アゼルバイジャンの軍事侵攻原因は「ロシア弱体化」か
日本時間の19日夜、アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフで軍事行動を開始し、交戦状態に入ったと報じられました。SNSなどでは実際に砲撃が行われる様子や、緊迫した街中の様子などが確認できます。そもそもアゼルバイジャンとアルメニアは隣国同士ですが、ナゴルノ・カラバフで長年争いを続けており、アゼルバイジャンにはトルコが、アルメニアにはロシアがバックについている、といった事情もあります。ということは、ロシアがウクライナ戦争で身動きが取れなくなったことの余波、ということかもしれません。
目次
アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフに侵攻
アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフで軍事行動を開始し、交戦状態に入ったと主要メディアが報じています。
Azerbaijan launches military action in Karabakh ‘to disarm’ Armenians
―――2023/09/19 22:48 GMT+9付 ロイターより
Azerbaijan launches operation against Nagorno-Karabakh
―――2023/09/19付 BBC NEWSより
ロイターやBBCなどによると、アゼルバイジャン政府は今回の軍事行動について、「ナゴルノ・カラバフ地区におけるテロリストの排除」により「憲法に基づく秩序を回復すること」を目的としたものであると宣言したそうですが、これに対しアルメニア側はこれを「全面的な侵略だ」と批判しているのだそうです。
また、SNSなどでは「ナゴルノ・カラバフ地区のものである」と称する、爆発の模様や緊迫した街の様子などを撮影した動画なども多く投稿されています。
#BREAKING War has begun in Karabakh.
Destruction of Armenian Tor air defense system in Khankendi. pic.twitter.com/omxCbLQkAc
— Clash Report (@clashreport) September 19, 2023
| Impactos en Stepanakert, Artsaj. Luego de que Azerbaiyán lanzó una operación militar en Nagorno Karabaj. pic.twitter.com/L1tW8R8RTz
— Mundo en Conflicto (@MundoEConflicto) September 19, 2023
人口、面積、GDPで存在感はないが…地政学的に重要
アゼルバイジャン、アルメニアというと、私たち日本人にとってはなかなか馴染みのない地域でもあります。両国はまた、人口や面積で見ても、あるいはGDPなどで見ても、世界的にあまり存在感がある地域ではありません(図表1、図表2)。
図表1 人口と面積
国 | 人口(2021年) | 面積 |
アゼルバイジャン | 1031万人(90位) | 8万6600㎢(112位) |
アルメニア | 279万人(137位) | 2万9743㎢(139位) |
日本 | 1億2550万人(11位) | 37万7975㎢(61位) |
世界 | 79億0930万人 | 1億3009万㎢ |
(【出所】総務省統計局『世界の統計』をもとに著者作成)
図表2 GDP
国 | GDP(2022年) | 1人あたり |
アゼルバイジャン | 787億ドル(73位) | 7,633ドル |
アルメニア | 195億ドル(120位) | 6,988ドル |
日本 | 4兆2311億ドル(3位) | 33,714ドル |
世界 | 100兆5620億ドル | 12,714ドル |
(【出所】The World Bank, GDP (current US$)、総務省統計局『世界の統計』をもとに著者作成)
しかし、地図を広げてみるとわかりますが、アゼルバイジャンは中央アジアのカスピ海西岸に位置し、内陸国であるアルメニアは国土の西側をトルコと接していて、北にジョージアを挟んでロシア、南にイランという、地政学的に見て、何とも微妙な位置にあります。
また、戦争が行われているウクライナは黒海を挟んで目と鼻の先でもあります。
歴史的要因と地理的要因
そんなアゼルバイジャンとアルメニアは、旧ソ連時代にはいずれもソビエト連邦に取り込まれていましたが、1991年のソ連崩壊に際してともに独立。
ただ、今回の「戦場」ともなっているナゴルノ・カラバフ地区は、旧ソ連時代はアゼルバイジャンの領域に含まれていたものの、アゼルバイジャンの独立の直後にアルメニア系住民がアゼルバイジャンからの脱退と、アルメニア系の「アルツァフ共和国」の独立を宣言(※国連は未承認)。
1991年から94年まで、アゼルバイジャンとの間で交戦状態となり(いわゆる第一次ナゴルノ・カラバフ戦争)、この地域はアゼルバイジャン側から事実上、独立したものの、2020年の「第二次ナゴルノ・カラバフ戦争」で再びアゼルバイジャン側が領土を一部取り戻しています。
話をややこしくしているのは、この一連の紛争が、周辺大国を巻き込んでいることです。
「日本アゼルバイジャン商工会議所」の『アゼルバイジャン共和国とは』によると、アゼルバイジャンの現在の公用語はテュルク系言語のひとつであるアゼルバイジャン語で、また、人口の93.4%がイスラム教徒(85%がシーア派、15%がスンニ派)とされます。
これに対し、「ファイブスタークラブ」の『アルメニアとは?どこにある国?ツアーや行き方もご紹介』などの解説によると、アルメニアの宗教は主にキリスト教であり、言語はインド・ヨーロッパ語族に分類されるアルメニア語が公用語です。
つまり、今回の紛争の裏には地理的な要因、歴史的な要因などが入り組んでいます。トルコはアルメニアを挟んだ隣国であるアゼルバイジャンを支援し、アルメニアはロシアが支援する、といったかたちで、周辺大国の思惑とバランスが入り乱れる地域でもある、ということです。
ロシアが動けない今、アゼルバイジャンが動いた
想像するに、今回のアゼルバイジャンの行動も、ロシアが現在、長引くウクライナ戦争の影響で国力が疲弊し、介入して来ない、という読みもあったのではないでしょうか。非常に乱雑なたとえですが、ウクライナ戦争に乗じて日本が千島、樺太を取り返そうと軍事行動を起こす、というようなものかもしれません。
また、アルメニアとしても、西側のトルコ、東側のアゼルバイジャンに挟まれ、大国・ロシアの支援が期待できないなかで、アゼルバイジャンと戦うという選択肢は、なかなかに取り辛いところです。
実際、中欧4ヵ国(チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキアのいわゆる「ヴィシェグラード諸国」)を拠点とする『ヴィシェグラード24』というウェブメディアによると、アルメニアのニコル・パシニャン首相は「ナゴルノ・カラバフを巡ってアゼルバイジャンと戦争をしない」と早々に表明したそうです。
BREAKING:
Armenian PM Nikol Pashinyan:
“Armenia will not go to war with Azerbaijan over Nagorno-Karabakh” pic.twitter.com/RQTiP2KxYv
— Visegrád 24 (@visegrad24) September 19, 2023
ところが、これに対しアルメニアの首都・エレバンの国会議事堂前では「裏切り者のニコル」などと叫ぶ群衆が押し寄せるなど、アルメニア側も国民感情に火が付いているようです。
Protests outside the Armenian Parliament in Yerevan continue:
“Nikol, the traitor!” pic.twitter.com/PD13XIBVSP
— Clash Report (@clashreport) September 19, 2023
ゼレンシキー大統領発言直後だけに印象的
いずれにせよ、国際社会としては、本来ならば停戦合意を破って軍事作戦を展開したアゼルバイジャンの側を非難すべきところかもしれませんが、それと同時に紛争のいたずらな拡大を招きたくないがために、(言葉は悪いですが)アルメニアを「見捨てる」という選択肢も考えられます。
このあたり、ウクライナのウォロディミル・ゼレンシキー大統領がつい先日、「もしこの戦争でウクライナが敗北したら、ロシアはポーランドに到達し、10年後には世界大戦が生じるかもしれない」、などと警告したことが話題となったばかり、というタイミングでもあります。
Zelensky says Putin could cause WW3 if US does not continue support for Ukraine after already plowing $70bn into nation
―――2023/09/18 07:43 BST付 Daily Mail Onlineより
しかし、話はそこに留まらず、ロシアが弱体化したらしたで、また新たな紛争が相次ぐ可能性がある、というわけです。
もしロシアが「崩壊」(?)でもした場合、差し当たっては中国が沿海州あたりを「取り返そうとする」かもしれませんし、また、ロシアはロシアで、日本が自国の弱体化の機を捉えて千島、樺太の奪還を仕掛けてくると恐れているかもしれません(日本にそれができるかどうかは別問題として)。
いずれにせよ、世界の軍事評論家の多くの分析は、今回のアゼルバイジャンによる「戦争」は、ロシアの身動きが取れないなかで、アゼルバイジャン側の勝利で終わるだろう、といったものです。
しかし、何らかの拍子で、たとえば身動きの取れないロシアに代わって、南の隣国であるイランがアルメニアの側につき、アゼルバイジャンに対する攻撃でも始めれば(※その可能性は低いと思いますが)、そこにトルコが参戦する、といった、思わぬ展開もあり得るかもしれません。
欧州全土やロシアを巻き込んだ第一次世界大戦が、サラエボでセルビア人青年がオーストリア皇太子夫妻を暗殺したことから始まったことを思い出しておくと、今回のアゼルバイジャンの軍事行動がユーラシア大陸、そして全世界の地殻変動のきっかけとならないかどうかは、少し注意しておく必要はあるでしょう。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
読者コメント欄はこのあとに続きます。当ウェブサイトは読者コメントも読みごたえがありますので、ぜひ、ご一読ください。なお、現在、「ランキング」に参加しています。「知的好奇心を刺激される記事だ」と思った方はランキングバナーをクリックしてください。
ツイート @新宿会計士をフォロー
読者コメント一覧
※【重要】ご注意:他サイトの文章の転載は可能な限りお控えください。
やむを得ず他サイトの文章を引用する場合、引用率(引用する文字数の元サイトの文字数に対する比率)は10%以下にしてください。著作権侵害コメントにつきましては、発見次第、削除します。
※現在、ロシア語、中国語、韓国語などによる、ウィルスサイト・ポルノサイトなどへの誘導目的のスパムコメントが激増しており、その関係で、通常の読者コメントも誤って「スパム」に判定される事例が増えています。そのようなコメントは後刻、極力手作業で修正しています。コメントを入力後、反映されない場合でも、少し待ち頂けると幸いです。
※【重要】ご注意:人格攻撃等に関するコメントは禁止です。
当ウェブサイトのポリシーのページなどに再三示していますが、基本的に第三者の人格等を攻撃するようなコメントについては書き込まないでください。今後は警告なしに削除します。なお、コメントにつきましては、これらの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、コメントにあたって、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。ブログ、ツイッターアカウントなどをお持ちの方は、該当するURLを記載するなど、宣伝にもご活用ください。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。
コメントを残す
【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
ロシアの弱体で可能性があるとしたら「核爆弾」の使用かもしれない。中国の軍事行動のハードルは低い。仮に沿海州を取り戻そうとするなら千載一遇のチャンスだろうからだ。しかしロシアと戦火を交えたなら、国連での共闘をはじめとした、同一行動はできなくなり両国ともに世界からの孤立は一層進むだろう。日本政府が北方四島奪還に行動を起こすことは考え難く、岸田には決断もできはしない。台湾有事は一応遠のくのではないか。しかし、切っ掛けはなんであれ世界大戦はゴメンである。核をつかえば「最終戦争」でそれこそ人類滅亡である。
ロシア・ウクライナ戦争に米国が深入りした場合に、中国が台湾や南シナ海、東シナ海で侵略戦争を始めるとの見方は軽視出来ないって事ですね。
もし、今回のアゼルバイジャンの軍事行動が、ロシア弱体化によるものだとしたら、ジョージアがロシアにどうでるのか、逆にロシアがジョージアにどうでるのかが気になります。
アルメニアも憲法9条を導入していれば、こんな事も起きなかった。とにかく、今すべきは酒を酌み交わして語り合う事です。イスラムはお酒不可?とにかく検討です。検討を加速させます。それでもだめなら遺憾砲です。
凄ぇ皮肉。憲法9条では、国はまもれないし、況してや検討と遺憾砲など、論外だ。そうだ!岸田文雄をやろう!なにせ元祖だからな。
「現代でなぜ戦争が起きるのか」を考える際に重要な一例ですね。集団的自衛権の有効性にも直結します。本件を無視したり曲解して平和を叫ぶ者が居たら、信用に値しないと言えるでしょう。
まぁ集団的自衛権否定論者はともかく、戦力放棄(自衛隊廃止)論者は、もはや左側にも居ない気がしますが。
新たな戦争をこのブログで初耳で衝撃を受ける俺だ!
日本ではあまりアゼルバイジャンに関するニュースは報道されないため存在感がなく、またこの近辺は宗教と民族がモザイクのように入り組んでいるので日本人が理解しにくい地域ではあります。
しかしアゼルバイジャンは古くから産油国であり(かのノーベル兄弟の石油会社もありました)、近年石油の産出量はピークを打って減少しているけれど、天然ガスの産出量が増えています。また「バクー油田」というのは一種のブランドのようなものでヨーロッパ諸国、トルコ等にとっては馴染みが深いものです。
このような産油国が紛争を起こすと、ロシアほどでないにせよ影響は大きくなる可能性はあります。天然ガスと原油の価格は今後どうなるんだろ。
各国のエネルギー安全保障に関する思惑から大国の干渉が入り乱れて、シリアのような泥沼とならねばよいですが。
私はロシア事情に詳しい訳ではありませんが、旧ソ連領やアフリカでの紛争はワグネルなどの民間軍事組織がロシア軍に代わって介入してきました。
ただワグネルの乱以後、プーチンは使い勝手の良かった民間軍事組織の危険性にも気付いたと思います。
今後民間軍事組織はロシア軍に編入されるようですので、ロシア周辺だけでなくアフリカでも内乱が起こりやすくなるのではないでしょうか?
常任理事国同士の対立に加えて、地域紛争への各地で勃発すると思われますので、国連による紛争解決はますます難しくなると思います。
国連が機能不全に陥れば、G7諸国での対応が必要にると思います。
ただ、日本が重要な役割を果たすのは難しそうですね。
岸田さんに世界平和への貢献について何か展望はあるのでしょうか?
核兵器廃絶のために30億円出すそうですが。
お金を出すことしか知恵が無いのかも知れません。
戦争を起こしたロシア、領土拡大の野望を隠さず近隣諸国に軍事的圧迫を加え続ける中国が常任理事国のまま居座っている状態なので、とっくに安全保障理事会は機能不全になっています。何だか第二次世界大戦前夜と似たような情勢になってきました。今回はロシア・中国・北朝鮮が枢軸国となり、G7が連合国になるでしょうか。難民は増えても一向に減ることはないでしょう。
進歩がありませんね。