AIIBの現状整理・2018年4月版
久しぶりに「AIIB」、つまり中国が主導する「アジアインチキ投資銀行」…じゃなかった、「アジアインフラ投資銀行」についての話題を提供したいと思います。
目次
AIIBの現状
当ウェブサイトでは一時期、定期的にアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank, AIIB)の状況(加盟国数や融資の状況など)について、報告をしていました。しかし、どうも融資案件が「鳴かず飛ばず」という状況にあったため、最近はご無沙汰気味でした。
そこで本日、久しぶりにAIIBの現状のアップデートを行ってみたいと思います。
AIIBとは、中国が主導する「国際開発銀行」です。この「国際開発銀行」とは、代表的なものだけで見ても、全世界に十数行あり、金融規制の世界では“multilateral development banks” を略して「MDBs」と呼ばれることがあります。
一般にMDBは、比較的、信用力のある国(先進国など)が、主に発展途上国のインフラ開発などを担うために設立されることが多く、アジアの場合はアジア開発銀行(Asian Development Bank, ADB)が先駆的な事例です。
ところが、AIIBの場合は、最大出資国であり、かつ、事実上のスポンサーでもある中国が、先進国ではありません。また、ADBのような「透明性の高い融資基準」を有しているわけではなく、むしろ、中国が進めている、いわゆる「一帯一路構想」を資金面から支える金融機関という方が、実態に近いでしょう。
日本のメディアはAIIBが始動した2015年前後に、「日本もバスに乗り遅れないよう、AIIBに参加すべきだ」といった論陣を張っていました。しかし、最近ではあまりこうした論調を見かけなくなった気がします。
始動してから3年も経過するのに、諸外国から集めたカネの使い道がなくて困っているという実態が見えて来たためでしょうか?それとも「もりかけ問題」で倒閣運動をするのに精いっぱいで、AIIBにまで気が回らないためでしょうか?
しかし、私はAIIBについて、決して侮ってはならない組織だと考えています。それも、中国がAIIBを使い、ADBや日本のODAなど、わが国が築き上げてきたアジア支援の仕組みを横取りし、ダーティー・マネーでアジアを支配しようとしているという野心が見え隠れするからです。
融資的には「鳴かず飛ばず」だが…
使われている資金はわずか3%!
まず、どんな組織であっても、経営状態を見るためには「数値」が必要です。そこで、AIIBのウェブサイトから、現時点で公表されている最新の貸借対照表を確認しておきましょう(図表1)。
図表1 AIIBの貸借対照表(非監査ベース、抄)
項目名 | 仮訳 | 2017/09/30(千ドル) |
---|---|---|
Cash and cash equivalents | 現金・現金同等物 | 142,984 |
Term deposits | 定期預金 | 5,071,660 |
Investment at fair value through profit or loss | 売買目的金融商品 | 3,225,936 |
Funds deposited for co-financing arrangements | 共同投資案件預託金 | 9,577 |
Loan investments, at amortized cost | 償却原価区分貸出金 | 637,847 |
Paid-in capital receivables | 払込資本債権 | 9,431,965 |
Intangible assets under construction | 建設仮勘定 | 541 |
Other assets | その他資産 | 1,793 |
Total assets | 総資産 | 18,522,303 |
Total liabilities | 負債合計 | 9,954 |
Paid-in capital | 払込資本 | 18,598,700 |
Retained earnings | 利益剰余金 | 98,177 |
Total Members’ equity | 出資金合計 | 18,512,349 |
Total liabilities and members’ equity | 負債純資産合計 | 18,522,303 |
(【出所】AIIBの財務諸表より著者作成)
ざっくりいえば、総資産は185億ドル程度ですが、このうちMDBとしての「本業」である貸出に回っている金額は6億ドル少々に過ぎず、残りの179億ドルは投資や定期預金、払込資本の未収額などで占められています。
いわば、「カネを集めてみたものの、全然融資案件に回っていない状況」だといえるでしょう。
ちなみに、また、AIIBが「ライバル視」しているADBの資産規模は、1ケタ違います。ADBのアニュアル・レポート日本語版(2017年版、PDF)によれば、ADBの資産規模は1566億ドルで、約8倍です(図表2)。
図表2 ADBの資産規模(2017年1月1日時点、「通常資本財源」部分のみ)
項目 | 金額(百万ドル) | 備考 |
---|---|---|
資産合計 | 156,666 | うち融資残高は94,624百万ドル |
負債合計 | 108,640 | おもに債券 |
資本合計 | 48,026 | 資本金、剰余金等 |
(【出所】ADBの『年次報告2016』(P51)より著者作成)
しかもADBの融資残高は約946億ドルと、AIIBの実に148倍(!)に達しています。したがって、現状で見る限りにおいては、AIIBはADBと比べ、「鳴かず飛ばず」であると結論付けても良いと思います。
加盟国数ではやっと64ヵ国に
ただし、AIIBの出資金のコミット金額は、ADBのそれをはるかに上回ります(図表3)。
図表3 AIIBの加盟国数と出資約束額(2018年4月3日時点)
区分 | 加盟国数 | 出資約束額 |
---|---|---|
リージョナル | 42 | 73,732 |
ノン・リージョナル | 22 | 22,267 |
合計 | 64 | 95,999 |
(【出所】AIIBウェブサイトより著者作成)
出資約束額は約1000億ドルで、将来、この全額が払い込まれた場合には、AIIBは資産規模だけで見ればADBと並ぶことになります。
また、現時点での加盟国数は、ADBが67ヵ国であるのに対し、AIIBは64ヵ国で、まだ若干ADBの方が上回っていますが、「加盟すると約束した国の数」では84ヵ国と、ADBの規模を遥かに上回っています。
参考までに、加盟国数の推移を示しておきましょう(図表4)。
図表4 AIIB加盟国数の推移(2018年4月3日時点)
(【出所】AIIBウェブサイトより著者作成)
主な加盟国
ついでに、「リージョナル」、「ノン・リージョナル」の別に、おもな加盟国を眺めておきましょう(図表5、図表6)。
図表5 主な加盟国(リージョナル、2018年4月3日時点)
国 | 出資約束額 | 比率 |
---|---|---|
中国 | 29,780.40 | 31.02% |
インド | 8,367.30 | 8.72% |
ロシア | 6,536.20 | 6.81% |
韓国 | 3,738.70 | 3.89% |
オーストラリア | 3,691.20 | 3.85% |
その他(17ヵ国) | 21,617.90 | 22.52% |
合計(22ヵ国) | 73,731.70 | 76.80% |
(【出所】AIIBウェブサイトより著者作成)
図表6 主な加盟国(ノン・リージョナル、2018年4月3日時点)
国 | 出資約束額 | 比率 |
---|---|---|
ドイツ | 4,484.20 | 4.67% |
フランス | 3,375.60 | 3.52% |
英国 | 3,054.70 | 3.18% |
イタリア | 2,571.80 | 2.68% |
スペイン | 1,761.50 | 1.83% |
その他(37ヵ国) | 7,019.60 | 7.31% |
合計(42ヵ国) | 22,267.40 | 23.20% |
(【出所】AIIBウェブサイトより著者作成)
この手のMDBであれば、たいていの場合、出資国に名を連ねているはずの米国と日本が、いまだにAIIBに1ドルも出資していないことはさておき、「リージョナル」ではアジア太平洋地域から42ヵ国、「ノン・リージョナル」では欧州を中心に、実に22ヵ国が、出資しているのです。
潜在的には日本が主導するADBにとっても脅威ではないとは言えないでしょう。
日本がAIIBを支援する愚
MDBはどうやっておカネを集めるのか?
ところで、MDBは一般に公的な性格が強いと思われているものの、加盟国からの出資金だけで運営されているわけではありません。実際には、MDBの多くは債券を発行し、これを民間の機関投資家が積極的に買っています。
日本の場合、銀行や信用金庫などの金融機関が巨額の資金をあり余らせているので(『「国の借金」解説(2017年12月版)』参照)、少しでも利回りが高い債券を買おうとして、虎視眈々と狙っているほどです。当然、公共性の高いMDBが発行した債券は、日本の銀行等の機関投資家に大人気です。
さきほどのADBの貸借対照表を見ていただいても、資本は500億ドル弱に過ぎませんが、負債で1000億ドル以上を調達しています。これらの多くは、債券の形式で民間投資家から集めた資金であり、いわば、日本のマネーがADBを支えていると言っても過言ではありません。
ところが、図表1をもう一度見ていただくとわかると思いますが、AIIBの場合は、債券をまったく発行していません。これはいったいなぜでしょうか?
あくまでも私の見解ですが、現在のAIIBは融資案件が少なすぎて、債券で資金を発行しても使い切ることができないからです。せっかく185億ドルものおカネを集め、実際に90億ドルも払込を受けておきながら、83億ドルを定期預金や投資商品に運用している状況です。
愚かな金融庁
ただ、以前『金融庁よ、AIIBにゼロ%リスク・ウェイトを適用するな!』でも申し上げたとおり、AIIBは将来の起債に向けて、粛々と準備を進めています。
実際、バーゼル銀行監督委員会はAIIBを「ゼロ%リスク・ウェイトの適用対象MDB」に指定してしまいましたし、また、愚かなことにわが国の金融庁も、AIIBをゼロ%リスク・ウェイトの適用対象にしてしまいました。
金融庁のウェブサイトでパブリック・コメントの結果を見て頂くと、私自身が実名で日本政府に提出した要望の内容が掲載されています。
「自己資本比率規制(第1の柱・第3の柱)に関する告示の一部改正(案)」等のパブリックコメントの結果等について(2018/03/23付 金融庁HPより)
金融庁は
「金融庁では、「自己資本比率規制(第1の柱・第3の柱)に関する告示の一部改正(案)等」につきまして、平成29年12月22日(金)から平成30年1月22日(月)にかけて公表し、広く意見の募集を行いました。その結果、2の団体から5件のご意見をいただきました。本件について御検討いただいた皆様には、御協力いただきありがとうございました。」
と述べていますが、私が送付した意見だけでも4件あるので、意見の件数が明らかに合っていません。それはさておき、私自身の指摘と、これに対する金融庁の回答を見比べておきましょう。
私の指摘は次のとおりです。
「中国が主導する国際開発銀行(MDB)であるアジアインフラ投資銀行(AIIB)に対し、標準的手法におけるゼロ%のリスク・ウェイト(第1条第26号ト、第60条第2項)については再考されたい。本来、銀行自己資本比率規制はBCBSによる国際合意に準拠するのが筋であることは理解するが、AIIBにゼロ%リスク・ウェイトを付与すれば、そのことによりわが国の金融システムから巨額の資金が債券の形でAIIBに流入し、わが国の資金で中国の「一帯一路構想」を金融面で支えるという奇妙なことになりかねない。行政官庁に過ぎない金融庁が、国会決議なしにこのような重大な決定を行うことは許されない。」
しかし、これに対する金融庁の回答は、
「本件については、バーゼル委員会における国際的な議論により零パーセントのリスク・ウェイトの適用が認められた国際開発銀行に対して、各国当局と同様の取り扱いを行うものです。」
というものであり、まったく答えになっていません。
いずれにせよ、金融庁という愚かな官庁のせいで、日本の銀行から巨額の債券がAIIBに流れ込む可能性が出てきてしまいました。
今、この瞬間で見ると、AIIBの融資金額は「鳴かず飛ばず」ですが、将来的にAIIBが日本国内で円建ての債券を発行し、ゼロ%リスク・ウェイトの優遇措置を受けたうえで、日本から中国に資金が流れ込む可能性があることについては、警戒しておく必要はあるでしょう。
現状まとめ
以上、現状で見る限り、AIIBは今のところ、融資件数の積み上げもそれほど進んでおらず、したがって、払い込まれた資金の活用にも苦慮している様子が見てとれます。しかも、AIIBはガバナンスが不透明です。
「途上国に無理な貸し込みを行い、それによって中国の海洋進出を助けるのではないか」、という邪悪な意図も見え隠れします。そのような組織に日本が距離を置くことは正しい選択肢ではありますが、それと同時に、AIIBがADBの融資案件をかっさらう「ダンピング」を行うリスクについても注意が必要です。
何より、銀行自己資本告示を定めた金融庁の担当官は、独断でとんでもない告示を書いたものです。本来、国防上も、潜在的な敵国である中国に、巨額の資金を流すような仕組みを整えることは厳に慎みたいものです。
いずれにせよ、私は独立の評論家という立場から、まずはAIIBの客観的な姿を正確に把握すべく、今後も材料の提供に努めていきたいと思います。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
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いつも知的好奇心を刺激する記事の配信有り難うございます。
「資本主義者の愚か者共は金儲けの為に自らを吊るす縄を喜んで売る。」
確かそんな言葉をレーニンが言ったと思いますが、金融庁の呆役人にそっくり贈りたいですね。
他国のカネで自国の覇権維持のシステムを築いたというと、当方の脳裏には古代ギリシャのアテナイとデロス同盟が浮かびますが、AIIBは現代版デロス同盟の金庫と成れるでしょうか?
ひとえにどれだけ金庫にカネが集まるかにかかると思います。
それを分かっていない金融庁の呆役人の管理人様への回答を読むと、冒頭の言葉が自然と浮かんできた次第です。
何故、金融庁の役人はアメリカ政府の意向をソンタクしないのでしょうか?
役人様の偉い頭脳は謎です。
つくづく思います。
以上です。長文失礼しました。
ADBの歴史を見てみると1966年に31か国で設立され、翌年には債券を発行して資金を調達しています。また、資金融資の他に技術協力や地域協力も大きな柱で設立後すぐに活動を始めています。ADBとAIIBの違いはこの技術協力にあり、AIIBは融資のみで、職員も少なく、海外拠点もありません。まともな開発プロジェクトが実施できるとは思いません。
加盟国についてはリージョナル国についてはともかく、ノン・リージョナル国についてはADBは先進国で支援可能なお金のある国に限っていています。AIIBは無制限です。お金の無さそうなギリシャ、スーダン、ボリビア、ベネズエラ等が加入しています。リージョナル国についてもADBは南洋諸島を含みますが中東は含みません。AIIBは逆です。
中国は一帯一路でそこらじゅうに投資していますが、AIIBはなぜかおとなし過ぎます。中国主導を前面に出せないからかもしれません。