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    Categories: RMB金融

外貨準備の世界では意外と広まっていない人民元の利用

外貨準備に関していえば、人民元の国際化は「足踏み状態」です。国際通貨基金(IMF)が四半期に1度公表する『COFER』と呼ばれる統計データによれば、世界の外貨準備に占める人民元の割合は2.58%で、金額は2881億ドルでした。おそらくその3分の1以上はロシアが保有しているものであると考えられますが、逆にいえば、「ロシア要因」を除外すれば、外貨準備資産の世界では、人民元の利用は意外と広まっていない、ということでもあります。

通貨の国際化

通貨の国際化と「トリレンマ」

「通貨の国際化」、と軽く言いますが、なかなかに簡単ではありません。

通貨を国際化したら、その国の為替相場が不安定になってしまうことが多いからです。通貨の国際化とは、資本の移動を自由化するということと同じことを意味しているからです。

日本の通貨・円は国際化されていますが、日本円は米ドル、ユーロなどに対し、日々、大きく為替変動しており、基本的に中央銀行(日銀)や財務省は為替相場をコントロールしていません。例外的に為替介入したときは、その介入した事実と方向、金額が事後的に公表されるのが一般的です。

また、資本移動を自由化しているにもかかわらず、「為替変動はどうしても困る」という場合には、独自の金融政策を放棄する必要があります。たとえば米ドルに対して為替相場を固定(ペッグ)するためには、金融政策を米FRBと基本的には連動させる必要があるのです。

したがって、金融政策の独立、為替相場の安定を両立させるためには、資本移動の自由に制限を加える必要があり、そのような国の通貨は国際化できません。

これが、「国際収支のトリレンマ」と呼ばれる、経済学の有名な鉄則です。

国際収支のトリレンマ

資本移動の自由、金融政策の独立、為替相場の安定、という3つの政策目標は同時に達成することができない。したがって、すべての通貨は①~③のいずれかを選ばなければならない

  • ①資本移動の自由+金融政策の独立…為替相場の安定を放棄しなければならない
  • ②資本移動の自由+為替相場の安定…金融政策の独立を放棄しなければならない
  • ③金融政策の独立+為替相場の安定…資本移動の自由を放棄しなければならない

(【出所】著者作成)

国際化するか、為替変動を呑むか、政策独立を諦めるか

日本、米国、ユーロ圏、英国、スイス、カナダ、豪州などは、上記①のパターンです。これらの国・地域は、通貨圏外との資本移動が自由化されており、金融政策も独立しているため、お互いの為替相場はほぼ市場メカニズムに基づいて動いています。

また②のパターンの典型例は香港(対米ドルペッグ)やデンマーク(対ユーロペッグ)であり、通貨バスケット制を採用しているとされるシンガポールも、この②の類型に近いのかもしれません。

ところが、中国の場合は為替相場(対米ドル相場)はかなり安定しており、また、独自の金融政策を維持しています。なぜこれが可能なのかといえば、事実上、人民元は国際的な市場で自由に取引でいる状態になっていないからです。

いや、もちろん、かつてと比べれば人民元の取引は自由化されており、とくに小口の取引(貿易金融、トレード・ファイナンスなど)においては、人民元の地位は間違いなく上昇しています。しかし、大口の機関投資家がにとって、人民元建ての債券市場などが広く開放されているという事実はありません。

このように考えていくと、人民元が国際化するためには、中国はまだ要件を満たしていません。

結局のところ、中国としては日米英などのように為替変動を呑むか、香港のように金融政策を完全に米国と連動するか、などの覚悟を決め、資本市場の全面的な開放を決める以外に方法はありません。

外貨準備に見る人民元の国際化の現状

COFERの最新データ

こうしたなかで、人民元の国際化が不十分であるという証拠があるとすれば、世界の外貨準備に占める通貨の割合です。

その参考になるデータのひとつが、国際通貨基金(IMF)が四半期に1度公表する、『COFER』と呼ばれる統計です。これは “Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves” の略であり、「各国が公式に公表してる外貨準備高の通貨別合計」、といったところでしょう。

これによると、2023年3月末時点における世界の外貨準備合計は12兆0396億ドルで、このうち通貨別内訳が判明しているのは11兆1505億ドル分です。そのさらに通貨別の内訳をみると、やはり米ドル6割弱、ユーロが2割弱、これに日本円や英ポンドが続き、人民元は5番目です(図表1)。

図表1 COFER通貨別内訳(2023年3月末時点)
通貨 金額 割合
内訳判明分 11兆1505億ドル
うち米ドル 6兆5806億ドル 59.02%
うちユーロ 2兆2047億ドル 19.77%
うち日本円 6095億ドル 5.47%
うち英ポンド 5411億ドル 4.85%
うち人民元 2881億ドル 2.58%
うち加ドル 2707億ドル 2.43%
うち豪ドル 2211億ドル 1.98%
うちスイスフラン 277億ドル 0.25%
うちその他通貨 4071億ドル 3.65%
内訳不明分 8891億ドル
合計 12兆0396億ドル

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)

逆に、あの使い勝手の悪い人民元が、よく5位に喰い込むものだという言い方もできるのかもしれませんが、これは後述する通り、ロシアによる人民元の保有が全体を押し上げている可能性が濃厚です。

米ドルの割合は下がっているが…人民元は増えていない!

また、COFERの中・長期的な傾向としては、外貨準備に占める米ドルの割合が下がっていることは事実です(図表2)。

図表2 世界の外貨準備に占める人民元建ての資産とその割合

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)

グラフの左軸は世界の外貨準備を構成する米ドル建て資産の金額、右軸は内訳が判明する部分に占める米ドルの割合です。かつて70%程度を占めていた米ドルは、現在だと60%を少し割り込む程度に下がっていることが確認できます。

しかし、人民元に関しては一時、米ドル建てで3373億ドルにまで達したことはありますが(※2021年12月末)、そこをピークとしていったん下落し、現時点においては3000億ドルを割り込み、外貨準備に占める比率も2.5%程度にとどまっています(図表3)。

図表3 世界の外貨準備に占める人民元建ての資産とその割合

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)

日本円と対照的に、人民元は足踏み中

ただし、これには為替変動などの影響も考えられるため、ドル表示になっているCOFERの元データを人民元に戻してみたものが、図表4です。

図表4 外貨準備の人民元(ドル表示と人民元表示)

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves 及び The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis) をもとに著者作成)

人民元建てに戻してみても、やはり人民元建ての外貨準備資産は減少していることがわかります。

ちなみに日本円に関していえば、増減はあるものの、基本的には5%台をキープしており(図表5)、これを円換算した額は史上最大の81兆1673億円にまで達しているのです(図表6)。

図表5 世界の外貨準備に占める日本円建ての資産とその割合

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)

図表6外貨準備の日本円(ドル表示と日本円表示)

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves 及び The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis) をもとに著者作成)

このように考えていくと、人民元の国際化は足踏みをしたままであることは間違いありません。

ロシアと外貨準備

ロシア要因はどうなった!?

ただ、これも非常に不思議な動きです。個人的には、2022年2月にロシアがウクライナに侵略したことを受け、とくにロシアの人民元建ての外貨準備が増えるという動きが入ると予想していたのですが、そうした事実は統計からはほとんど確認できないからです。

少し古いデータですが、ロシア中央銀行が下院向けに作成したレポート【※ロシア語】の112ページ目の記載によれば、ウクライナ侵攻直前の2022年1月1日におけるロシアの外貨準備は、ユーロが33.9%、金地金が21.5%、米ドルが10.9%、人民元が17.1%、英ポンドが6.2%――、などとなっています(図表7)。

図表7 ロシアの外貨準備の内訳
内訳 2021年1月1日 2022年1月1日
米ドル 21.2% 10.9%
ユーロ 29.2% 33.9%
人民元 12.8% 17.1%
英ポンド 6.3% 6.2%
その他通貨 7.2% 10.4%
金地金 23.3% 21.5%
合計 100.0% 100.0%

(【出所】ロシア中央銀行がロシア下院向けに作成したレポート【※ロシア語】の112ページ目を参考に著者作成)

このデータとIMFの『IRFCL』(※)というデータベース(※英語の “International Reserves and Foreign Currency Liquidity” を略したもの)を組み合わせると、ロシアの外貨準備高の通貨別構成は、図表8のとおりです。

図表8 ロシアの外貨準備高の通貨別構成内訳(2021年12月末時点、想像図)
内訳 金額 2022年1月
米ドル 674.6億ドル 10.9%
ユーロ 2098.2億ドル 33.9%
人民元 1058.4億ドル 17.1%
英ポンド 383.7億ドル 6.2%
日本円 365.2億ドル 5.9%
加ドル 198.1億ドル 3.2%
豪ドル 61.9億ドル 1.0%
星ドル 18.6億ドル 0.3%
金地金 1330.7億ドル 21.5%
合計 6189.3億ドル 100.0%
※うち、西側諸国通貨 3800.2億ドル 61.4%

(【出所】ロシア中銀データおよびIMFデータをもとに著者作成。ただし、合計額は「6189.3億ドル」となっているが、IMFのデータ上、2021年12月末の外貨準備合計額は6306.27億ドルであり、一致しない)

したがって、ロシアだけで人民元建ての外貨準備資産は1000億ドルを超えているはずであり、また、ウクライナ戦開戦後は、経済制裁などに伴い、ロシアが保有しているであろう人民元建ての外貨準備資産は、さらに増えていても不思議ではありません。

いずれにせよ、3000億ドル弱の人民元建ての外貨準備資産については、その3分の1強がロシア一国の保有であるという可能性が濃厚であり、人民元の国際化の実態は、私たちが考えているよりもさらにお寒い状況にあるのかもしれません。

その他通貨って?

もっとも、少し気になる動きがあるとしたら、COFERの統計には含まれない「その他通貨」の割合が、少しずつ増えていることでしょう(図表9)。

図表9 世界の外貨準備に占めるその他通貨建ての資産とその割合

(【出所】International Monetary Fund, Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves をもとに著者作成)

この「その他通貨」に含まれるのがいったい何なのかは気になるところではありますが、これについては残念ながら、統計が存在しないため、わかりません。ただ、ウクライナ戦争直前の2021年12月時点で3725億ドル、3.09%だった「その他通貨」は、直近だと4071億ドル、3.65%にまで上昇しているのは気になります。

一部報道では、ロシアが石油決済代金を米ドル以外の通貨(インドルピーでしょうか?)などで受け取っている、などとする情報もあったようですので、こうした主要通貨以外の通貨での外貨準備が増えているのは、「ロシア要因」というものもあるのかもしれません。

いずれにせよ、少なくとも外貨準備の世界においては、世界の中央銀行・通貨当局における人民元の保有残高が顕著に増えているという事実はありませんが、「その他」については少し気になるところといえるかもしれません。

新宿会計士:

View Comments (4)

  • 毎度、ばかばかしいお話しを。
    中国:「人民元の国際化は、欧米と中国、または素人と専門家とでは、その意味するところが違う」
    ということは、某会計士と中国とでは、定義が違うのですね。

    • 毎度、ばかばかしいお話しを。
      中国;「中国が世界を支配すれば、通貨は人民元だけになる」
      これって、笑い話ですよね。

  • イオンで買い物して「おつりは全国イオングループで使えるクーポンでいいですか」と聞かれたらどうする?
    明日もここで買い物するから「いいよ」という人もいるかもしれない。
    でも普通は「現金でくれ、明日はイトーヨーカドー行くかもしれない」という事になるだろう。クーポン=人民元、現金=ドルということ。
    どこでも使えるからみんなが欲しがる。

  •  ユーロ圏の保有するユーロを外貨準備高に計上するのは日本が『円』を外貨準備高に計上するようなもの。
     少なくともドイツの保有するユーロは外貨準備高から除外しなければ真の数字ではない。
     ∵ユーロ≒マルク
     まあ、フランスの保有するユーロも除外しなければならないと思います。