昨日は日本で「トリプル安」が生じました。株価、債券価格、日本円という通貨が3つ同時に(しかも結構な割合で)下落したのです。これについて日経新聞はさっそく、「国債増発への懸念」などと報じているようですが、たしかに国債利回りの急騰にはそのような背景があることは否定できません。ただし、それと同時に日本はトリプル安ごときで吹き飛ぶほどヤワな国ではありません。むしろ価格が下落したことを奇貨として、来週以降、投げ売られた資産を嬉々として拾う動きが見られる可能性が高いと思います。
目次
日本のトリプル安
日本の場合、トリプル安は珍しくない
昨日は日本で「トリプル安」が生じました。
「トリプル安」とは、株式、債券、為替という3つの市場が同時に下落する現象です。
一般に、金融市場を代表する金融商品は株式と債券ですが、このうち株式は「リスク資産」、債券は「安全資産」とされます。そして、
- 市場のリスク選好ムードが高まった際には「リスク資産」が買われて「安全資産」が売られる
- 市場のリスク回避ムードが高まったときには「リスク資産」が売られて「安全資産」が買われる
という傾向があります。
このため、株式と債券の価格が同時に上昇したり、同時に下落したりすることは、さほど多くないとされています。
もっとも、現実の市場の値動きを調べてみると、必ずしもこの理論どおりではありません。たとえば、日経平均株価と10年日本国債利回りの2006年3月以降のデータ(約3600件)を調べてみると、
- ①株高・債券安…1037件
- ②株安・債券高…1056件
- ③株高・債券高…696件
- ④株安・債券安…520件
という具合に、理論どおりの動き(①株高・債券安、または②株安・債券高となっているケース)は全体の約3分の2を占めているものの、のこり約3分の1は、この理論に反する結果(つまり③株高・債券高、④株安・債券安)が生じていることがわかります。
つまり、一般的には「株高のときには債券安」「株安のときには債券高」となりやすい、という傾向があることは確かなのですが、現実の市場の動きは必ずしもそのとおりとは限らない、ということです。
ちなみにこれに過去約3600営業日について、為替データ(ここではUSDJPY)を加えて「トリプル安」(株安、債券安、通貨安)となっている営業日の数を数えてみると、現実には239件であり、わが国の場合はトリプル安となるケースは意外と多いことが確認できるでしょう。
値動きが非常に大きかったことは事実だが…
もっとも、昨日のトリプル安に関しては、看過できないのはその変動幅の大きさです。
日経平均は前日比1128円58銭も下落し、17,431円05銭と、今から約3年半前の2016年11月1日時点の17,442円40銭以来の安値を記録。その一方で日本国債(10年債)利回りはマイナス0.013%と、前日(マイナス0.069%)からは5.6ベーシス・ポイントも上昇しているのです。
さらに、為替市場では2円以上円安が進み、昨日は一時、1ドル=107円台と今月初めごろの水準を回復する円安水準となりました。つまり、投資家が日本の①株式も、②債券も、③通貨も売ったということであり、いずれもマーケット参加者から見ると、1日の値動きとして非常に大きいと言わざるを得ません。
すなわち、昨日の日本の市場では①株式、②債券、③通貨すべての価格が下落する方向に行っているため、定義上は立派な「トリプル安」通貨であり、日本から「キャピタルフライト」が生じた証拠でしょう。
では、日本は破綻するのでしょうか?ヘッジファンドが「日本を売り崩す!」とばかりに日本にやってくるのでしょうか?
結論的に言えば、この程度のキャピタルフライトで破綻するほど、日本はヤワな国ではありませんし、株式市場はともかく、世界のヘッジファンドふぜいが日本の債券市場や為替市場を売り崩せるものではありません。返り討ちが良いところでしょう。
何度も繰り返しで恐縮ですが、日本には2000兆円近い巨額の金融資産を抱え、純金融資産が1600兆円近くに達しようとしている家計が存在しており、この家計は巨額の資産を現金預金や保険年金資産で運用しています。
そして、預金取扱機関(銀行、信金、信組、労金、農協など)や保険年金基金などの機関投資家は、巨額の預金負債・保険年金負債を裏付に、日々、「少しでも利回りの出る金融資産」を買い漁らなければならず、昨日のように債券利回りが上昇(=価格が下落)した局面は、絶好の草刈り場です。
さらに、機関投資家勢にとっては、円安局面では、保有している外債(ドル債など)を売却したり、通貨スワップや金利スワップでヘッジしたりして利益確定する絶好の機会でもあります(ことにここ数日、米債の価格が上昇し過ぎていましたので、その利益確定のチャンスでもあります)。
昨日のトリプル安の正体とは?
おそらく昨日の株安は世界的なコロナショックの流れを引き継いだもので、債券安は最近、自民党有志議員からの「全額国債発行でプライマリバランス目標先送り、消費税ゼロを前提とした補正予算提案」という報道による債券増発への警戒によるものでしょう。
さらに、円安が進んでいるのは、ここ数日、円高が進み過ぎたことの反動ではないかと思いますし、これ以上円安が進めば、利益確定の絶好の機会と見て、日本の機関投資家勢が一斉に円転(または為替ヘッジ)を仕掛けて来るでしょう。
これについて、日経新聞が昨日、こんな記事を配信していました。
株・円・債券のトリプル安 金利は日本だけ上昇(2020/3/13 14:41付 日本経済新聞電子版より)
日経新聞は昨日の日本の債券安について、「米国債、独国債の上昇と対照的」として、
「日本政府は新型コロナウイルスの感染と闘うため大型の経済対策を検討しており、投資家は財政拡張による国債増発に身構えている」
などと述べているのですが、この見解にはほとんど同意できる部分はありません。むしろ機関投資家勢は利回りに飢えており、万が一、10年債利回りがゼロ%を上回ろうものなら、その瞬間、「われ先」に買いに走るのではないでしょうか。
通貨が脆弱な国は?
マイナス金利が通用する時点で日本は強い国
この点、「無節操に国債を発行したら財政への信認が損なわれ、ハイパーインフレになり国債金利は跳ね上がる」、などと警告を鳴らす御仁が市場には何人かいらっしゃるのですが、現実の日本の資金循環構造を理解しない机上の空論といわざるを得ません。
日本国債市場では、10年債利回りは2012年4月5日に1.018%で取引されたのを最後に、いまだに1%の利回り水準を回復していません。
当ウェブサイトでは何度か報告したとおり、債券市場では「市場利回りが下落すれば市場価格は上昇する」という関係にありますので、それだけ債券価格が上昇したままの状態になっているという意味であり、逆に言えば、今から10年前の水準を回復しても、10年債利回りはやっと1%に達するという状況です。
そして、日本銀行が2016年1月に「今からマイナス金利にする」と宣言して、本当に日銀当預(※全額ではありません)がマイナス金利になってしまったわけですから、これは日本国内に資金が有り余っている証拠でしょう。
ちなみにかつてのジンバブエなどのように貨幣経済が崩壊状態にあるケースだと、市場金利は数万パーセント、数千万パーセント、数億パーセント、あるいは数兆パーセントにまで跳ね上がることがありますが、このようなケースで中央銀行が「マイナス金利だ」と宣言しても無視されるのが関の山でしょう。
日米などは減税で乗り越えられる…かも?
さて、日米を筆頭に主要国が一斉に株安などで苦しむ中、思い切った緊急経済対策が必要だとする提言は、当ウェブサイトで何度か報告してきたとおりです。
そして、経済の急減速が確実視されるなかにも関わらず、現在、日本政府が検討しているとされる対策は、中小企業への「融資」(!)であったり、子育て世帯への給付金であったり、と、いずれも規模は小さく、方向性も不十分な代物ばかりです。
これについては『今こそ消費税の税率を「引き下げる」決断を!』や『総理、「リーマン級のショック」は生じていますよ!』、『コロナショックへの対応は消費税の減税が手っ取り早い』などで申し上げたとおり、いちばん手っ取り早いのは消費税と地方消費税の税率を抜本的に引き下げることです。
ただ、消費税と地方消費税の税率を引き下げてしまうと、そもそも過去3回の税率引き上げが間違っていたということが露呈してしまうため、財務官僚としては全力でこれに抵抗するでしょう。安倍晋三、麻生太郎の両総理にとっては、第二次安倍政権発足以来、最大の試練に立たされた格好です。
基礎体力がない国はどうする?
それはさておき、米国や日本のように、もとから基礎体力のある国家の場合だと、減税などの形で「真水」を供給すれば、それによって経済が復活を遂げる可能性は十分にあります。しかし、これが基礎体力のない国(とくに新興市場諸国)だと、いったいどうなるのでしょうか。
これを読み解くうえで参考になるのが、「通貨」という視点です。
日本や米国、英国やスイスといった諸国の場合だと、通貨自体が国際的な資本市場で広く取引されています(この「国際的に自由に取引されている通貨」を、当ウェブサイトでは「ハード・カレンシー」と呼ぶことがあります)。
しかし、日本を除くアジア諸国では、多くの通貨は「ソフト・カレンシー」、つまり「国際的に自由に取引するうえで何らかの制約がある通貨」です(円以外のアジア通貨で辛うじて「ハード・カレンシー」と呼べるのは、カレンシーボード制を採用するシンガポールドルと、ドルペッグ制を採用する香港ドルくらいでしょうか)。
そして、「ソフト・カレンシー」国は、自分の国の通貨で外国からモノを買って来ることが難しいため、どうしても運転資金、設備資金を外国の金融機関から「外貨で」借りて来る必要があるのですが、
「ソフト・カレンシー」国の多くは、かつては国内の資本フローが不安定にならないように、資本流入・流出に制限を設けているケースが多かったのですが、昨今、このような資本規制を維持している国といえば中国などに限られています。
逆に言えば、ソフト・カレンシー国でありながら、ある程度は資本の移動の自由が保障されているような国の場合、まさに国際的な投機筋から見れば格好の標的だ、ということです。
いったん切ります…
さて、本稿に続いて「トリプル安にやたらと弱い国」についての議論も続けようとしたのですが、ちょっと文章が長くなり過ぎることが判明しました。
そこで、大変申し訳ないのですが、本稿はいったん上記で終わりとし、続きは(できれば本日中に)掲載したいと思います(もったいぶって大変申し訳ありません)。
現在のところ、タイトルは『米国が為替スワップを「締結しないこと」もメッセージ』を予定しており、記事を公表次第、リンクがつながる予定です。
View Comments (18)
日本から抜けていった金がどこに向かったのか気になる。
匿名様
損失の補填でしょう。
アメリカ市場はバブル気味でした。実態は無くともカネが膨らむのがバブルです。
膨らんだカネの余剰が日本に流れてきていたと思われます。昨今のダウ暴落で発生した損失を埋めるために余剰金を回収したのでしょう。日本への投資は旨味が小さいですから。(安定度は抜群ですが)
元々日本国内では資金は余り気味なので大きな影響は無いと思いたいです。ただ市場の雰囲気は悪いですね。景気は気分ですから。
> 債券安は最近、自民党有志議員からの「全額国債発行でプライマリバランス目標先送り、消費税ゼロを前提とした補正予算提案」という報道による債券増発への警戒によるものでしょう。
この分析だと国際的な債権安を説明できなくて,昨日の債券安の主要原因ではないでしょう。
昨日の世界的な債権安はドイツ銀行がAT1債を償還しない,と発表したために引き起こされたと考えています。契約としてはCoCO債は経営状態が悪い場合,償還義務はなく発行側が強制的に株式に転換できるのですが,当然,投資家が大損をします。そもそも,AT1債が償還できない,ということは,ドイツ銀行の財務状態が非常に悪いことを公言したことになります。
AT1債が償還できないということは,投資家はリスク債権は金利が高くないと購入できないことになります。つられて,信用格付けの低い債権が下落(金利上昇)します。日本国債は海外から見ると格付けが低いのです。ですから,少数とは言え,海外勢が売ると債権が暴落するわけです。
債権じゃなくて債券な。意味が全然違うよ。あとAT1 のコールスキップはドイツソブリンの売り材料だがfixed incomeの売り材料じゃない。
「債権」→「債券」変換ミスです。
投資家心理としては,債券を売って手持ち資金を増やし,短期的に利益が取れそうな株式市場に回したいというこよもあります。債券市場は手持ち減資に対する利益が少ないので。
おはようございます。大変興味深い記事をいつもありがとうございます。
米国ではトランプ大統領が給与税の年内カットを主張されていますが、わたくしは日本では減税はないと思っております。
減税は税金で飯を食う既得権益層から外れた民間の力を増すことになり新興対抗勢力の勃興につながるので、既得権益層に支えられている政治家から減税の話は出ません。特に多選や世襲でがっちり支持層を固めている方ほどそうでしょう。そうしておけば小選挙区比例代表並立制のもとでは落選する可能性がほぼないからです。
現状は、先が見えないなか、レバレッジをきかせて過大な投資をしていた方々が、レバレッジ縮小に走っているのだと考えています。
> レバレッジをきかせて過大な投資をしていた方々が、レバレッジ縮小に走っている
プロの投資家は,こういう短期で乱高下する市場では,大きな利益をあげることが多いです。日本の場合だと,損をしているのは年金基金でしょう。お役所はこういう局面で身動きが取れませんから。
1日の、それも東京時間だけの状況だけを見て「トリプル安だー」というのにあまり意味ないように思います。資金の行き先が迷走しているその一部を切り取っても意味ないなぁと。
また、債券安といってもまだ日銀の誘導目標の範囲内。別に騒ぐことはありません。
日銀にしてみれば、通貨安株安は自分1人で対抗しきれない、通貨安への対抗は「介入」でありそう易々と出来ないといったいった問題がありますが、債券安には日銀が市場の売り注文全てにオファーしてしまっても構わない。そんな市場なわけです。
市場参加者にしてみれば、日銀に存在感を示して雰囲気を変えて欲しい。そんな意味でのちょっとしたお膳立てかもしれません。
週明けあたり10年債プラス金利あたりまでチョロっと行ったところで伝家の宝刀「指値オペ」が炸裂する。そんな予想ですね。
昨晩は、ダウも持ち直しましたが、当面乱高下の株式市場になると思います。
環境が悪くなれば、体力の無い所から、倒れて行くのは世の常。また、体力の無い同士で連鎖するでしょう。
ただ倒れた所が、まだ大丈夫な所に、どんな影響を及ぼすかは、まだ分かりません。
景気は波ですので、回復するはずです。
その時には、以前と環境が変わる事も世の常。
震源地の中国が、株価、人民元共に意外と元気な印象が有ります。EUは、連鎖に巻き込まれる可能性もあります。
となると、日米が生き残らないと、中国の一人勝ちになる可能性もあると思います。
いつも愛読させていただいてます。
この1週間の株安についてはオイルショックと見ています。
ロシアとサウジアラビアが減産に難色をみせたことにより原油価格が下がりました。
アメリカのシェールオイル(シェールガス)の採算ラインは50ドル前後と言われてますから、折からのコロナ騒動により原油需要が減少、さらに原油減産が合意しなかったことから一気に30ドル付近まで下がり採算ラインを大幅に割り込みました。
今後アメリカのシェールオイル会社の倒産が増えるものと思われます。
一般庶民としては原油が安くなった方が色々メリットが多いのですが、世の中はそうではないみたいですね。。。
駄文失礼しました。
こしあんぱん 様
今回のサウジアラビアによる原油増産は、
(1) ロシアつぶし
(2) アメリカのシェールオイルつぶし
(3) 両方
のどれを目的としたものなのでしょう?
横レス失礼します。
サウジのアメつぶしにロシアが乗っかった。あえていうと3に近いですかね?
シェールをつぶしておいたほうが、長期的にはオイルは高くできるので合理的です。
あと、新規投資がしにくい現状でオイル需要を喚起しておいて、新エネ投資もできるだけ先送りさせておきたい、といったところではないでしょうか。
私も横レス致したく。
ロシア潰しというより、ロシアへの牽制に近いのかも知れません。
ロシアとしては、外貨獲得のためにも価格は上げたいが、自分だけが値上げすると輸出シェアが落ちるのでサウジと組んで値上げしたいが、サウジは話に乗らない状況では無いかと考えております。
(サウジはペルシャ湾がアキレス腱なので、ここで引き下がるのは得策ではない)
(1) ロシアつぶし に投票します。
ただし、単に「つぶし」ではなくEU圏にオイルを売りたいでは?
イーシャ様
レスありがとうございます!
私は1)だと考えてます。
ロシアはアメリカのシェールオイル会社を叩いておきたいと言う思惑があると思います。
そのためロシアが減産に反対、ここでは仕掛けたのはロシアですね。
アメリカ(もっと掘り下げるとアメリカのシェールオイルへ投資した会社)は、シェールオイルが儲からなくなるためサウジアラビア(現在親米政権)を通してロシアに報復に出たと考えてます。
ロシアは、1バレル25ドルまでなら問題無いと言ってるので、「かかってこいや!」の状況ですが・・・。
今後この話題は注視していきたいと思います。
駄文失礼しました。
皆様
「 アメリカのシェールオイルつぶし」
これを目にすることも多いのですが、そんなこと、可能なのでしょうか。
シェール企業はたくさん倒産するだろうし、投資家も損をする。
でも、倒産する会社は、捨て値で油井と採掘権を売る。
底値で買った企業は、油価が採算ラインまで上昇すれば、いつでも
採掘を開始する。
シェールオイルつぶしは、自傷でしかないような。
日本はサウジが潰れてもいいように、リスク分散を進めるべき????
減税が難しいならキャッシュレス還元上乗ぐらいは増やせんのかね。