中国が禁輸のホタテ「メキシコで加工」なら価格2倍も
中国が輸入を禁じ、行き場を失っているホタテをメキシコで加工し、米国の高級品市場に売り込めば、価格も中国で加工していた当時の2倍程度に跳ね上がる――。こんな話が出てきました。報じたのは日経ですが、もしこの流れがうまく行くならば、もう中国に輸出する必要はなくなります。まさに台湾パイナップルなどに続き、中国お得意の「セルフ経済制裁」が発動したのでしょうか。
目次
日中貿易の概況
日本にとっての対中貿易額は非常に大きいが…
日中友好を推進したい人たちは、得てして、「日本にとって、中国との経済的関係は重要だ」、「中国は日本企業にとって重要な市場だ」、などと主張します。
日中関係の行き詰まりもあってか、最近、「日中友好論」はすっかり鳴りを潜めてしまったフシがあります(その代わり、「日韓友好論」のようなものがまたぞろ浮上しているのは気になるところですが…)。
ただ、だからといって「日中両国は断交すべきだ」、などと唱えようものなら、やはり、「中国は日本にとって重要な相手国だ」、「日中断交など絶対にあり得ない」、などと主張する人も出て来るのではないかと思います。
いちおう念のために申し上げておくならば、当ウェブサイトとしては、単純な「日中断交論」には賛同しません。現実問題、(北朝鮮のような例外を除くと)どんな相手国であっても「断交状態」に陥ることは非常に困難だからです。
とりわけ、経済的な関係だけで見ると、日本にとって現在の中国は大変に重要な相手国でもあります。その代表例は、貿易額でしょう。
2023年を通じた日本の貿易高は210兆8016億円(うち輸出100兆8817億円、輸入110兆1711億円)でしたが、このうち対中貿易額は42兆1801億円で全体の20.01%を占めており、輸出は17兆7624億円で17.61%、輸入に至っては24兆4177億円で22.16%です。
つまり、もしも経済面で日中両国が「断交」でもしようものなら、日本の輸出の17.61%、輸入の22.16%が失われるということであり、日本経済が大混乱に陥ることは間違いありません。
このように金額「だけ」で見てみると、現在の日本にとって、中国はかけがえのない相手国であり、否が応でもお付き合いせざるを得ない相手国でもある、というわけです。「中国とは今すぐ断交せよ」、などと唱える人たちには、どうも現実は見えていないようなのです。
ただし、品目別に分解すると…!?
もっとも、日中関係が現在のままで良いのか、という話になると、そこはまた別の議論です。
当ウェブサイトでは基本的に、政治、経済などありとあらゆる論点については、「現在の話」と「将来の話」に分けて考えることが必要だと考えているのですが、日中関係についてもまったく同じことがいえます。
たしかに「現在は」、中国は日本にとって大変重要な貿易相手国ですが、「将来においても」、中国が日本にとっての重要な貿易相手国であり続けるべきかどうかは別問題でしょう。
いちおう、ここで事実関係を整理しておきましょう。
2023年の概況品目別データをもとに、日中貿易を整理しておくと、輸出に関しては図表1のとおりです。
図表1 対中輸出・概況品目別内訳(2023年)
品目 | 金額 | 構成割合 |
合計 | 17兆7624億円 | 100.00% |
1位:機械類及び輸送用機器 | 9兆3697億円 | 52.75% |
うち半導体等製造装置 | 1兆5307億円 | 8.62% |
うち半導体等電子部品 | 1兆2798億円 | 7.21% |
2位:化学製品 | 3兆1552億円 | 17.76% |
3位:原料別製品 | 2兆0293億円 | 11.42% |
4位:雑製品 | 1兆1541億円 | 6.50% |
5位:特殊取扱品 | 1兆1266億円 | 6.34% |
6位:原材料 | 5343億円 | 3.01% |
7位:鉱物性燃料 | 2039億円 | 1.15% |
8位:食料品及び動物 | 1368億円 | 0.77% |
9位:飲料及びたばこ | 507億円 | 0.29% |
10位:動植物性油脂 | 19億円 | 0.01% |
(【出所】財務省普通貿易統計データをもとに作成)
これで見ると明らかなとおり、日本の中国に対する輸出品目としては「機械類及び輸送用機器」というジャンルが圧倒的に多く、これだけで全体の過半を占めています。
ただ、品目をさらに細かく分類していくと、自動車などを除けば、対中輸出品目の多くは最終製品・最終消費財などではなく、「モノを作るためのモノ」(たとえば半導体製造装置や半導体等電子部品、電気回路等の機器など)で占められていることがわかります。
また、2位の化学製品、3位の原料別製品も同様に、基本的には中国の産業が生産活動をするための生産財が中心であり、こうした工業用の生産財・生産装置等は、日本の対中輸出高全体のざっと8割前後を占めていると考えて良いでしょう。
つまり、もしも「日中完全断交」などの事態が生じた場合には日本企業も輸出ができなくなって困るのですが、より困るのは中国の側かもしれません。というのも、中国としても日本からの素材、部品、装備品の輸入が止まれば、多くの工場が操業を停止してしまう可能性が高いからです。
輸入品目は軽工業品が中心
ただし、貿易の世界では、日本から中国への輸出だけではなく、中国から日本への輸入という要因も考慮しなければなりません。これについては輸入についても同様に、概況品を眺めておきたいと思います(図表2)。
図表2 対中輸入・概況品目別内訳(2023年)
品目 | 金額 | 構成割合 |
合計 | 24兆4177億円 | 100.00% |
1位:機械類及び輸送用機器 | 12兆5313億円 | 51.32% |
うち通信機 | 2兆8679億円 | 11.75% |
うち事務用機器 | 2兆2109億円 | 9.05% |
2位:雑製品 | 5兆2004億円 | 21.30% |
3位:原料別製品 | 2兆8374億円 | 11.62% |
4位:化学製品 | 1兆9239億円 | 7.88% |
5位:食料品及び動物 | 1兆1450億円 | 4.69% |
6位:特殊取扱品 | 3079億円 | 1.26% |
7位:原材料 | 2296億円 | 0.94% |
8位:鉱物性燃料 | 2282億円 | 0.93% |
9位:動植物性油脂 | 81億円 | 0.03% |
10位:飲料及びたばこ | 59億円 | 0.02% |
(【出所】財務省普通貿易統計データをもとに作成)
これで見ると、日本の中国からの輸入額自体は非常に大きいのですが、品目としては大変に偏っていることがわかります。2兆8679億円を占める「通信機」とは、おそらくはスマートフォンのことでしょう。また、2兆2109億円を占める「事務用機器」も、PCやタブレットなどの機器が中心であろうと考えられます。
また、2位の「雑製品」も、「メリヤス編み及びクロセ編み衣類」、「衣類」、「玩具及び遊戯用具」などの軽工業品が中心であり、3位の「原料別製品」のなかにも「アルミニウム及び同合金」、「ガラス及び同製品」などの軽工業品が顔をのぞかせます。
何のことはない、中国からの輸入品目の多くは組立加工品などを中心とする最終製品が中心であり、いわば、中国が日本の製品供給基地のようになっている、という構図にあるのです。
しかも、日中貿易額は日本の中国に対する一方的な貿易赤字状態となっており、こうした現実を見ると、「日本経済や日本企業にとって、中国は非常に大事な市場だ」、などとする主張が正しいのかどうかについては、極めて疑問です。
対外直接投資などの統計とあわせて照らし合わせてみるならば、正直、中国は日本にとって、恒久的なパートナーとなり得る相手国というよりはむしろ、単純に「人件費が安い」などの事情で現時点で生産拠点を置いているにすぎない、という構図が見えてくるのです。
水産物規制のショック
水産物の禁輸措置、日本経済への影響は「ほとんどなし」
さて、それはともかくとして、昨年から日中関係を騒がせている話題はいくつかあるのですが、そのなかのひとつが、中国による日本産の水産物の禁輸措置でしょう。
これは日本政府が福島第一原発のALPS処理水の海洋放出を実行したことに関し、中国側が強く反発し、事実上の制裁措置として導入したもので、現実に「日本のホタテ産業などに甚大な打撃が生じている」、などと報じられることも多いようです。
ただ、ここでもファクトチェックをしておくと、そもそも日本の中国に対する水産物の輸出高は「極めて少ない」のが実情です。
先ほども指摘したとおり、2023年を通じた日本の中国に対する輸出金額は合計で17兆7624億円ですが、そのうち少なくともざっと8割が工業製品――とりわけ「素材、部品、装備」――ですが、「食品及び動物」というジャンルの輸出高は1368億円で、対中輸出額全体の0.77%に過ぎないことが確認できます。
さらに、「食品及び動物」のジャンルの細目で見ると、「魚介類及び同調製品」は533億円であり、この金額は、いまや年間100兆円を超えた日本の輸出額全体に対し、0.05%と、ほぼ無視して良い金額だと考えておいて良いでしょう。
もちろん、ホタテ産業にとっては死活問題、というケースもあるかもしれませんが、日本経済に死活的な打撃が生じているというものではなく、日本にとって現在の状況は十分にコントロール可能です。
米国向けで価格も2倍!
こうしたなかでさらに興味深いのが、日経電子版が18日に報じた、こんな話題かもしれません。
ホタテ、メキシコ加工で価格2倍 中国禁輸で狙う米市場
―――2024年3月18日 3:53付 日本経済新聞電子版より
契約をしていないと全文を読むことはできませんが、日経によると北海道産のホタテをメキシコで加工し、米国の高級品市場に売り込む試みが本格的に始動した、とするもので、リード文にはこうあります。
「中国への依存度を減らす一方、価格は中国で加工していた当時の2倍程度に跳ね上がる」。
これは、なかなかに興味深い現象です。
調べてみると、日本貿易振興機構(JETRO)は「海外現地視察(ミッション)」と称し、3月13日から16日までの期間にかけて、『メキシコ ホタテ加工施設等視察・米国商談ミッション』を開催していたようですが、それだけではありません。
たとえばJETROは2月にも米ハワイ市場に向けた販路拡大などを目的に、現地のシェフやインフルエンサーを招いたツアーを実施(『ジェトロ、ハワイの著名シェフとインフルエンサーを東京、福岡、愛媛に招聘、視察ツアー実施』等参照)。
これについて『HTB北海道ニュース』の記事などで見る限り、参加者からは大好評を博したようです。
SNSで販路拡大 ジェトロが外国人インフルエンサー招いたツアー「お気に入りはホタテの刺身です」豊浦町
―――2024年 2月20日 16:05付 HTB北海道ニュースより
パイナップルの二の舞演じた中国
こうした話題で思い出すのは、中国の経済制裁の稚拙さです。
現在、街角のスーパーや果物屋などでは、台湾産の美味しいパイナップルを見かけることが増えてきましたが、これも元をただせば中国が台湾に課した事実上の経済制裁が、中国自身に跳ね返ったようなものです(『台湾産パイナップル禁輸が中国へのセルフ経済制裁に?』等参照)。
中国も現在、おそらくは「振り上げた拳の落としどころ」に困っているのかもしれませんが、困るのは中国の自業自得であり、私たち日本人が忖度(そんたく)したり、配慮したりする必要がある、というものでもありません。
また、今回の中国による対日禁輸措置自体は、とりあえずは水産物に限定されたものでした。
しかし、中国が経済を政治的な道具に悪用する国であるとする事実を、私たち日本人としては改めて認識できたはずであり、その意味では、そのような国との経済的関係を今以上に深めて良いのかどうかについては、財界、政界、官界、そして国民全体を巻き込んだ議論に発展させていく必要があることはいうまでもありません。
いずれにせよ、この「失われた30年間」を通じ、メディアがさんざん、対中投資を煽った結果がこの惨状ですが、日本はこれから「中国がなくても大丈夫な経済」を目指すのかどうかについては注目したいところです。
その際、先週の『日本経済が好調ならなぜか不調になる「中韓経済」の謎』でも取り上げた、国際問題評論家の石平(せき・へい)さんが執筆した『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』という書籍については、改めて読んでみる価値があるのではないか、などと思う次第です。
そもそも日本にとって中国は重要な相手国なのか?
なお、最後に少しだけ余談です。
「日中関係が重要だ」というのは、おもに貿易の世界の話であり、対外与信や投資、人的交流などの観点からは、必ずしもそうとは言い切れない、という点については注意が必要でしょう(図表3)。
図表3 日中の経済関係(ヒト、モノ、カネ)
比較項目 | 具体的な数値 | 全体の割合 |
訪日中国人(2023年1月~12月) | 2,425,083人 | 訪日外国人全体(25,066,235人)の9.67% |
訪中日本人 | データなし | 不明 |
中国在住日本人(2022年10月) | 102,066人 | 在外日本人全体(1,308,515人)の7.80% |
日本在住中国人(2022年12月) | 761,563人 | 在留外国人全体(3,075,213人)の24.76% |
対中輸出額(2023年1月~12月) | 17兆7624億円 | 日本の輸出額全体(100兆8817億円)の17.61% |
対中輸入額(2023年1月~12月) | 24兆4177億円 | 日本の輸入額全体(110兆1711億円)の22.16% |
対中貿易額(2023年1月~12月) | 42兆1801億円 | 日本の貿易額全体(211兆0528億円)の19.99% |
邦銀の対中国際与信(2023年9月) | 775億ドル | 邦銀の対外与信総額(4兆6346億ドル)の1.67% |
中銀の対日国際与信(2023年9月) | データなし | 不明 |
日本企業の対中直接投資残高(2022年12月) | 1426億ドル | 日本の対外直接投資全体(2兆0792億ドル)の6.86% |
中国企業の対日直接投資残高(2022年12月) | 73億ドル | 日本の対内直接投資全体(3494億ドル)の2.09% |
(【出所】国際決済銀行、JETRO、外務省、法務省、日本政府観光局、財務省)
たとえば国際決済銀行(BIS)が公表する『国際与信統計』によると、2023年9月末時点の日本の金融機関の中国に対する与信(※最終リスクベース)は775億ドルで、これは日本の対外与信全体(4兆6346億ドル)に対して1.67%を占めるに過ぎません。
また、JETROが公表する統計でも、日本企業の対外直接投資残高は2.1兆ドルに達しているのですが、このうち中国に対する直接投資残高は1426億ドルで、全体の6.9%を占めるに過ぎません。
さらに、日中の往来に関していえば、「日本にやってくる中国人」、「日本に居住する中国人」はたしかに多いのですが、逆に、「中国に居住する日本人」も同様に多いとはいえません(※「中国に出掛ける日本人」に関するデータはありません)。
このように考えていくと、日中の経済関係が重要だ、などとする言説についても、本当にそうだといえるのか、少し留保が必要な気がしてならないのです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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