大統領演説巡る官房長官の発言を切り取り報道=韓国紙

尹錫悦(いん・しゃくえつ)韓国大統領の演説に対し、松野博一内閣官房長官は日韓関係を「健全なかたちに戻す」必要性を繰り返したものの、演説そのものに対する直接の論評は避けました。ただ、松野氏の発言には「国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤に基づき」、という重要な前提条件が付されているのですが、韓国紙はこの重要な前提条件を無視したかたちで、松野長官の発言を切り取って伝えているようです。

尹錫悦氏の抽象的で薄っぺらい演説

韓国の3月1日におけるいわゆる「3・1節」を巡って、尹錫悦(いん・しゃくえつ)韓国大統領が行った演説で、日本を「普遍的価値を共有するパートナー」などと呼んだ、とする話題は、昨日の『「日本は普遍的価値共有するパートナー」=韓国大統領』で「速報」的に取り上げたところです。

尹錫悦氏の演説自体は極めて抽象的で薄っぺらいものですが、尹錫悦氏の日韓関係に関わる発言の部分をもういちど振り返っておくと、こんな具合です(※ただし、引用に際しては翻訳エンジンなどを参考にしているため、部分的に誤訳などが含まれている可能性がある点についてはご了承ください)。

3・1運動から1世紀が過ぎたいま、過去に軍国主義の侵略者だった日本は、私たちと普遍的な価値を共有し、安全保障と経済、そしてグローバルなアジェンダで協力するパートナーになりました。とくに、複合的な危機や深刻な北朝鮮の核脅威など、安全保障危機を克服するための韓米日3ヵ国協力は、これまで以上に重要です」。

ただ、昨日も議論したとおり、この尹錫悦氏の演説、翻訳エンジンで日本語に訳すと1000文字少々とじつにあっさりしたものであり、文在寅(ぶん・ざいいん)前大統領政権のころのものと比べて大変に短く、さらには内容的にもきわめて抽象的であり、何が言いたいのか、読み手には今ひとつ伝わってきません。

たとえば、韓国が日本と「普遍的価値を共有している」と言い張るのならば、日韓間の懸案のひとつである自称元徴用工問題を含めた日韓諸懸案について言及がないのはなぜなのでしょうか。理解に苦しみます。

また、演説で言及された国は日本、米国、北朝鮮の3ヵ国であり、また、北朝鮮の核への脅威や「世界的な複合危機」などに言及はありますが、ロシアによるウクライナ侵略、中国による違法な海洋進出などの「西側諸国であれば当然に注目しておくべき重要な話題」に対する言及はいっさいありません。

たった1回の薄っぺらい演説で「韓国を信頼せよ」と言われましても…

すなわち、この演説をもって、「韓国は日本にとって信頼がおける相手国に変わった」と評価できるものではまったくないのです。

もし韓国が「変わった」というのであれば、たとえば自称元徴用工問題を巡って、日韓請求権協定に違反した状態の2018年の大法院(※最高裁)判決をどうするのか、さらには韓国が捏造してきた「歴史問題」の落とし前をどうつけるのかについて、少なくとも方針くらいは示すべきでしょう。

自称元徴用工判決は取り消さず、日本企業に賠償金を支払わせ、日本政府に謝罪させようとしている。

慰安婦合意を韓国が無効にした問題を解決しようともしない。

2018年の火器管制レーダー照射事件に至っては、いまだに「レーダー照射はなかった」と開き直っている。

それなのに日韓首脳シャトル外交を開始しようとしている。

韓国は、そんな相手国です。

たった1回やそこらの演説(しかも、非常に薄っぺらい内容の)を聞かされただけで「韓国はもう反日をしないと宣言した!」「韓国は米国の側に戻った!」などとドヤ顔で宣言されても、私たち日本国民としては困惑するよりありません。

松野官房長官の発言の概要

こうしたなかで、この尹錫悦演説を巡り、松野博一内閣官房長官は3月1日午後の記者会見の場で、NHK記者の質問に対し、次のような趣旨の内容を答えました(※便宜上、①~③の番号を付しています)。

  • ①ご指摘の尹錫悦韓国大統領による演説については承知している。演説の中で日本については「普遍的価値を共有し、安全保障、経済、グローバルな議題において協力するパートナー」と位置付ける言及があったと承知している
  • ②わが国にとって韓国は、国際社会におけるさまざまな課題への対応に協力していくべき重要な隣国である
  • ③国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤に基づき、日韓関係を健全なかたちに戻し、さらに発展させていくため、韓国政府と引き続き緊密に意思疎通していく考えである

このうち①については韓国大統領の発言をそのままなぞっただけのものであり、これに対する日本政府としての受け止めについては、事実上のノーコメントです。また、②については菅義偉総理大臣の、③については岸田文雄・現首相の発言と、それぞれなんら変わるところはありません。

もちろん、③の認識については、岸田首相が菅総理のころからスタンスを後退させたという意味において、不安感を覚えざるを得ないものですが、それでも尹錫悦氏の演説で日本政府が態度を好転させたというものではないことは間違いありません。

韓国紙が松野長官の発言を「切り取り」

ただ、この松野官房長官の発言を切り取って報じたのが、韓国メディア『中央日報』です。

日本「日韓関係を健全な形に戻すため、緊密に意思疎通」

―――2023.03.02 06:47付 中央日報日本語版より

『中央日報』(日本語版)は2日付の記事で、この松野官房長官の発言を、次のように伝えました。

松野博一官房長官はこの日午後、定例記者会見でこのように述べた後、『日韓関係を健全な形に戻し、さらに発展させていくため、韓国政府と引き続き緊密に意思疎通をしていく』と述べた」。

上述の通り、松野氏がそのように述べたことは事実ですが、「日韓関係を健全なかたちに戻し」の前にもうひとつ、重要な発言があります。それが、「国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤に基づき」、です。

これがあるのとないのとでは、ずいぶんとニュアンスが変わってきます。「国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤に基づき」には、「韓国が国交正常化以来築いてきた関係を壊してきた」というニュアンスが(不十分ながらも)含まれているからです。

その重要なくだりをわざと飛ばして引用している時点で、読者のミスリードを狙おうとしているという点において、「悪意がある」と指摘されても仕方がないでしょう。

「知らんがな」

また、同じく中央日報にはこんな記事も掲載されています。

抗日よりも独立を強調…日本にはパートナー宣言(1)

―――2023.03.02 07:36付 中央日報日本語版より

抗日よりも独立を強調…日本にはパートナー宣言(2)

―――2023.03.02 07:36付 中央日報日本語版より

中央日報は尹錫悦氏の演説について「日本を『過去の侵略者』から『現在のパートナー』にと呼び、尹政府の対日外交の方向性を明確に提示した」ものだとしたうえで、「大統領室の核心関係者」の次のような発言を伝えています。

己未独立宣言書の要旨は恨み辛みではなく包容・和解と人類繁栄。これは尹大統領の普段の信念とも合致する」。

自称元徴用工問題などを巡って「加害者」である側の韓国が、「被害者」である側の日本に対する「恨み辛み」に言及する理由はよくわかりませんし、日韓諸懸案をほぼまったく解決できていない時点で「関係改善」もなにもありません。

ただ、少なくとも韓国の現政権や「保守派」とされる勢力が、「3・1記念演説」を契機に日韓関係の「改善」に向けたモメンタムが生じることを期待していることだけは間違いないありません。これに対する著者自身の感想は、「知らんがな」、ですが。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 団塊3号 より:

    尹錫悦氏の抽象的で薄っぺらい演説  と
    韓国メディア『中央日報』の薄っぺらな用日作戦

    確かに「知らんがな」「勝手にやれば」って思っちゃいます。

  2. 元一般市民 より:

    恐らく、皆さま方も直ぐに読まれるであろう記事ですが・・・

    【独自】日本政府内で結論「徴用補償に被告企業は加わらない」
    https://news.yahoo.co.jp/articles/2d3571ec3fcc905086b6189a65563b63b1b642bd

    記事が本当だとすれば、意外とキシダも頑張っているの、、、かな???

    1. 農家の三男坊 より:

      いえいえ、安倍・菅政権の路線を漠然と走っているだけの気がします。

      >韓日間の交渉に詳しい関係者は「韓国側が急ぐ理由は一つもない」「大法院判決による現金化さえ避けられれば、長期の交渉も悪くはない」とコメントした。

      こういう認識を持たれているという事を、政府・与党は反省すべきだ。
      日本国の真意が伝わっていない。

      条約・合意を守る迄、制裁を段階的に強化すべし。

      真面な企業は既に撤退を完了している。後残るは、強欲企業のみで関係悪化は織り込み済みと考えるべき。

      >北朝鮮による挑発と中国による台湾への脅威などのため韓米日安保協力は重要だが、韓国としては関係改善のため最善を尽くしたので日本の変化を見守ればいいというのだ。

      米国からの日韓関係改善のプレッシャーがかかっていたという傍証かな。

      ”関係改善のため最善を尽くした”と寝言を言わせてしまう辺りは、外務省他政府の外交能力欠如として、関係者には大いに反省していただきたい。

      併せて、米国他世界に、”条約・合意を守らない、嘘つき、コソ泥推奨”国は関係改善の努力を全くしていないことを周知すべし。
      努力をしたというのは、判決を取り消した場合のみ。

      ”朝鮮半島は、時の政府の懇願により、合法的に大日本帝国に併合救済された”
      と武田某、松川某に言わせるくらいのことが出来ないものか。

  3. 匿名 より:

    ユンが何を言おうと韓国は変わらない
    そのまま放置して関わらないのがベスト

  4. 大陸老人 より:

    彼の国のメディアのひどさはその通りで、本日の朝鮮日報の「独自」記事「日本政府内で結論『徴用補償に被告企業は加わらない』」には「2018年に韓国の大法院が日本企業に対して韓国の徴用被害者への賠償を命じた判決を下した後、2019年7月に当時の安倍首相は報復として3種類の半導体素材の韓国向け輸出を規制した」とあります。ここを見に来る方々は、会計士様が常々判決と規制(輸出管理の適正化)は別物で時制が違うということを述べているのをご存じでしょうが、朝鮮日報によると、日本は判決が出る8か月も前に「報復」したそうです。まぁそうだとしたら、韓国が怒るのも分かるよ、ということだけど(笑)、彼の国の時間軸ってどうなってんのかねぇ。

  5. 伊江太 より:

    >たった1回やそこらの演説(しかも、非常に薄っぺらい内容の)を聞かされただけで「韓国はもう反日をしないと宣言した!」 ー ①

    >「韓国は米国の側に戻った!」 ー ②

    「非常に薄っぺらい内容」なのは当たり前。ここまで悪化してしまったというか、もはや日本が相手にしてくれなくなった状況を、本気で自らの手で何とかしようとは思ってはいない、ないしは(長期的課題として)そうしたいと思ってはいても、とても手を付けられるはずはないことを、十分承知の上で言ってるんですから。積もり積もった反日案件の、わずかひとつだって口にすれば、もうにっちもさっちもいかなくなってしまう。

    それでも、対日擦寄り、用日再開は待ったなし。三・一運動記念式典での大統領演説の内容は、日本側から見れば中身スカスカの空疎ものであっても、あちらサイドでは、恨み辛みをぶつける対象ではなく、「普遍的価値を共有し、安全保障、経済、グローバルな議題において協力するパートナー」などと日本のことを再定義してみせるってことは、相当な政治的なリスクを伴う、かなり思いきった言説であるということはできると思います。それくらい追い込まれてるってことなんだと思います。

    彼らが「対日擦寄り」で何を期待するかと言ったら、通貨スワップ再開の話がすぐ出てくるんですが、あれだけ図体がでかくなった現在、本格的に経済がヤバくなったとき、多少のスワップを日本に付けてもらうくらいで、危機脱出の足しになるとはどうしても思えないんですね。

    じゃあ、何を期待してるのか? 米中対立の激化、自由主義陣営側のサプラーチェーンから中国を排除する動きの本格化、これが彼らの心胆を寒からしめているんじゃないでしょうか。「保守政権に戻りました。もうクレイジーな文在寅の時代じゃありません」で、「韓国は米国の側に戻った」とアピールできるはずという皮算用が、全く米国に斟酌してもらえないことが、このところはっきりしてきた。「いつまでも中国にくっついてるつもりなら、そのうち切るぞ」と脅しを食らうようになった。そこで「用日」となったんだという気がします。

    彼らのアタマの中では、「米国による対中経済関係縮小への圧力で、自国産業に不利益が生じるのは、日本だって同じだろう。だから米国への発言力がより強い日本と共闘すれば(盾にして、その陰に隠れれば)、何とか被害を最小限に留めることも可能だろう」なんて甘いことを考えてる。自国と日本の国際的立ち位置が、今や全く違っていることを理解していない、そのピンボケ振りが出た、今回の精一杯のリップサービスなんじゃないでしょうか。

  6. 農民 より:

     [国交正常化以来=日韓基本条約を堅持する]という変わらない政府方針が読み取れますし、韓国側は同条約に触れたくない(できれば破壊したい)のも読み取れますね。どこが都合が悪いのか、素でバラしてくれる相手は良いですね。

  7. 名無しの権兵衛 より:

     松野官房長官が記者会見で述べた「国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤」という表現には次のような変遷があります。
    ●2018年10月30日の韓国大法院判決に対する外務大臣談話(安倍政権)では「国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の『法的』基盤」と表現していました。
     〔https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_004458.html〕
    ●2018年11月29日の韓国大法院判決に対する外務大臣談話(安倍政権)でも「国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の『法的』基盤」と表現していました。
     〔https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_004550.html〕
    ●2019年7月19日の日韓請求権協定に基づく仲裁に応じる義務の不履行時の外務大臣談話(安倍政権)でも「国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の『法的』基盤」と表現していました。
     〔https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_005119.html〕
    ●2022年3月11日の岸田首相と尹錫悦次期大統領(当時)との電話会談後の首相官邸ツイート(岸田政権)では「国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤」と『法的』が削除されました。
     〔https://twitter.com/kantei/status/1502128154193788928〕
    ●以後、岸田政権では『法的』を削除した「国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤」を使用し現在に至っています。
     〔https://www.gov-base.info/2022/09/23/169295〕など
    ⇒「国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の『法的』基盤」と表現すれば、日韓基本条約や日韓請求権協定を意味することがより明確になりますが、『法的』を削除した「国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤」という表現では、そのことが不明確になってしまいます。
     思うに岸田首相は「『法的』基盤」と表現するとギスギスするということや、「国交正常化以来築いてきた友好協力関係の基盤」には、「法的基盤」のみならず「経済的基盤」や「人的基盤」などもあるという理由で『法的』を削除したのだと思いますが、余りにも韓国政府に配慮し過ぎだと思います。
     「国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の『法的』基盤に基づき、日韓関係を健全なかたちに戻し」と言い続けていれば、日本政府の意思がより明確に韓国政府に伝わったと思うのですが、『法的』を削除したばかりに、何を言いたいのか意味が不明確になってしまったのが非常に残念です。
     「配慮すべき相手」と「配慮すべきではない相手」を見極めて欲しいと思います。

  8. 匿名 より:

    日韓関係を健全なかたちに戻す、という戻すとはどういう意味なんでしょうか。
    戦後、日韓関係が健全だったことがあるのでしょうか。常に日本が一方的に譲歩してきたのが日韓関係じゃないんですか。
    現政権はそういう状態に戻したいというのでしょうか。
    政治家は言葉は正しく使うべきだと思います。
    日韓関係を健全な状態にする、といえばいいのではないですか?

    1. とおる より:

      百歩譲って、条約に基づき外交関係を樹立・維持していることについて、不正常ではない関係という意味で「正常な関係」と表現することはできるでしょうが、外交関係樹立のときに既に竹島を不法占拠し、それから日本の主権を侵害し続けている国との関係について、「健全な形」と表現されると確かにモヤッとしますね。
      「健全な形に戻し、さらに発展させていく」と表現されたら尚更のこと。

  9. クロワッサン より:

    Gマスター・ムーンの時は、韓国側は「韓国が差し出した手を日本は払いのけた!」みたいな事を書いてましたね。

    世界最優秀“こしょう”民族さんは同じ事を今年も書くのかな?

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