安倍FOIP外交で危うくなる韓国の外交的な立ち位置

安倍晋三総理が日本に遺したもののなかで、もっとも大きなもののひとつが、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」です。そして、FOIPは日本の外交を根底から変革しただけでなく、思わぬ国に思わぬ影響を与えました。それが、韓国です。韓国はすでに日本政府の中で「FOIPの外にある国」と認識されており、また、クアッドなどの多国間連携からはじき出されています。そのことの意味を韓国自身が正確に認識しているかどうかは存じ上げませんが…。

安倍総理の最大の遺産はFOIP

安倍晋三総理大臣が日本にもたらした遺産は数多くあるのですが、それらのなかでも、とくに今後の日本に大きな影響を及ぼす分野といえば、なんといっても外交でしょう。

昨年の『近隣国重視から価値重視へ:菅総理が日本外交を変えた』などでも報告したとおり、すでに日本の外交は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」などの「基本的価値」を重視するというものに切り替わっています。

このFOIP、著者自身の理解に基づけば、「地理的距離より価値観の距離を重視します」、という話です。わかりやすくいえば、日本は今後、「地理的に近いかどうか」ではなく、「価値観が近いかどうか」という視点で、外交関係に軽重をつけていく、という宣言のようなものですね。

こうした日本外交の「FOIPシフト」の動きが顕著になったのは菅政権時代ですが、その基礎を作ったのは、なんといっても安倍総理であり、もっといえば、その源流は麻生太郎総理の「自由と繁栄の弧」構想にあります。

そして、この安倍外交は、中国の無法な海洋進出という状況のなかで、西側諸国、とりわけ日米両国を結束させることに成功しました。安倍総理の価値外交はドナルド・J・トランプ米大統領(当時)の共感を得て、米国のインド太平洋地域の重視につながっていったのです。

この点、「インド太平洋戦略」に加え、「インド太平洋経済枠組(IPEF)」などの考え方自体、世の中ではジョー・バイデン米大統領が提唱したものである、などと考えている人も多いのですが、実際には安倍-トランプ時代のものを引き継いだものでもあります。

ロシアによる違法なウクライナ侵略という現実に直面するなかで、「自由」「民主主義」「法の支配」「人権」といった基本的価値の重要性が今ほど意識されているときはないでしょう。安倍総理の先見の明にはただただ驚くばかりです。

FOIPは韓国にも大きな影響を与えた

こうしたなかで、この「FOIP」は、思わぬところに影響を及ぼしています。

それが、韓国です。

戦後の日韓関係といえば、「謝罪外交」などととも揶揄されていますが、「朝鮮半島生命線説」とでも言えばよいのでしょうか、「日本にとって地政学的に見て韓国との関係が重要だ」とする基本認識に基づいて外交が展開されてきたのです。

地図を開けばすぐにわかりますが、朝鮮半島は日本と地理的に見て非常に近く、対馬と釜山の間は最短で50㎞ほどしか離れていません。もしも釜山にロシア軍や中国人民解放軍の基地ができたら、それだけで日本の安全保障が脅かされる、などとする懸念があったのも、理解できなくはありません。

(※もっとも、それを言い出したら、樺太南端や国後島から北海道までの距離の方が近いのですが…。)

ただ、この「朝鮮半島生命線説」の大きな間違いは、韓国を日本の「友好国」にするために、どんなコストを払うことも厭わない、といった態度を伴っていた点でしょう。こうした態度が、事あるごとに「歴史問題」を持ち出し、日本に対し、謝罪・賠償といった無法な要求をしてくる韓国をつけあがらせたのかもしれません。

自称元慰安婦問題にかかわる1993年の『河野談話』の例にもあるとおり、「過去の歴史を謝れ!」などといわれたときに、歴史的事実に即した反論をせず、韓国の言うとおりに謝って来たという歴史が、現在の日韓関係に大きな禍根を残しているのです。

もちろん、日韓関係をここまで不健全なものにした最も大きな責任を負っているのが、ウソ・捏造に基づく不法な要求を繰り返している韓国の側であることは明らかですが、そうした韓国の無法に対し、毅然と反論せずに謝罪を繰り返してきた歴代日本政府の側の過失もまた、ゼロではないのです。

FOIPシフトの効果のひとつは、「謝罪外交からの脱却」

ただ、こうした謝罪外交に転機をもたらしたのが、やはりFOIPシフトでした。

安倍総理は2015年12月のいわゆる「日韓慰安婦合意」により、日韓間に突き刺さっていたトゲである自称元慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に」解決しました。

この合意自体、ありもしない自称元慰安婦問題を、あたかも事実であるかのごとく認めてしまったという意味では、たしかに日本外交にとっては汚点のひとつではあります。

しかしそれと同時に、この合意をしたことによって、少なくとも米国から「日米韓3ヵ国連携のために日本が韓国に譲歩しろ」と言われることがなくなりましたし、なにより韓国があっけなく約束を破る国であるという事実を、日米両国を含めた全世界に、嫌というほど認識させたのです。

いわば、この慰安婦合意は「守られれば良し」、「守られなければなお良し」、という意味で、結果的には日本外交にそれなりの成果をもたらしたのだ、という言い方をしても良いでしょう。

ただ、そうなってくると、困った事態に陥るのが韓国です。

「国際合意を取り交わしても守らない」、「外交交渉をしたらその内容が後日暴露される」、といった事態が続くことで、結果として韓国が国家としての信頼を失ってきたからです。

また、日本が提唱し、米国、豪州、インド、カナダ、英国などが賛同するFOIPに対し、韓国がかたくなに参加を拒絶していることは、「日米韓連携」だけでなく、米韓同盟をも危機に陥れています。

こうした米韓関係の悪化は文在寅(ぶん・ざいいん)政権の5年間でかなり進みましたが、尹錫悦(いん・しゃくえつ)政権にそれを食い止めるだけの力があるのかどうかは疑問です。FOIPという「中国包囲網」に韓国が加わる可能性は非常に低いからです。

もうひとつついでに申し上げておくならば、現在の日本はFOIPに韓国を含めていません。

たとえば、防衛白書に掲載されているFOIPの概念図を見ても、中国、ロシアなどと並んで、韓国はFOIPから明示的に除外されているのです。

【参考】FOIP

(【出所】防衛白書)

このことは、日本がすでに韓国を「基本的価値を共有する国」とみなしておらず、それどころか「FOIP」という、現在の日本外交にとって最も大切な構想を実現するうえで、韓国は無関係の国と位置付けられていることを意味しています。

「周辺国」ではなく「韓国」

このような前提条件を踏まえたうえで、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に本日掲載されたこんな記事を読むと、安倍総理というフィルターを通して現在の韓国が置かれている状況を、より深く理解することができるかもしれません。

【コラム】安倍氏を見送る温度差

―――2022.07.14 09:52付 中央日報日本語版より

コラムを執筆したのは中央日報の「国際チーム長」の方だそうですが、世界中から安倍総理に対する追悼メッセージが絶えることなく続いていることを、「現職でもなく前職アジア国家元首に対して異例の熱気だ」、などと主張(※内閣総理大臣は「国家元首」ではない、というツッコミは、あえてしないでおきます)。

そのうえで、このコラムでは、日米豪印の「クアッド」について次のように主張します。

その足跡の中で特に代表なものが日本・米国・オーストラリア・インド間の安保協議体『QUAD=クアッド』の設立とインド太平洋概念の確立だ」。

そのうえで、安倍総理が「アジア太平洋を見つめるフレームを『ズームアウト』してさらに大きい概念で見ようとした」と指摘しつつ、これは「中国の台頭を牽制し、地域安保秩序に『自由民主主義勢力』の連帯を引き込む構想」、などと評価しているのです。

(※ちなみにこの人物の寄稿でもそうですが、韓国メディアにはFOIPの正式な呼び方である「自由で開かれたインド太平洋」について、「自由で開かれた」の部分が欠落している事例が多々あります。これは意図的なものなのでしょうか?)

そのうえでこのコラムでは、韓国でも最近になって「このフレームの理解がこれほど高まったときはない」としつつも、次のように述べるのです。

それでも安倍氏に対する韓国人一般の評価は厳しいほうだ」。

至難の韓日歴史関係をさて置いても、安倍氏自身が靖国神社参拝、慰安婦認識、歴史教科書改正などで周辺国と緊張関係を作り出した責任を免じることはできない。インド太平洋にしてもQUADにしても、安倍氏の構想は日本の地理的宿命を出発点にしている」。

このコラム執筆者は「周辺国」という表現を使っていますが、これも大変に卑怯な言い方です。現実には、日本に対して「歴史問題」で執拗な謝罪を求め続けている国は、事実上、中国、北朝鮮、韓国の3ヵ国に限られるからです。

安倍外交が韓国にもたらしたもの

いずれにせよ、このコラムを執筆した方にとって、アジアにおける自由民主主義連帯の中心に日本が素内するという事実がよっぽど気に入らないということはよくわかりましたが、現実はその遥か先を行っています。

自称元徴用工問題などをめぐっても、「国際法を守る」、「約束を守る」、「ウソをつかない」といった、近代国家としてのごく当たり前の態度も取れるのかどうかが問われているのであり、また、対中牽制でも韓国がFOIPに参加するかどうかが問われているのです。

このように考えていくと、安倍外交は韓国という国自体が「自由・民主主義諸国同盟」に残れるかどうかという命題を突き付けたという意味で、じつは韓国の国際的立ち位置をも、大きく変えたといえるのです。

そのことを、当の韓国自身が正確に認識しているかどうかについては、定かではありませんが…。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. Naga より:

    > 安倍氏の構想は日本の地理的宿命を出発点にしている」。

    地理的宿命=中国やロシア、南北朝鮮 に近い強烈な不運、悲劇 と思いますが、この執筆者はどのように考えて、こうおもうのでしょうね?

    1. 匿名 より:

      >地理的宿命=中国やロシア、南北朝鮮 に近い強烈な不運、悲劇 と思いますが、

      中露はともかく、朝鮮は歴史的にみれば卑怯さ以外に特筆するところの
      無い小国で、こんなのと近い(しかも地続きでなく海に隔てられている)
      のを悲劇だとか言っても。
      現在の所謂親日国だって、仮に国境を接する隣国だったら朝鮮などとは
      比較にならない位厄介だった国がゴロゴロ。

  2. Sky より:

    別項で挙げた米CICSのマイケルグリーン氏の投稿によれば、安倍元首相は、2006年の時点で、日米印豪の首脳会談を提案しているのです。しかしワシントン、キャンベラ、東京の官僚は不安に駆られこれを黙殺したとのこと。如何に長期に亘り決して諦めることなく、各国の首脳を説得して戦略を実現していたのか分かります。
    https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/071300342/
    本当に惜しい人を亡くしました。

  3. 元日本共産党員名無し より:

    FOIPの前半がFreeとOpenですね。
    事柄の半分も説明出来て居ませんね中央日報コラム氏

    1. 匿名 より:

      保守党政権に変わったんだから、北に阿た「自由」恐怖症はもういいだろと思うんだけど、自由って言葉を使って中国に怒られちゃうのが嫌なんだろうか?

  4. 名無しの権兵衛 より:

     韓国政府が自国の国際的立ち位置を正確に認識していないのは、宿痾のようなものだと思います。
     一例として、鈴置高史氏の最新書「韓国民主政治の自壊」230頁には、1950年6月に勃発した朝鮮戦争に米国が参戦したのは、韓国そのものが大事だったのではなく(事実、米国が同年1月に発表したアチソンラインでは、韓国は防衛線外だった)、欧州での共産軍侵略の誘発を恐れたからであるのに、韓国では「米国に見捨てられることなどあり得ない」と考え、平気で米中二股外交を行っていることが記載されています。
     さらに遡れば、李氏朝鮮末期に日本、清国、ロシアの3国が朝鮮半島を巡って勢力争いをする中で、李氏朝鮮が党派抗争に明け暮れて滅亡したこともあります。
     やはり、このような国には、深入りしないで必要最小限の付き合いに止めることが大切だと思います。「君子危うきに近寄らず」です。

  5. ちょろんぼ より:

    FOIPに南国が入れない事は、南国も自覚しているから
    文章に「自由」が無いのです。
    歴史的にみて、三国時代以降ず~っとシナの属国で
    あり続け、何年間日本が何とか半島に乗り込み
    ムリヤリ奴隷解放しました。
    その事がイヤで、又、中共の足下に留まりたいのです。
    中共の下での自由というのは、共産党が仰る言葉を
    話す事しかできないのです。
    そ~言えば、中共で銀行に行き、自分の預金を引き出そうとした所、
    犯罪者として連行された事と同じようなものじゃないですか?

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