新政権の経済安全保障はJG創設と外為法改正で実現を

JGは「ジャパングループ」のこと、そして「グループS」の創設を

わが国の輸出貿易管理に関しては、個人的にはどうにも物足りなさを多々感じます。具体的には、日本が外国に対して輸出制限をかける手段が非常に限られているのです。こうしたなか、岸田政権の発足に伴い、岸田首相が「経済安全保障」に言及したことを機に、ふと思い出したのが、「ジャパングループ(JG)創設」という論点です。これについては昨年9月以来、続報がありませんが、これからどうなるのでしょうか。そして外為法改正は実現するのでしょうか。

貿易管理

外為法第48条第1項の「輸出管理」

今年2月に刊行した拙著『韓国がなくても日本経済はまったく心配ない』でも紹介したとおり、日本の外為法という法律では、「安全保障」、つまり軍事的に流用されかねない製品を輸出しようとする場合には、経済産業大臣の輸出許可を受ける義務があります。

その根拠規定が、外為法第48条第1項です。

外国為替及び外国貿易法第48条第1項

国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物の輸出をしようとする者は、政令で定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない。

法律の本文に「政令で定める」という言葉が出てきますが、この「政令」とは、具体的には『輸出貿易管理令』のことを意味し、この『輸出貿易管理令』で規定し切れない細かい内容は、さらに『輸出貿易管理規則』などの省令・通達などで規定されています。

(※法令の原文自体は『電子政府の総合窓口』の法令検索から参照可能です)。

日本はグループA~Dで管理している

これについては、規則は大変に複雑で難解ですが、経産省が公表している『リスト規制とキャッチオール規制の概要』(※PDF)などの資料によると、現在の輸出管理は基本的に、国際的なレジームで合意された貨物に対する規制(リスト規制)と、それら以外に対するキャッチオール規制から構成されています。

すなわち、リスト規制については、「リスト」に掲載されている製品をどこに輸出する場合であっても、経産大臣の許可が必要だ、というもので、キャッチオール規制はリスト規制品以外のほとんどの品目についても、同じく輸出する際には経産大臣の許可が必要、としています。

このように申し上げると、「なんだ、結局すべての輸出は経産大臣の許可が必要なのか」、と思ってしまうかもしれません。

ところが、実際の運用は、先ほども出てきた『輸出貿易管理令』という政令のなかに、「この国だったら大丈夫」、という優遇対象国リストを規定しておき(※後述)、その国に輸出する場合には、その許可が大変に緩くなる、という仕組みを採用しています。

この優遇対象国リストのことを、経産省は「グループA」と呼んでいるようなのです。

また、グループAではないものの、グループAに次ぐ優遇対象国のことを「グループB」、また、後述する懸念国のリストを「グループD」に位置付け、それら以外の国を「グループC」としているのだとか。

これをまとめると、次のとおりです(図表)。

図表 グループ別の輸出許可
グループ特徴具体的な国
グループAキャッチオール規制が適用されないほか、一般包括許可などが使える輸出貿易管理令別表3に列挙されている26ヵ国
グループBここから下の国にはキャッチオール規制が適用され、一般包括許可は使えないものの、特別一般包括許可などについては使用可能輸出管理レジームに参加し、一定要件を満たす国(韓国など)
グループC特別一般包括許可の対象品目はグループBと比べて狭くなるグループA、B、D以外の国
グループD基本的にすべての輸出品目が個別許可の対象いわゆる「懸念国」、すなわち輸出貿易管理令別表3の2、別表4に列挙されている11ヵ国

(【出所】経産省『リスト規制とキャッチオール規制の概要』【※PDFファイル】P3の図表を著者が簡略化)

グループ分けの概要

では、このグループAとグループDは、具体的にどこをさすのでしょうか。

グループD、つまり「懸念国」は、『輸出貿易管理令』の別表3の2に10ヵ国、別表4に3ヵ国が列挙されていますが、両リストで重複している2ヵ国を除けば、合計で11ヵ国というわけです。

グループDのリスト
  • 別表3の2…アフガニスタン、中央アフリカ、コンゴ民主共和国、イラク、レバノン、リビア、北朝鮮、ソマリア、南スーダン、スーダンの10ヵ国
  • 別表4…イラン、イラク、北朝鮮の3ヵ国
  • 合計…11ヵ国(イラクと北朝鮮が重複して記載されているため)

一方のグループAのリストは、「国際的な輸出管理レジームに参加している国」を意味し、具体的には次の4つのすべてに参加している国が対象とされています。

輸出管理レジーム
  • 原子力供給グループ(NSG)…1974年のインド核実験を契機に創設され、原子力関連資材や技術の輸出国が守るべき指針に基づいて輸出管理が実施されている
  • オーストラリア・グループ(AG)…1984年のイラン・イラク戦争の際に化学兵器が用いられていたことが発覚したことを契機に、豪州の提案に基づき、化学剤の供給能力を持つ各国が輸出管理の協調を図り、協力を強化する目的で創設され、その後は生物化学兵器関連汎用品・技術も対象とされている
  • ミサイル技術管理レジーム(MTCR)…核兵器等の大量破壊兵器不拡散の観点から、大量破壊兵器の運搬手段となるミサイルおよびその開発に寄与し得る関連汎用品・技術の輸出を規制することを目的としている
  • ワッセナー・アレンジメント(WA)…通常兵器、機微な関連汎用品・技術の移転に関する管理を実現することに加え、グローバルなテロとの戦いの一環として、テロリストグループなどによる通常兵器、機微な関連汎用品・技術の取得を防止する。旧ココム(対共産圏輸出統制委員会)が1994年3月末に改称されたことを踏まえ、1996年7月にオランダのワッセナー市の設立総会をもって発足した

(【出所】外務省『輸出管理レジーム』のページを著者が要約)

グループAは韓国などを除く26ヵ国

そして、この4つのグループのすべてに参加している国は、次の30ヵ国です。

4つのグループのすべてに参加している国

アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、カナダ、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、日本、韓国、ルクセンブルク、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、ウクライナ、英国、米国

(【出所】外務省『国際輸出管理レジーム参加国一覧表』より著者作成)

ただし、実際に『輸出貿易管理令』別表3に記載されているのは、この30ヵ国のうち、自国である日本に加え、韓国、トルコ、ウクライナの3ヵ国を除外した、次の26ヵ国です。

グループAのリスト

別表3…アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、カナダ、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、米国の26ヵ国

そして、残りのグループBのリストについては、経産省のウェブサイト上はどうやら非公表のようですが(※あるいは公表しているのかもしれませんが、発見できませんでした)、現時点では韓国などが該当しているらしく、また、グループA、B、Dのいずれにも該当しない国は自動的にグループCに該当するのだそうです。

外為法改正

ジャパングループ構想、どうなった?

さて、どうしてこんな話を掲載したのかといえば、今回の話はあくまでも軍事利用を防ぐための輸出管理の仕組、というわけですが、ちょうど1年前の『先端技術の輸出管理が実現なら「ジャパングループ」』でも紹介した、こんな話題を思い出したからです。

輸出規制枠組み、米などに提案へ 先端技術で政府検討

―――2020/9/27付 日本経済新聞電子版より

日経新聞の記事のタイトルは「輸出『規制』」となってしまっていますが、実際には輸出管理のことだと思われます(※著者私見)。

ただ、それはさておき、記事の内容自体は非常に興味深いもので、具体的には、日本政府が輸出「規制」(※原文ママ)のあらたな枠組みとして、人工知能(AI)や量子コンピューター、バイオ、極超音速という4分野についての輸出制限の仕組みを米国、ドイツ、オランダなどに提案している、とするものです。

生物・化学兵器分野に関わる輸出管理の枠組みが「オーストラリア・グループ(AG)」と呼ばれているという先例に照らすなら、もしもこの輸出管理の枠組みが日本の提案に基づいて成立すれば、それはきっと「ジャパン・グループ(JG)」と呼ばれるに違いない、と思う次第です。

ただ、これについてはまだ続報がありません。

いちおう、米国は「輸出管理改革法」(ECRA)に基づき、独自の輸出管理の仕組みの拡充を検討している、といった話題は出て来るのですが(たとえば経産省『安全保障貿易管理と大学・研究機関における機微技術管理について』【※PDF】P67など)、その後の議論はいまひとつ見えてきません。

岸田首相の「経済安全保障」

こうしたなか、個人的に少し期待しているのが、政権交代に伴い発足した岸田文雄内閣の動向です。

岸田首相は就任した当日、記者会見に応じ、事実上の内閣の方向性について述べています。

岸田内閣総理大臣記者会見

―――2021/10/04付 首相官邸HPより

岸田首相の方針は、「①新型コロナ対策」、「②新しい資本主義の実現」、「③外交・安全保障」という3本柱に示されているのですが、このうちの「②新しい資本主義の実現」の「成長戦略」部分で、次のように述べているのです。

第3は、経済安全保障です。新たに設けた担当大臣の下、戦略技術や物資の確保、技術流出の防止に向けた取組を進め、自立的な経済構造を実現していきます」。

この点、岸田内閣の閣僚名簿を見ると、小林鷹之・内閣府特命担当大臣(46歳)が「経済安全保障担当」と記載されているのがわかります(大蔵・財務省出身者でもあるらしく、やや警戒は必要かもしれませんが…)。

グループS創設と台湾のグループB格上げを!

岸田首相の発言は、どちらかといえば経済安全保障に関するもので、輸出管理の仕組みとは、範囲には微妙なズレもあるのですが、ただ、技術流出の防止という意味では、法設計上は非常に興味深いテーマでもあります。

外為法にあらたな条文を設けるのか、それとも米国のECRAなどに倣い、輸出管理に関するさらに包括的な法制を計るのかはわかりませんが、個人的には、外為法第48条第1項の輸出管理の仕組みをかなりの程度、こうした技術流出の防止などに準用することが可能なのではないかと考えています。

というよりも、WTOルールとの抵触を防ぐのであれば、名目としては「安全保障上の理由」を挙げる方がわかりやすく、やはり「ジャパングループ(JG)」の創設が、法改正を伴わずに済むため、最も「お手軽」なのかもしれません。

あるいは、諸外国との協議が整い、「ジャパングループ(JG)」創設が実現したあかつきには、先ほどの図表で見た「グループA~D」の管理の仕組みも変える必要があるかもしれません。

具体的には、グループAのさらに上に「グループS」を創設し、ここに「ジャパングループ(JG)」に所属する国をグループAから削除し、グループSに分類する、などの仕組みが考えられます。

また、この際なので、グループB・Cに属する国についても見直しを行い、たとえば台湾のように、国際的なレジームに参加していない国であっても、ある程度の輸出管理が期待できる国であれば、グループBに分類する、といった工夫があっても良いでしょう。

外為法の仕組みはまだまだ不十分

もっとも、『経済制裁の発動要件を緩和すべし』などを含め、当ウェブサイトでしばしば言及しているとおり、現在の外為法には経済制裁を発動するための条件が物足りない、という問題点があります。

具体的には、外為法第10条第1項の規定です。

外為法第10条第1項

我が国の平和及び安全の維持のため特に必要があるときは、閣議において、対応措置(この項の規定による閣議決定に基づき主務大臣により行われる第十六条第一項、第二十一条第一項、第二十三条第四項、第二十四条第一項、第二十五条第六項、第四十八条第三項及び第五十二条の規定による措置をいう。)を講ずべきことを決定することができる。

この第10条第1項では、わが国が独自に経済制裁を発動するための条件を規定していて、この条文を使って発動することができる具体的な経済制裁としては、次の7つが挙げられています。

外為法第10条第1項の閣議決定で可能な経済制裁
  • ①第16条第1項措置…日本から外国への支払の制限
  • ②第21条第1項措置…日本と外国との資本取引の制限
  • ③第23条第4項措置…日本から外国への対外直接投資の制限
  • ④第24条第1項措置…いわゆる「特定資本取引」の制限
  • ⑤第25条第6項措置…役務取引(技術移転など)の制限
  • ⑥第48条第3項措置…輸出規制
  • ⑦第52条措置…輸入規制

(【出所】著者作成)

どうせなら外為法改正を!

ただ、第10条第1項の規定を眺めると、これらの措置を発動するためには、「わが国の平和と安全の維持のため特に必要がある」と言えなければならず、使い勝手が良いとはいえません。

したがって、外為法第10条第1項については、現行の条件に加え、たとえば韓国の国際法違反や中国の人権弾圧などに対する制裁の発動を可能とするように、次のように条文を書き換えるべきではないかと思うのです。

外為法第10条第1項改正私案
  • <現行条文>我が国の平和及び安全の維持のため特に必要があるときは、
  • <改正私案>我が国の平和及び安全の維持のため、国際法秩序の維持のため、我が国の利益を保護するため、その他これらに類する事情として政令で定める事実に基づき、特に必要があるときは、

(【出所】著者作成)

そして、外為法第10条第1項にかかる規定を設けるとともに、第48条にも、輸出管理の対象となる品目について、

外為法第48条第1項改正私案
  • <現行条文>国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして
  • <改正私案>国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるもの及び我が国の利益を阻害することになると認められるものとして

もちろん、どのみち現在の衆院はすぐに解散されると考えられるため、具体的な検討は総選挙後に持ち越しですが、こうした方向性について、本日の岸田首相の所信表明演説でどこまで読み取ることができるかについては、個人的には注目したいと考えている点です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. ミネソタの減量中 より:

    全くのトウシロで論評の資格はありませんが、御指摘の法改正は行われていない方がおかしいと感じます。ただ、基本的に米国こそは中国に技術の垂れ流しをして来たのでして、いきなりFBIがプロフェッサー連の逮捕に出て来たりするくらいですから、法律の網で流血が効果的に予防できるのかどうか。個人的にはまずグループという発想は危険だと思います。

  2. バシラス・アンシラシスは土壌常在菌 より:

    この法律改正は、今やっている国会で議論しないのかな?

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