作成。なお、「先進国」「オフショア」「途上国」の区分は、日銀によるもの)
ただし、中国からの資金の流れについては、別途、世界銀行が公表しているデータなどでも把握でき(『途上国金融における中国の存在感高まる=世界銀行調査』等参照)、それらによると「債権国」として見た中国の地位は、世界でもさほど大きくありません。
債権国は先進国が上位を占める
改めて、2023年3月末時点における世界の債権国(おカネを貸している側)を上位順に列挙しておくと図表1のとおりです(※ただし、これには「報告国」のデータしか含まれていません)。
図表1 債権国一覧(2023年3月末時点、最終リスクベース)
ランク(債権国側) | 金額 | 構成割合 |
1位:日本 | 4兆7752億ドル | 15.21% |
2位:米国 | 4兆4595億ドル | 14.21% |
3位:英国 | 4兆2614億ドル | 13.58% |
4位:フランス | 3兆4136億ドル | 10.88% |
5位:カナダ | 2兆5406億ドル | 8.09% |
6位:スペイン | 2兆0949億ドル | 6.67% |
7位:ドイツ | 1兆7762億ドル | 5.66% |
8位:オランダ | 1兆5284億ドル | 4.87% |
9位:スイス | 1兆0363億ドル | 3.30% |
10位:イタリア | 9961億ドル | 3.17% |
その他 | 4兆5032億ドル | 14.35% |
報告国合計 | 31兆3855億ドル | 100.00% |
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics データを参考に著者作成)
これで見ると、報告国(31ヵ国以下)だけで、国際与信総額は31兆3855億ドル、1ドル=145円だと仮定すれば、じつに4550兆8976億円(!)という金額に達します。しかも、上位10ヵ国は日本、米国、カナダ、欧州諸国で占められています。
よく一部のメディアは、「中国の一帯一路金融については、実態はよくわからないが、総額1兆ドルに達するとの試算もある」、などと報じるのですが(1兆ドルの根拠はよくわかりません)、この1兆ドルという金額、9位のスイスや10位のイタリアあたりとほぼ等しい額でもあります。
先進国は債務調達力も大きい
続いて「借りている側」を一覧にしたものが、図表2です。
図表2 債務国一覧(2023年3月末時点)
ランク(債務国側) | 金額 | 構成割合 |
1位:米国 | 7兆9120億ドル | 25.21% |
2位:英国 | 2兆2664億ドル | 7.22% |
3位:ドイツ | 1兆8066億ドル | 5.76% |
4位:フランス | 1兆5075億ドル | 4.80% |
5位:ケイマン諸島 | 1兆4717億ドル | 4.69% |
6位:日本 | 1兆2496億ドル | 3.98% |
7位:香港 | 9123億ドル | 2.91% |
8位:中国 | 8612億ドル | 2.74% |
9位:イタリア | 7916億ドル | 2.52% |
10位:ルクセンブルク | 7697億ドル | 2.45% |
その他 | 11兆8367億ドル | 37.71% |
合計 | 31兆3855億ドル | 100.00% |
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics データを参考に著者作成)
何のことはありません。
おカネをたくさん貸している国が、同時におカネをたくさん借り入れている国でもある、ということであり、これらのなかでもとくにケイマン諸島や香港は資金の中継地点になっているという可能性が濃厚です(※ただし、ケイマンや香港からのカネの流れをCBSで追うことは困難ですが)。
ちなみに中国も「借り手」として見たら世界第8位ですが、その調達額は米英独仏日といった先進国には及びません。
日本の対中与信は低減傾向に
さて、こうしたなかでもう一点指摘しておきたいのが、日中の「隣国同士とは思えないほどの関係の浅さ」です。
日本の国際与信総額は2023年3月末時点で4兆7752億ドルでしたが、このうち中国に対する与信は、なんと825億ドルに過ぎません。これは日本の国際与信総額の1.73%に留まります。
しかも、この与信額、最近は微減傾向にあります。図表3は、2005年3月末からの日本の対中与信とそれが日本の対外与信全体に占める割合をグラフ化したものですが、近年は対中与信額、シェアともに低下していることが確認できます。
図表3 日本の対中与信
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics データを参考に著者作成)
ASEANの経済状況
さて、金融専門誌『週刊金融財政事情』の2023年9月12日号に、『メガバンクが描く東南アジア戦略』と題した特集記事が掲載されています。
誌面の本文をそのまま紹介するわけにはいきませんが、この特集記事のなかで、第一生命経済研究所・主席エコノミストの西濱徹氏による、『「ネクスト・チャイナ」の筆頭格として注目されるASEAN』という記事が目に付きました。
西濱氏によると、ASEANといってもタイやベトナムは経済発展段階でいう「人口ボーナス期」が終わろうとしているとしつつ、また、ASEAN全体として見て輸出依存度が高いなどの問題点があるとも述べているものの、それでも高い経済成長率から「ネクスト・チャイナ」としての魅力が高まっていると指摘します。
これについて、現状はどうなっているのでしょうか。
ASEANのうち、特に中核を占めるASEAN6(シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア)については、全部合わせても中国にはかないませんし(図表1)、経済規模も中国には到底及びません(図表2)。
図表4 ASEAN6の人口・面積
国 | 人口(2021年) | 面積 |
シンガポール | 594万人(112位) | 0万㎢(175位) |
マレーシア | 3357万人(45位) | 33万㎢(66位) |
タイ | 7160万人(20位) | 51万㎢(50位) |
フィリピン | 1億1388万人(13位) | 30万㎢(72位) |
インドネシア | 2億7375万人(4位) | 191万㎢(14位) |
ベトナム | 9747万人(15位) | 33万㎢(65位) |
ASEAN6合計【A】 | 5億9622万人 | 339万㎢ |
世界全体【B】 | 79億0930万人 | 1億3009万㎢ |
A÷B | 7.54% | 2.60% |
※中国 | 14億2589万人(1位) | 960万㎢(4位) |
(【出所】総務省統計局『世界の統計2023』第2章データをもとに著者作成。なお、面積には海外領土等を含まない)
図表5 ASEAN6の経済規模(2020年)
国 | GDP | 1人あたりGDP |
シンガポール | 3400億ドル(38位) | 57,528ドル |
マレーシア | 3367億ドル(39位) | 10,140ドル |
タイ | 5018億ドル(26位) | 7,020ドル |
フィリピン | 3615億ドル(34位) | 3,222ドル |
インドネシア | 1兆0584億ドル(16位) | 3,893ドル |
ベトナム | 2712億ドル(43位) | 2,806ドル |
ASEAN6合計【A】 | 2兆8695億ドル | 25,424ドル |
世界全体【B】 | 85兆3283億ドル | 10,882ドル |
A÷B | 3.36% | ― |
※中国 | 14兆7228億ドル(2位) | 10,332ドル |
(【出所】総務省統計局『世界の統計2023』第2章・第3章データをもとに著者作成)
ASEAN6向け与信の状況
しかし、日本の金融機関は、間違いなく、ASEAN向けの与信を積み増している状況にあります。
図表6は、CBSをもとに、日本の金融機関の「中国・香港向け」、「韓国向け」、「ASEAN6向け」与信状況をグラフ化したものです。
図表6 日本の対アジア向け与信(地域別)
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated banking statistics データを参考に著者作成)
これは、なかなかに露骨なグラフが出来上がりました。
いちおう、2023年3月末時点における与信額の正確な数値も付記しておくと、こんな具合です。
- 中国・香港向け…1385億ドル(うち中国825億ドル、香港560億ドル)
- ASEAN6向け…2704億ドル(うちタイ1038億ドル、シンガポール769億ドル、インドネシア457億ドルなど)
- 韓国向け…487億ドル
「数字は嘘をつかない」といわれますが、邦銀はたしかに中国向け与信(※香港向けを含む)を減らし、その分、アジア諸国にシフトしているのです(※韓国向けは横ばいから微減傾向です)。ASEAN6のGDP水準、人口・面積の世界シェアなどを考慮に入れれば、これはなかなかに重要なシフトではないでしょうか。
いずれにせよ、ここ1~2ヵ月の間、日本の福島第一原発処理水の海洋放出を巡って、日中関係はギクシャクが続いていますが、金融機関の中国脱出の動きはそれよりもかなり以前から進んでいたことがよくわかりますし、金財の記事などで見ても、こうした傾向はしばらく続きそうです。
政治サイド(宏池会政権)が中国とどういう関係を築こうとしているのか、いまひとつ見えないところですが、日本の民間金融機関は少なくとも政治リスクや経済リスクをシビアに検証し、適切に投融資を実行する能力は、政治家や役所が考えているよりも遥かに高いというのが実情なのかもしれません。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
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(希望的観測かもしれませんが)邦銀としては、日本のバブル崩壊時の経験から、中国経済の先行きに不安を抱いているのではないでしょうか。
すみません。追加です。
不安を抱くと、それに備えて行動を起こすは別のことです。
>日本の民間金融機関は少なくとも政治リスクや経済リスクをシビアに検証し、適切に投融資を実行する能力
BSフジプライムニュースに時々鈴置さんと共に出演される眞田さんの意見は、その業界人からのものとして聞いていました。
良くも悪くも自分たちのミッションに忠実。
その結果がこのグラフに表れているのだろう、と思いました。
中韓には投費は危険だな。中国はこれから長期低迷期に経済は落ちこむ。世界の工場は賃金上昇に伴い企業の撤退は加速する。韓国は輸出入を中国に集中してる分中国経済の落ち込みのあおりを食って、奈落の底にまっ逆さまだろう。みずほ銀行は一兆円を越える貸し付けをしている。信用状の存在もある。この期に及んで中国に進出を発表した企業がある。ぜひ自己責任でお願いしたい。それにしても岸田にはあきれてものがいえない。韓国が危ないのは素人でもわかる。それを易々とカードをてばなしてしまった。ボンクラここに極まれりである。地元の有権者は良く考えてもらいたい。日本に厄災しかもたらさない人物を国会に送ることがどれ程の事かを噛みしめてもらいたい。因みに岸田文雄は外務大臣時代から何回騙されればいいのかね。
このイギリスの金貸しとしての存在感のデカさよ。中韓にもいっぱい貸してますしね。
元々、金融で影響力を増したかった中国(例えばAIIB)は攻撃力の強い西側金融企業を排除していたので、そのヘッジ無視が現状かもしれません。 ここで助けを求めると思いっきり利益を吸い取られるので、身動きできないのでしょうね。
だから、日本のメガバンクも安泰と思われているのかもしれません。 最近の金融株爆上げは中国無視、「国内長期金利小上げ短期0」でウハウハ予想でしょうね。 保有株三井住友FG物凄く嬉しい状態です(笑)
福岡在住者様
8316おめでとうございます。
私は5401で頑張ってます。
近頃は頑張りが足りませんが、まだ3桁万円の含み益が有りますが、含み益は画餅です。売却しても次の銘柄が思いつきません。
蛇足です。
何が良いですか?参考迄に、、、。以下省略。
タナカ珈琲様
お久しぶりです。
>含み益は画餅です。
確かに(笑) そういえば決算下方修正で落ちて来たので今年拾った5301と6754は今だマイナスです。 前社は電極と半導体向けファインカーボンがまだまだですし、後者は世界的な5G中継基地整備の遅れのためかと思いますが、まだまだ数年かかりそうですね。
>ASEAN6向け与信の状況
邦銀の対中融資が現地合弁企業における設備投資・運転資金に要するものであるのならば、納得の推移なのかもですね。
ASEAN諸国への拠点シフトに伴い、従来の「選択して集”中”」が解消されつつあるのですからね。