「自己責任」の問題では済まされない北朝鮮旅行者問題の本質
週末、日本人男性が北朝鮮当局に拘束されたという報道がありました。ただ、考えてみれば、北朝鮮はテロ支援国家であり、そんな国にノコノコと出掛け、観光してカネを落とすということ自体、極めて非常識な行為です。個人の権利よりも公共の福祉、日本の国益の方がはるかに大切です。軽い気持ちで北朝鮮旅行をしようとする人は、立ち止まって思い直してほしいと思います。
目次
2018/08/14 12:00追記
本文中の誤植を修正しました。コメントでご指摘くださいました「ぶたさん」様、ありがとうございました。
北朝鮮による日本人拘束事件
当ウェブサイトをご愛読いただいている方ならご存知だと思いますが、北朝鮮で週末、日本人男性が拘束されたようです。次の産経ニュースを含めた、複数のメディアの報道によれば、拘束されたのは滋賀県出身の「映像クリエーター」(39)だとしています。
滋賀県出身の映像クリエーターか 北朝鮮の日本人男性拘束問題(2018.8.12 06:46付 産経ニュースより)
ところで、複数のメディアはこの男性の職業を「映像制作の仕事に関わっている」などと報じていて、中にはこの男性が「北朝鮮西部の港湾都市・南浦で軍事施設を撮影していた疑いが掛けられている」といった報道もあります。
ただ、北朝鮮では外国人旅行者が街を出歩くにも監視員が付くほど厳しく統制されるため、こうした監視員の目を振り切って、軍事施設の撮影をしていたと考えるのは、やや不思議な気がします。こうしたなか、次の『ニコニコニュース』によれば、拘束された男性が「ユーチューバー」ではないかとの報道もあります。
日本人男性が北朝鮮で拘束される ユーチューバーかと噂されるが?(2018/08/13 00:37付 ニコニコニュースより)
ユーチューバーとは、自分自身で動画を撮影して動画サイト『YouTube』にアップロードすることで生計を立てている人のことだそうです。そして、YouTube上ではアクセス数や動画再生回数でアップロード者が評価される仕組みとなっています。
もちろん、現在の報道内容だけだと事実関係はよくわかりませんが、YouTubeでは旅行動画は人気ジャンルの1つであるという点を踏まえるならば、「北朝鮮に行ってみた」などの動画が人々から注目されやすいのは間違いないでしょう。
軽々に事実関係を断定することは避けるべきですが、人々から注目されるために、「あえて大胆なことをする」というユーチューバーもいることも事実です。あくまでも可能性の議論としていえば、「北朝鮮」+「大胆なこと」という組み合わせで、アクセス数を狙おうとしたというのは有力な仮説ではないかと思います。
国益に反する北朝鮮旅行
日本人の渡航が望ましくない理由
もちろん、この人物が「ユーチューバー」なのかどうかは現時点ではよくわかりませんし、本当に北朝鮮の軍事拠点を撮影していたのかどうかも断定できません。ただ、1つだけ間違いなく言えることは、この段階で日本国民が北朝鮮に入国することは、そのこと自体が日本という国の国益に反している、という点です。
日本政府は、『わが国独自の対北朝鮮措置』に基づき、北朝鮮に対して強い圧力を掛ける必要があることから、日本人に対しては「海外安全情報」サイトで、北朝鮮については目的のいかんを問わず、「渡航自粛」を勧告しています。
一方で、昨年9月の核実験以降、国連安保理が北朝鮮に対する制裁の強化を決定しました。実際に北朝鮮が韓国からの首脳会談の要請を受けた点や、韓国を経由して北朝鮮が米朝首脳会談を求めて来た点を踏まえると、北朝鮮経済も相当に疲弊していると考えられます。
こうした中、北朝鮮としては自国に対する経済的圧力をかわすために、使えるあらゆる手段を使ってくることは目に見えています。当然、今回の日本人男性の拘束も、おなじ文脈で捉えるべき筋合いのものでしょう。
何より、北朝鮮の独裁者の立場にあれば、自国にノコノコ入国して来た日本人旅行者がいれば、日本政府を相手に「経済制裁緩和」「身代金」などの交渉材料にするために、何らかの理由を付けて拘束するというのは自然な発想です。
北朝鮮が日本に工作員を侵入させて、無辜の日本国民を拉致して北朝鮮に監禁していることや、麻薬製造、保険金詐欺、贋札などの犯罪を国家として実行していることを忘れてはなりません。そんな国に観光旅行に出かけ、カネを落とすのは、犯罪国家である北朝鮮を助けているのと全く同じことなのです。
禁止手段が旅券法くらいしかないのは問題
ただ、日本政府が個別の日本人に対して、「危ないからその国には渡航するな」などと命じることは、非常に難しいのが実情です。
この点、例外的に日本政府が対抗できる手段が、旅券(パスポート)法です。
旅券法 第19条第1項
外務大臣又は領事官は、次に掲げる場合において、旅券を返納させる必要があると認めるときは、旅券の名義人に対して、期限を付けて、旅券の返納を命ずることができる。
四 旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合
五 一般旅券の名義人の渡航先における滞在が当該渡航先における日本国民の一般的な信用又は利益を著しく害しているためその渡航を中止させて帰国させる必要があると認められる場合
旅券法(第19条第1項)によれば、本人の生命や身体、財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合や、その渡航先に滞在することが日本国民の一般的な信用、利益を著しく害するときには、「いつまでに旅券を返納しなさい」と命じることができるのです。
この旅券法に基づく返納命令が出された事例としては、シリアでの取材を計画し、外務省から旅券返納命令を受けた新潟市の杉本祐一氏(61)の事件が有名でしょう。同氏はこれを不服として訴訟を起こしましたが、今年3月に訴訟で敗訴が確定しています。
旅券返納命令受けたカメラマンの敗訴確定、返納の取り消し認めず 最高裁(2018.3.16 22:11付 産経ニュースより)
杉本氏側の言い分は、外務省から旅券返納命令を受け、シリアに渡航できなかったことは、「憲法が保障する渡航や報道の自由が侵害された」とするものです。しかし、東京地裁の1審判決は「渡航の自由は公共の福祉のために制約を受ける」と判断。高裁、最高裁もこの考え方を支持しました。
とても当たり前の判決だと思います。
彼がシリアに渡航し、万が一、テロ組織に身柄を拘束されれば、そのことで「日本国民の税金で雇われている公務員」である外務省の職員が対応に追われます。杉本氏は自分の行動で日本政府、ひいてはすべての日本国民に迷惑を掛けようとしたものであり、それを禁じられても文句を言うべきではありません。
ただ、現実には杉本氏に発せられた旅券法第19条第1項第5号に基づく措置は「初の命令」(産経ニュース)であり、実務的には非常に難しいのが実情でしょう。
無理やり禁止すべきかもしれない
「自己責任」という無茶な理論
いずれにせよ、日本の外務省にできることといえば、せいぜい「渡航自粛勧告」を発することと、旅券法に基づくパスポートの返納命令を出すことくらいであり、日本国民が本気で危ない場所に行こうとした時には、それを止める手段が非常に限られているのが実情です。
これについて、「北朝鮮は危険な場所だとわかっていて、自己責任で行くのだから日本政府は止めるべきではない」と主張する人もいますが、こうした認識は大間違いです。そもそも渡航自粛勧告が出されている場所にわざわざ出かけるという時点で、非常識だと考えるべきでしょう。
なにより、北朝鮮観光をして、北朝鮮にカネを落とせば、そのカネが巡り巡って北朝鮮という犯罪国家の運営に使われるのです。あなたが北朝鮮に行くことで、そのカネの一部が核兵器の開発に使われ、将来、その核兵器が日本に撃ち込まれるのだとしたら、それはあなたが危機を招いたのとまったく同じです。
また、「渡航自粛勧告が出されている場所に出掛ける」という行為をしていると自分で分かっているのなら、絶対に拘束されないように、細心の注意を払うのは当然のことですが、それでも相手は北朝鮮という、常軌を逸した犯罪国家です。
当然、今回の「日本人男性が北朝鮮当局に拘束された」という事例のように、外国で邦人の身に危険が迫っているような場合には、日本政府には情報収集などの対応に追われますし、近隣の大使館や領事館はその対応に忙殺されます。
「自己責任」では済まされない、大迷惑を日本全体に及ぼすことになるのです。
何らかの立法措置が必要だ
もちろん、大多数の日本人は善良であり、きちんと法律を守って暮らしていこうと考えているはずです。しかし、日本の人口は1億人を超えており、なかには変な人物がいても不思議ではありません。せめて「政府が指定する国に出掛けただけで違法行為として罰することができる」という法律を作るべきでしょう。
つまり、旅券法に基づく返納命令や、海外安全情報ページを通じた渡航自粛勧告ではなく、「日本国の旅券保持者が北朝鮮に渡航したら、それだけで科料の制裁を受ける」、といった措置が必要ではないでしょうか?
あらかじめ、政令か外務省令などで「この国・地域に渡航したことが判明したら、刑事罰や行政罰が科せられる」という地域を指定しておき、たとえば本人が帰国した際に、パスポートにその国・地域への入国記録があれば、その場で逮捕される、という方法が考えられます。
もっとも、北朝鮮の場合はパスポートに入国スタンプが押されないらしいので、こうした法律を作ったとしても、実効性には乏しいかもしれませんが、それでも「変な国に入国しよう」と思っている者に対する牽制にはなると思います。
旅行好きの立場からの苦言
私自身、旅行は大好きです。
学生時代や独身時代には、格安航空券を購入しては、しょっちゅう、さまざまな国に出掛けていました。家庭があるとなかなか旅行はできなくなりますし、とくに海外旅行は非常にハードルが高いので、独身時代にあっちこっち行っておいて、本当に良かったと思います。
ただ、日本人の矜持として、日本国民であれば入国してはならない国があることは間違いありません。2004年には、日本人青年の香田証生(こうだ・しょうせい)氏(当時24歳)がイラクで拘束され、殺害されるという衝撃的な事件が発生しました。
この時にも感じたのですが、日本政府、日本の外務省などの支援が及ばない地域にわざわざ出かけることは、非常に危険な行為であるだけでなく、日本政府そのものの手を煩わせることになりかねない、ということです。
実際、香田氏はイラクの武装勢力から「イラクからの自衛隊撤退」を要求され、当時の小泉純一郎首相はこの要求を断ったのですが、その際、「国益の名のもとに、自己責任という理由で若い青年を犠牲にすることは許されない」といった批判が小泉首相に寄せられたことも事実でしょう。
当然、人命は大切ですし、たとえ自ら危険を顧みずに死地に飛び込んで行った旅行者がいたとしても、日本政府としてはその旅行者の救済に全力を尽くすべきではありますが、やはり限界はあります。
私自身、旅行好きの立場から言わせていただくと、海外に旅行に行くにしても、日本という国に生まれ、育ち、この国で暮らし、日本のパスポートを所持している以上、日本という国から莫大な恩恵を受けているということを忘れてはなりません。
今回の北朝鮮当局に拘束された旅行者の無事を祈りたいところではありますが、それと同時に、日本国のパスポート保持者が北朝鮮にノコノコ出掛ける時点で、「自己責任」では済まされないほどの迷惑を日本に及ぼしているということを意識すべきです。
軽い気持ちで北朝鮮に旅行しようと考えている人も、どうかご自身が、日本という国に莫大な不利益を与えようとしているという事実を重く受け止めて頂きたいと思います。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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新宿会計士様、いつも知的好奇心を刺激する記事を配信していただき、ありがとうございます。
北朝鮮に日本人が旅行できるとは、思ってもいませんでした。色々な意味で日本は、自由な国なのですね?
北朝鮮に行こうと思う人がいるとは、理解不能です。
「自己責任」以外の何ものでもないと思います。
それと、私ごときが、ご指摘するのもまことに恐縮なのですが、本文中
「北朝鮮が日本に工作員を侵入させて、無辜の日本国民を拉致して北朝鮮に換金していることや、」
の
「北朝鮮に換金していることや、」
は、「北朝鮮に監禁していることや、」の変換間違いではないでしょうか、ご確認をお願いいたします。
ぶたさん 様
いつもコメントありがとうございます。ご指摘箇所につきましては修正いたしました。
ご指摘、大変ありがとうございました。
今後ともご愛読ならびにお気軽なコメントを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
< 更新ありがとうございます。
< 滋賀県出身とされているこの「映像クリエーター」さんは勝手に入国したんだから、極論に近いですが、ほっときゃいいでしょう。
< 南北朝鮮や北東アジア情勢に疎い(であろう)米国人なら、ワームビア氏のような行動をする人がいても、仕方ないなと思います。
< しかし、40歳近い日本人なら、北がどんなトコかは知っているでしょう。虎やクマは出ないけど、もっと怖い連中、日本人とみたら『上客』で、100億円ぐらい吹っかけてくる。行ってはいけない国。自業自得、日本にSOS求めるな。
< それでなくても『日本人』なら待ってましたー!なのに。今、日本国はしょうもない事で北朝鮮、韓国に借りは作りたくないんだ。
< 国、政府に多大な迷惑掛けてるの、分からんかな。40歳前にもなって。強制労働でも強化所にでも、入ってなさい。或いは最悪も覚悟せよ。
以上。
ユーチューバーというのはどうですかねえ。
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12136-071292/
http://news.livedoor.com/article/detail/15158224/
こんな時に年間一億円の経費を払っている共同通信平壌支部が仕事してくれないとw
お盆と言うこともあって大手マスコミの動きはにぶいですね。
先週貴サイトに接して以来、大いに楽しみつつ片っ端から拝見しております。
日本国旅券の3ページには「渡航先」として”This passport is valid for all countries and areas unless otherwise endorsed”(本旅券は、追記ある場合を除き全ての国と地域において有効である/私訳)との文言がありますが、ある時期までは”except for North Korea (Democratic People’s Republic of Korea)”(但し北朝鮮を除く)との文言が直後に記されていました。
復活させることを検討してもよいかもしれませんね。
ちなみに、私が現在住んでいるマレーシアの国民が所持する旅券には”This passport is valid for all countries except Israel”と記されています。