米メディアWSJに珍しく正論が掲載されていました。それは、WSJの名物コラム “Heard on the Street” に掲載された、「日本のセールス・タックス引き上げは日本のすべての経済政策を台無しにする」という記事です。冷静に考えてみれば、消費税の軽減税率の適用を受ける日本の新聞業界が消費増税を批判することなどできっこないというのは当たり前の話かもしれませんが、鳩やヤギにも劣る新聞記者という職業にどんな存在意義があるのかどうか、今ひとつ疑問です。
WSJの珍しい正論
米メディアのウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は「経済紙」を名乗っていながら、日本を「輸出主導国家」と決めつけたり、「日本は財政再建を必要としている」と述べたりするなど、若干、経済についての知見に怪しい部分があると感じていました。
しかし、日本時間の昨日の夕方、名物コラム “Heard on the Street” に掲載された次の記事を読んで、少しだけWSJのことを見直しました。
Tokyo’s Tax Increase Would Undermine All of Japan’s Economic Progress(米国夏時間2019/04/09(火) 03:00付=日本時間2019/04/09(火) 16:00付 WSJより)
記事タイトルに “Tokyo” とあるのは、日本政府のことでしょう(国名や政府をその国の首都名で示すのは、英字メディアではよくあることです)。「日本のセールス・タックスの増税は日本経済のすべての進捗に圧力を掛ける」という主張については、まったくそのとおりでしょう。
もっとも、WSJは「日本の経済指標が悪化している」理由については「部分的には中国の景気減速にある」と述べているのですが、この点については私としてはほとんど賛同できません(理由は『日中関係の重要性は意外と低かった!中国の有効な使い方とは?』をご参照ください)。
それはさておき、WSJは安倍晋三総理大臣が今年10月に「セールス・タックス」(消費税と地方消費税の合計税率)を8%から10%に引き上げようとしている点について、「2014年の増税がリセッションを加速させたこと」を無視していると指摘するのですが、米英経済紙には珍しいほどの正論です。
そのうえで、アベノミクスの第2の矢である「財政出動」が実質的にほとんど発動されていないと述べており、まさにせっかくの日銀による緩和的な金融政策をまったく活かしていない状態だといえるでしょう。
ただ、私がWSJならではと思った視点は、次の下りでしょう。
Tokyo should avoid the mistakes being made in Europe, where a refusal to combat weaker growth effectively leaves macroeconomic policy-making in Beijing’s hands.
意訳すると、
「日本政府は欧州の過ちを避けるべきだ。欧州では経済成長率の低下に対処するための実効的な対策を講じることを拒絶し、いまやマクロ経済政策は北京政府の手に委ねられているからだ。」
といったところでしょうか。
すなわち、欧州は経済回復をマクロ経済政策的な財政・金融政策による自律的な回復ではなく、中国の需要などに過度に依存しているとの批判です。欧州諸国(とくにドイツ)が中国とズブズブの関係にあることを知っていると、おもわず苦笑が漏れます。
GDP債務比率圧縮という「神話」
ところで、日本のGDPに占める公的債務残高比率は200%を大きく超えていて、「国の借金」(?)とやらは1000兆円を超えています。
こうした日本の状況を、「年収の2倍以上の借金を抱えている人」に例える人もたくさんいますし、また、「欧州債務収斂基準」で定められている「公的債務残高GDP比率」(60%)と比べると、異常に高い水準であることは間違いありません。
もし日本がユーロ圏加盟を目指していれば、当然、不合格でしょう(※といっても、ユーロ圏という「沈む船」に、日本がわざわざ乗る必要などありませんが…)。
ただ、それと同時に、「国家は死なない」という当たり前の事実を忘れている人が多すぎるのは困りものですし、財政の専門家であるはずの財務官僚らが、「誰かの借金は誰かの資産である」という、複式簿記の世界の鉄則を無視するのもいただけません。
当ウェブサイトでは何度も申しあげているのですが、一国の経済には大きく「家計」「企業」「政府」などの経済主体があるなかで、日本の家計が1800兆円を超える家計資産を抱え込んでいて、政府債務をはるかに上回っていることを、どうして議論しないのかが理解できません。
要するに、日本円という通貨で表象される金融資産の残高が、金融負債の残高を大きく上回っていて、国内で使い切れないおカネが海外に流出しているのです。
ちなみに対外純資産は300兆円を大きく超えていますが、裏を返して言えば、理屈の上では、国債をあと300兆円増発しても日本の財政は健全さを保つ、という意味でもあります。
日本全体のバランスシート(2018年12月末時点※クリックで拡大、大容量注意)
※上記のPDF版
(【出所】日銀『データの一括ダウンロード』のページより『資金循環統計』データを入手して加工)
日本の新聞が正論をいわない理由
ただ、日本という国が財政再建を必要としていないという点については、本来ならば新聞が主張すべき論点ではないかと思うのですが、残念ながら日本の新聞にはそのような「正論」を述べる能力がありません。
その理由は簡単です。
新聞業界が財務省に飼われる「保護産業」への道を選んだからです(『軽減税率により「保護産業」への道を選んだ新聞業界の自滅』参照)。
以前、元財務官僚の髙橋洋一氏が、新聞記者を鳩やヤギに例えるという記事を発表したことを、当ウェブサイトでは批判申し上げたことがあります(『新聞記者を鳩やヤギに例えた髙橋洋一氏に謝罪を求める』参照)。
鳩は私たちが考えるよりもはるかに賢く、また、ヤギも自分たちが新聞記者ごときに例えられることを嫌がるに違いありません。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ただし、「ヤギは紙を食べる」という言説に対して、「ヤギに新聞紙などを食べさせないでください」という注意書きもありました。
ヤギはどうして紙を食べるの(学研キッズネットより)
どうやら喜んで紙を食べる生き物は新聞記者だけらしいのです。どうかみなさん、ヤギに紙を食べさせないように注意してください。
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更新ありがとうございます
自国通貨建て国債は、
インフレにならない範囲なら
増発しても問題ないと思うんですよね
そこいら辺は、どうなんでしょ?
Wikipediaによれば、「人間のセルロース利用能力は意外に高く、粉末にしたセルロースであれば腸内細菌を介してほぼ100%分解利用されるとも言われている」そうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/食物繊維
これ、すごく心当たりがあります。
私は体重を落とすために、有酸素運動と糖質制限を続けています。米飯や麺類などデンプンを食べない代わりに茹でた野菜を食べてお腹を膨らませています。
例えば、茹でたブロッコリー180gで50kcal。肉か魚を適量(300kcal)と味噌汁(50kcal)で合計400kcal。一日の摂取カロリーは1200kcal。週に三回ほど自転車で30km走って600kcal消費。これを加味すると平均摂取カロリーは1000kcalを切ります。((1200x7)-(500x3)9/7=942.8kcal 適正摂取カロリーの半分で、基礎代謝量(1300kcal)すら下回っています。
これをずっと続けたら痩せ細って死んでしまうはずですが、適正体重まで落ちた後は痩せません。野菜だけにしても痩せません。俺は草食動物になったんじゃないかと思ってググったらコレですよ。
だから人間も紙を食べて生きていけます。
タイポしました
誤: ((1200×7)-(500×3)9/7=942.8kcal
正: ((1200×7)-(600×3))/7=942.8kcal
軽減税率ほ複雑だな。だがインボイスを経験する意味があるのかもね。日本の消費税は欧米のインボイス型付加価値税と違い、増税感が強いわな。
財政を立て直すには税の引き上げほ諸刃の剣。無駄金使いをもっと削減しないとね。統一選挙があったけど、議員歳費なんぞ減らせよと言いたい。もらいすぎだよ。
どの様に考えても今回増税を実施する確率はゼロに近いと思います、今時増税叫んで選挙勝てませんからね。
既に景気は減速に入ってると言う分析も有るようで、国民に罰を与えるような施策で景気が保てる筈が有りませんね。
日本新聞協会に非加盟である、しんぶん赤旗、公明新聞、聖教新聞、日刊ゲンダイ、八重山日報などの動向を見守りましょう。
消費税増税反対なのは私も同じですけど・・・あと300兆円も国債増発して、本当に大丈夫なの、本当に、本当に、大丈夫なの?ってどうしても思っちゃいますよね。
さらに私なんか、深読みして、選挙のために景気よく財政出動したいだけなんじゃないの?
って思ってしまいます。
でも、本当に大丈夫なら、私もこんな嬉しいことはない。
もっと国債増発して、消費税なんか止めるどころか、消費税減税してくれないかなと思ってしまいます。
ただ、ちょっと前に、こんな記事、時事通信が載せてましたよ。
★政府は借金し放題? =「日本が見本」、米で論争
4/7(日) 7:06配信【ワシントン時事】政府はいくらでも借金を増やせる-。
米国で経済学の常識を覆す「現代金融理論」(MMT)をめぐる論争が注目を集めている。
擁護派は、巨額の財政赤字を抱えながらも低金利が続く「日本が見本」と主張。
これに対し、財政赤字が膨らめば金利上昇・景気悪化を招くとの定説を支持する主流派学者は「魔法」とこき下ろしている。
MMTは、自国の通貨を持つ国はいくらでも通貨発行ができると説く。
政府が国債の返済意思がある限り、債務が増えてもデフォルト(債務不履行)は起こらないという。
大規模な財政支出を伴う環境政策「グリーン・ニューディール」を提唱する野党民主党の新星アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員がMMTを支持。
大統領選が来年に迫る中、社会保障拡充案を裏付ける財政論として関心を集める。
MMTを唱える、ニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授は、無秩序な拡張財政で需要が膨れ、インフレが加速する事態を避けられれば財政は破綻しないと強調。「国内総生産(GDP)の240%の債務を抱える日本の事例が重要な見本」と、理論に自信を示している。
これに対し、ノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマン米プリンストン大名誉教授は「理解不能」と批判。
ローレンス・サマーズ元財務長官(ハーバード大教授)も「非主流派学者」による「魔法」と切り捨てる。
日銀の黒田東彦総裁は「極端な主張」と距離を置いている。
米国の政府債務は大型減税後1年足らずで1兆ドル(約112兆円)増え、累計では22兆ドルを突破した。
今後も拡大が見込まれる情勢下、「MMTは財政論ではなく政治理念だ」(FRB=高官)と、冷めた見方もある。
これによると、やっぱり、国債増発は、ヤバくないですか?
でも、クルーグマンって、昔はリフレ派じゃなかったですかね?
主張が変わってますよね。
それとも、ここだけ切り取った偏向報道なんでしょうかね。
黒田さんも、歯切れ悪いですね。
いったい、いくらぐらいまでなら、債務増やしても大丈夫なんですかね。
主さまのように、はっきり300兆円と言えばいいのにね。
あと、こんなブログも見つけました。
三橋貴明さんなんですが、昨日ブログで、この時事通信の記事について、こんなこと言ってます。
三橋貴明さんは、高橋洋一さん、長谷川幸洋さん、上念司さん、同じ種類の人間ですよね。
はっきりいって、このラインの人はみんな嫌いです(笑)
>わたくし共にせよ「政府はいくらでも借金を増やせる」とは主張していません。
「全ての経済(及び政府)は、生産と需要について実物的あるいは環境的な限界がある」は、MMTの基本の一つです。
国民経済の供給能力が足り、インフレ率が向上しない限り、政府は自国通貨建ての国債を発行できるし、中央銀行は国債を買い取って構わないという、単なる事実を主張しているに過ぎません。
つまり、三橋貴明さんと、主さまは、同じ考えと考えていいんでしょうかね。
随分注釈が増えた気がしますけど、これだけ条件つければ、そりゃ国債増発できるでしょ。
(国民の供給能力が足り、インフレ率が向上しない限り、自国通貨建てで)だなんて、条件付けすぎです。
はっきりいって、ズルい(笑)
これだけ条件つければ大丈夫ですよ(笑)
まあ、私なんぞに、偉い学者さんの考えてることはわかりませんので、とりあえず、この中で一番偉いノーベル賞経済学者さんの、「理解不能」に一票入れときます(笑)
「まっつぐ歩けないカニはグルグルまわるのが好き」 メモメモ
僕は増税反対です。そしてインフレも反対です。
僕は資産の運用で生きているから、むしろデフレ気味の方が良いです。
年金生活者の皆さまなどは特に合理的には僕のような方が多いのではないかと思います。
消費税率上げ&法人税下げには賛成です。
法人税収を下げて消費税収を上げねば、有力な国内企業が海外に逃げ出します。
結果として国内雇用は減り、労働単価も下がります。
人によってお立場は違うのでしょうけれども、
目下のところブログ主さまからも読者の皆さまからも、
このような僕の素直な考え方はマイノリティのようです。
集団同調圧力があることは知っています。
が、マイノリティからこのような声が上がってこないのが残念です。
私も投資信託を幾つか買っていますが、適度なインフレの方が好ましいと思っています。
世の中の景気が良くて、株価が上がって、お金を借りたい人が多くて金利が上がって、消費意欲が高まって物価が上がって、これらが加熱しない程度に継続する、そういう状態なら株の配当もそこそこあって、安定した個人年金運用ができると思います。
デフレは人の心を暗くします。
はっきり言って増税に反対です。しかしインフレ率が悪化して、商品が変えなくなるようなインフレは止めてくれと叫びたい。やはり適度なインフレが好ましいと思う。だが現在の財務官僚には、この手の話題は
絵空ごとにしかならず、延々とデフレ政策を継続すると思われます。将来が心配です。
さらに悪いことに、自分では経済どう改革していくべきか、などのアイデアが全く浮かばず、この点も、ブログ主様や阿野煮鱒様などの知識のある方々に考えていただくと良いのですが?
国債が増発するから増税なのではなくて、増税すると実税収が減るという点が問題だと思うのですが、妙な方向に議論を引きずり込まれませんかねえ。
複式簿記の見方からは、国債の大部分が国内で保有されている現状が続く限り、国単位で見た赤字は存在しないという理屈。これは、貸方である国民が借り方の破産を望むはずがないから、国債の償還への対応は単に借り換えで済ますことができるという、最近よく見かける財政赤字に関する楽観的言説の一つ、あるいはそれを補強するものと思うが、果たして問題なしといえるのでしょうか? 日本国政府が対GDP比200%超という巨額の債務を抱えることがこれだけ周知のこととなって時間も経過しているのに、一向に日本円の暴落も起きず、日本国債は史上で低利でさばけており、信用不安が起きる気配がない。国際経済の立場からは、新宿会計士さんの説明がその理由になっている点には同意します。だけど、国内経済への影響となると、そんなにのんきに構えていて大丈夫なのかと心配になるんですが。税金と違って、国債は購入者にプレミアム=配当を付けてこそ政府の懐に入るもの。この分は納税者から直接購入者にわたる。つまり、国債に頼る財政を続けていくと、税金として国民から徴収した金の一部が、国債を買う余裕のない層から国債を買うことで資産の保全を図る層へ自動的に移転されることを通じて、富の偏在を助長する効果を生じるんではないかと危惧するんですが、そこのところはどうでしょう? たしかに消費税についても逆進性が言われます。しかし、国債の保有層が実質的に税負担をあらかじめおまけしてもらっているという考えが的を得ているとするならば、考えようによっては、まだしもマシだという気もするんですが、いかがでしょう?