当局介入か?韓国保険会社、コールのスキップ見送りへ

先般より取り上げている韓国の保険会社によるハイブリッド証券の「コールのスキップ」について、いちおう、続報が出てきました。報道を総合すると、どうやら韓国の金融規制当局の介入もあり、問題の保険会社はコールを予定通り実行するそうです。ただ、詳細に報道を読んでみると、この会社は償還資金をレポで調達するなど、どうも問題を先送りしただけのようにも見えてしまうのです。

コールのスキップと鈴置論考

先日の『【総論】金融機関劣後債「コールのスキップ」の深刻さ』でも取り上げた論点のひとつが、銀行などの規制対象金融機関が発行している「ハイブリッド証券」と呼ばれる有価証券の「コールのスキップ」です。

これについては『【報告と御礼】鈴置論考が「コールのスキップ」に言及』でも報告したとおり、韓国観察者である鈴置高史氏がウェブ評論サイト『デイリー新潮』に寄稿した次の論考にて引用していただくという、大変に光栄なことが発生しています。

韓国生保がドル建て債券の償還延期、一気に高まる通貨危機の恐怖

韓国の中堅生保、興国生命保険がドル建て債券の償還を延期した。ドルの借り入れが困難になったためで、メディアは通貨危機の懸念が増したと一斉に報じた。韓国観察者の鈴置高史氏が解説する。<<続きを読む>>
―――2022年11月07日付 デイリー新潮『鈴置高史 半島を読む』より

これについては引用してくださったことを、鈴置先生には深く感謝申し上げたいと思う次第です。

何が問題なのか

ハイブリッド証券は「規制上の自己資本」を満たすためのもの

さて、コールのスキップの議論はなかなかに複雑なのですが、改めて簡単に補足しておきましょう。

そもそも優先出資証券や劣後債は債券(負債)と株式(資本)の両方の特徴を持っているとされることから、俗に「ハイブリッド証券」などと呼ばれることもありますが、規制上の「自己資本」にカウントされることから、多くの金融機関や保険会社、証券会社などがこの手のハイブリッド証券を発行しています。

少し細かいことを述べておくと、預金取扱機関(銀行や信用金庫、信用組合、労働金庫、農協など)に対して現在適用されている自己資本比率規制は「バーゼルⅢ」と呼ばれており、おおむね万国共通のルールです(※細かい例外もあります)。

これに対し保険会社や証券会社に対して適用されている自己資本比率規制は、国によってその詳細が異なりますが、全体的な傾向としてみれば、「バーゼルⅡ」や「バーゼルⅢ」と呼ばれる銀行自己資本比率規制をなぞるようなルールが適用されているケースが多いです。

こうしたなかで、「期限付劣後債」や「永久劣後債」などと呼ばれる証券に対しては、当局のルール上、資本算入するためには一定の条件を満たす必要があるケースが多いです。

たとえば銀行自己資本比率規制の例でいえば、「T2」と呼ばれる資本に算入されるためには「発行された時点で法定残存期間が5年を超えている」という条件が必要であり、かつ、「残存期間が5年を割り込んだ場合には資本算入できる部分が比例的に減少する」という制約があります。

したがって、ある銀行(※国際統一基準行とします)が期限付劣後債を100億円分発行したとしても、これが5年に満たない債券(たとえば3年債や4年債)であれば、1銭も資本算入できません。資本算入するためには、最低でも5年以上の債券であることが必要なのです。

「10NC5」や「12NC7」が出てくる理由

ではなぜ、「コール」という論点が出てくるのでしょうか。

そのポイントが、「10NC5」や「12NC7」などの、なにやら呪文のような債券にあります。

自己資本比率計算日(たとえば3、6、9、12月末時点)でその債券の残存期間が4年になっていた場合には、100億円のうち資本算入できるのは80%(=4年÷5年)の80億円に過ぎませんので、この銀行にとっては高い資本調達コストを支払う意味があまりありません。

このため、この手の資本制証券は、通常であれば「残存期間が5年を割り込んだ時点で期限前償還することができる」という条項を盛り込むことが一般的です。これが「コール条項」です。

事例として多いのが、たとえば「10年債として発行するけれども(残存期間が5年を割り込む)5年目の時点でコールすることができるという条項」などを設けた「期限付劣後債」です。ちなみに「10年債、コールは5年目」というタイプの債券を、業界では「10NC5」(テン・ノンコール・ファイブ)と呼びます。

なお、劣後債のなかには「10NC5」だけでなく、「12年債として発行するけれども(残存期間が5年を割り込む)7年目の時点にコールすることができるという条項」を設けた、たとえば「12NC7」、といったパターンが存在します(12NC7はHSBCなどが発行しています)。

リファイナンスができない!

いずれにせよ、10NC5にしても、11NC6にしても、12NC7にしても、13NC8にしても、「NC」期間が到来すれば、発行体としてはすぐにコールを発動して償還するのが通例です。

なぜなら、この手のハイブリッド証券は資金調達コストが非常に高いからであり、規制上の自己資本を満額算入するためには、NC期間が到来したらすぐにリファイナンスしなければ資本効率が悪化するからです。

また、市場の投資家も、発行体はハイブリッド証券をNC期間到来時に償還するという合理的な期待を抱きますので、もしも発行体が何らかの事情でNC期間到来時にコールをスキップするような事態になれば、「なにかただ事ではない事情が生じている」と訝(いぶか)しむことになりかねません。

その意味で、発行体としては痛くもない腹を探られたくなければ、基本的にはコールはスキップせず、キッチリと償還するのです。

(バーゼルⅢはバーゼルⅡと異なり、コールの蓋然性を高めるための金利の上乗せ、すなわち「ステップ・アップ」条項が事実上禁止されている、という点にありますが、この論点については本稿では割愛します。)

通常、コールをスキップするのは、その発行体がそのハイブリッド証券をコールすることができない「何らかの理由」があるからです。

多くの場合は一般市場金利水準が上昇しすぎ、そのハイブリッド証券の金利水準が現時点の金利水準と比べて低いがために、「資本」調達ではなく「資金」調達としてそのハイブリッド証券をそのままに置いておく、ということが考えられますが、それだけではありません。

その発行体が「何らかの理由」で、同じハイブリッド証券を同じ条件で発行することができない、という状況が考えられます。そして、これを金融機関や準金融機関がやってしまうと、下手をするとその会社だけでなく、その国全体の金融システムの健全性に疑義が生じることにつながりかねません。

したがって、市場参加者に対して与えるインパクトを考えると、ハイブリッド証券のコールのスキップは、よっぽどのことがない限り発生しませんし、その国の金融規制当局がまともに仕事をしていれば、コールのスキップが意味するところはわかるはずです。

コールのスキップはどうなった?

韓国の債券市場でいま何が起きているのか

こうした事情を踏まえるならば、『韓国債券市場発の「ドル債コールスキップ」騒動の衝撃』でも取り上げた、「韓国の保険会社がドル建てのハイブリッド証券のコールをスキップする」という話題が、いかに深刻なものであるかがわかります。

韓国の債券市場では最近、国債金利の急騰や韓国電力債による「クラウディング・アウト」減少、ABCPのデフォルト、不動産PFのリスク上昇、カードローン残高の増大など、これまでもさまざまな話題がありました(『韓国債券市場の大混乱:いま韓国で何が起きているのか』等参照)。

ハイブリッド証券のコールのスキップは、これらとはまた別次元の話です。

コールのスキップ自体はべつにデフォルトというわけではありませんが、個別の金融機関や準金融機関の経営状態に関するあらぬ憶測を招くだけでなく、その国全体の金融システムに対する不安が高まりかねないからです。下手をすると、あっというまにキャピタルフライトが生じるという展開も考えられます。

まさか韓国の金融規制当局者がこれについて意識していなかったということなのでしょうか?

結局、コールを実行することに

これについては、とりあえずコールを実行するということで、いったんは決着がついたようです。

興国生命「新種資本証券の早期償還権を行使する」【※韓国語】

―――2022-11-07 19:57付 聯合ニュースより

韓国メディア『聯合ニュース』によると、問題の永久劣後債を巡って発行体が7日に報道発表を行い、「2017年11月に発行した5億ドルの海外新種資本証券に対する早期償還権を行使することに決めた」と明らかにしたのだそうです。

聯合ニュースはまた、同社は今回、一転してコールを実行することにした理由について、次のように述べているのだそうです。

今回の決定は最近、早期償還の延期に伴う金融市場の混乱を鎮めるためだ」。

そのうえで聯合ニュースは、同社関係者が「当社の決定により引き起こされた金融市場の混乱について謝罪する」としたうえで、「今後も市場の安定と顧客保護に最善を尽くす」と述べた、などとしています。

ただ、少し気になる記述があるとしたら、この発行体がコールを行うための資金を、レポ取引により調達する、という部分です。通常、リファイナンスは同種の証券で行うのですが、これについて聯合ニュースは次のように述べているのです。

興国生命は当初3億ドル規模の新種資本証券を借り換え発行し、早期償還資金を用意しようと試みたが、市場状況の悪化で資金調達に支障をきたした」。

興国生命のコールオプション未行使決定がを受け、グローバル債券市場で国内会社が発行する外貨建債券(Korean Paper)は価格が急落するなど韓国物に対する投資心理が大きく悪化した」。

つまり、同社が同種の証券のリファイナンスに失敗し、やむなくコールをスキップしようとしたところ債券市場に混乱を来たしたため、やむなく償還資金を短期の資金調達手段であるレポ取引にてかき集めた、という構図が透けて見えるのです。

どうやら当局が動いた模様だが…

実際、同社がコールのスキップを見送った理由について、朝鮮日報の次の記事では、金融当局が今回のコールのスキップを問題視したと指摘しています。

興国生命、新種資本証券5億ドル明日予定通り返済【※韓国語】

―――2022.11.08 03:00付 朝鮮日報より

朝鮮日報によると、同社のコールのスキップ表明を受けて、「海外債券市場で韓国企業に対する信頼度が低下」し、危機感を強めた金融当局が介入し、同社が予定通り早期償還を実施する方向で急遽解決に乗り出した、と報じられています。

具体的には、「金融当局と保険業界の関係者」が7日、同社が手元資金に加え、主要市中銀行が共同でレポ取引に応ることで5億ドルの資金を確保し、9日に投資家に早期償還をする方向で調整している、などとしています。

また、金融規制当局は同社が今回、コールを実施することにより、「RBC比率」(リスク資産に対する自己資本比率)が一時的に低下することを容認することも検討している、などとしているのですが、言い換えれば、問題を先送りした格好でもあります。

つまり、問題の抜本的な解決にはなっていないのです。

韓国債券市場のきな臭さ

朝鮮日報はまた、同社以外にも今月13日にウォン建てのハイブリッド証券の期限前償還が予定されている、などとしているのですが、金融機関や準金融機関の資本不足は金融危機の引き金を引きかねません。

その意味では、金融規制の専門家という立場から言わせていただくなら、なぜ韓国の規制当局者はこの問題をここまで大きくなるまで放置し、泥縄式に対応しようとしているのかがよくわかりません。

金融規制当局者の能力という意味では日本の金融庁も偉そうなことは言えませんが(※日本の場合は民間金融機関が優秀過ぎるがために金融危機が発生しないだけの話でしょう)、どうも韓国の債券市場のきな臭さはむしろ増しているように見えてしまうのが気になるところなのです。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. より:

    大手と言われる生保会社が、たかだか5億ドル程度の資金調達をスムーズに行えないということ自体、なにかしらヤバい事態が裏で進行しているのではあるまいか、という疑念を呼びそうな気もしますけど。

    なんでも、興国生命は8%を超える金利を提示しても借換債消化の目処が立たなかったという話も流れているようですが、結局のところ、これも韓国債券市場の混乱に因るものなのでしょうか?

  2. sqsq より:

    GSOMIAの終了通告、その後終了通告の効力停止と似ている

  3. ロゼ より:

    金融関係に詳しくないので、的はずれかもしれませんが…下記サイトのような事は関係あるのでしょうか?

    https://news.yahoo.co.jp/articles/eb907fcf0ed6fe6bae4ffe4ab5af38307df18ffc
    「2022年10月21日には、韓国経済から「新韓銀行、320億円規模 サムライ債券発行」」

    1. sqsq より:

      ドルでの起債はむつかしい、あるいはかなりの高利になるので円に目を付けたのだろう。
      実際の募集は日本の証券会社がやるが(みずほ証券かSBIかな)その際たっぷり手数料をとるはず。最終的な買い手は機関投資家だと思う。

    2. はにわファクトリー より:

      ロッテグループが日本で低利に資金確保をして南韓事業拡大につぎ込んだ古き良き日の故事に倣ったものということはありませんか。

    3. ちょろんぼ より:

      ロゼ様

      欧米諸国がドルを貸してくれないので
      バカな日本で社債発行を目論んだという事でしょう。
      日本なら社債を償還しなくても、「歴史的反省が足りない」で
      ゴマカセルからですね。

  4. sqsq より:

    韓国保険会社のハイブリッド証券、BIS規制クリアーのためだったとして、

    なぜドル建てで発行したのだろう?

    ウォン建て、国内では消化できそうにないということか。

  5. G より:

    まず問題は新規に永久劣後債が発行出来ないということです。

    永久劣後債を発行して、それそのものは永久なのですが、条件が極端に悪くなる前にコールして、新規に永久劣後債で借り換える。これで、理論上は永遠に返さなくて良い資金を現実的な金利負担で調達することが可能になります。会計上は資本として認識できる資金です。

    コールスキップすれば、極端に悪い条件を飲まなけれいけない代わりに資本として計上しているのを維持できます。借り換え債が発行出来ない以上これが一番有利です。

    ですが、今回コールスキップを断念させられて、資金を別な手段で確保せねばならず、資本として認識できる資金は失われて、会計上はおおごとです。

    韓国債券市場の危機回避の意味で指導はやむを得ない状況でしょうが、発行体にしてはとんでもない迷惑な指導ですね。

    1. G より:

      自己資本規制を満たすような資本性の資金ってなんぞや?まあ、簡単に言ってしまえば「返さなくて良いお金(オレの金)」な訳です。

      まあ劣後債はどう考えても「借りた金」でオレの金ではないのですが、色々返さなくて良い条件をつけることでギリギリ、あくまでルールとして「返さなくて良いお金(オレの金)」認定してもらえる。

      そんな資金が失われたことで、この金融機関は自己資本規制を満たせないかもしれない、自己資本規制の緩和の検討も必要って結構な金融危機ですね。自己資本規制っていざという時の安全弁ですが、危機が迫ってるのにそれを緩めなきゃいけないってやばいです

  6. 引きこもり中年 より:

    問題は、マーケットが韓国のコールのスキップを、どう見るかではないでしょうか。だから、プライムニュースさん、鈴置&真田ペアの緊急出演を期待します。

  7. ちょろんぼ より:

    南国の市中資金枯渇の原因は
    米国の金利引上げ・韓電の社債の大量発行
    江原道の保証バックレと思っております。
    しかし、米国の金利引上げ・韓電の社債発行は
    市場関係者には織込み済のモノであり
    江原道の保証バックレ問題だけが市場
    関係者の思惑に無かったものと思います。
    武漢コロナウィルスのロックダウンが影響するというのも
    ありますが、日本以外他国はロックダウンをしているので
    影響はあまり無いのでは?と思います。
    南国の資金需要枯渇の一番の原因は何なんでしょう?
    やはり、江原道?

  8. カズ より:

    >なぜ韓国の規制当局者はこの問題をここまで大きくなるまで放置し、泥縄式に対応しようとしているのかがよくわかりません。

    不測の事態に陥るのは、行動が脊髄反射(因果関係の理解が足りない)だから。
    対処が遅いのは、「点検はできてもメンテナンスができない」からなのかと。

    点検とメンテナンスは似て非なるもの(転んでから探す杖と転ばぬ先の杖?)です。
    *何よりも『未然の防止』が肝要だと思うんですけどね。

    1. はにわファクトリー より:

      火災報知器が危険検知してしまって煩いので停止させていたら本当の火災に気が付かずに事故死した。無理やり例えるとこんな感じですか。

      1. より:

        どうせ火災など滅多に起きないのだから、本物の火災報知器を設置するなどというのは、わざわざ金を捨てることと同じである。ガワだけそれっぽいものを付けておけば十分だ、というのが韓国式安全対策です。しかも、ガワだけなので、メンテする必要すらありません。なぁ〜んてお得なんでしょう!
        リスクとは、それをリスクだと認識するからこそリスクなのであって、リスクだと思わなければなんの問題もないのです。ま、ごくごく稀に事故が発生することはありますが、とりあえずその場凌ぎで反省したふりをしておけば、3日もすれば皆忘れるから大丈夫。それでもまだヤバかったら、大統領のせいか日本のせいにすれば皆納得してくれるに違いありません。

        ……というような精神が横溢している国なのだと考えればよいのでは。

  9. sqsq より:

    韓国に金貸す時はしっかり担保をとることだね。何言いだすかわなんない人たちだから。

    返せなくなって「あのとき日本の銀行にむりやり借入させられた」、「あの金は徴用工問題の解決のための寄付にするよう言われた」言いそう。

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