当ウェブサイトでこれまで何度か取り上げて来た「多国間通貨スワップ」の仕組みが、「チェンマイ・イニシアティブ・マルチ化協定」(CMIM)です。CMIMに注目しているウェブ評論サイトなど珍しいと思っていた次第ですが、昨日、このCMIMについて契約の改定が行われたとする発表がありました。日銀などのプレスリリースを読む限りは、著者が個人的におそれていた「デリンク割合の引き上げ」などの改訂は見送られたようであり、まずは一安心です。
目次
国際金融協力とスワップ
スワップあれこれ
当ウェブサイトで以前から紹介して来た論点のひとつが、「国際金融協力の世界におけるスワップ」です(これについてもう十分に知っているという方は、すぐに『CMIMの改訂』の節に飛んでいただいて結構です)。
簡単にいえば、通貨当局同士が通貨を交換する協定のことを一般にスワップと呼んでいるのですが、様々な分類があるものの、大きく分ければ「二国間のスワップ」か「多国間のスワップ」という視点と、「通貨スワップ」か「為替スワップ」か、という視点があります。
これを当ウェブサイトなりに分類すると、次のとおりです(図表1)。
図表1 スワップあれこれ
スワップの種類 | 概要 | 備考 |
---|---|---|
二国間通貨スワップ | A国とB国がお互いに通貨を交換する協定のこと | 英語で “Bilateral Currency Swap Agreement” などと呼ぶことがあるため、わが国の財務省は「BSA」と略している |
※ドル建てなどの通貨スワップ | A国がB国の求めに応じてB国の通貨と引き換えに国際的な基軸通貨(米ドルなど)を提供する協定 | わが国が外国と締結している通貨スワップはすべてこのパターン |
※自国通貨建て通貨スワップ | A国がB国の求めに応じてB国の通貨とA国の通貨を交換する協定 | 英語で “Bilateral Local Currency Swap Agreement” と呼ぶこともあり、あえて略せばBLCSA |
多国間通貨スワップ | 複数の国が同時に参加する通貨スワップ協定。アジアの場合はチェンマイ・イニシアティブ・マルチ化協定(CMIM)などが有名 | BSAに倣って敢えて英訳すれば “Multilateral Currency Swap Agreement” (MSA)か。 |
二国間為替スワップ | A国がB国の求めに応じ、B国の金融機関に対しA国の通貨建ての短期融資を実行する協定 | 英語で “Bilateral FX Liquidity Swap Agreement” などと呼ばれるため、当ウェブサイトはBLAと略すこともある |
(【出所】著者作成)
最近話題になっている、米連邦準備制度理事会(FRB)が世界9ヵ国の中央銀行・通貨当局(FIMA)と締結した米ドル建てのスワップは、FRBが相手国の中央銀行・通貨当局を通じて相手国の金融機関に米ドルを貸し付ける協定であるため、「二国間為替スワップ」です。
また、昨日『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』で紹介した、トルコと中国の人民元建てのスワップは、トルコの中央銀行が中国人民銀行から(米ドルなどの国際通貨ではなく)ローカル通貨である人民元を借り入れる協定であるため、「二国間通貨スワップ」、とくに「BLCSA」です。
※なお、『【総論】4種類のスワップと為替スワップの威力・限界』でも説明したとおり、当ウェブサイトで紹介する「スワップ」は、デリバティブの世界における「通貨・ベーシス・スワップ」、「直先フラット型通貨スワップ」、「為替スワップ(バイセル/セルバイ)」等とは別物です。さる事情があり、これらについては今後、当ウェブサイト『新宿会計士の政治経済評論』で取り上げる予定はありません。どうしても知りたいという方は、市販書籍などをご参照ください。
スワップの実例
日本が提供しているスワップ
さて、全世界のさまざまなスワップは、だいたいこの図表1のどれかの類型に当てはまります。これについては、日本が外国の通貨当局等と締結しているスワップをチェックすれば、非常にわかりやすいでしょう(図表2)。
図表2 日本が外国の通貨当局等と締結しているスワップ
契約相手 | 交換上限 | 相手から見た交換条件 |
---|---|---|
①米連邦準備制度理事会(FRB) | 無制限 | 日本円と米ドル |
②欧州中央銀行(ECB) | 無制限 | 日本円とユーロ |
③英イングランド銀行(BOE) | 無制限 | 日本円と英ポンド |
④スイス国民銀行(SNB) | 無制限 | 日本円とスイスフラン |
⑤カナダ銀行(BOC) | 無制限 | 日本円と加ドル |
⑥豪州準備銀行(RBA) | 1.6兆円/200億豪ドル | 日本円と豪ドル |
⑦中国人民銀行(PBOC) | 3.4兆円/2000億元 | 日本円と人民元 |
⑧シンガポール通貨庁(MAS) | 1.1兆円/150億シンガポールドル | 日本円とシンガポールドル |
⑨タイ中央銀行(BOT) | 8000億円/2400億バーツ | 日本円とタイバーツ |
⑩インドネシア銀行(BI) | 227.6億ドル | 日本円または米ドルとインドネシアルピア |
⑪フィリピン中央銀行(BSP) | 120億ドル | 日本円または米ドルとフィリピンペソ |
⑫シンガポール通貨庁(MAS) | 30億ドル | 日本円または米ドルとシンガポールドル |
⑬タイ中央銀行(BOT) | 30億ドル | 日本円または米ドルとタイバーツ |
⑭インド準備銀行(RBI) | 750億ドル | 米ドルとインドルピー |
⑮ASEAN10ヵ国、中国、韓国、香港 | 相手国により異なる | 米ドル |
(【出所】日銀『海外中銀との協力』のプレスリリース、財務省『アジア諸国との二国間通貨スワップ取極』等より著者作成。通貨スワップの場合、「交換条件」欄は基本的に「相手国が日本から引き出す際の条件」のみを記載している)
日本のスワップは全パターンを網羅
この①~⑮を分類すると、次のとおりです。
- 二国間通貨スワップ(BSA)、うち国際基軸通貨である米ドルとの交換→⑩、⑪、⑫、⑬、⑭
- 二国間通貨スワップのうち「ローカル通貨建て通貨スワップ」(BLCSA)→⑩、⑪、⑫、⑬
- 多国間通貨スワップ(MSA)→⑮
- 二国間為替スワップ→①、②、③、④、⑤、⑥、⑦、⑧、⑨
日本の場合、「通貨スワップ」は合計で6本存在しているのですが、このうち「二国間」のスワップは5本(ASEAN4ヵ国とインド)あり、このうちASEANとの通貨スワップは、相手国が米ドル、日本円のいずれでも引き出せるという協定です。
つまり、⑩~⑬の通貨スワップは、「ハード・カレンシー建ての通貨スワップ」、「ローカル通貨建ての通貨スワップ」という2つの性格を併せ持っています。
もっとも、日本の「ローカル通貨建て通貨スワップ」(BLCSA)に関しては、相手国が引き出せる通貨がハード・カレンシーである日本円であるため、そんじょそこらのローカル通貨建ての通貨スワップと異なり、非常にパワフルなものでもあります。
為替スワップは金融先進国ならでは
また、「二国間為替スワップ」に関しては、「相手国を救済するため」というよりも、どちらかといえば「自国金融機関を救済するため」という性格もあります。たとえば、(現在はあまり使われていませんが)米国の金融機関が日本円を調達するために、日米為替スワップを使う、ということはあり得る話です。
日本が保有している為替スワップは、米英欧瑞加の5ヵ国とは金額無制限であり、いわば、日本の金融機関はこれらの5ヵ国の通貨については、担保の範囲内で無制限に借りることができるのです(※といっても相手国中央銀行に対し金利を払う必要がありますが…)。
また、この5ヵ国・地域以外にも、日本はシンガポール、豪州、中国、タイの4ヵ国とも金額上限付きで為替スワップを結んでいますが、これは日本の金融機関がシンガポールドル、豪ドル、人民元、タイバーツを相手国の中央銀行から日銀経由で借り入れるという協定です。
とくに、中国との「日中為替スワップ」については、なにかと市場慣行などが未成熟な中国の資本市場でカネを借りてしまった邦銀を救済するという性質があり、ある意味では日本にとって非常に大きなメリットがある協定だといえるのです。
外国のスワップ事情
ところで、日本が外国と締結している通貨スワップについては、米ドル建ての通貨スワップであれ、ローカル通貨である日本円建ての通貨スワップであれ、「国際的に通用するハード・カレンシーである」という意味では、どちらも非常にありがたいものです。
ただ、「米ドル建ての通貨スワップ」というものは、著者が調べた限り、日本が上記5ヵ国と締結している二国間通貨スワップと、米国がカナダ、メキシコの2ヵ国と締結している「NAFTA通貨スワップ」くらいしか見当たりません。
それ以外の通貨スワップは、いずれもほとんどがBLCSA、つまり「ローカル通貨」同士の通貨スワップです。たとえば、ASEAN最大の人口を誇り、G20参加国でもあるインドネシアは、調べた限り、5ヵ国と総額700億ドル前後の二国間通貨スワップを締結しています(図表3)。
図表3 インドネシアが保有する通貨スワップ(※自称も含む)
相手国と失効日 | 金額とドル換算額 | ルピアとドル換算額 |
---|---|---|
オーストラリア(2021/8/9) | 100億豪ドル≒61.3億ドル | 100兆ルピア≒61.3億ドル |
シンガポール(2020/11/8) | 95億Sドル≒66.6億ドル | 100兆ルピア≒61.3億ドル |
中国(2021/11/26) | 2000億人民元≒282.4億ドル | 不明 |
韓国(2023/3/5) | 10.7兆ウォン≒87.8億ドル | 115兆ルピア≒70.5億ドル |
日本(2021/10/14) | 227.6億ドル | 不明 |
二国間通貨スワップ 合計 | 725.7億ドル | ― |
CMIM | 227.6億ドル | ― |
(【出所】各国中央銀行の報道発表等を参考に著者作成。為替換算はWSJのマーケット欄より2020年3月31日のものを参照。なお、日本との通貨スワップについては米ドルだけでなく日本円での引出も可能)
ローカル通貨スワップには使い物にならないものも!
インドネシアについて、「二国間通貨スワップだけで725.7億ドルに達しているぞ!」といわれると、なにかとても大きな金額だ、と思うかもしれませんが、実際はそうではありません。
というのも、図表3を構成している通貨のうち、中国との2000億人民元、韓国との10.7兆ウォンについては、いずれもローカル通貨であり、相手国の通貨を手に入れたところで、それを通貨防衛などに使えるというものでもありません。
というのも、人民元にせよ韓国ウォンにせよ、外為市場が極端に小さいため、インドネシアが中国や韓国から通貨を引き出して「自国通貨を買い入れる」という介入をしようとしても、人民元や韓国ウォンを外為市場で米ドルなどに両替する際に、相手国通貨を暴落させてしまう可能性があるからです。
いや、そもそもいずれの通貨も資本規制が厳しく、仮にこれらの通貨を借り入れたとしても、外為市場で自由に売却することは非常に難しいでしょう。
だからこそ、インドネシアが誇る725.7億ドルのうち、通貨危機の際に使い物になるのは、日本との227.6億ドル(米ドルか同額の日本円)のスワップか、せいぜい豪州(100億豪ドル)、シンガポール(95億シンガポールドル)のスワップなのです。
ローカル通貨建てのスワップはむしろ危険
その意味で、昨日の『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』で紹介した、「トルコが中国との通貨スワップを実行して人民元を引き出した」とする話題については、「トルコはよっぽど困っていたのか」という感想しか持ちません。
昨日紹介したトルコ中央銀行のプレスリリースにもあったとおり、人民元などを借り入れたとしても、使えるのはせいぜい人民元建ての取引の決済であり、日本製品や米国製品などの購入に人民元を使うことは非現実的です。
また、以前の『弱小通貨同士の通貨スワップの「融通手形」説』でも紹介しましたが、弱小通貨国同士が通貨スワップを締結することは、危険です。というのも、お互いに通貨危機を全世界にばら撒いてしまう可能性があるからです。
たとえば、「ソフト・カレンシー」国であるA国とB国がお互いに「二国間ローカル通貨建て通貨スワップ」(BLCSA)を結んでいたとします。このとき、A国が通貨危機になってしまい、BLCSAを行使してB国から通貨を引き出せば、いったい何が生じるでしょうか。
通貨危機の際にはA国通貨が酷く売られていることが通例なので、A国はB国通貨を外為市場で売り、米ドルなどのハード・カレンシーを手に入れて、それを外為市場で再度売って、自国通貨を買い支える、というオペレーションを実施するかもしれません(いわゆる通貨防衛)。
そうなると、通貨暴落がB国通貨にも波及してしまうのです。
場合によっては、B国がBLCSAを締結しているソフトカレンシー国であるC国、D国、E国などにも危機が波及するかもしれません。ASEAN諸国でいえば、とくにインドネシアがその「ウィークリンク」のような状態になっているのではないでしょうか。
CMIMの改訂
MSAは事実上、CMIMくらいしか存在しない
さて、先ほどの図表1に、「MSA」というものを紹介しました。
当ウェブサイトでは勝手に「MSA」と書いてしまいましたが、これは「BSA(二国間通貨スワップ)」の類語として使っただけであり、実務的に「MSA」という用語が使われているわけではありません。
というのも、「MSA」と呼ばれる仕組みが世界にそれほど多くなく、著者が調べた限り、現実には「チェンマイ・イニシアティブ・マルチ化協定」(CMIM)と呼ばれるものくらいしか存在しないからです。
実際、わが国が参加している多国間通貨スワップ協定のひとつが、図表2、図表3でも少しだけ出てきた、「チェンマイ・イニシアティブ・マルチ化協定」(CMIM)と呼ばれる仕組みです(図表4)。
図表4 日本が参加する多国間通貨スワップであるCMIM
国 | 拠出額 | 引出可能額 |
---|---|---|
日本 | 768億ドル | 384億ドル |
中国(※) | 768億ドル | 405億ドル |
韓国 | 384億ドル | 384億ドル |
インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン | 各 91.04億ドル | 各 227.6億ドル |
ベトナム | 20億ドル | 100億ドル |
カンボジア | 2.4億ドル | 12億ドル |
ミャンマー | 1.2億ドル | 6億ドル |
ブルネイ、ラオス | 各0.6億ドル | 各3億ドル |
合計 | 2400億ドル | 2400億ドル |
(【出所】財務省『CMIM 貢献額、買入乗数、引出可能総額、投票権率』。ただし、中国については香港との合算値。中国以外のIMFとの「デリンク」割合は30%。また、香港はIMFに加盟していないため、中国の引出可能額に占める「IMFデリンク」割合は他の国と異なる)
CMIMはどういう経緯を辿ったのか
このCMIM、前身は日本が主導する形で2000年5月にタイ・チェンマイの「ASEAN+3」会合で成立した「チェンマイ・イニシアティブ」(CMI)と呼ばれる国際金融協力の枠組みです。
CMIは、アジア通貨危機の再来を防ぐために、ASEAN諸国と日中韓がお互いに危機の際に米ドルを融通し合うようにしよう、とする協定だったのですが、この方式だと、契約の本数が大変なことになってしまいます。
たとえば、CMIに参加する国が、CMI発足時の参加国であったASEAN5ヵ国(タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール、フィリピン)と日中韓の3ヵ国だったとしましょう。このとき、日本は
- 日韓通貨スワップ(韓国)
- 日中通貨スワップ(中国)
- 日比通貨スワップ(フィリピン)
- 日馬通貨スワップ(マレーシア)
- 日星通貨スワップ(シンガポール)
- 日尼通貨スワップ(インドネシア)
- 日泰通貨スワップ(タイ)
と、じつに7本ものスワップを締結しなければなりません。現在はCMIに香港、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、ブルネイ、ラオスが加わっているため、当事国・地域は14ヵ国・地域に達する計算であり、日本だけで13本もの「二国間通貨スワップ」を締結しなければなりません。
また、計算上、韓国は日本を除いた12ヵ国と、中国は日韓を除いた11ヵ国と、タイは日中韓を除いた10ヵ国と、といった具合に契約をとんどんと締結していく必要があるため、結果的には105本(!)もの契約が成立してしまいます。
したがって、現在のCMIMは、ひとつの共通の枠組みで、ASEAN10ヵ国と日中韓港、合計14ヵ国・地域が参加し、それぞれ貢献額と引出可能額が定められているのです。
CMIMの協定変更:頭が悪すぎる日銀のプレスリリース
さて、この仕組みだと、「協定の契約本数が1本で済む」、「多国間が参加しているため透明性が高い」などのメリットはあるのですが、その最大のものは、支援を受ける国がスワップを引き出すにあたって、相手国に対してさほど引け目を感じることがない、というものかもしれません。
ただし、支援を受ける国の側から見たCMIMの最大のデメリットは、「デリンク条項」、つまり一定割合以上の資金を引き出そうとすれば、国際通貨基金(IMF)が介入してくるという条項です(※ちなみに日本が外国と締結している二国間通貨スワップにも、だいたいこのデリンク条項が付いています)。
現在のCMIMでは「デリンク割合」は30%に設定されているのですが、これについて、ある特定の国からはときどき、「CMIMの規模を2400億ドルからもっと拡大しよう」だの、「デリンク割合を引き上げよう」だのといった提案が出て来ているようであり、これについては個人的に警戒していた点です。
というのも、デリンク割合が40%や50%などに引き上げられてしまうと、IMFの歯止めなしに、100億ドルだのといった巨額の資金をポンポン引き出されてしまう可能性もあるからです。
こうしたなか、昨日は日銀などのウェブサイトに、CMIMの協定変更に関するプレスリリースが掲載されていました。
チェンマイ・イ二シアティブ(CMIM)の改訂契約の発効について(※PDFファイル)
―――2020/06/23付 日本銀行HPより
今回の改定内容は、つぎのとおりです(明らかに国民を舐めた日銀の説明を、まずはそのまま転載します)。
- CMIM の IMF リンクポーションについて、IMF 支援プログラムとの整合性を確保するため、支援期間をより柔軟にするほか、IMF との連携メカニズムを強化する
- CMIM が、政策提言と資金支援を通じて、メンバー国がリスクと脆弱性に対処することを支援するために、コンディショナリティに係る包括的な法的根拠を導入する
- その他の法的に曖昧な事項を解決する
…。
はぁ?(怒)日銀さん、これで説明しているつもりですかい?
「IMFリンクポーション」だの、「コンディショナリティ」だの、「包括的法的根拠」だのといわれて一発で理解できる日本国民がいったい何人いるのかはわかりませんが、日銀のこのプレスリリース、作成した人間は控え目に言って頭が悪すぎます。
デリンク割合引き上げは見送られたらしい
ただし、結論的にいえば、「総額の引き上げ」、「デリンク割合の引き上げ」という、個人的に最も恐れていたことが盛り込まれていないため、正直、ホッとしているというのが実情です。
なお、いちおう解説しておくと、「IMFリンクポーション」とはおそらく、「IMFが関与してくる部分」のことでしょう。具体的には、ある国がデリンク割合(30%)を超えて、たとえば上限額の50%分だけスワップ資金を引き出した際に、そのうちの20%部分のことを指すのだと思います。
ということは、IMFリンクポーション部分については、IMFの支援と同一視するよ、という宣言のようなものであり、日銀の発表をそのまま読むならば、「おカネを借りる側がより一層厳しく監視される」、という意味だと考えて良いでしょう。
また、「コンディショナリティ」とは、一般には財務制限条項(つまり「この条件を守らないとおカネを貸さないよ」という条件)のことであり、文脈上は「支援を受ける国がIMFから受ける制約条件」のことで使われているのだと思います。
つまり、今回の改定では、CMIMの金額全体を増やしたり、「デリンク割合」(IMFが介入して来ない借入割合)を引き上げたりするという改訂は見送られ、細かい融資条件についてより透明性を高める方向に修正された、と見るのが正解でしょう。
もっとも、CMIMの契約書自体、一般には公表されていないものですので、私たち一般国民がCMIMについて調べるには、日銀や財務省の報道発表(あるいは外国メディア)などに依存せざるを得ません。日銀と財務省は、もう少し「国民にわかりやすい情報発信」に努めた方が良いと思います。
MSA=G20スワップは?
さて、スワップといえば、何といっても「二国間通貨スワップ」が有名ですが、それだけではありません。
最近、特定国を中心に、「G20が参加する多国間通貨スワップの仕組みを作るべきだ」、といった提言が聞こえてきます。これは、「G20諸国で相互に通貨スワップを締結し、通貨危機に備えよう」とする構想(というよりも寝言)のことです。
そもそも論として「G20」といわれても、範囲が広すぎます。G20にはG7諸国(日米英仏独伊加)のような先進国、豪州のようにG7に準じる国もある一方、「BRICS」諸国と呼ばれる国や南アフリカ、アルゼンチンやインドネシア、トルコなどの「怪しい国」も含まれているからです。
G20とは?
- G7諸国…カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7ヵ国
- G20諸国…G7に次の13ヵ国・地域を加えたもの
- BRICS…ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ
- それ以外…アルゼンチン、豪州、インドネシア、韓国、メキシコ、サウジアラビア、トルコ、EU
あらためてこれらの国々を列挙してみると、なぜこのようにてんでバラバラな国々をひとつのグループに仕立て上げようとしたのか、個人的には理解に苦しむところでもあります。そもそも共産主義国である中国が入っている時点で、まともに機能することが期待できない枠組みだからです。
G7でさえ、グループ内の意見集約にあれほど苦労しているというのに、これに中国やロシアなどが入ってくれば、まとまる話もまとまりません。
さらには、インドネシア、韓国のように、国際的な契約・約束を守れないばかりか、過去に何度も何度も通貨危機(※未遂を含む)などを発生させている国や、アルゼンチンのように国債をデフォルトさせた国、トルコのように慢性的な外貨不足に苦しむ国なども存在しています。
ちなみに当ウェブサイトでは、アルゼンチン、トルコ、インドネシア、韓国、メキシコを「脆弱ファイブ」と呼ばせていただいています。ちなみにG20諸国を「通貨」という視点から並べ替えると、次のとおり、通貨の信頼水準も見事にバラバラです。
- ハード・カレンシー…米国、ユーロ圏(独仏伊)、日本、英国、カナダ
- 準ハード・カレンシー…豪州、南アフリカ
- ソフト・カレンシー…ブラジル、ロシア、インド、中国、アルゼンチン、インドネシア、韓国、メキシコ、トルコ
- 米ドルペッグ通貨…サウジアラビア
(※もっとも、「南アフリカランド」を「準ハード・カレンシー」に含めて良いかどうかは微妙ですが…。)
「G20諸国が参加する多国間通貨スワップ」ともなれば、ハード・カレンシー国であるG7、準ハード・カレンシー国である豪州などから、通貨ポジションが脆弱なその他のG20諸国に対する、ほぼ一方的な支援とならざるを得ないのは明白でしょう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そう考えると、日本としては「相手国に恩を売る」ためプラス日本円の国際化のための「二国間通貨スワップ」、日本国内の金融機関を支援するための「二国間為替スワップ」を中心としつつ、アジア諸国に対してはCMIMを中心とする金融支援の仕組みを続けるというのが良いと思います。
とくに、昨日の日銀の発表を読む限りにおいては、CMIMの仕組みについては支援を受ける国がむしろIMFルールに従わなければならなくなったとも読めるため、その場合、「無節操にスワップ資金をポンポン引き出され、しかも返ってこない」というリスクは減ったと考えて良さそうです。
いずれにせよ、スワップの研究はなかなか興味深いところですので、このあたりについては引き続き、アンテナを張り巡らす価値がありそうです。
View Comments (12)
新宿会計士さま
リクエストにお応え頂き、ご解説をありがとうございました。
日銀の発表が、分かりにくいのは、日銀の問題?かな。
とりあえず、金額やIMF送りの条件に変更は、無いとの事で一安心しました。
これで、スッキリした人も多いと思います。
更新ありがとうございます。
しかし日銀はこの説明は、国民に説明する気が無し!ですね。まるで煙に巻いたような。知識のある方には理解できるでしょうが、私はこれだけでは分からない(笑)。
「CMIMの規模を2400億ドルから拡大する」だの、「デリンク割合を引き上げる」いった提案が出ているのは知ってましたが、危ういな、と思ってました。
「総額の引き上げ」「デリンク割合の引き上げ」は、なされなかったのは、良かったと思います。またCMIMの仕組みについては支援を受ける国がIMFルールに従う事、条件が厳しくなったのは良かったです。
勝手にポンポン使うな!縛りがあるぞ。
そういえば、昨日付けの中央日報に「ASEAN+韓日中の通貨スワップ発効、韓国の金融危機対応力高まる」のタイトルで記事が出ていましたね。
対応能力が高まったというより、同国の命綱が維持されたとワタクシは理解しました。本ブログを読んでもリテラシーの向上が見られないワタクシですがね。
借り手側が有利となる変更が無くてホッとしました。
日銀の発表は、容易に内容を改変したりするのを防止するために、敢えて判りづらくしてあるのかも知れません。
記事の更新ホントにありがとうございます!
昨日頭の中にあった「?」が1つ1つ溶けていく爽快感を持ちながら記事を拝読しました。(途中「日銀のプレスリリース」「脆弱ファイブ」の下りにはニマニマしました)
ひとまず、私の懸念事項だった韓国が384億ドル引き出して返済に充てるような懸念は杞憂であったようでよかったです。
りょうちん様、だんな様、 しきしま様にも改めて御礼申し上げます。
今後の記事も楽しみにしております。
酒が弱い九州男児さま
新宿会計士さんの説明が有って、良かったですね。
ただ、「韓国が384億ドル引き出して返済に充てるような懸念は杞憂であったようでよかったです。」は、韓国は使えるお金だと考えているようで、杞憂では無いと思います。
だんな様、はい、ありがとうございます。
おかげさまでホントすっきりしまた。
> 韓国は使えるお金だと考えているようで、杞憂では無いと思います。
かの国の厚顔さを考えれば十分ありえそうですね。ただ、使えても115.2億ドルであり(これでも巨額ですが・・・)、この金額であれば危急存亡の時には不足だと思いますので、ひとまずよかったかな、と思います(本当は自由に引き出せる金額は600億ドルは欲しいはず)。
なので、新宿先生の仰る通り、金額や割合の引き上げが見送られたことは僥倖であり、日銀(財務省?)は、よく戦ったのではないか思います。
それはそれとして、韓国がもし「先進国」を自任するなら、りょうちん様も仰る通り、自己利益だけでなく「助ける側の立場」に立ってほしいものですね。K防疫で先進国入りとは片腹痛いですよ。
酒が弱い九州・・・さんへ
>使えても115.2億ドル
を
チェンマイイニシアチブマルチから借金して踏み倒せばいいのだから万々歳ですよ、大韓民国は
今現在90億ドルだぶついているみたいですから、←アメリカから借金に借金を重ねて。
あと百億ドルも用立てすれば、アメリカからの借金はなんとかなるんじゃないですか。
>ということは、IMFリンクポーション部分については、IMFの支援と同一視するよ、という宣言のようなものであり、日銀の発表をそのまま読むならば、「おカネを借りる側がより一層厳しく監視される」、という意味だと考えて良いでしょう。
私もそう思ったのですが、その明言を避けるような日銀・財務省の難読解説に実にイラッとしましたw
韓国はCMIMを「利用する」場合、IMF危機再びのリスクが、高まったと言うことだと思うのですが、そういう理解をしている様子は、まったく見られませんw
あと何度も書いてますが、今や、韓国はCMIMの枠組みの中では、あくまで「助ける側の立場」に位置付けられている筈なんですが、そんな自覚は全く無さそう。
りょうちんさんへ
>>IMFリンクポーション部分については、IMFの支援と同一視するよ、
これ口だけ?
大韓民国が踏み倒したとき
国際間最強取立人IMFがお出ましになるわけじゃない。
我が国関連でIMFに代わる国際間取立人はいない。
どうするんでしょうね。
そういえば、韓国の為替スワップ返済が明日に迫ってきましたが、何も記事が出ませんね。通貨スワップと発表しているので、返済するとは言えないのでしょうか?
このタイミングで為替介入とか、ないかなー