アジア通貨危機の原因と教訓
1997年7月に発生したアジア通貨危機から20年が経過します。本日は短いなりにも、アジア通貨危機の経緯を簡単に振り返っておくとともに、通貨危機の教訓と、次に発生する通貨危機に関する「予言」をメモ書きにしておきたいと思います。
目次
アジア通貨危機から20年
アジア通貨危機とは?
今年はアジア通貨危機が発生してから、ちょうど20年の節目です。これは1997年7月から1998年ごろにかけてASEAN諸国と韓国を直撃した危機です。この危機に直面した諸国では、通貨の価値が急落し、銀行や企業の倒産が相次ぐなどしました。
私たちは、ともすれば、「国は絶対に潰れないだろう」、「大企業に入れば一生安泰だ」、などと思ってしまうかもしれません。しかし、最近だと、某大企業が相次いで、粉飾決算や大型リコール事件などの不祥事により、経営破綻の危機にあります。アジア通貨危機の事例を研究すれば、国家単位であっても経済破綻することがあり得るということがよくわかります。
ここで、簡単にアジア通貨危機の経緯を振り返っておきましょう(図表1)。
図表1 アジア通貨危機の経緯
時点 | 出来事 | 備考 |
---|---|---|
1997年7月2日 | タイの通貨・バーツが実質ドル・ペッグからフロート制に移行 | タイの通貨当局が使用可能な外貨準備の急減によりドル・ペッグが維持できなくなったため |
1997年7月初旬 | タイの通貨・金融市場の混乱が周辺国に波及 | 主な波及国はインドネシア、マレーシア、フィリピン |
1997年7月11日 | インドネシアが為替バンドを拡大、フィリピンが為替バンドを撤廃 | インドネシアは8月14日にフロート制に移行 |
1997年7月中 | タイの通貨・金融市場の混乱が拡大 | 限定的ながらもシンガポール、台湾の通貨が下落 |
1997年10月下旬 | アジア通貨危機が韓国に波及 | 韓国ではそれ以前から大手財閥の経営破綻が発生していた |
(【出所】『アジア通貨危機に学ぶ―短期資金移動のリスクと21世紀型通貨危機―』(財務省「外国為替等審議会」)より著者作成)
報道等を眺めていると、アジア通貨危機とは「通貨ポジションが脆弱だった国を投機筋が攻撃し、通貨が暴落して、一部の国はIMFの支援を受けた事件」とされているようですが、その内情はもう少し複雑です。財務省「外国為替等審議会」が公表する『アジア通貨危機に学ぶ―短期資金移動のリスクと21世紀型通貨危機―』という報告書を読んでみると、何もないところで通貨危機が発生したわけではありません。通貨危機に至るまでに、何らかの「伏線」があるのです。
タイの通貨危機の5要因
まず、タイについて眺めてみましょう。同報告書が指摘するタイの通貨危機の発生原因は、大きく分けて次の5点です(図表2)。
図表2 タイの通貨危機の原因
通貨危機の原因 | ポイント | 備考 |
---|---|---|
①為替の過大評価 | タイ・バーツがドルに対して過大評価だった | 通貨高により輸出競争力が損なわれた |
②巨額の経常収支赤字 | 1995年以降、経常収支の赤字が高水準で推移していた | 急激な経済成長による労働コスト上昇に産業構造の転換が間に合わなかった |
③短期外貨資金の流入 | 低金利の先進国から高金利のタイに短期外貨資金が大量に流入していた | 投機資金は不動産市場等に流入し、資産バブルが形成された |
④金融機関の破綻 | 1996年春以降、一部金融機関の経営破綻が表面化し始めた | 金融機関の情報開示が不十分だったことも金融セクターへの不信感を強めた |
⑤投機資金による売り圧力 | ヘッジ・ファンド等の投機資金による先物売りの圧力が高まった | 通貨当局としても市場圧力に抗しきれなくなった |
(【出所】前掲書より著者作成)
同報告書が「通貨危機の原因だ」として列挙している要因は、私に言わせれば、やや分析は甘く、また、必ずしも原因とは言えない項目も紛れています。とくに、上記②と③については、「貿易・所得収支の赤字を短期外貨資金の流入で埋めた」という意味であり、別々の原因というよりはむしろ、セットで議論すべきものです。
ただ、当時のタイが抱えていた、「外貨不足」「高度成長に伴う労働コストの上昇」「先進国の低金利と国内の高金利」「投機資金の流入」という特徴は、いずれも現代のインドや中国に、そのまま当てはまります。現在の中国は資本移動を自由化しておらず、また、経常収支は黒字基調を維持しているという違いがありますが、それでも、通貨危機の重要な特徴がそのまま当てはまることに、私は新鮮な衝撃を受けてしまいます。
インドネシアの深刻さ
同レポートによれば、タイ発の通貨危機により、最も深刻な状況となったのはインドネシアです。同国の通貨・ルピアはタイ・バーツ以上に下落し、
- 民間の対外外貨建て債務負担の増加
- 対外債務の返済能力に対する市場の不安心理
- ルピアのさらなる下落
という悪循環を招いたのです。
ここで、すこし補足しておきますと、「民間の対外外貨建債務負担の増加」とは、為替レートが切り下がった時に常に発生する問題点です。
たとえば、1ドル=100円の時点で、100万ドルのお金を借りたとします。100万ドルの借金を円に換算すれば1億円です。しかし、その次の日に、通貨が暴落し、1ドル=200円になれば(この場合は円安)、この人の借金は100万ドルのままで変わりませんが、円に換算すれば2億ドルに倍増してしまいます。これが「通貨安による債務負担の増加」です。
インドネシアは結局、10月31日に国際通貨基金(IMF)との間で「経済調整プログラム」に合意。IMFの支援を受け入れることになりましたが、それでも市場の不安は収まらず、翌1998年1月15日にはIMFとの救済措置を改定せざるを得なくなります。同報告書によれば、
「全体像の把握がより困難な企業の外貨建て債務が主たる問題となった」
としていますが、いわば、「どの企業がどれだけの外貨建て債務を負っているか、よくわからない状態」だったことで、市場が疑心暗鬼になった格好です。
また、報告書には記載されていませんが、インドネシアでは1967年から約30年間、スハルト大統領が事実上の独裁体制を敷いていました。これが有名な「開発独裁」ですが、独裁政権は必然的に腐敗を招きます。おそらく、スハルト体制という権力に近付くことで「甘い汁」を吸っていた業者も、かなり存在していたのではないでしょうか?
このあたりも、本当の不良資産総額がいくらなのかよくわからない現在の中国と、状況は非常に良く似ていると思います。
もっとも、インドネシアの通貨の暴落を食い止めたのは、日本でした。1998年3月に橋下龍太郎首相(当時)がインドネシアを訪問し、これをきっかけに、IMFとの政策プログラムの修正・強化について協議が進展したためです。
また、実際には効果がなかったものの、日本政府・財務省は1997年11月3日以降、5回にわたって、合計で693億円相当のインドネシア・ルピアの買い支えを行っています(米ドル売り・インドネシア・ルピア買い、情報源は財務省が公表する『外国為替平衡操作の実施状況』)。
韓国への波及
ところで、最初は東南アジアを襲った通貨危機も、なぜか同年10月下旬には韓国に波及します。
同報告書は「インドネシア等と韓国とでは、通貨危機発生の要因は異なる」と指摘しています。というのも、韓国では通貨危機の発生以前から、「財閥主導の過剰な投資」、「それを支えた銀行融資の不良債権化」などの問題が表面化していたからです。
わかりやすく言えば、経済運営に失敗して自爆していたところに、アジア通貨危機の波に襲われた、といったところでしょうか。
韓国では財閥の経営の行き詰まりが次々と表面化し、さらに、ノンバンクの短期外貨調達という構造の無理がたたって、極端な外貨不足に陥ったのです。つまり、冷静に眺めてみると、「アジア通貨危機が韓国に波及した」というよりは、「韓国が経済運営に失敗していたところに、たまたまアジア通貨危機が発生し、投機資金が韓国から逃げた」というのが実情に近いでしょう。
韓国は当初、外貨準備から民間企業への支援を行ってきましたが、最終的には外貨準備が底を尽きかけ、IMFの支援とともに、日本の主要民間銀行が韓国向けの短期融資を長期化するなどの支援を行ったことで、韓国はようやく危機を脱却したのです。
通貨危機の教訓とは?
私は自分自身のことを「金融規制の専門家」と称していますが、そもそも、金融規制は金融危機とセットで議論する必要があります。したがって、私は昔から、こうした金融危機、通貨危機についての分析を行っており、規制の裏側でどのような危機が発生したかについて、現在、整理・分類を行っている最中でもあります。
こうした中、アジア通貨危機から20年を迎える節目でもあるため、「通貨危機の教訓」についてまとめておきましょう。
通貨危機が発生する条件
さて、「通貨危機」という言葉に明確な定義はありませんが、ここでは便宜上、「ある国の通貨自体が国際的な金融市場から信認を失い、その国の通貨が暴落し、国家破綻の危機に瀕すること」とでも定義しておきましょう。
ただ、日本のような「純債権国」の場合、自国通貨(日本円)が暴落したところで、国家が破綻するということは考え辛いのが実情です。もちろん、石油は米ドル建てで取引されているため、外国から石油を調達するコストが上昇してしまいます。しかし、日本の場合はむしろ、外国に対してお金を貸している立場です。
財務省が保持する外貨準備に限っても137兆5509億円(2017年3月末時点)という巨額に達するため、たとえば1ドル=220円程度にまで為替が暴落すれば、むしろ外貨準備の円換算額が約2倍に増えてしまいます。
さらに、日本の通貨である日本円は、国際的な「ハード・カレンシー」でもあり、BIS統計上も外国為替市場におけるシェアは世界第3位に達しています(※OTCデリバティブ等の想定元本相当額も含みます)。
このため、現在の状況だと、日本に通貨危機は発生しないと考えても差し支えないでしょう。
逆にいえば、通貨危機が発生する条件を列挙すると、次の通りだと思います(図表3)。
図表3 通貨危機が発生する条件
条件 | 概要 | 備考 |
---|---|---|
通貨がソフト・カレンシーであること | その国の通貨がソフト・カレンシーであり、国際的な経済活動をする際に、外貨での資金調達が必要であること | ソフト・カレンシーとは、国際的に通用しないローカル通貨のこと |
外貨借入が存在すること | 実際に外国から資金を借り入れていること | 特に短期借入に頼っている国は非常に危険度が高い |
情報開示が不十分であること | 企業会計やその国の当局が公表する統計に信頼性がないこと | 複雑な株式持ち合い構造などがみられる国は特に危険 |
どれも考えてみれば当たり前の話です。
まず、その国の通貨自体がソフト・カレンシーであれば、国際的な経済活動を行う場合に、自分の国で活動を行うことができません。日本の通貨・円は、アジアの中では国際的な通用度が最も高いですが、国際的な金融市場では米ドルの通用度の方が遥かに高く、また、アジア諸国では米ドルが広く通用します。
次に、その国が外国から外貨でお金を借り入れている場合には、お金の借り換えができなくなったときに経済破綻しやすくなります。たとえば、中国当局が過去に何度も「熱銭」(ホット・マネー)を規制しようとしていますが、これも、足の速い短期投機資金が流入すれば、通貨危機が発生しやすくなることを、中国の金融当局が懸念しているためでしょう。
さらに、情報開示が不十分だと、なにかパニックが発生した時に、国際的な金融市場から見放されやすくなります。わが国にも、多くの連結子会社を抱え、連結財務諸表が複雑な会社は存在しますが、いったん経営が傾くと、あっという間に人々の信頼を失ってしまいます。先日から不正会計事件で騒がれている某総合電機企業大手がその典型例でしょう。
次に通貨危機を起こす国はどこか?
こうした中、国際的な金融市場では、通貨危機が10年に1度程度は発生しているという事実を忘れてはなりません。
例えば、1990年代以降に限っても、1995年には「女王陛下の銀行」ともいわれたベアリングス銀行が経営破綻しましたが、これは、シンガポール支店に在籍していたニック・リーソンなるトレーダーが発生させたデリバティブ取引の失敗によるものです。しかも、巨額損失を発生させたのは、エキゾチック系のデリバティブではなく、シンプルな日経平均先物だったそうであり、初歩的なVaR(バリュー・アット・リスク)の管理はおろか、マージン管理も行っていなかったのが呆れます。
また、さきほど例に挙げた1997年のアジア通貨危機もそうですが、2008年にはリーマン・ブラザーズが経営破綻を起こしました(日本語でいう「リーマン・ショック」、英語ではfinancial crisis)。実は、その少し前から、米国ではサブプライム・ローン問題が深刻化していたのですが、住宅バブルの崩壊がなぜ全世界に波及したのかといえば、その正体はCDSや証券化エクスポージャーにありました。
さらに、G20では「大きすぎて潰せない銀行」問題に対応するために、TLAC(Total Loss Absorbing Capacity、総損失吸収力)規制を導入しましたものの、その裏でIFRS(国際財務報告基準)の金融商品会計があまりにも「ザル会計」過ぎるため、おそらく私は近い将来、ドイツあたりが発火点になった「第二次リーマン・ショック」が発生すると考えています。
金融危機と通貨危機
1997年のアジア通貨危機、2008年のリーマン・ショックの教訓を眺めれば、私はごく近い将来、「IFRS・ユーロ圏崩壊危機」が発生するのではないかとの懸念を抱いています。実は、これこそ、私が以前勤めていた会社を辞め、自分で会社を興した理由なのです。
いずれにせよ、金融危機と通貨危機については、極めて奥の深いテーマでもあります。私は時間が許す限り、金融商品会計と金融規制について議論をしていきたいと思います。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
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金融専門家様にこのワードでコメントするのは既に「怖気付いている」のですが、トーシロの戯言としてお聞き流しくださいませ。私、実は、この「厄介な隣国(韓国)」に過去3度、訪れています。…で、当時、確か「100₩=10円」くらいで、ソウル等、市井のお店で1000₩とあったら日本円で100円くらいの感覚(つまり1/10位)、であったと記憶しています。…その後、爆発的発展を遂げた(…と称している、ので仕方なく…)のであろうカノ国の現在の「₩≒\ RATE」は、どうにも辻褄が合わないのです。普通、国の発展とは通貨価値の上昇と同列でリンクするはずなのではと思うのです。昔、日本円はその価値がボロ〇ソで、1米$買うのに360円も出さなければ買えませんでした。今はそれがほぼ100円で買えます。管理者様には毎日の更新、感謝申し上げますと共に、機会が御座いましたら、この「通貨価値」の正体について、ご教示願えれば幸いです。