市民生活の犠牲において成り立つルーブル「通貨防衛」

ロシアの通貨・ルーブルは資本規制と高金利という通貨防衛の結果、人為的に高値に吊り上げられています。こうした状況を無視して、「通貨高だから西側諸国の制裁は効いていない」、などと議論しても意味がありません。というよりも、無茶な通貨防衛でロシアの市民生活にはかなりの悪影響が生じているものと考えて良いでしょう。

BISデータで読むルーブル相場

ルーブルが「世界一強い通貨」説の「からくり」を読む』でも少し触れた話題ですが、最近、ロシアの通貨・ルーブルの価値がずいぶんと安定してきました。これについて国際決済銀行(BIS)のデータをもとに、もう少し深く議論してみましょう。

BISのデータをもとに、ルーブルの対米ドル相場(USDRUB)の推移を取ってみると、ルーブルはロシアがウクライナに軍事侵攻する前日の2月23日には1ドル=80.11ルーブルでしたが、2月24日には1ドル=85.75ルーブルにまで下落。

その後は西側諸国によるロシアに対する経済・金融制裁措置の第一弾として、ロシアが保有する外貨準備の凍結や起債禁止措置、ロシア主要銀行のSWIFTNetからの除外措置などが発表されると、2月28日には1ドル=103.12ルーブルを記録し、3月11日には1ドル=120.38ルーブルにまで下落しました。

ヒストリカルに見て、ルーブルは今世紀に入って以降、1ドル=30ルーブル前後で推移しており、2008年3月ごろには1ドル=23ルーブル台をつけることもあったのですが、ロシアによるクリミア半島併合がなされた年の2014年、10月8日に1ドル=40.01ルーブルと40ルーブルの大台を突破。

さらに同年12月1日には1ドル=52.35と初めて50ルーブルの大台を超過し、同12月15日には60.17ルーブル、16日には73.00ルーブルにまで下落し、2016年1月21日に84.24ルーブルを記録し、その後は1ドル=60~80ルーブルのレンジで推移してきました。

図表 USDRUB(2002年5月以降の20年分の推移)

(【出所】the Bank for International Settlements, US dollar exchange ratesを参考に著者作成)

WSJデータだと1ドル=143ルーブルに!

これが、瞬間風速的であるとはいえ、1ドル=100ルーブル台を突破したのは、じつに象徴的な動きでした。

また、WSJなどの情報ベンダー、報道機関などのレートだと、3月7日時点で1ドル=143ルーブル、などと表示されています。公式レートと実勢レートが乖離していたというのも、マーケットが大きく荒れた証拠でしょう。

ところが、現時点では、この相場はかなり落ち着いています。BISデータで見れば4月30日時点において1ドル=71.0237ルーブル、WSJのデータで見れば日本時間5月11日午後2時時点で1ドル=69.3180ルーブルです。

これだけを見ると、開戦直前の為替相場水準は元に戻り、それどころかルーブル高に振れていることがよくわかります。

ルーブル高は人為的な現象

では、「ルーブル危機」は去ったと言えるのでしょうか。

答えは、NOでしょう。というのも、現在のルーブル高は、おそらくは人為的に作られたものだと考えられるからです。

たとえば、ロシアのメディア『インターファックス通信』(英語版)の記事によると、西側諸国による制裁の発表直後、ロシア当局は輸出企業に対し、外貨収入の80%をルーブルと強制的に両替することを命じました。

Russia requires exporters to sell 80% of FX revenue, figure could top $400 bln by year’s end

―――2022/02/28 13:12付 インターファックス通信英語版より

また、『ロシアが欧州2国のガス供給停止:日本は原発再稼働を』などでも触れたとおり、ロシアは「非友好国」に対し、天然ガスを売却する際にルーブルでの決済を要求しており、実際、ロシアは4月末、ポーランドとブルガリアの2国に対し「ルーブル決済に応じなかった」としてガスの供給を停止する措置を発動しました。

また、ウクライナ侵攻直前に9.5%だったロシアの政策金利は開戦直後に20%に引き上げられていたことも忘れてはなりません。その後、段階的に17%、14%へと引き下げられていますが、依然として開戦前の金利と比べて利上げされたままです。通貨防衛を目的に「強制的な金融引締め」が行われている、ともいえます。

すなわち、ロシアは現在、なかば強制的に、あるいは「なりふり構わずに」通貨高を演じているのです。

当然、高金利はロシアの市民生活にもかなりの悪影響を与えていると考えられます。

ロシアの通貨は国際的に孤立した!

さらには、ロシアでは主要銀行がSWIFTNetから除外されただけでなく、VISAやマスターカードを含めたクレジットカードの国際ブランドを含めた西側諸国の民間企業が、ロシアでの事業を停止・中断するなどの措置を講じました(『クレジットカードからマクドまでロシア事業停止相次ぐ』等参照)。

これらの措置の影響で、ロシア国内で発行されたクレジットカードは、外国で使用することができなくなりました。その影響もあり、ロシア人の観光客がタイのリゾート地で「立ち往生」する、といった珍事も発生したほどです(彼らはその後、無事にロシアに帰国できたのでしょうか?)。

ロシア人客、リゾートで立ち往生 帰国も支払いもできず―タイ

―――2022年03月12日13時33分付 時事通信より

このあたり、通貨高だからといって、西側諸国のロシアに対する制裁が効いていない、という話ではありません。「通貨が安定している」という意味では、あの北朝鮮だってそうでしょう。むしろ現在のロシアの通貨・ルーブルの価値が安定していることは、裏で市民生活に大きな犠牲が生じていることを示唆している、というわけです。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 愛知県東部在住 より:

    彼らはその後、無事にロシアに帰国できたのでしょうか? >

    (ロシアに)帰国するも地獄、(リゾート地に)留まるも地獄、いったところでしょうか。

    しかし、彼らは空爆やミサイルの心配をせずに済むだけでも幸いではないかという気もします。

  2. カズ より:

    本稿とはズレます。
    >ロシア当局は輸出企業に対し、外貨収入の80%をルーブルと強制的に両替することを命じました。

    韓国もロシアを見倣い自国企業の外貨収入に対し、場外クロスでの両替を命じればいいと思いました。適正レートにプラスαを付ければ、何ら不都合はないはずです。

    ”安易な救済(通貨スワップ)”を求める前に自前で出来ることはあると思うんですよね。

    1. 匿名 より:

       本当ですね。仰る通り。

    2. 匿名 より:

      アメリカがバカだから無理じゃね
      あいつらいつまでも学ばんし

    3. 世相マンボウ _ より:

      カズさまのご提案は、
      すでに韓国さんは、コロナ初期の
      ウォン暴落の際サムスンの手持ち外貨
      借りて急場を凌いでおり
      ロシア的な窮地に陥った際一時的には
      効果はあるかもとも思います。

      見えを張った思い上がりの
      経済運営の果に通貨崩壊起こすのは
      韓国さんのお家芸のようなものですが、
      これまでいつ崩壊してもおかしくないのに
      しぶとく崩壊しないのは理由があります。

      それは韓国のGDPの多くを占める
      サムスンなどの財閥さんは
      過去の通貨崩壊経済敗戦のあとは
      過半が米国中心の外資の経済植民地状態
      だからと捉えています。

      米国は先のコロナのときもそうなように
      崩壊ぎりぎりのところで
      自国資本の権益を守るため
      為替スワップで守ります。

      もし韓国がお行儀のいい経済植民地なら
      平素から為替スワップ提供するのですが
      なんせあの思い上がった素行なのですから、
      崖っぷちで音を上げてから提供するか、
      一旦崩壊させて、再建にはさらなる
      外資の受け入れを求めるのです。

      そこで韓国さんとしては、もし
      日本騙せて通貨スワップ結べたら
      経済宗主国米国にやんちゃができ続けるので
      鳩ポッポさんや朝日や田原の爺さん使って
      あれこれ仕掛けて見えることでしょう。

      1. カズ より:

        世相マンボウ様

        サムスンによる外貨融通は、国家による”保釈金(身代金?)目的の恫喝”により実現されたかのような覚えがありますね。国内での外貨発掘は北朝鮮のやり口そのもの。
        追随してるロシアは、まさに大きい北朝鮮。そして韓国は小さいロシアに・・?

        >一旦崩壊させて再建にはさらなる外資の受け入れを求めるのです。

        ”貸付けて”トドメを刺したあとも、IMFに取立てさせるだけでなく、亡骸をあざとく買い叩く米英は、さながらハゲタカとハイエナのようなものなのかもですね。

        1. 世相マンボウ 、 より:

          カズさま RESをお読みいただき
          ご返信ありがとうございます。

          >米英は、さながらハゲタカとハイエナ
          >のようなものなのかもですね。
          たしかに、もし
          韓国がほかのまともな国と
          同じようであるならば私もそう
          思うかもしれません。
          ただ、なんせ
          そこはあの韓流の韓国さんなのです(笑)

          今はお情けで国家として
          扱って上げてもらっていても
          所詮、山賊追い剥ぎさんのような
          ものの態度のままでは
          それにふさわしい扱いしか
          受けられないのと同じように
          それは自らのイキザマに
          起因なされているもので
          扱って上げるほかの国としては
          それは致し方がないことだとは思います。

  3. G より:

    ただ、ロシアは豊富な地下資源を現在も有していてルーブルの発行の裏付けとなっています。例えば今ルーブルを持っていて、それをロシアに渡したら石油や天然ガスと交換できるでしょう。金のように手軽ではないものの万人が価値を認めるものであることは事実です。

    もちろん他国の制裁もあるのでその交換が簡単ではないでしょうが、それでもルーブルがハイパーインフレを起こすようなことはないでしょう。

    実際ロシアをことを困窮させたければ、シェールオイルをまた開発したり、中東産油国を脅して増産させたり、日本の原発再稼働で石油ガス需要を減少させたりで、石油の価格を劇的に下げるのが得策です。それで地下資源に裏打ちされたルーブルの価値を下げることができます。日本にもロシアに向けて出来ることがあるというのは重要ですね。

  4. とある福岡市民 より:

    > むしろ現在のロシアの通貨・ルーブルの価値が安定していることは、裏で市民生活に大きな犠牲が生じていることを示唆している

     とは言え、ロシアの市民生活にどれほどの犠牲が出ているのかはわかりません。少なくとも今は市民が実感する犠牲は加工品や輸入品の値段が上がっている事くらいです。でもそれは今の日本も同じ。

     大東亜戦争期の日本もそうでしたが、市民生活に影響が出てくるには3、4年かかると思われます。しかもロシアは食糧を国家単位でも世帯単位でも自給できてますから、自家製で満足できるのならさほど困らないでしょう。輸入に頼る加工品や医薬品は不足するでしょうけど、困ったら中国が売ってくれます。そしてロシア本土が戦火にさらされるとは考えにくいです。大東亜戦争期の日本よりも、市民生活への影響はずっと影響は小さいと言えます。

     日本でアップル製品が入らなくなったら大騒ぎになるでしょうが、ロシアでは家電全部が輸入できなくなったとしても大した問題にはされません。だって元々家庭に家電があまりないし、足りなければウクライナに出征した夫や息子に頼んで盗ませればいいと考えている人もいますから。
     現時点でロシアの市民へのダメージは私達が期待する程でもなく、これからもさほどないかもしれません。

     ロシアにダメージを与えられるとすれば、ロシアの兵器を払底させ、ロシアの若者を根こそぎ徴兵で戦死させ、二度と他国への侵略ができなくなるレベルまで弱体化させるべく、ウクライナ侵略を徹底的に泥沼化させる事ではないでしょうか?その代わり、ウクライナも深刻なダメージを受けますけれど。

    1. 匿名 より:

       なんか先生らしくない。

  5. 匿名2 より:

    まったく同じことを高橋洋一さんが言っていましたね。

    政策的にルーブル高にすることはいくらでもできるが、それをやると国民経済がメチャクチャになるそうです。因みに、やろうと思えば同じやり方で円安を円高にすることも簡単にできるそうです。

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