予想通り、「利下げ圧力」が生じているようです。韓国で家計債務の延滞率がジワリと拡大するなかで、尹錫悦(いん・しゃくえつ)政権側から韓国銀行側に対し、利下げ圧力を強めているとの報道がありました。ただ、米国で今月発表された各種経済指標から、米韓金利差がさらに拡大するとの見通しも出始めているなか、現時点での利下げは危険です。韓国からの外貨流出を通じ、通貨危機に発展するかもしれないからです。
トリレンマと3つの類型
国際収支のトリレンマと呼ばれる鉄則があります。
これは、どんな国であっても「①資本移動の自由」、「②金融政策の独立」、「③為替相場の安定」という3つの政策目標を「同時に」達成することは「絶対にできない」というものであり、この鉄則に逆らって痛い目にあった国は、過去にいくらでも存在します(『「国際収支のトリレンマ」に逆らった国・スイスの末路』等参照)。
連日掲載している『数字で読む日本経済』シリーズ、そろそろ終盤に近付いています。昨日はユーロ圏の問題について触れてみたのですが、本稿ではもうひとつ、「国際収支のトリレンマ」の議論についても触れておきたいと思います。本稿ではシリーズ名に反し、総論的な内容が中心であり、あまり「数字」「図表」は出て来ません。それでも本シリーズを読む際に基本となる非常に大事な議論が含まれていますので、少しだけお付き合いいただけると幸いです。金融政策について考える通貨は無限に発行して大丈夫?さて、「国の借金」論では、当... 「国際収支のトリレンマ」に逆らった国・スイスの末路 - 新宿会計士の政治経済評論 |
このため、結局のところ、資本政策については「先進国型」、「香港型」、「発展途上国型」の3つしかありえない、というのが著者自身の持論です。
このうち「先進国型」とは、①自国の資本市場を外国に開放し、かつ、②金融政策の独立を追求するかわりに、③為替相場の安定を政策目標としては放棄する、というパターンです。日本、米国、英国などがその典型例でしょう。
日米英などの先進国の場合は、為替相場の変動については基本的に市場原理に委ねており(※ごくまれに為替介入を行うこともありますが、それは例外的なものです)、「為替変動はやむなし」としたうえで、国際資本フローの自由と金融政策の独自性を大切にしているのです。
これに対し「香港型」は、①自国の資本市場を外国に開放し、かつ、③為替相場の安定(ペッグ制度など)を追求する代償として、②金融政策の独立を放棄する、というパターンです。
香港型の場合、資本移動の自由を容認しつつ、基軸通貨たる米ドルに対する為替変動もほぼ生じないことで為替相場が安定するというメリットもあるのですが、その反面、金融政策を通じた景気の調整という機能については、ほぼ失われてしまっています。
中国の場合は典型的な「発展途上国型」
さらに「発展途上国型」は、「②金融政策の独立」と「③為替相場の安定」を同時に追求するために、「①国際的な資本移動の自由」に制限を加えるというもので、中国がその典型例でしょう。
実際、外国人投資家は中国本土の株式、債券などの金融商品を自由に売買することは難しく、通貨・人民元自体は国際化が不十分な状態にあります。決済通貨としての重要性はある程度増えてきていますが、資本市場の対外開放という意味ではまったく進んでいません。
(1)先進国型
「③為替相場の安定」を犠牲にすることで、「①資本移動の自由」、「②金融政策の独立」を重視する政策。この通貨圏においては、為替変動を容認する必要がある。稀に通貨当局が為替介入を行うこともあるが、それはあくまでも例外的な状況に限定される
(2)香港型
「②金融政策の独立」を犠牲にすることで、「①資本移動の自由」、「③為替相場の安定」を重視する政策。自国の実情に応じた金融政策を採用することは困難
(3)発展途上国型
「①資本移動の自由」を犠牲にすることで、「②金融政策の独立」、「③為替相場の安定」を重視する政策。資本市場が極端に制限されているため、通貨の使い勝手が向上せず、その通貨の国際化は一向に進まなくなる
この(1)~(3)のどれが理想的なのかについては、正直、断定的に決めつけることはできません。一般に国家の発展段階に応じて、適切な政策が決まるからです。
資本市場が未成熟な状況でいきなり「①資本移動の自由」を導入すると、1990年代のロシアのように経済が大混乱に陥りかねませんし、経済が十分に発展した状況にあるにもかかわらず前近代的な外為管理制度を維持していると、その国の経済は、為替市場の変動に却って耐性がなくなってしまいます。
為替変動に弱すぎる韓国
こうしたなか、「経済が十分に発展しているにも関わらず、資本市場の対外開放が不十分な国」の典型例が中国以外にあるとしたら、それは韓国でしょう。
韓国といえば、先日の『建国来70年ぶり外為改革、失敗なら通貨危機も=韓国』でも取り上げたとおり、閉鎖的なウォン外為市場について、ようやく取引の24時間化に向けた準備が始まる、とする話題がありました。
韓国はGDPで世界10位圏入りをうかがう「経済大国」のわりには、1948年の建国以来、外国の銀行等にウォン外為市場への参加を認めてこなかったという、非常に遅れた国でもあります。その韓国が外為市場規制を部分的に撤廃するのだそうですが、これが吉と出るか、凶と出るかについては、金融評論的には興味深い現象です。通貨の機能世界の通貨の数はよくわからない「世界には通貨がいくつあるのか」。著者自身がかつて試算したところ、だいたい165~170ほどではないか、という結論に落ち着きました。通貨の数がハッキリしない理由はい... 建国来70年ぶり外為改革、失敗なら通貨危機も=韓国 - 新宿会計士の政治経済評論 |
なぜGDPから見た経済自体が「先進国」並みとなっているにも関わらず、韓国がこれまで外為市場の改革を先送りしてきたのかといえば、おそらくは1997年のアジア通貨危機のトラウマなどにあるのでしょう。
しかし、それにしても韓国の金融市場は、為替変動に弱すぎます。
韓国は為替相場を気にするあまり、どうも米国にある程度追随した無理な利上げを行っているフシがあります。『韓国の金利は高止まり:家計債務の延滞率はジワリ上昇』でも指摘しましたが、韓国銀行の利上げに伴い、いくつかの銀行やノンバンクにおける家計債務の延滞率が少しずつ上昇しているというのです。
韓国が本気で債務者を支援するつもりがあるなら、思い切って韓国銀行が大胆な利下げに踏み切るのも手でしょう。ただし、そうなると韓国からの資金流出リスクが再燃します。やはり、これを防ぐためには「韓国が危機の際に惜しみなく外貨を融通してくれる友人」を何とか探し出し、通貨スワップを結ぶことではないでしょうか。韓国、家計債務の伸びは鈍化したが…韓国で家計債務の伸びが鈍化しつつあるようです。韓国銀行が作成・公表している資金循環統計(2022年9月末、速報値)によると、韓国の家計部門の負債合計は2323兆ウォン(242... 韓国の金利は高止まり:家計債務の延滞率はジワリ上昇 - 新宿会計士の政治経済評論 |
韓国で利下げ圧力
これについて、当ウェブサイトでは「そのうち韓国では利下げ圧力が生じてくる」と再三指摘してきたのですが、やはりその証拠が出てきました。
韓国メディア『中央日報』(日本語版)によると、尹錫悦(いん・しゃくえつ)政権が韓国銀行に対し、「利下げ圧力」を強めているというのです。
米国を追えば景気が泣く…金利の悩み深まる韓銀
―――2023.02.17 10:09付 中央日報日本語版より
中央日報の記事によれば、韓国銀行の政策金利は23日の会合で決定されるのだそうですが、今月初めに発表された米国の経済指標(非農業部門雇用者数や消費者物価上昇率、小売売上高など)が市場予測を上回ったことで、韓国銀行の悩みが深まっている、というのです。
韓国銀行は先月の会合でも政策金利を0.25%ポイント引き上げて3.5%に設定しているのですが、それでも米国は2月のFOMCでFF金利を4.5~4.75%のレンジに引き上げており、米韓金利差は依然として1%ポイント以上存在しています。
これについて中央日報は、韓国国内の雰囲気を、次のように述べます
「5%前後の物価上昇率にウォン安ドル高まで考慮すると、政策金利を引き上げるのが正しい手続きだ。しかし冷え込んでいく景気を活性化し、高金利による庶民の利子負担を減らすべきという圧力が強い。市場が政策金利据え置きを予想する理由だ」。
つまり、庶民の利子負担が重くなるなかで、韓国銀行には利下げを促す動きが生じている、ということです。
ハンドリングを誤ると通貨危機リスクも!
ただし、そうなると、ここ数ヵ月は落ち着いていた韓国ウォンの対米ドル相場が再び崩落していく可能性が生じてきます。
現時点ですでに1%ポイントの金利差が生じているなか、米国ではさらなる利上げの予想も見られますが、金利差が拡大すれば、それだけウォン安が進む可能性が上昇するのです。ハンドリングを誤ると、再び通貨危機が生じるかもしれません。
このあたり、通常の先進国であれば、為替レートなど気にすることなく金融政策を決定します。日本がその典型例でしょう。
しかし、現状の韓国経済は為替変動に極端に弱く、やはり金融政策は為替相場を見ながら決定せざるを得ません。
米韓金利差を意識して利上げをすれば家計債務破綻がさらに増える反面、韓国国内の事情を踏まえて利下げをすれば、ウォン安が進み、韓国企業にとってはドル資金調達が困難になり、企業倒産増に直結する可能性もあります。
その意味では、韓国は「(1)先進国型」ではなく、「(2)香港型」に近いのかもしれません。
どうしてこんな状況になったのかといえば、韓国が自国通貨の国際化を怠り、その結果、韓国企業は外国の銀行(とくに米英銀)からドルなどの外貨を調達しなければ生産活動などがままならなくなってしまったからです。
韓国がこのような矛盾に対処するためには、「韓国が危機のときに惜しみなく外貨を融通してくれる友人」を見つけてきて十分な規模の通貨スワップ協定を結び、為替変動に対処しつつ、少しずつ自国通貨の国際化を進める以外にないような気がします。
私たち日本国民としても、隣国のよしみとして、せめて韓国がそのような友人を見つけられることを祈ってあげても良いのではないかと思う次第です。
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素朴な疑問ですけど、もし今、韓国で通貨危機再来があったら。尹大統領は弾劾されるのでしょうか。その可能性があるなら、日本も韓国との関係をどうするかは様子見した方がよいのではないでしょうか。
そろそろ「チョッパリ!金を借りてやるから金を出せニダ!」がリアルで見れるんですかね?笑
今日、1ドル1300ウォンまでウォン安が進みましたね。
このまま1300前後でうろつくのか、ウォン安が進むのか、面白くなってきた気がします。
……スワップなら日本以外に求めてほしいですね、返ってこない金を出すべきではないですから。
最近は静かだなぁと思っていた、米韓為替相場がまた動き出しそうですね。今度は何処まで下がるやら(笑)。米国との金利差が既に1%超えてるのに、韓国銀行は利下げをする、、、。訳分からないです。やっぱ駄目な国ゆえでしょうか。
ここ半年くらい,円ウオン相場は1円=9.4~9.7ウオンのボックス圏で動いていて,ドル・ウオン相場はドル円相場につられて動いているだけのように見えます。韓国独自の事情があるようには見えません。韓国金利もドル・ウオン相場にあまり影響を与えていないように見えます。