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    Categories: RMB金融

AIIBのプロジェクトの3分の1はコロナ関連と判明

AIIBの2023年12月期財務諸表の現状整理

中国が主導する国際開発銀行であるアジアインフラ投資銀行(AIIB)の本業融資額が300億ドルを超えました。また、プロジェクトの承認件数も順調に増え、承認金額も2023年12月末時点で500億ドル弱に達しています。ただし、邦銀の対外与信が8年連続で過去最高であるという事実を踏まえると、日本がAIIBに参加しなかったことによって、日本がアジアの金融で「除け者」になっているのかどうかは微妙です。

AIIBには日米が参加せず…

AIIBにはG7/G20の主要国が参加している

アジアインフラ投資銀行(AIIB)といえば、中国が主導した国際開発銀行として知られています。

AIIBが発足したのは2015年12月のことです。そして、いの一番に出資を決めた国のなかには、ロシア、韓国といった中国の友好国・周辺国に加え、ドイツ、英国、フランス、豪州といった、G7やG20に所属する先進国なども含まれていました。

AIIBのウェブサイト “MEMBERS AND PROSPECTIVE MEMBERS OF THE BANK” によると、本日時点でAIIBに出資している国(あるいは出資を約束している国)は全部で95ヵ国にも達しており、出資約束額も1000億ドル近くに達しています(図表1)。

図表1 AIIBの主要出資国と出資年月、出資額
出資国(出資年月) 出資約束額 議決権
1位:中国(15/12) 297.80億ドル 26.55%
2位:インド(16/1) 83.67億ドル 7.59%
3位:ロシア(15/12) 65.36億ドル 5.97%
4位:ドイツ(15/12) 44.84億ドル 4.15%
5位:韓国(15/12) 37.39億ドル 3.49%
6位:豪州(15/12) 36.91億ドル 3.45%
7位:フランス(16/6) 33.76億ドル 3.17%
8位:インドネシア(16/1) 33.61億ドル 3.16%
9位:英国(15/12) 30.55億ドル 2.88%
10位:トルコ(16/1) 26.10億ドル 2.49%
その他(85ヵ国) 280.28億ドル 37.10%
合計(95ヵ国) 970.27億ドル 100.00%

(【出所】Asian Infrastructure Investment Bank, MEMBERS AND PROSPECTIVE MEMBERS OF THE BANK をもとに作成)

加盟国数ではADBを圧倒:主要国で不参加は日米くらいなもの

95ヵ国といえば、日本と米国が主導するアジア開発銀行(ADB)の67ヵ国を大きく上回ります。

しかも、14ヵ国が加盟待ちをしており(いわゆる “Prospective Members” )、これらのすべてが参加したら、加盟国は100ヵ国を超えます。発足から10年近くが経過するなかで、参加国数だけで見たら、すでにAIIBはADBを凌駕する組織となった格好です。

また、G20諸国のなかで、(欧州連合を除く19ヵ国のうち)AIIBに参加していない国は、米国、日本、メキシコの3ヵ国しかありません。残り16ヵ国はすべてAIIBに参加しています。

G20諸国のAIIBへの参加状況(EUを除く)
  • 参加国…中国、インド、ロシア、韓国、豪州、インドネシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、ブラジル、アルゼンチン、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダの16ヵ国
  • 不参加…米国、日本、メキシコの3ヵ国

(【出所】参加国はAIIBウェブサイト。なお、南アフリカは2023年11月24日に加盟)

日本はアジアのインフラ金融で除け者になりはしないか

日本がAIIBに参加しなかった理由については、安倍晋三総理大臣(故人)のもとで、当時、副総理兼財相を務めていた麻生太郎総理大臣(※現・自民党副総裁)がAIIB自体のガバナンスを問題視する発言などを行っていたことが知られています。

しかし、地理的に離れたメキシコはさておき、もしも米国がAIIBに参加しようものなら、それこそアジアの主要国では日本「だけ」がAIIBに参加していないことになるかもしれず、こうしたなかで出てきたのが、「日本はアジアのインフラ金融の仲間外れになってしまう」、といった危機感です。

実際、AIIBが発足する際には露韓両国だけでなく、G7のメンバーでもあったはずの英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダといった各国が、AIIB発足と同時に、あるいは発足から少し遅れて相次いでAIIBに参加したわけです。

当然、AIIBの発足の前後で、AIIBに参加しないという日本政府の判断を巡っては、「流れを読み誤ったものだ」、といった批判も生じています(それらの一部については、たとえば次のような記事で、現在でも読むことができます)。

日本は中国に対する冷静さを欠き、AIIB加入問題で流れを読み間違えた

―――2015.4.2 0:00付 ダイヤモンドオンラインより

最新・AIIBの投融資状況

プロジェクト承認件数・金額自体は急増

さて、当ウェブサイトではAIIBが四半期に一度のタイミングで公表する財務諸表などを手掛かりに、この「日本がアジアのインフラ金融の世界で除け者にされてしまう!」とする「予言」が的中したかどうかについて、「定点観測」を続けて来ています。

結論からいえば、日本は現時点においても、依然としてAIIBには参加していませんが、それでも「アジアのインフラ金融の世界で除け者にされ」てはいません。

それどころか、むしろ日米が主導するADBから案件の「おこぼれ」をもらっている、というフシもありました。

ただし、最近のAIIBのプロジェクト承認件数や金額などを見ていると、とくにコロナ禍以降、AIIBの融資額が急増していることが確認できます。

これについては、AIIBの『プロジェクト一覧』のページから「AIIBが承認した投融資案件の一覧」を年別に集計してグラフ化して見ると、明らかでしょう(図表2)。

図表2 AIIBのプロジェクト承認件数・金額

(【出所】Asian Infrastructure Investment Bank, Approved Projects をもとに作成)

2020年から22年までの3年間については、プロジェクト名称に「COVID」の文字が入っているものを便宜上「コロナ関連」とみなして、件数・金額については色を変えています(ただしプロジェクト名称に「COVID」が入っていない場合でも、コロナ関連の投融資が含まれているようです)。

これによると明らかに、2020年以降、投融資の承認件数が増え、2023年には件数、金額ともに過去最大となっていることがわかります。

本業融資額は300億ドルを超えた

ただし、図表2は「承認された件数と金額」であり、現実にAIIBが投融資を実行した金額を意味するものではありません。

これについて、AIIBの財務諸表をもとに、バランスシート上の総資産規模、および「本業融資と思われる部分」の推移を取ってみたものが、図表3です。

図表3 AIIBの主な資産構成

(【出所】Asian Infrastructure Investment Bank, Financial Statements をもとに作成)

ちなみに「本業融資と思しき項目」には、「償却原価法が適用される金銭債権」(Loan investments, at amortized cost、図中では「債権」)と、「償却原価法が適用される債券」(Bond investments, at amortized cost、図中では「債券」)の2項目を集計しています。

これで見ると、AIIBの「本業融資」はコロナ禍が発生する直前の2019年ごろまで低調に推移していたものの、コロナ後に融資が急激に伸び始め、2023年12月においては史上初めて300億円の大台に乗ったことがわかります。

まずは、順調に伸びている格好です。

セクター別でみるとコロナ関連が3分の1を占めている

次に、図表2でも示したプロジェクト一覧をセクター別に集計していくと、図表4のとおり、全部で251件の「承認済み案件」のうち、最多を占めるのはコロナ関連支援であることがわかります。

図表4 承認済みプロジェクトの分野別一覧(件数・金額)
分野 金額 割合
コロナ支援(63件) 166億ドル 33.73%
エネルギー(55件) 82億ドル 16.70%
交通(42件) 84億ドル 17.06%
水資源(15件) 39億ドル 8.04%
都市開発(15件) 24億ドル 4.92%
マルチ・セクター(42件) 62億ドル 12.69%
その他(19件) 34億ドル 6.88%
合計(251件) 491億ドル 100.00%

(【出所】Asian Infrastructure Investment Bank, Approved Projects をもとに作成)

このあたり、「AIIBは『一帯一路構想』に基づき交通・エネルギーなどのインフラ金融を支援するための組織だ」、などと指摘されることもあるのですが、実際に蓋を開けてみたら、コロナ支援関連が最多を占めているというのも意外な気がします。

また、エネルギーや交通、水資源などについて、案件ごとに確認していくと、ADBや世界銀行との協調融資案件も目につきます。

インドが全体の20%を占め、中国もさり気なく5位に

なお、投融資が承認されている金額491億ドルについて、おカネを借りている国(受信国)の一覧を集計してみると、トップはインドで100.2億ドル、以下インドネシア、トルコ、多国籍などと続き、さりげなく「胴元」である中国が5位にランクインしていることがわかります(図表5)。

図表5 承認済みプロジェクトの受信国(上位10ヵ国)
受信国 金額 割合
1位:インド 100.2億ドル 20.41%
2位:インドネシア 51.3億ドル 10.45%
3位:トルコ 43.8億ドル 8.92%
4位:多国籍 41.3億ドル 8.41%
5位:中国 40.2億ドル 8.19%
6位:バングラデシュ 38.7億ドル 7.89%
7位:フィリピン 33.1億ドル 6.74%
8位:ウズベキスタン 28.8億ドル 5.87%
9位:パキスタン 24.6億ドル 5.01%
10位:エジプト 15.7億ドル 3.20%
その他 73.2億ドル 14.90%
合計 490.9億ドル 100.00%

(【出所】Asian Infrastructure Investment Bank, Approved Projects をもとに作成)

邦銀の対外与信はAIIBの100倍

いずれにせよ、承認済みプロジェクトの金額自体が500億ドル近くに増えている以上、現時点で300億ドルのAIIBの本業融資の額も、これから右肩上がりで増え続けると予想されますが、ただ、この金額を多いと見るか、少ないと見るかは微妙でしょう。

そもそも論として、500億ドルや1000億ドル程度だと、「アジアのインフラ金融を独占する」というレベルではありません。先日の『邦銀国際与信が再び5兆ドル突破』でも指摘しましたが、邦銀全体の対外与信は2023年12月末時点において5兆ドルを超えていたりします(図表6

図表6 日本の対外与信相手国一覧(上位20件、2023年12月末時点、最終リスクベース)

(【出所】日銀『物価、資金循環、短観、国際収支、BIS関連統計データの一括ダウンロード』サイトのデータをもとに作成)

500億ドルといえば、邦銀の国際与信全体のざっと1%に過ぎません。逆にいえば、AIIBの承認済みプロジェクトの金額に対し、邦銀の対外与信は100倍だ、ということでもあります。

それに、AIIBに日本が参加しなかったことによって、邦銀の対外与信が顕著に減っているという兆候は見られません。『邦銀世界一は8年連続も…非常に少ない近隣国向け与信』でも取り上げたとおり、日本の金融機関の国際与信総額は2015年9月以降、じつに8年連続で「世界一」だからです。

いずれにせよ、AIIBの投融資額自体は(コロナの影響などもあって)順調に伸びているとはいえるものの、プロジェクトの3分の1がコロナ関連であり、本業であるところのエネルギー、交通、水資源などのセクターでの与信が急増しているといえるのかは微妙、といったところでしょう。

ましてや「日本をアジアのインフラ金融から『除け者』にする」というレベルなのかどうかについては、議論があるところだと思うのですが、いかがでしょうか。

新宿会計士:

View Comments (6)

  • 7位フィリピンに次いで8位にウズベキスタンが位置していることに興味を感じます。
    そしてカザフスタンはランクにない。なぜだ。今カザフスタンを統べるのは国連事務次長を務めたトカエフ氏。ポストロシア時代、彼なりの勝算があるのでしょうか。

  • それにしても、何の為に、この銀行作ったのかな?
    融資実績が少ないということは、資金需要が無い、資金需要かないということは、投資案件がない、投資案件がないということは、開発する気がない、ということになる。
    金融の原始は、頼し講、無尽講、その後、信用組合、信用金庫、相互銀行、地方銀行、都市銀行、メガバンク、と大きくなって行く。
    そして、融資相手は、個人、自営業者、小規模商工業者、中小中堅企業、大企業。
    資金目的は、投資資金と運転資金。

    コロナ対策費は、一時運転資金的なものか?

    AIIBは、開発資金投資が目的なのか、中小国の運転資金融資が目的なのか?

    何か、目的も意図も定まらぬ印象だ!
    だから、規模の予想予定範囲も定まらない?

  • 世銀に、アジア、米州、アフリカなどの地域名を冠した各開発銀行、これらは旺盛な資金需要がありながら、自前の資金調達力を持たない発展途上国に、長期、低利の融資をおこなって、その経済発展をサポートするのが設立目的です。なんか設立の意味合いも経緯も不透明という部分はあっても、AIIBも一応は同じ趣旨の金融機関と言って、間違いはないのでしょう。

    こうした金融機関への、主要な資金の出し手国がどういう思惑でいるかと言ったら、自国だけで手を突っ込むにはリスクの割に旨味が少ないけれど、多数の国との協調融資でやるなら、そこまで火の粉をかぶることもないし、うまく行って借り手国の経済が発展し、社会状況も改善、インフラ整備も進めば、そのときにはいよいよ自らが乗り出していって、二国間の経済関係の強化という名の実を取る。それが本音ということだと思います。一応は銀行ですから、借款に対して利息を付けて返済を求めるのが商売でょうが、出資国にしてみれば、その分け前なんぞは期待の外なんだと思います。

    借り手であるにも関わらず、出資もしている国が、こうした金融機関ではむしろ多数派のようですが、彼らの思惑と言ったら、もちろん融資がその分受けやすくなることを狙ってのことでしょう。

    図表1の出資国とその議決権のリスト、図表5の受信国とその割合のリストを見比べ出資国で喝借り手でかつ出資国の立場を一番うまく利用しているのがインド、次いでインドネシア、トルコというところになると思います。中国は何だか立ち位置がはっきりしないし、結局損な役回りになりかねないですね。

    ところで、これら国際金融機関の主要な資金の出し手、西側資本主義国は、言わば同業組合。その思惑に一番うまく答えて見せたのは、間違いなく戦後日本でしょう。その復興期には、一方的な資金の借り手だったのが、経済成長とともに資金出し手の国々との経済関係を深め、今や国際的協調融資の最大のプレヤーのひとつにまで上り詰めています。

    日本が借り手のリストから外れた後、次の候補と目されたのが中国。これも出し手の思惑に乗って、経済発展を遂げたまではよかったのですが、いざ西側資本主義国家が本格的なお付き合いを始めてみたら、これがとんでもない鬼子を育ててしまったことに、すぐに気が付くことになる。同業組合入りして、協調してやるどころか、オレ様の思うとおりでなけりゃ、承知できぬと、傍若無人に振る舞いだす。

    昨今の国際情勢。なんだかこうして生じてしまった綻びを、当て布して、みっともない部分を隠した上で、まともな面子でもう一度やり直そうという動きにも見えます。ハブかれそうになってる中国、相変わらず強気一辺倒に振る舞ってますが、実際のところその資金力と言ったら、かなりの程度不公正とも言える貿易慣行で稼ぎまくった米ドルですから、これ言わば見せ金。もう今までみたいに入ってこなくって、これから減る一方になるとしたら、一体どうなるのでしょうね? AIIBにして、人民元建て融資がないといっところに、この国の真の実力が露わになってると思うんですが。

    まずは仕切りやすいところから、ということで目を付けた「一帯一路」経済圏なる国々。親密な二国間関係=宗主国冊封国の現代版を目指したところが、「債務の罠」なんてサンザンな言われ様で、影響圏の拡大も怪しくなってきている上に、つぎ込んだ原資の回収すら覚束ない体たらく。

    AIIBにしたって、どうなるんですかね。うまく利用するだけ利用した、インド、インドネシア、トルコあたりの国々、借りたのは米ドル、別にオマエっちが出したカネじゃないだろ、なんて、後ろ足で砂を掛けられるハメにならなきゃ良いんですけどね。国際金融という高度に近代化された世界に、前近代の意識が改まらぬままに割って入ろうとしたって、所詮は無理という気がします。

  • 習近平中国は不慣れな金融外交などせず、朝貢外交をすれば良かったって事なのかなぁと。

    でも、中国はバブル崩壊が見えていたから、朝貢しに来た冊封国への下賜で困窮するのを避けたのかも。

  • 「バスに乗り遅れるな」とか「日本は世界の嫌われ者」とか言ったフレーズを
    オールドメディアから聞かなくなったのはいつだったか、もう全然思い出せません。

    コミュニティノートなどと言う直接的な”パンチ”が発明された事もあり、
    炎上万歳な人でもないとすぐに論破されてしまう事は言えない時代になったのでしょうね。

  • 多くの国が出資してますが、出資国にとって融資に絡んで自国企業が融資案件に絡んだ事業を受注できているかという観点が重要というか、それを狙って出資している国も多いでしょう。また、欧米の出資国からすれば、公正な競争入札によって事業を受注する業者がえらばれているか、債務の持続可能性に配慮がなされているかがポイントと思います。なかなかそうした点はAIIBの公開資料からは分からないところです。