8年目のAIIB:「本業融資」は出資総額の4分の1
AIIBの融資、人民元建ての案件は「〇件」
AIIBの本業融資は少しずつ伸びているようですが、それでも出資総額の約4分の1に留まっています。肝心の融資案件の中身を見ると、世銀やADBとの協調融資案件に加え、ADBなどが拾いきれない細かい案件が中心であり、なかでもコロナ関連が3分の1を占めているなど、案件に偏りが見られます。なにより、肝心の人民元建ての案件は、昨日時点においてゼロ件です。そんなAIIBに日本はいまだに参加していませんが、現状、日本企業がアジアのインフラ金融の世界で除け者になっているといえるのでしょうか?
目次
AIIBと日本
AIIBは発足からもう8年目
中国が主導する国際開発銀行である「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」は、正式に発足してから、今年でもう8年目を迎えるはずです。
AIIBが発足する直前、あるいは発足してからもしばらくは、「これからはアジアのインフラ金融は中国とAIIBが取り仕切る時代になる」、「日本もその勝ち馬に乗り、AIIBに出資すべきだ」、などとする主張が、まことしやかに出て来ていました。
当初、AIIBにはG7諸国なども参加しないとの見込みもあったのですが、途中から英国、フランス、ドイツといったG7諸国に加え、アジア太平洋地域からは豪州や韓国なども参加を決定。台湾や北朝鮮すら参加するとの見通しまでありました(※なお、両国は実際にはAIIBには参加していません)。
G20で不参加は日本、米国、メキシコ、南アフリカの4ヵ国
参考までに、昨日時点でAIIBのウェブサイト “Members and Prospective Members of the Bank” のページを閲覧し、現時点でAIIBに出資している国を上位10ヵ国並べてみたものが、次の図表1です。
図表1 AIIB出資国・上位10ヵ国(2023/06/08時点)
出資国(出資年月) | 出資約束額 | 議決権 |
1位:中国(15/12) | 297.80億ドル | 26.59% |
2位:インド(16/1) | 83.67億ドル | 7.60% |
3位:ロシア(15/12) | 65.36億ドル | 5.98% |
4位:ドイツ(15/12) | 44.84億ドル | 4.16% |
5位:韓国(15/12) | 37.39億ドル | 3.50% |
6位:豪州(15/12) | 36.91億ドル | 3.46% |
7位:フランス(16/6) | 33.76億ドル | 3.18% |
8位:インドネシア(16/1) | 33.61億ドル | 3.16% |
9位:英国(15/12) | 30.55億ドル | 2.89% |
10位:トルコ(16/1) | 26.10億ドル | 2.50% |
その他(81ヵ国) | 279.66億ドル | 36.99% |
合計(91ヵ国) | 969.65億ドル | 100.00% |
(【出所】AIIBウェブサイト “Members and Prospective Members of the Bank” を参考に著者作成)
出資総額は969.65億ドル、すなわちほぼ1000億ドルという巨額の資金が集まっている組織です。この錚々たる出資国一覧と出資の金額「だけ」を見ると、ポテンシャルは十分、といったところでしょう。
こうなってくると、G7諸国でありながらAIIBにいまだに参加していない国である日本と米国の「異質性」が目立つ、というわけです。当時の「論壇」は、「G7のなかで参加していないのは日米両国くらいなもの」、「したがって日米両国はアジアのインフラ金融から除外される」、といった論調で溢れていたのです。
実際にG7諸国でありながらAIIBに加盟していない国は日本と米国のみであり、また、G20参加国に拡大しても、AIIBに参加していないのは日米以外にメキシコと南アフリカの2ヵ国だけです。
ただし、AIIBによると最後にAIIBの出資国となったのは、2022年8月4日に91番目のメンバーとして加入したイラクですが、それ以来、メンバーは増えていません。
また、「リージョナル」でクウェートなど4ヵ国、「ノン・リージョナル」で南アフリカなど10ヵ国が加盟手続中ですが、これらのうちクウェートと南アフリカは2015年12月のAIIB発足以来、ずっと「メンバー候補国」のステータスのままで動いていません。
このため、南アフリカについてはAIIBに加盟しようとしていることは間違いないといえます。
銀行業は「貸してお終い」、ではない!
ただ、著者自身は当初から、AIIBのアジアにおけるインフラ金融という役割には、極めて懐疑的でした。銀行業に詳しい方ならご存じかと思いますが、銀行というものは、「カネを貸しておしまい」、というほどの単純な事業ではないからです。
銀行はカネを貸すだけでなく、適正な利息を徴収しなければなりませんし、返してもらうべき日付(弁済期日)までに、全額を返してもらうまで、仕事は終わりません。もしも途中で相手の経営状態が悪化すれば、最悪の場合、貸した金が帰って来ないこともあり得ます(いわゆる貸倒)。
したがって、銀行業は、おカネを貸し出す前に相手先の信用状態を見極める能力に加え、おカネを貸したあとにその相手先とコンタクトを取り、ちゃんと当初の見込み通りに経営しているかどうかをチェック(モニタリング)することも必要です。
よく銀行業を巡っては「人にカネを貸すだけで儲かる楽なビジネスだ」、などと批判する人もいるのですが、私たち素人が考えているほどに単純なビジネスではないことだけは間違いありません。
ましてやこれが国際開発銀行ともなれば、本当に大変です。
途上国に対するインフラ金融は、その国にそのようなインフラが必要かどうかを見極めるだけでなく、いくらくらいのカネがかかるのか、プロジェクトの採算性はあるのか、そのプロジェクトに支出される額が妥当なのかどうかを含め、こと細かにチェックしなければなりません。
また、途上国特有の汚職リスクや政変リスクなどにも備える必要がありますし、こうした観点からは、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などの先行者のようなノウハウが、新参者であるAIIBに備わっているとも思えないのです。
「日本は置いてけぼり」と主張した人は、明らかに金融の素人
この点、2015年から17年にかけて、「日本がAIIBに参加しなければ、日本だけが取り残される」、「日本はバスに乗り遅れる」などと、当時の安倍政権の対応を舌鋒鋭く批判する人々がたくさんいたことは事実ですが、彼らの多くは金融の知識すら怪しい人たちでした。
日本は中国に対する冷静さを欠き、AIIB加入問題で流れを読み間違えた
―――2015.4.2 0:00付 ダイヤモンドオンラインより
中国嫌いが災い、AIIBを巡る世界の流れに日本は乗り遅れた
―――2017.2.2 5:00付 ダイヤモンドオンラインより
これらの記事、残念ながら「会員限定」であり、会員登録するなど一定の条件を満たさないと全文を読むことはできませんが、正直、そこまでして全文を読む価値はありません。
というよりも、「冷静さを欠いていた」のは日本政府だったのか、それとも「日本はAIIBに参加しろ!」などと主張していた側だったのか、そろそろ検証すべきときが到来しています。
だいいち「金融」について論じているはずなのに、また、「世界の流れに日本は乗り遅れた」などと論じているはずなのに、ADBとの資金量の比較も出てきませんし、与信ノウハウのイロハもありません。想像するに、リンク先記事の執筆者の方が、そこまでの知識をお持ちではないからではないでしょうか。
いずれにせよ、「アジアのインフラ金融の世界から日本は除け者になってしまう」と主張した論者の見解を検証するという視点から、当ウェブサイトとしてはこれまで継続的にAIIBの四半期決算などをチェックし続けてきましたし、これからも当面続けようと思います。
ただ、結論からいえば、日本がアジアのインフラ金融の世界から除け者になっているという兆候は見られません。
そういえば、「AIIBが中国の一帯一路構想を資金面で支える」だの、「AIIBは人民元建ての融資も行い、人民元の国際化に寄与する」だのといった説を唱える人もいたのですが、これらに関してもあまり実現している形跡はありません。
というのも、AIIBのプロジェクトを眺めてみると、地理的なつながりがどうもあまりなく、「中国の一帯一路に沿った世界戦略に従って融資が実行されている」ようには見えないからです。
現時点のAIIBの状況
肝心のAIIBの本業融資は?
というよりも、そもそもAIIBの本業融資自体が、あまり伸びていません。
図表2は、AIIBの2023年3月までの四半期ごとの財務諸表をベースに、AIIBの総資産額をグラフ化したものです。
図表2 AIIBの主な資産構成
(【出所】AIIBの過年度財務諸表を参考に著者作成)
2020年以降、コロナ特需で急激に伸びましたが、こうしたコロナ特需が落ち着くと、融資の伸びは一巡してしまいましたし、肝心のAIIBの与信の多くは、世銀・ADBとの協調融資に加え、世銀やADBがあまり手を出さない細かい案件などで構成されているのが実情です。
ここで「本業融資」とは「償却原価法で評価される金銭債権投資」(Loan investments, at amortized cost)と「償却原価法で評価される債券投資」(Bond investments, at amortized cost)を合算した数値で、今年3月末でようやく238億ドルに達しました。なんと、出資総額のたった4分の1です。
また、資産総額は536億ドルと、初の500億ドルの大台に乗せました。前四半期と比べて62億ドルも増えています。
ただ、資産総額が増えた理由はAIIBが59億ドルほど借入を増やしたためであり、資産総額のなかでも「売買目的投資」、「現金預金・定期預金」といった余資運用の部分が増えているに過ぎません。
コロナ関連で伸びた、AIIBの本業融資
しかも、本業融資の中身もかなり偏っています。コロナ前、たとえば2020年3月時点だと、この本業融資の額はたった29億ドルに過ぎず、AIIBの約1000億ドルの出資約束総額に対し約3%という惨状でした。
そんなAIIBの与信が急に伸びた理由はもちろんコロナ禍でしょう。
図表3は、AIIBのプロジェクトの承認件数【右軸】と金額【左軸】を示したものですが、融資が急激に伸びた2020年に関していえば、承認されたプロジェクトの半額以上がコロナ関連でした。
図表3 AIIBのプロジェクト承認件数・金額
(【出所】AIIBウェブサイト “Approved Projects” をもとに著者作成)
2023年の承認件数が減っているように見えるのは、現在がまだ6月と、2023年が半分も過ぎていないためです。おそらく現実には、2023年のプロジェクトの承認は続くとみられるため、現在のペースが続けば23年のプロジェクト承認件数・金額は前年並みか、前年のそれを少し割り込むくらいでしょう。
コロナ関連で全体の3分の1
また、現時点までに承認された案件は212件、金額は約400億ドル分ありますが、このうちの3分の1がコロナ関連です(図表4)。
図表4 セクター別の案件
分野 | 金額 | 割合 |
コロナ支援(56件) | 138億ドル | 34.40% |
エネルギー(45件) | 73億ドル | 18.22% |
交通(35件) | 72億ドル | 18.12% |
水資源(15件) | 39億ドル | 9.87% |
都市開発(13件) | 21億ドル | 5.16% |
マルチ・セクター(35件) | 45億ドル | 11.37% |
その他(13件) | 11億ドル | 2.86% |
合計(212件) | 400億ドル | 100.00% |
(【出所】AIIBウェブサイト “Approved Projects” をもとに著者作成)
1件当たりの金額はだいたい2億ドル弱、といったところでしょう。
人民元建ての融資案件は「〇件」
ちなみに上記212件、通貨別に見ると米ドルが209件、ユーロが3件で、人民元建ての案件はなんと「〇件」(!)です(図表5)。
図表5 AIIBの承認プロジェクトの通貨別内訳
通貨 | 件数 | 金額 |
米ドル | 209 | 39,345 |
ユーロ | 3 | 650 |
人民元 | 0 | 0 |
日本円 | 0 | 0 |
英ポンド | 0 | 0 |
合計 | 212 | 39,995 |
(【出所】AIIBウェブサイト “Approved Projects” をもとに著者作成)
ちなみに「〇件」は、「ゼロけん」と読みます。
いずれにせよ、AIIBにとっては「本業融資」はそれなりに伸びているとはいえ、発足から今年で8年目であり、経済成長著しいアジアにおいて、インフラ金融の需要はそれなりに高いことを踏まえておくと、これを「順調」と見て良いかどうかは別問題でしょう。
というよりも、AIIBが現時点で承認した212件の案件に関しては、世銀やADBの「下請け機関」として協調融資に参加しているものや、世銀やADBがなかなか手を出しづらいもの(最近だと気候変動関連でしょうか?)が多く、しかも大部分が米ドル建てで、人民元建ての融資は皆無、というわけです。
日本はAIIBとどう接するか
はて?
これで「日本企業がアジアのインフラ金融から除外されている」といえるのでしょうか?
「AIIBにより中国は人民元国際化という野心を実現しようとしている」といえるのでしょうか?
可能ならばいまいちど、「日本が中国に対する冷静さを欠き、AIIB加入問題で流れを読み間違えた」のかどうか、「AIIBを巡る世界の流れに日本が乗り遅れた」のかどうか、その手の記事を執筆なさった方々には、検証していただきたいというのが偽らざる心境でしょう。
というよりも、AIIBの副総裁が4月下旬に来日した際には、むしろ日本に対して「気候変動対策をはじめ、日本が関わるインフラ開発事業への協調融資などへの期待」を表明したほどです(『来日のAIIB筆頭副総裁「日本の協力は極めて重要」』参照)。
ある意味で、大変わかりやすいバスだったというのが実情でしょう。
このあたり、財務省としては、本心ではAIIBに出資したいのかもしれません。なにせ、「天下り先」は多いに越したことはないからです。
しかし、日本政府が保有する1兆ドルを超える巨額の外貨準備は、わざわざAIIBを通じなくても、JICAやADBといった日本政府系の機関、あるいはODAプログラムなどを通じて提供可能ですし、ノウハウのAIIBへの流出を防ぐという観点からも、AIIBに出資すべきではありません。
もっとも、AIIBへの出資を拒絶した安倍晋三、麻生太郎、菅義偉の各総理はまさに慧眼(けいがん)と言わざるを得ませんが、それと同時に岸田文雄・現首相に財務省の傀儡としての「危なっかしさ」が漂うなか、「金融評論家」としては、AIIBから距離を置くことの重要性を、改めて強調しておきたいと思う次第です。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
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安倍首相のレガシーがどんどん破壊されてますね。流石に広島サミットの後で日本のAIIB入りの話は無いと思います。それにしても、岸田氏の政治信条は何なんでしょうか。渡邉哲也氏が言ってるように、首相の地位に就く事だけが彼の目的なんでしょうね。
岸田氏には全く期待していませんが、安倍首相に一人前にしてもらった安倍派の政治家達の体たらくにがっかりです。LGBTQ法案、韓国融和、増税、公明党の増長。無言ですね。安倍首相あっての彼らの行動だったのかと思うと残念です。ポストでキ○タ○を握られてるとしか思えない。
AIIBの本業融資を伸ばすためにコロナ禍を引き起こした、
なんてことはないですよね、さすがに。
AIIBの件に限った事ではないですが、基本的に評論家や思想家や活動家などは
「謝ったら負け、間違いを認めたら即廃業」な稼業なんでしょうね。
「私が間違っていましたぁ!!」と素直に認めた例をずーーーーっと探し続けていますが、
いまだかつて一つも見た事がない。あの植村隆の件ですら渋々「部分的に間違ってました!」と
逆切れした様な反応がせいぜいでしたし、本人は抵抗し続けていますしね。
金融の基本原理にも則っていない、AIIB、なんてものを金融専門家が議論に乗せることすらオカシイというのが、金融には何の知見も無い素人の見方です。
子供が本質を見抜くということと似通った所がありますね。
信用力のないお金を幾ら集めても仕方がないし、信用できない相手から借りても意味が無い(危ない)。これは、お金・資金の貸し借りでは、自明のことでしょう。
ですから、AIIB、なるものは初めから、金融の基本原理に合っていないのです。
こんなこと、中学までの勉強で十分わかることです。