アルゼンチンで通貨半分以下に切下げ「ショック療法」

信じられない話ですが、アルゼンチンペソの公式レートは、2002年まで1ドル=1ペソでした。ところが、2002年に1ドル=2ペソに切り下がり、2015年には10ペソ台、18年には20ペソ台、21年11月には100ペソ台、今年8月には300ペソ台、と、順調に(?)切り下がってきました。報道によるとアルゼンチンの新政権はこのペソを一気に800ペソ台にまで切り下げる「ショック療法」を採用したようです。

アルゼンチンペソはかつて1ドル=1ペソだった!

外為市場では、アルゼンチンの通貨・ペソの「暴落」が続いています。

国際決済銀行(BIS)が公表する公式レートによれば、2023年12月4日時点での公式為替レートは1ドル=360.525ペソです。データ自体はかなり昔のものからあるのですが、ここでは20年分のデータをグラフ化してみました(図表)。

図表 USDARS

(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis) データをもとに作成)

ただ、最近の通貨の暴落が激しいためか、2013年以前の為替レートについては、ほとんど違いがわからなくなってしまっています。ちなみにかつてアルゼンチンペソは1米ドル=1ペソ、すなわち米ドルに対してパリティ(等価)だったのですが(グラフには表現されていませんが)。

アルゼンチンペソの歴史は通貨下落の歴史

この1ドル=1ペソだった通貨、今や1ドル=360ペソ台ということですが、為替相場を振り返ってみると、「暴落してその後は落ち着き、再び暴落する」、というパターンを繰り返してきたことがわかります。

最初の暴落は2002年に訪れ、その後は9年ほど安定期に入ります。具体的には、ペソは2002年2月12日にいきなり1ドル≒2ペソ、つまり半分に切り下がり、同年4月に3ペソの大台を超えたのですが、その後は9年間ほど、2~3ペソ台で安定的に推移していました。

アルゼンチンといえば、2001年に対外債務のデフォルトが発生していたのですが、通貨暴落もおそらくはこのデフォルトと関係しています。最初の暴落はその後、不思議な(?)安定につながったのです。

ところが、この安定が破られ始めたのが、2011年以降です。

具体的には、2011年1月に1ドル=4ペソの大台を突破し、いったん安定するも、ペソの下落が続いて2013年2月に1ドル=5ペソの大台を、同年11月には6ペソ台を突破。2014年1月24日には前日の6ペソ台から一気に7.95ペソ台に暴落し、わずか5日後には8ペソ台をつけるなどしています。

2014年といえば、アルゼンチン政府がニューヨーク州法に準拠して発行した債券の「再編」を巡り、ニューヨーク地裁が無効とする判決を下した(6月)ことで、その30日後の7月に、アルゼンチンが再び対外債務のデフォルトに陥った年でもあります。

非公式レートでは1000ペソ超えも!?

そして、その後もペソは、いったん下落して再び安定するなどを繰り返しました。

2015年6月に9ペソ台、同年12月17日には一気に1ドル=13.55ペソ、翌年2月は14ペソ~15ペソ台、2016年12月13日には1ドル=16ペソ台、と、順調に(?)上昇。2018年2月に20ペソ台を超えると、同8月に30ペソ台、同10月に40ペソ台、翌年8月に50~60ペソ台と暴落。

ついに2021年11月8日には1ドル=100ペソの大台を、今年3月8日には200ペソの大台をそれぞれ突破し。今年8月14日に史上初めて300ペソの大台を記録し、BISの最新データ(11月30日時点)では1ドル=360.53ペソ、とあります。

20年あまりで米ドルに対するペソの価値は一気に360分の1(!)に暴落した計算です。

ただし、この1ドル=360.53ペソという数値も、あくまでも公式レートのものであり、ロイターの10月11日付の次の記事によれば、非公式レートは一時、1ドル=1000ペソ超の水準にまで下落したのだそうです。

大統領選迫るアルゼンチン、ペソ非公式レートが1ドル=1000ペソ超へ下落

―――2023年10月11日午前 8:12付 ロイターより

BISデータによると、10月11日時点の為替相場は公式ベースで1ドル=350.03ペソでしたので、公式レートと非公式レートの違いは、じつに3倍前後、ということです。

いったん安定しながらも再び下落を始める、という流れは、まさに典型的な、通貨下落のパターンです。

新政権の「ショック療法」

こうした華々しい(?)ペソの暴落記録が、また塗り替えられたようです。

今週日曜日に発足したハビエル・ミレイ政権で経済賞を務めるルイス・カプト氏が現地時間12日、ペソの公式レートを約54%切り下げ、1ドル=800ペソにすると発表したのだそうです。

アルゼンチン、通貨ペソ54%切り下げ-経済危機に「ショック療法」

―――2023年12月13日 10:26 JST付 Bloombergより

ブルームバーグによると、今回の措置は「深刻なインフレに見舞われる経済危機を乗り切るため、ミレイ新政権が導入する『ショック療法』の第一弾」に位置付けられているそうです。

そのうえでブルームバーグは、「決定を直接知る政府高官」の話として、今後、同国中央銀行は為替相場を小刻みに調整する「クローリングペッグ制度」を導入し、ペソを毎月2%ずつ切り下げることを目指す、などと報じています。

ちなみにカプト氏は2018年6月に同国中銀総裁に就任したものの、約3ヵ月後に「個人的な理由」で辞任しています。

まずはインフレ退治と為替レート安定が重要

現在、アルゼンチンのインフレ率は年140%にまで上昇しているのだそうですが、こうした「ショック療法」がインフレを鎮静化するかどうかは注目に値します。というのも、アルゼンチンの大きな問題点のひとつは、公式レートと非公式レートの大きなズレにあったからです。

今回の1ドル=800ペソという為替レートが実勢レートに今後もどこまで合致していくのかは、現時点ではわかりませんが、少なくとも現時点において公式レートと実勢レートの差がなくなれば、人々の間で闇レートで競ってドルを入手するというインセンティブは減じられます。

経済は「期待」で動くとするのは有名な話ですが、アルゼンチンペソの今後のさらなる下落を見通した投機的な為替取引が沈静化すれば、、アルゼンチンペソの下落はいったん落ち着く可能性があります。

その意味で、一時的には大きなショックかもしれないにせよ、「ペソのこれ以上の下落に歯止めをかける」、「インフレを鎮静化する」という強い意志をアルゼンチン当局が示すという意味では、それなりの「期待効果」が生じる可能性は高そうです。

ただし、アルゼンチンが経済・財政再建に成功するかどうかは、今後の同国次第でしょう。

もともとアルゼンチンは豊かな農業国でもあり、また、未開発ではあるにせよ、おそらく観光資源なども豊富に眠っているものと考えられます。

それに、そもそも論として、通貨とは人々の生活に密着している存在です。しかし、個人的な拙い経験に基づけば、アルゼンチンでは小銭がほとんど流通していないなど、そもそも通貨制度自体に大きな欠陥がありました(『日常生活の延長で考える「意外とカジュアル」な通貨論』等参照)。

このように考えていくと、まずはインフレ退治と為替相場の安定が必要であることは間違いないにせよ、もしうまくインフレ鎮静化に成功すれば、その次に来るのはデノミネーションと新しい紙幣への切り替え(いわゆる「新ペソ」)ではないか、などと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 元雑用係 より:

    ショック療法とはいえ、実勢レートにまでは切り下げていないということは、暴落の調整をしていると言うことなんでしょうか。

    >2013年以前の為替レートについては、ほとんど違いがわからなくなって
    縦軸を対数にしてみるとか・・・(笑)

    元記事>年金支給の物価スライド制も廃止する予定だ。
    これ、キツそうですね。

  2. Sky より:

    縦軸を対数表示にしていただく方がよろしいかと。。。

    1. Sky より:

      あっ!
      元雑用係さまが既に同じ事をおっしゃっていた!

    2. 元雑用係 より:

      見るからに対数にしてみたいグラフでした。w
      といっても、何も見えないことも多いんですけどね~

  3. CRUSH より:

    吉野俊彦『円とドル』によれば・・・、

    信じられない話ですが、日本円の公式レートは、1870年頃には1ドル=1円でした。
    井上準之助が金解禁しようとした頃には1ドル=2円。
    WW2後のハイパーインフレの結果、1949年にはGHQが1ドル=360円と決定。

    数値だけは奇妙に似ている(かも)ですね。
    そんなものに特に意味はないんですけども。(笑)

    1. 匿名 より:

      1ドル=360円の経緯については、伊藤正直氏や浅井良夫氏の研究があります。

      結論から述べれば、対日為替問題はSCAP(連合国最高司令官総司令部)ではなく、国務省・財務省がの主導権を握っていた。マッカーサーは、日本統治を円滑に(メーデーやストなどの社会不安を起こさないために)、輸入価格を抑えて国内物価を高騰させないことを意図していた。その一方で、アメリカ政府の意を体してドッジは,徹底した財政の均衡化を通じて総需要を抑制するためにも、通貨切り下げ方向に動いた。この結果、当初のヤングレポート300円、コーエン案・経済科学局(ESS)330円から円安になったのである。

      なお、篠原三代平氏などからは「固定レート設定時の円は過小評価され割安レート」だったとの論説が述べられている。勿論、このレートが、その後の日本の高度成長期にどれほど貢献したか、語るまでもない。

      「円は360度だから360円だ」と角さんが言ったとか、真偽のほどは???

  4. sqsq より:

    アルゼンチン人が闇レートでペソをドルに替えたがる理由は:
    今日1ドル=800ペソで買えるもの例えばガソリン1リットルは明日同じ800ペソでは0.8リットルしか買えない。ところが800ペソを1ドルに替えておけば明日も1リットル買えるということだろう。
    アルゼンチン経済のインフレが収まらない限りどんなレートでもペソで持ってるよりもドルで持っていた方が安全という事ではないか。
    ペソは受け取った瞬間から溶けていく氷のようなもの。溶けないドルに替えなくては消えてなくなってしまう。

  5. はるちゃん より:

    アルゼンチンの課題を調べると、貧困層が多いとかインフレが酷いとか輸出が振るわないだとか、結果の話ばかりで、なぜそうなったのかという分析が見当たりません。
    多分ペロン政権以来の大きな政府路線による左派的バラマキ政策が原因であると思われます。チャベスや中国共産党などとのつながりを重視していたことからも、政策の根底がおかしかったのではないかと思います。
    今回のミレイ新大統領が行う政策の成否は、新自由主義的な政策が国民に受け入れられ継続的な改革が実施できるかどうかというところにかかっているのではないかと思います。
    ラテン系の人は我慢が出来そうにないところが問題ではあります。

    余談ですが、カトリック系の国民はお上任せで自分は努力しない傾向があるように思います。私は悪くないという感覚ですね。長年のカトリック教会の支配体制に慣れきってしまっているからかもしれませんが。
    プロテスタントのほうは、自分はどうなのかという自身への問いかけや責任感、誠実さがあるように感じます。
    スペイン系の国であるアルゼンチンでアングロサクソン的なミレイ新大統領の改革が成功するかどうか、歴史的実験を注視したいと思います。

    1. sqsq より:

      カトリックにとって労働は「神が人間に与えた罰」じゃなかったかな??

      1. はるちゃん より:

        キリスト教では、ルターやカルヴァン派などのプロテスタントが現れるまで、労働はアダムとイブがリンゴを食べたため神が人間に与えた罰だという事になっているようです。
        プロテスタントでは、労働は人間の自由な行為であるとされていますので、カトリックだけでなく全体主義や強権国家とは相容れない思想ですね。

  6. カズ より:

    > アルゼンチンペソはかつて1ドル=1ペソだった!
    貨幣価値の凋落は、ロシア・ルーブルも同じくですね。

    露国民:寒くて ”ぶ ルーブル” 震えるぜ!
    亜国民:ペソ(札束)で茶でも沸かすか・・。

    *無きにしも非ずなのかな?

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