【夕刊】トランプ政権の鉄鋼アルミ制裁を数値で検証する

トランプ氏が迷走しはじめました。政治的にも経済的にも、どうも見ていて不安感しか抱きません。

経済オンチのトランプ政権

米国の貿易制限発動

すでに大々的に報じられていますが、米国が鉄鋼・アルミの追加関税を発動しました。

米鉄鋼・アルミ追加関税、EUや韓国など除外へ(2018年03月23日付 BBC Japanより)

英BBC(日本語版)によると、米通商代表部(USTR)のロバート・ライトハイザー代表は22日、上院財政委員会の公聴会で、23日から導入される鉄鋼・アルミニウムの輸入品に対する追加関税措置の詳細を発表しました。

基本的に鉄鋼には25%、アルミニウムには10%の追加関税が課せられることとなり、「除外対象国」に日本や中国が含まれなかったことから、わが国の鉄鋼・アルミニウム産業にも重大な影響が生じることは確実です。

ただ、「除外対象国」に発動されなかった国は、別に、特権を受けている訳ではありません。

BBCの報道を読み替えると、欧州連合(EU)加盟国のほか、韓国、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンの6ヵ国を対象から除外するとしつつも、「さらなる交渉が続く間は輸入関税を『棚上げ』する」と述べたに過ぎないからです。

私はトランプ氏について、就任以来、どうも経済オンチではないかと疑っています。米国が金融緩和を終えつつあるのに財政政策に踏み切るあたり、オープン経済についてまったく理解していないのではないかとの疑念も払拭できません(たとえば『齟齬を来す米国の金融・財政政策』あたりをご参照ください)。

過剰反応しすぎな日本の市場

ところで、昨日、日本の株式市場は大きく値を下げ、日経平均株価指数は前日比▲974.13円(▲4.51%)となる20617.86円で取引を終えました。株安は日本に留まらず、世界的に広まっています(図表1)。

図表1 世界主要市場の2018/03/23(金)引け値
指数終値前日比
DJIA(ダウ30)23533.20-424.69(-1.77%)
Nasdaq(ナスダック)6992.67-174.01(-2.43%)
S&P500(S&P500)2588.26-55.43(-2.10%)
日経22520617.86-974.13(-4.51%)
StoxxEurope600365.82-3.33(-0.90%)
英FTSE1006921.94-30.65(-0.44%)

(【出所】WSJ)

これについて、次の米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によれば、「米国のトランプ政権が採用した貿易制限的な政策に加え、金利上昇見通しが投資家の間で警戒されたこと」が株安の原因だったと述べています。

U.S. Stocks End Worst Week in Years(米国夏時間2018/03/23(金) 19:04付=日本時間2018/03/24(土) 08:04付 WSJより)

とはいえ、図表1からも、世界の主要株式市場のなかで、日本の株価がもっとも深刻な打撃を受けていることは間違いありません。このように考えていくと、日本の株安の原因は、やはり「鉄鋼・アルミの輸入制限で日本が除外されなかったことが主要因だ」と考えるのが自然な流れでしょう。

ただし、わが国では「米国が日本に対して関税を課すことで日米同盟が揺らぐ」、「これでアベノミクスも終了だ」、といった、一種のパニック的な意見も見られるようですが、私はそもそも論として、「数値を無視した議論の独り歩き」の方が危険だと思います。

鉄鋼とアルミニウムは貿易統計上、「原料別製品」に含まれると考えられますが、この「原料別製品」全体の米国への輸出額は、2016年において約9000億円弱です(図表2)。

図表2 日本の米国に対する輸出入(2016年、金額単位:十億円)
品目輸出輸入
食料品881,325
原料品56394
鉱物性燃料40262
化学製品8101,243
原料別製品898390
一般機械3,0671,100
電気機器1,9761,137
輸送用機器5,840698
その他1,368773
総額14,1437,322

(【出所】総務省統計局「日本の統計2017」図表6-1および図表6-2)

金額自体はたしかに巨額ですが、「原料別製品」全体が占める対米輸出総額(14兆円)に対する比率は5%少々に過ぎません。

また、世界の鉄鋼の輸出国シェアでみると中国が、30%近くを占めているのに対し、日本は10%少々に過ぎません(※)。米国全体の鉄鋼の輸入額は約392億ドル(※)ですが、仮に輸入国の内訳が世界の生産シェア通りであれば、鉄鋼の輸出額はせいぜい5000億円程度でしょう。

(※いずれも情報源は総務省統計局『世界の統計2017』図表9-5。また、データは2015年時点のもの)

理解に苦しむトランプ政権の貿易政策

冷静に数値だけで議論すると、米国が発動した貿易制限は、一部の産業には深刻な打撃が生じるものの、国全体に与える影響は大きくありません。

これについて、一部の識者は「今回の措置は(日本ではなく)おもに中国を対象にしたものだ」としていますが、数値の上では、「全体のGDPに対して大した影響がない」という事情については、中国も日本とまったく同じです。

しかし、むしろトランプ政権の措置は、同盟国である日本において、反米感情を高めるという効果をもたらします。北朝鮮の核開発問題と、中国・北朝鮮などの世論工作に苦しむ日本に対し、米国が後ろから撃ってどうするのか、という気がします。

さらに、私はトランプ氏自身の政治的・外交的センスにも、大きな疑念を抱いています。たとえば、北朝鮮攻撃を巡っても、昨年は何度か北朝鮮を攻撃する貴重なチャンスがあったにも関わらず(たとえば『12月18日が晴天ならば北朝鮮奇襲か?』参照)、米国はこの機会をみすみす見逃しています。

つまり、私の目から見れば、トランプ政権は、同盟国である日本を窮地に追い込みかねない愚策を次々と繰り出しているのではないかとの疑念を持たざるを得ないのです。

日米首脳会談で真価発揮を

ただ、安倍晋三・内閣総理大臣は、そのトランプ氏と、最初から良好な関係を築き上げている、世界でも数少ない首脳でもあります。うまい具合に、4月に安倍総理は訪米し、トランプ氏と首脳会談を開く予定です。

もしかすると、トランプ氏が今回の措置を発動した理由は、「米国抜きで発効するTPP」を主導している日本に対する牽制という意味合いもあるのかもしれません。つまり、今回の関税措置をTPP再交渉のダシにする、という格好です。

ただ、日米が緊密に協力しなければならない局面で、同盟を危機に陥れるようなトランプ氏の政治センスのなさは、いただけません。だいいち、韓国の特使が口頭で伝えた北朝鮮との首脳会談提案に、安易に応じたこと自体、日米によるこれまでの「最大限の圧力」という足並みを乱すものでもあります。

安倍総理は是非、貿易面ではWTO提訴をチラつかせつつ、政治の素人であるトランプ氏を、キッチリと締めて来てほしいと思います。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 非国民 より:

    日本は過去の貿易摩擦でかなり訓練されてきたと思う。アメリカにも工場を作ったりしたし。日本の鉄鋼製品やアルミ製品は中国と違い、どちらかというと高度な製品が多い。関税をかけてもアメリカは買わざるをえないかもしれない。それにアメリカに売れないならメキシコとかに材料を輸出して製品に加工してからアメリカに売ればよい。その時はアメリカの企業は高い材料で製品を作っているのでメキシコの企業にかなわないよ。鉄鋼産業の雇用は守られるけど、鉄鋼製品の雇用は失われる。鉄鋼業は装置産業で雇用吸収能力は小さい。今回の関税で雇用はかえって失われるのではと思う。日本の会社もアメリカのだいぶ進出していった。そこでアメリカ人を雇用しているのだから、日本の不利益はその会社の不利益となってくる。たぶん、地方の議員から突き上げがトランプに行く。トランプはアメリカの雇用が必要なんだろうけど、関税だけでそれを達成するのは不可能。労働集約型産業はGDPの大きい先進国ではなりたたないので、知識集約型産業を育成するしかない。それと内需を大きくして貿易依存度を下げたらどうかな。貿易の絶対額が小さくなれば問題は縮小する。
    トランプはこれから日本にいろいろ要求するけど、これは日本のピンチというよりチャンスかもね。在日米軍の経費増には経費削減策として普天間基地の即時返還と辺野古の基地建設中止でこたえたらどうかな。そのかわり全額、駐留経費は日本持ちでもよいと思う。あの基地はえらく危険な立地で反対運動も激しい。普天間がなくなれば日本はかなり楽だよ。横田基地も返還してもらえれば横田空域が日本に戻る。このメリットは大きい。トランプはビジネスマンだから、ギブアンドテークはおてのもの。普天間を返還してもらったら、すぐに民間の施設を跡地に建設して、もうアメリカに戻すことができないようにしたらよい。

  2. オールドプログラマ より:

    日本がアメリカに輸出する鉄鋼製品は石油切削用配管とか鉄道用レールが主で日本製という理由で購入されているので価格が上がったからといって他国の製品に変えることはありません。アルミ製品は電力の高い日本では生産していないので影響は皆無です。従って、今回の関税引き上げの影響はほとんどありません。新聞が騒ぐのは単に不勉強なだけです。関税を免除してもらうにはそれ相当の譲歩が必要でディールの好きなトランプ大統領の本領発揮でしょう。韓国は相当大きな譲歩を強いられたと思います。EUは強かですからアメリカと対決するでしょう。中国は威勢は良いですがせいぜい農業製品での報復しかなく、負けると思います。

    1. 非国民 より:

      うちの田舎のアルミ工場はかなり昔になくなりました。やはり電気代が高くてコスト競争力がなくなったようです。今、その跡地には県庁が建っています。高く土地を買ってくれるのは行政ぐらいしかなかったのでしょう。そのかわり完全即時撤退ではなく、ゆっくりと撤退です。半導体で使われるシリコンですが、これも製錬するのに電気が必要です。作っているところをみると水力発電のところが多いです。原子力発電所みたいに巨大な発電能力はありませんが、燃料コストがゼロなので採算性はよいようです。日本でも水力発電所もあるようですが、規模が小さくて大手企業ではスケールメリットがいかせないのでだめなようです。
      なお、高付加価値の特殊な製品は日本の会社が作っています。シックスナイン級のアルミとかですね。

  3. めがねのおやじ より:

     < 夕刊の配信ありがとうございます。
     < 仰る通り、トランプ大統領は経済オンチ、政治外交センスは欠如していますね。この時期に鉄鋼・アルミニウム輸入制限実動というのは理解に苦しみます。中国を制裁対象にしたものですが、また一番の盟友日本国への打撃も少なからずあります。日本も標的だと、署名式で日本への批判めいた事を言っている。
     < 今回の措置は、北朝鮮の核撤廃問題に対し、日米韓の「絆」で守っているのに、綻びが生じないか、一抹の不安を感じます。ただ今後、製品別での除外交渉もあるので、そこでの逆転はあるかも。いずれにせよ、就任1年間で、10人以上の高官、補佐官をクビにしたトランプ氏、正直【よく分からん人】ですね。米国大統領選共和党候補の中でも『圏外』だった人だけに、タマタマなってしまったのが真相かも知れません。要は真意は本人の気まぐれかも。安倍首相、日米会談では対北の制裁最大限維持・実力行使プランだけでなく、日本の輸入制限も除外するよう、厳しくトランプ大統領と話し合って下さい。      以上。

    1. 非国民 より:

      トランプはわからんですね。ボルトンを採用したみたいですが、究極の需要喚起策である戦争を始めようということではないでしょうか。韓国も北朝鮮も焼野原になったら建物の建築需要だけでもすごいことになりますからね。実際、世界大恐慌が収束したのも第二次世界大戦ですから。日本も無傷ですまないかもしれませんが。アメリカには爆弾は落ちてきませんのでアメリカにとって負担は少ないです。

  4. むるむる より:

    今回の制裁はトランプの発言を見ても安倍首相へのパフォーマンスでしたね。因みに中国への制裁は知的財産権もセットでして米国が先進国と共同で進めているので、今回の鉄鋼への制裁パフォーマンスは中国は関係ありません。(厳密には違うけど知的財産権への言及は報道されてないのでただのパフォーマンス)

    カナダをゴネさせてTPP延期できると思ったけど上手くいかず今回の制裁パフォーマンスで譲歩をって感じでしょうか?しかし既にルールの枠組みが決まってしまった以上トランプの満足するレベルの譲歩は難しいですし各国を説得出来る時間も方法も無く、今更ストップって訳にも行かないのでTPP潰しに動いた感じでしょうか?
    なにせ白人はルール作りで関与しないと自国有利に出来ず失敗しますからね、間違いなくTPPぶち壊しに来ますよトランプ。まぁ中国もロシアもアメリカで世論工作してる上にメディアに嫌われてるトランプがどれだけ長く大統領の座に居てその間にTPP潰しが出来るかは神のみぞ知る所ですね。

    マスゴミは認めませんがネット世論が作った安倍政権です、現在の苦境如きネットの無かった時代に比べれば大した事はありませんよ。

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