「トランプ通商戦争」の3つの相手国
トランプ政権下では、特に「3カ国」との通商摩擦が発生することが懸念される―。これが私の持論です。本日は、その論拠となるレポートに加え、具体的な「3カ国」の何が問題なのかについて、議論してみたいと思います。
目次
誤解を与えるNHK報道
以前、私はこのウェブサイトで、『「日本が為替監視対象国」報道の真相』という記事を掲載しました。この記事は、米国の財務省が、日本など6か国を「為替操作監視対象国に指定した」とするものです。ただ、きちんと報告書を読んでいくと、日本については「形式的には基準に引っかかったが、実質的には問題ではない」と書かれています。
しかし、報道によっては「日本がドイツ、中国、韓国などと並んで米国から為替操作国との認定を受けている」かのような誤解を与える記事もありました。その中でも特に酷いものは、次のNHKの報道でしょう。
米財務省 為替操作の監視対象に引き続き日本など(2016/10/15付 NHKオンラインより【※リンク切れ】)
このNHKの報道を見ると、「日本が以前から米国により為替操作を監視されている」かのような表現となっています。
そこで、改めて、米国財務省の報告書の内容について整理するとともに、トランプ政権で「為替操作監視対象」がどのように扱われるかについて、予測を試みたいと思います。
米財務省の「為替操作監視対象」レポート
まず、この「為替操作監視対象国」とは、いったい何を指しているのでしょうか?
「貿易促進・強制法」とは?
前提として、米国では2015年に、「貿易促進・強制法」という法律が施行されました(原文でいえば“the Trade Facilitation and Trade Enforcement Act of 2015”です)。これは米国との貿易高が大きい国に対し、為替操作などの不公正な手段が認められた場合に、最悪、米国が制裁を科すとされる法律です。
「貿易促進・強制法」とは:米国との貿易高が大きい国が為替操作などの不公正な手段を取っていた場合に、米国がその国に制裁を科すことができる法律のこと
そして、この法律に基づいて、「為替監視対象国」に指定されるための条件は、次の三つです。
- 米国との間で200億ドル以上の貿易黒字を計上していること
- GDPの3%を超える経常黒字であること
- 外国為替相場に対し、1年間でGDPの2%を超える一方的な為替介入を行っていること
この三つの条件は、非常に重要です。なぜなら、日本のように「対外証券投資残高」が巨額の国であれば、貿易黒字の額は大したことがなくても、巨額の所得収支の黒字が計上されるため、経常黒字となりがちだからです。
何を問題としているのか?
では、米国はいったい何を問題としているのでしょうか?この三つの要件を見ていただければ、経済学に詳しい方ならピンとくると思います。それは、
「為替介入で自国通貨を安く誘導して米国への輸出競争力を高め、米国の雇用を奪っている国に対する経済制裁」
です。ということは、為替介入を行っていても、「米国の貿易赤字」にとって重要ではない国(例:台湾)や、何らかの合理的な理由がある場合(例:スイス)については問題とされない、ということです。
しかし、この趣旨に照らすならば、仮に為替介入を全く行っていなくても、経常黒字国・対米貿易黒字国である場合(例:日本やドイツ)、米国の「監視」を受けてしまうのです。
そして、米国に対して貿易黒字を計上しており、かつ、為替介入を行っているような国(例:中国と韓国)は、場合によっては経済制裁が発動される可能性があります。
問題の四カ国
日本は民主党政権時を除き、為替介入を12年間行っていない
日本に関する議論の大前提が一つあります。それは、「実際に為替操作を行っている国と行っていない国がある」、ということです。
日本の場合、「おおっぴらに」為替操作を行うことは、事実上困難です。なぜなら、日本は基本的に、米国などの主要先進国と同じく、「変動相場制」を採用しており、財務省は「為替相場は市場で決定されるべきだ」というスタンスを取っています。ただ、為替相場が急変した時(例えば、投機筋などが「通貨の売り浴びせ」を行った時など)には、財務省が為替介入を行うことがあります。
財務省による為替介入の実施状況については、同省のウェブサイトにて、「外国為替平衡操作の実施状況」が発表されています。
これによると、民主党政権当時の2010年9月15日から2011年11月4日にかけて、米ドル買い・円売り介入が行われましたが、これを除けば12年以上、為替介入は行われていません。
円安の理由は日本銀行の金融緩和
ただ、安倍政権が発足する前後から、日本円は米ドルに対して急激に下落したことも事実です。これは、いったいどのように考えるべきでしょうか?
実は、この円安は「アベノミクス」による市場での期待形成が原因です。金融緩和と財政政策が行われることで、「市場参加者の間で」(※これがポイントです!)通貨供給量が増えるとの観測が出たことで、市場原理に基づき、円が売られただけの話です。
この「金融緩和」と「為替介入」は、似て非なるものです。韓国では「韓国公認会計士協会会長」という要職にある人間が、為替介入と金融緩和をごっちゃにしているようですが(詳しくは『量的緩和と為替介入をごっちゃにする韓国会計士協会長』をご参照ください)、この両者を混同していると、いつまでたっても正確な議論は期待できません。
実質的に固定相場の中国
一方、中国は人民元の相場を、人為的に固定しています。厳密にいえば、中国本土の人民元(CNY)と米ドルの両替については中国人民銀行が日々、決定しており、オフショア人民元(CNH)については、ある程度市場メカニズムで取引されているものの、中国本土の人民元(CNY)から大きく乖離することはありません。
余談ですが、国際通貨基金(IMF)は中国の通貨・人民元を「自由利用可能通貨」に認定し、今年10月から特別引出権(SDR)の構成通貨に指定してしまいましたが、これはIMFの大きな過ちであると言って良いでしょう。なぜなら、中国本土の人民元は、持込、持出が厳しく制限されており、特に「資本取引」(債券や株式などの金融商品の取引)に使うことは難しいからです。
いずれにせよ、中国が市場原理によらず、「人為的に」為替相場を誘導していることは、間違いありません。
こっそりと為替介入をする韓国
問題は、見かけ上は「日本と同じ」変動相場制を採用していながら、実質的には「中国と同じような」為替操作を行っている国がある、ということです。それが韓国と台湾です。
ただ、米国は台湾については特段、問題視していません。なぜなら、台湾の米国に対する貿易黒字の額は、米財務省が「問題」とする水準には及ばないからです。しかし、韓国については、
- 不透明な為替操作を行っていること、
- 巨額の対米貿易黒字を抱えていること、
の二つの要因から、米国財務省によって強く批判されています。しかも、韓国の場合は外貨準備に流動性のない資産を混ぜ込んでいる疑いもありますし(私は限りなくクロだと思います。これについては『韓国は統計をごまかしているのか?』などもご参照ください)、為替操作のタイミング、誘導レンジいずれも極めて不透明です。
スイスの場合は仕方がない
ただ、同じ「為替介入」であっても、スイスの場合は、米国財務省としても「仕方がない」と見ています。
その理由は、スイスが小国であることに加え、ユーロ圏・欧州中央銀行(ECB)がマイナス金利を採用していることで、巨額の資金流入が発生しており、放っておけば自国通貨(スイス・フラン)高が避けられないからです。
そこで、スイスの中央銀行であるSNBは比較的頻繁に為替介入(外貨買い・自国通貨売り)を行っていますが、これについて米国は「スイスには特殊な経済政策が必要だ」として、理解を示していると考えて良いでしょう。
ユーロ危機の震源地・ドイツ
最後に、米国にとって一番「困った国」が、ドイツです。
ドイツは共通通貨・ユーロに加盟しているため、米ドルに対する「為替操作」自体は行っていません。しかし、それと同時にドイツは、ユーロ圏各国に対しては、「」自国通貨高」というメカニズムが機能しないことを悪用し、無制限に貿易黒字を積み上げる戦略を取っています。
安価な移民労働力を使い、輸出攻勢をかけ、その結果、南欧諸国(特にギリシャやスペイン、イタリアなど)が巨額の貿易赤字を計上し、それと同時に国家財政も破綻の危機に瀕しています。
その意味で私は、中国と並んでドイツこそが世界に「デフレ」を輸出している真犯人の一つではないかと見ています。そして、実際、米国財務省もドイツについて、「内需拡大が不十分だ」(つまり輸出に依存し過ぎている)と批判しているのです。
米国のトランプ政権が「通商戦争」を仕掛ける3つの国
以上までの議論をまとめると、米国が「為替操作監視対象国」に認定した6か国のうち、実質的に「問題だ」と見ているのは、中国、韓国、ドイツの3カ国です。日本、台湾、スイスについては、形式上、フラグが立ってしまったために列挙しているだけの話です。
なにより、この2016年秋の財務省報告書は「穏健派」(?)で知られるオバマ政権の下で取りまとめられたものです。その穏健派の報告書でさえ、中国、韓国、ドイツの3カ国がすでに問題視されていたということは、通商に関しては間違いなく「強硬派」であろうと考えられるトランプ政権のもとで、「通商戦争」が勃発する可能性がある、ということです。
トランプ・メルケル対立
特に、ドイツのメルケル首相はトランプ氏に対し、現時点で「人権を尊重せよ」などと強く牽制しています。
メルケル氏はトランプ氏が当選した直後に記者会見で、次のように発言しました。
Deutschland und Amerika seien durch Werte verbunden: Demokratie, Freiheit, den Respekt vor dem Recht und der Wurde des Menschen ? unabhangig von Herkunft, Hautfarbe, Religion, Geschlecht, sexueller Orientierung oder politischer Einstellung.
(仮訳)ドイツとアメリカは、出自、肌の色、宗教、性別、性的思考、あるいは政治的信条を問わず、共通の価値で結ばれている。民主主義、自由主義、法の尊重、そして人権の尊重だ。
メルケル氏はさっそく、トランプ氏を強く牽制した格好となっています。
メルケル氏は、世界的には「難民を受け入れる救世主」のようにも見られていますが、経済学的には移民労働力とユーロの仕組みを使ってドイツの産業競争力を不当に強めているという言い方もできるかもしれません。これに加えて、他国の首脳に対しても自分の価値観を「押し付ける」きらいがあります。
メルケル氏が、米国の産業を保護しようとするトランプ氏と、「通商」「価値観」の両面にわたって、深く対立することが懸念されます。
中国は為替操作を強く咎められる
次に、トランプ氏は、特に中国の対米黒字を強く問題視しています。この「中国の為替操作問題」については、米財務省も以前から取り組んでいるものですので、トランプ氏としても中国に対して強く出る可能性があります。
オバマ政権は、南シナ海の海洋進出問題やAIIB設立問題が出るまでは、どちらかといえば対中融和的でした。しかし、トランプ政権下では、最初から米国は対中強硬論を打ち出してくる可能性は十分にあるでしょう。
韓国は対米貿易赤字転落も?
そして、経済面で中国に、軍事面で米国に依存する韓国は、引き続き、最も苦しい立場に立たされそうです。
特に、選挙期間中にトランプ氏は「在韓米軍駐留経費の大幅増加か米軍の引き揚げ」を強く主張していました。もちろん、選挙期間中の彼の言動が全て政策に反映されるとは限りませんが、それでもトランプ氏は、軍事同盟面、通商面の両面にわたり、対韓国で相当に強硬な姿勢を取ることは間違いないでしょう。
しかも、肝心の韓国の政権は、朴槿恵(ぼく・きんけい)大統領が機能不全状態にあります。あの民族のことですから、私の予想だと、韓国では朴大統領が当面「居座る」ことになるでしょう。そうなると、政治・社会・経済の全般にわたって、これから韓国は相当混乱するはずです。
韓国は、トランプ政権下で為替相場の大幅な切り上げを余儀なくされ、対米貿易赤字に転落することを、今から覚悟した方が良いかもしれません。
正確な報道が必要だ
なぜ私がこの米国の財務省報告書を本日も取り上げたのかといえば、日本のメディアの報道が不完全であることにくわえ、トランプ氏の当選により、米国の対外通商政策がどうなるのかを予測するうえで非常に有益だと考えたからです。
ただ、日本のメディアの報道は(特に外国の報道は)、得てして不正確で的外れです。日本のメディア人らは「記者クラブ制度」の談合でニュースを取得することに慣れてしまっているからでしょうか?
いずれにせよ、不正確な報道は日本社会にとって有害でもあります。その意味で、私は米国財務省のレポートなどについても、引き続き関心を払い、当ウェブサイトなどで紹介していきたいと考えております。
※【重要】ご注意:他サイトの文章の転載は可能な限りお控えください。
やむを得ず他サイトの文章を引用する場合、引用率(引用する文字数の元サイトの文字数に対する比率)は10%以下にしてください。著作権侵害コメントにつきましては、発見次第、削除します。
※現在、ロシア語、中国語、韓国語などによる、ウィルスサイト・ポルノサイトなどへの誘導目的のスパムコメントが激増しており、その関係で、通常の読者コメントも誤って「スパム」に判定される事例が増えています。そのようなコメントは後刻、極力手作業で修正しています。コメントを入力後、反映されない場合でも、少し待ち頂けると幸いです。
※【重要】ご注意:人格攻撃等に関するコメントは禁止です。
当ウェブサイトのポリシーのページなどに再三示していますが、基本的に第三者の人格等を攻撃するようなコメントについては書き込まないでください。今後は警告なしに削除します。なお、コメントにつきましては、これらの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、コメントにあたって、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。ブログ、ツイッターアカウントなどをお持ちの方は、該当するURLを記載するなど、宣伝にもご活用ください。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。
【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
関連記事・スポンサーリンク・広告