欧州について論じる意味

日本時間の本日から、米国ではトランプ政権が始動します。その一方で、欧州ではユーロという通貨の制度矛盾や難民問題などから、何かときな臭い匂いが漂ってきます。「欧州危機」については私のライフワークのようなものとなっていますが、本日は「今、欧州について論じる意味」に関する「議論のたたき台」を提示したいと思います。

今、ヨーロッパについて論じる意味

当ウェブサイトでは取り上げたい話題が多数あって、順番に少しずつこなしている状況にあります。折しも、日本時間の本日、米国でトランプ政権が始動します。こうした中、トランプ政権がどのような対外政策を取るのかが気になるところであり、当ウェブサイトでも順次、取り上げていきたいと考えているのですが、本日は少し「回り道」をして、ヨーロッパについて解説を加えてみたいと思います。

なぜなら、トランプ政権が成立した深層にあるのは、人々の「グローバル化」に対する違和感であり、そして、米国よりもさらに「グローバル化」が進んでいる欧州の事例をまとめておくだけでも、情勢の理解に役立つからです。

本日は、「ヨーロッパ問題」のとっかかりとして、「ヨーロッパ」が「複雑化」している、という問題点を取り上げておきたいと思います。

ヨーロッパという「問題」

普段は経済や国際政治に全く関心がないという方でも、「驚いた!」という方が多かった問題があります。それは、英国の欧州連合(EU)からの離脱(俗にいう「BREXIT」)です。

私は、このBREXITについては、直接、大きな問題をもたらすものではないにせよ、欧州にとっては一つの「転機」となったことは間違いないと見ています。

3つの「欧州」

ところで、少し国際政治に詳しい方からすれば、「欧州」といえば「統合」という言葉を思いつく方も多いでしょう。実際、地図を広げてみると分かりますが、欧州には小さな国が多く、国境の行き来が自由でなかったとしたら、不便なことこの上ありません。そこで、欧州の場合は、特に第二次世界大戦後に時間をかけて、徐々に国境をなくすという方向に舵を切ったのです。

ただ、「主権国家」という制度を維持したままで、少しずつ「統合」をするのですから、いくつかの矛盾も出てきます。その最たるものが「ユーロ」という通貨にあるのですが、他にもいくつかの特徴があります。

そこで、欧州を見るときには、次の「3つの視点」が重要です(図表1)。

図表1 3つの欧州
主体概要加盟国
欧州連合(EU)主に政治・金融・社会体制などの統合体英国含め28カ国
ユーロ圏加盟国が同じ通貨「ユーロ」を利用する仕組みEU加盟国のうち19か国
シェンゲン協定協定締結国同士、原則として自由に行き来できる仕組み非EU国含め26カ国

例えば、ドイツは「EU加盟国・ユーロ使用国・シェンゲン協定加盟国」ですが、ノルウェーは「EU非加盟国・ユーロ非使用国・シェンゲン協定加盟国」です。ややこしいですね。

まず、「EU加盟国」という点については、それほど説明は必要ないでしょう。英国が「離脱する」と宣言したのは、このEUです。しかし、実は、英国はもともと、「ユーロ」と「シェンゲン協定」には加盟していませんでした。

この「ユーロ」とは、EUに加盟していて、なおかつマーストリヒト条約上、「GDPに対する財政赤字基準」などの要件を満たした国が加盟できる通貨です。ユーロ圏に加盟すれば、自国の通貨を廃止し、共通通貨であるユーロを利用することになります。ただし、その国は通貨の発行権を失ってしまいます。このため、ギリシャのように「国債のデフォルト」が発生するという、前代未聞の「椿事」が発生します。

さらに、「シェンゲン協定」については、欧州に詳しくない人からすれば、「初めて耳にした」という方もいらっしゃるでしょう。この協定は、「シェンゲン協定加盟国相互間で国境検問をなくし、自由に行き来できるようにする」というもので、EUに加盟していないスイスやノルウェーなどが参加している一方、EUに加盟しているはずの英国は参加していません。

グループA:すべてに参加している

では、考えられるパターンを列挙してみましょう。

EU、ユーロ、シェンゲン協定のすべてに参加している国(以下の17カ国)です。

イタリア、エストニア、オーストリア、オランダ、ギリシャ、スペイン、スロバキア、スロベニア、ドイツ、フィンランド、フランス、ベルギー、ポルトガル、マルタ、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク

これらの国は、完全にユーロ圏にあり、人や物流の往来も自由です。しかし、これらの国は「国家主権」を放棄していません。したがって、2008年の金融危機の大混乱や2009年のIFRS9粉飾決算事件、さらには2010年以降の南欧危機、2014年以降の難民危機は、いずれもこうした欧州における、通貨、物流、財政、社会全般、入出国管理などの矛盾によってもたらされたと見て間違いではありません。

グループB:ユーロには参加していないが、他の協定には参加している

一方、欧州の混乱から若干距離を置いているのが、「ユーロ」への参加を見送っているグループ(以下の5カ国)です。

スウェーデン、チェコ、デンマーク、ハンガリー、ポーランド

これらの国は、物流自体はユーロ圏と寸断されていませんが、独自通貨を採用しているため、ERMⅡに参加しているデンマークを除いて、少なくとも金融政策については独立を保っています。

グループC:EU自体に加盟していないシェンゲン国

さらにEUから距離を置いているグループが、「EU自体に加盟していない」が「シェンゲン協定には加盟している」という国で、このグループは次の4カ国です。

スイス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン

ただ、これらの国も、欧州との距離は非常に近いため、しばしば欧州の混乱に巻き込まれます。

例えば、アイスランドは2008年の金融危機の際に、国家の金融システムが「実質破綻状態」となりましたが、これは同国の銀行が英国などの預金者からお金を集めて外債運用などを行い、投資に失敗したことが原因です。

また、スイスの場合は周囲をユーロ圏に囲まれているため、猛烈な資本流入に悩まされています。このため、2012年から2015年にかけての3年間、世界でも例がない「金融政策」「通貨防衛」の両立を図る金融政策を画策したものの、結局は資本流入圧力に負けて「1ユーロ=1.20フラン」の下限を放棄。為替相場が1日で数十パーセントも動くという、前代未聞の事件が発生しました(いわゆるスイス・ショック)。

グループD:シェンゲン協定未加盟国

ところで、EUに加盟し、ユーロを採用しているにもかかわらず、「シェンゲン協定」に加盟していない国が2か国あります。それがアイルランドキプロスです。

実は、両国とも、2008年以降の金融危機で、国際的な債権者(EU、ECB、IMF)からの支援を受けたという実績があります。アイルランドは2010年に、キプロスは2013年に、それぞれ金融機関への公的資金注入を決定。特にキプロスでは、預金口座が「封鎖」され、国外への資金持出が厳しく規制されましたが、このようなことができたのも、島国であることと、「非シェンゲン国」であることの影響が大きかったのではないでしょうか?

グループE:EUにだけ加盟

そして、最後のグループが、「EUにだけ加盟していて、シェンゲン協定にもユーロ圏にも参加していない国」です(次の4カ国)。

英国、クロアチア、ブルガリア、ルーマニア

この4カ国を見てみると、英国以外はいずれも旧東欧諸国ばかりです。つまり、英国はG7の一角を占めていながら、一貫して欧州からは距離を置いてきたことがわかります。

グループのマトメ表

以上の区分をまとめておきましょう。

図表2 重層的な欧州
シェンゲン協定加盟国シェンゲン協定未加盟国
EU加盟・

ユーロ採用国

17カ国(イタリア、エストニア、オーストリア、オランダ、ギリシャ、スペイン、スロバキア、スロベニア、ドイツ、フィンランド、フランス、ベルギー、ポルトガル、マルタ、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク)2カ国(アイルランド、キプロス)
EU加盟・

ユーロ非採用国

5カ国(スウェーデン、チェコ、デンマーク、ハンガリー、ポーランド)4カ国(英国、クロアチア、ブルガリア、ルーマニア)
EU未加盟4カ国(スイス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)ロシアなど

トランプ・ショックが揺さぶる欧州

日本時間の本日午前2時(米国時間の20日正午)に米国大統領に就任するドナルド・トランプ氏は、「アメリカ第一主義」を掲げ、一見すると差別主義的な言動から、欧州ではトランプ氏に対する反発も聞こえてきます。

価値観での対立

まず、最大の対立は、「価値観」です。

昨年私は『欧米メディアの劣化とトランプ政権』の『米国とドイツの対決、再び?』という節の中で、ドナルド・トランプ氏が次期米国大統領に選出されたときに、メルケル氏が次のように発言したことを引用しました。

Deutschland und Amerika seien durch Werte verbunden: Demokratie, Freiheit, den Respekt vor dem Recht und der Wurde des Menschen unabhangig von Herkunft, Hautfarbe, Religion, Geschlecht, sexueller Orientierung oder politischer Einstellung.

(仮訳)ドイツとアメリカは、出自、肌の色、宗教、性別、性的思考、あるいは政治的信条を問わず、共通の価値で結ばれている。民主主義、自由主義、法の尊重、そして人権の尊重だ。

いかにもメルケル首相らしい慇懃無礼さですが、これはトランプ氏が「大統領就任後にメキシコ国境の警備を強化する」「不法移民を追い返す」と宣言していることと軌を一にしています。難民受け入れを決断したメルケル氏だけに、こうしたトランプ氏の「差別主義的言動」は耐えられないのかもしれません。

これについて、ドイツ最大のメディアであり、かつ、「ゴシップ紙」でもあるビルトが、トランプ氏のインタビューを掲載したそうです。

欧州を揺さぶったトランプ・インタビュー/トランプ氏がビルトを選んだ理由(2017年1月20日付 日経ビジネスオンラインより)

リンク先記事は、日経ビジネスオンラインに在独ジャーナリストの熊谷徹氏が寄稿したもので、これによると、

EUについては「米国を貿易面で不利な立場に追い込むために作られた組織」と形容し、「EUはドイツに大きな利益をもたらしている。したがって、英国がEU離脱を決めたことは、実に正しい選択だ。英国とは貿易協定を結びたい」と語った。さらに彼は「EUが存続しようが、分裂しようが、私にとってはどうでもよいことだ」と述べ、欧州への関心が薄いことを示した。

とあります。

「価値観」を基軸に、強固に結びついていると欧州と米国の関係が、こうした発言により崩れていくのだとしたら、非常に興味深いことです。

トランプ政権下で「米独通商戦争」?

次に気になるのは、「トランプ通商戦争」です。

これも『「トランプ通商戦争」の3つの相手国』で議論したとおり、私はドナルド・トランプ氏が、アジアでは韓国と中国、欧州ではドイツと「対決姿勢」を示すのではないか、との予測です。

そして、実は欧州最大の問題点は、「ユーロ」という共通通貨を採用しているがために、ユーロに加盟する各国は独自の財政政策・金融政策を打つことができなくなってしまっている、ということです。もちろん、「財政政策」(減税や財政出動など)を「全く行うことができない」という訳ではないのですが、日本や米国などと違って、ユーロは欧州中央銀行(ECB)という中央銀行が発行している通貨であり、自国通貨ではありません。国債を発行し過ぎたら、ギリシャのように事実上のデフォルト状態に陥ってしまいます。

こうした「財政健全化合理主義」は、ドイツのメルケル首相が旗印として掲げる(経済学的には完璧に間違った)主義であり、「公共事業による財政拡張」を意図するトランプ氏の思想とは相いれません。

そして、トランプ政権は、ほぼ確実に、「米国の貿易赤字」を問題にするでしょう。その際、米国に対する貿易黒字国のうち、特に韓国と中国については「為替操作」、ドイツについては「内需振興不足」を強く主張するはずです。

欧州はどこに行くのか?

米国では、これから「トランプ時代」が始まります。一方、今年は欧州にとっても、フランスやドイツをはじめ、各国で大型の国政選挙が行われます。さらに今年は、英国のEU離脱に向けた手続に伴う立法などが本格化することは間違いありません。

私は、欧州が「単一通貨・単一市場」という理念では成功できたと考えているのですが、「主権国家の枠組み」を取っ払うことに失敗すれば、いずれユーロという制度とともに、欧州が音を立てて瓦解すると考えています。

これについて論じるためには、ユーロという「共通通貨の根源的欠陥」に触れないわけにはいきません。

私たち日本人の間でも、かつては「アジア共通通貨を導入しよう」という、非常に夢に満ちた(しかし「お花畑」に過ぎない)議論を提唱していた「自称有識者」らも存在していましたが、ユーロ圏の失敗をつぶさに研究するという試みも大事です。

私は今年、欧州問題については非常に興味深いテーマだと考えており、その意味でも、じっくりと取り組んでみたいと考えています。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. echigojin より:

    私も、「ユーロ」という制度が、現状では存続不可能と思っている一人です。
    「生産性が高い地域」と「生産性が低い地域」が、「共通の通貨」を使い続けるためには、例えば、「東京都」と「東北地方の県(あくまでも例示の一例として青森県)」が「円」を使って経済を維持するケースにあてはめられるもので、東京で上がった税収を地方交付税のかたちで地方県に分配してあげることで制度維持可能なわけですね。ドイツ国内の多額の税収をギリシャやポルトガルやイタリアなどに分配することはドイツ国民感情から不可能です。EU全体で財政政策の統一することがとてもできるものとは思えません。
    とすると、「ユーロ」はどんな形に変移して行くのか。南北に分離するのか、櫛の歯が欠けて行くのを見守るのか、それとも、容易に推測がつきません。

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