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日本のメディアは客観的事実軽視=国際的調査で裏付け

最下位に近い「物事をありのままに伝える」「冷静な観察者である」

日本のジャーナリストは外国のジャーナリストと比べ、「政治的指導者の監視や精査」、「政治的決断に必要な情報の提供」、「政治的課題の設定」という役割をとくに重視している一方、「物事をありのままに伝える」「冷静な観察者である」という役割は軽視している――。こんな傾向がわかったとして、ネット上ではちょっとした話題になっているようです。といっても、情報源はかなり古い調査ですが、それでもネット上では共感を得ているようです。

WJS意識調査が面白い

インターネット上でちょっとした話題になっていたのが、 “The Worlds of Journalism Study” (WJS)というウェブサイトに掲載されていた、各国のジャーナリストに対する意識調査です。

同ウェブサイトによると、「WJS」とは「世界中のジャーナリズムの現状を定期的に評価するために設立された学術主導のプロジェクト」だそうですが、このプロジェクトが2012年から2016年にかけて実施した調査レポートが、なかなかに興味深いものなのだとか。

調査自体は全67ヵ国のジャーナリストらを対象に実施されていて、これについては “Country reports – WJS2 (2012–2016)” のページから確認できるのですが、本稿で注目したいのは、そのなかでも「ジャーナリストの役割」( “Roles of Journalists” )とする図表です。

これについては国によって微妙に項目が違うのですが、これはおそらく、各国ジャーナリストがこの質問にどう答えたかの違いによるのだと思います。

調査対象となった日本の「ジャーナリスト」は新聞・テレビ関係者がほとんど

また、日本のジャーナリスト(母集団)に関しては、次のような説明がなされています。

The majority of Japanese journalists in the sample worked for newspapers (51.1%). Another 46.7 percent of the journalists worked for television and only few journalists in the sample reported they worked for news agencies (1.7%). As for their current position in newsrooms, 33.1 percent of the respondents were reporters, 31.3 percent were department heads, 16.0 percent were desk heads or assignment editors, and 13.5 percent were senior editors.

つまり、調査対象のジャーナリストのうち、新聞社勤務が51.1%、テレビ局勤務が46.7%、通信社勤務が1.7%であり、職位で見ると記者が33.1%、部長が31.3%、デスクやエディターが16%、シニア・エディターが13.5%で、レポートを読む限りはフリージャーナリストらは対象に含まれていません。

日本のジャーナリストが重視している項目は?

こうしたなか、各国の記者が「大変に重要だ(extremely important)」、「非常に重要だ(very important)」と答えた割合を項目ごとに集計し、ランク付けすると、興味深いことがわかります。本稿では日本のジャーナリストが外国のジャーナリストと比べて重視している項目、軽視している項目を確認します。

まずは、「政治指導者の監視や精査(Monitor and scrutinize political leaders)」です。

図表1 政治指導者の監視や精査(Monitor and scrutinize political leaders)
ランク 国(回答数) 回答割合(%)
1位 日本(743) 90.8
1位 タンザニア(272) 90.8
3位 クロアチア(550) 88.4
4位 スウェーデン(587) 87.1
5位 エルサルバドル(250) 86.4
6位 米国(409) 86.1
7位 韓国(350) 86
7位 トルコ(93) 86
9位 スーダン(270) 83.7
10位 フィリピン(347) 80.7

つまり、日本のジャーナリスト743人のうち、90.8%が、ジャーナリストの役割において「政治的指導者の監視や精査」が必要だと考えているということであり、これが重要だと答えた割合は、タンザニアと同率の1位です。

同じく日本が上位に来る回答を調べてみると、こんなものがありました。

図表2 政治的決断に必要な情報の提供(Provide information people need to make political decisions)
ランク 国(回答数) 回答割合(%)
1位 タンザニア(272) 91.2
2位 米国(412) 88.8
3位 デンマーク(1352) 88.5
4位 スーダン(275) 87.3
5位 マラウィ(169) 85.2
6位 メキシコ(375) 84.3
7位 スウェーデン(592) 84
8位 クロアチア(551) 83.7
9位 日本(743) 83
10位 エジプト(398) 82.7
図表3 政治的課題の設定(Set the political agenda)
ランク 国(回答数) 回答割合(%)
1位 タンザニア(272) 90.1
2位 メキシコ(375) 70.7
3位 トルコ(92) 69.6
4位 エルサルバドル(247) 68.8
5位 韓国(350) 66
6位 マラウィ(163) 65.6
7位 コロンビア(536) 65.3
8位 タイ(369) 65
9位 日本(746) 60.5
10位 エクアドル(355) 59.4

この3つの項目から判断するに、日本のジャーナリストは諸外国のジャーナリストと比べ、自身の役割を「権力の監視」と置いており、ジャーナリストがみずから有権者に対し、政治的決断に必要な情報の提供を行うことと、政治的な課題を設定すること重視していることがわかります。

この時点で、「私たち有権者がジャーナリストに対し、権力の監視者となることを委託した記憶はないが…」、などとツッコミを入れたくなるような人も多いのかもしれません。

客観的事実を軽視する日本のジャーナリスト

ただ、ここでもっと興味深いのは、「物事をありのままに伝える(Report things as they are)」という役割が、極端に低いという事実です(図表4)。

図表4 物事をありのままに伝える(Report things as they are)
ランク 国(回答数) 回答割合(%)
1位 ラトビア(340) 99.4
2位 ブルガリア(263) 98.8
3位 コソボ(202) 98.5
4位 チェコ(289) 98.3
4位 米国(412) 98.3
62位 エチオピア(348) 66.4
63位 日本(744) 65.1
64位 オマーン(257) 63.4
65位 カタール(365) 54.5
66位 シンガポール(95) 49.5
67位 UAE(219) 44.7

この「物事をありのままに伝える」という項目を「重視する」と答えた割合は65.1%で、これはこの項目が出現した67ヵ国中63位、つまり下から5番目です。

また、「冷静な観察者である(Be a detached observer)」という項目を「重視する」と答えた割合は44.1%であり、これもこの回答が出てくる66ヵ国のうちで62位、すなわちやはり下から5番目なのです。

図表5 冷静な観察者である(Be a detached observer)
ランク 国(回答数) 回答割合(%)
1位 ラトビア(336) 96.4
2位 コソボ(198) 94.9
3位 スーダン(274) 94.5
4位 エジプト(398) 92.2
5位 フィンランド(366) 91.5
5位 トルコ(94) 91.5
62位 日本(743) 44.1
63位 コロンビア(538) 43.1
64位 シンガポール(94) 42.6
65位 UAE(205) 34.6
66位 タンザニア(272) 26.5

「あぁ、なるほどな」

もちろん、この調査自体は実施された年が若干古いこと、選択肢が多岐にわたっていることなどを踏まえると、これらの項目だけをもって日本のジャーナリストが世界のジャーナリストと比べて「こうだ」と決めつけるのは若干早計です。

ただ、少なくとも本稿で確認する5つの項目だけで見る限り、日本のジャーナリスト(新聞記者、テレビ局関係者ら)には、外国のジャーナリストと比べれば、次のような特徴があると結論付けて良いでしょう。

「政治的指導者の監視や精査」、「政治的決断に必要な情報の提供」、「政治的課題の設定」という役割が特に重視されており、その一方、「物事をありのままに伝える」「冷静な観察者である」という役割は軽視されている。

このあたり、故・安倍晋三総理大臣を巡る「もりかけ・さくら」問題(いわゆるMKS)が浮上するのは2017年以降の話ですが、客観的事実を無視し、「ジャーナリスト」らが問題をろくに定義もせず、ひたすら「怪しい」「怪しい」と騒ぎ立てていたことを思い出すと、「あぁ、なるほどな」と思う方も多いのかもしれません。

あるいは、このMKS型のスキャンダル追及が「(旧)統一教会問題」ですが、私たち日本国民のなかには、正直、この手のスキャンダル追及にはうんざりしているという人も多いのではないかと個人的には推測しています。

そういえば、『椿事件から玉川事件へと連綿と続くテレビ業界の問題点』あたりでも触れましたが、日本のメディアが政治的に公正中立ではなく、あきらかに政治的に偏向し、有権者の投票行動を曲げようとした、あるいは実際に捻じ曲げたという事例は、1993年と2009年、少なくとも過去に2回はあります。

とある参議院議員が1993年に発生した「椿事件」を「テレビ局に対する政治介入を許した痛恨事」、などと述べたそうですが、この「玉川事件」は歪んだ事実関係が大々的に報じられたという意味で、椿事件と本質的にはまったく同じです。「椿事件」と比べると、今回の「玉川事件」、正直、大したインパクトがあるとも思えませんが、この問題が連日のように炎上しているという事実は、インターネットとテレビ業界の力関係が完全に逆転しつつあるという状況を示すものでもあるのです。玉川事件と放送法玉川事件のインパクト:テレ朝の処分に...
椿事件から玉川事件へと連綿と続くテレビ業界の問題点 - 新宿会計士の政治経済評論

こうした事例を思い起こしておくならば、日本のジャーナリズムが自分たちをあたかも「第四の権力」であるかのごとく位置づけ、その特権的地位にしがみつき、腐敗し始めているというのは、そこそこ可能性が高いのではないかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (33)

  • https://www.youtube.com/watch?v=DpB98ev6sD0&t=0s

    このサイトの住人にはぜひ見てほしい動画。
    オリラジの中田がテレビを中心にその周辺の栄枯盛衰を詳しく解説。

    テレビの設立から電通の広告代理店化。
    広告主の疑問とニールセン追放による視聴率の欺瞞。

    ラジオ、映画をテレビが駆逐。
    そしてテレビはスマホとネットにより駆逐されるというのがよくわかる。

    ラジオ、雑誌、新聞ときてやはりテレビも退潮していく。
    まさに我々は時代の転換点にいると言っていい。

  • おはようございます。
    早朝からの記事更新をありがとうございます。

    今も、統一教会と政治資金スキャンダルでマスゴミは内閣批判。ダメ野党もマスゴミの記事をネタに国会質問で内閣批判。
    コロナ感染拡大の気配、北のミサイル、国土防衛、防衛予算確保のための増税案等々、マスゴミが報道すること、考察、批判、提案すべき重要なことは、他に沢山あると思います。

    「マスゴミがアホだから日本国やってられへん。」

  •  「政治的指導者の監視や精査」、「政治的決断に必要な情報の提供」、「政治的課題の設定」。頭に「ジャーナリスト側の都合に沿った」が漏れなくついているのが問題で。
     それらに「真摯に取り組んでいる」とか「この分野が得意」とかなら良かったのですが、「重視している」だけですからね。重点的に工作しているよというだけ。

     「重要な隣国」みたいなもんですかね。好きでもなく大切でもなく「重要」なだけ。監視しとかんと何しでかすかわからんから重要。

  • >このあたり、故・安倍晋三総理大臣を巡る「もりかけ・さくら」問題(いわゆるMKS)が浮上するのは2017年以降の話ですが、客観的事実を無視し、「ジャーナリスト」らが問題をろくに定義もせず、ひたすら「怪しい」「怪しい」と騒ぎ立てていたことを思い出すと、「あぁ、なるほどな」と思う方も多いのかもしれません。

    MKS問題は本当に馬鹿騒ぎでしたね。

    『関係していたら辞任する』って言質が取れてうれション状態の特定野党と特定メディアが、いつも以上に暴走して。

    安倍総理が政治力を用いて何らかの便宜を図った、図ろうとしたのであれば辞任に値する問題でしたが、全然そうではない訳で。

    • >あるいは、このMKS型のスキャンダル追及が「(旧)統一教会問題」ですが、私たち日本国民のなかには、正直、この手のスキャンダル追及にはうんざりしているという人も多いのではないかと個人的には推測しています。

      うーん、この辺りは「社会的問題」としての『旧統一教会問題』と捉えるか、「スキャンダル追及」としての『旧統一教会問題』と捉えるかで判断が分かれるかもですね。

      例えば、森友問題って「スキャンダル追及」として考えれば安倍元総理が政治力を用いて何らかの便宜を図った・図ろうとした訳ではない事は明白なので、騒ぎ立てる方が馬鹿だと考えます。

      でも、「社会的問題」として考えれば、政治家との個人的関係をちらつかせて行政担当者に圧力を掛け、特別扱いや優遇を獲ようとする不届き者に対して行政担当者がしっかり拒否する事、そしてその不届き者に対してどんな行政的処分をするかなどの問題となります。

      ちなみに、私は「政治スキャンダル」としてではなく「社会的問題」として旧統一教会問題をコメントで書いてるのですが、特定メディアや特定野党の「スキャンダル追及」だと第三者から勘違いされてるのかなーってふと思いました。

      • 付け加えると、岸田政権が旧統一教会問題に関して非常に受け身なのと対処を余儀無くされているのは、安倍晋三氏が暗殺された事もあってスキャンダル追及だけでなく社会的問題として有権者の関心が高いってのが大きいのかもですね。

  • 日経の異常性も当方そうとうに我慢がならなくなってきました。大目に見てやってきたけれど、自己正当性ポジショニングにすがった紙面作りはいったい何をやっているのやら。経済新聞を名乗ってあれでは。

  • 昔のデパートは老舗のオリジナリティを保って
    いくつかの店舗を間借りさせているだけでしたが
    今はスペースを提供するだけのショッピングモールになっています
    新聞もかつては記事スペースと広告スペースが明確に分かれていましたが
    今では記事自体も特定のスポンサーに買い上げられているのではないかと思います
    テレビでも番組自体が広告になっているものが多いようです
    オールドメディアはこのように記事や番組は客観的であるという先入観を利用して
    商行為として宣伝や洗脳を目論んでいるのでしょう
    まあネットの方が選択権があります
    ただ自分の好きな物しか閲覧しないという偏食に陥る危険性はありますが

  • 政治指導者の監視: ボイスレコーダーもって政治家の失言ひろいに行くこと。

  • おそらく複数選択なんでしょうが1位を取るとか、「権力監視教」状態ですかね。世界のジャーナリストの動向を分析するときには異常値で除外されそうです。
    回答者も政治部記者に偏ってたりするんでしょうかね。

    彼ら、権力の監視という看板を掲げているだけで、有名人や偉い人を追っかけて売文する芸能レポーターや皇室レポーターと、実は動機は変わらないんじゃないかと思ってしまいました。
    「権力の監視」と敢えて自ら語るうちに自己催眠にかかっているとかね。

    頭に浮かんでる記者の顔がイソコだったりするんで、記者全体への偏見になってるかもですが。(笑)

    • >自ら語るうちに自己催眠に

      新聞記者は職業的自家中毒患者である、そのように判断しています。

  • 日本のムラ社会構造の中に「掟を守らない者や異端者を吊し上げてみんなで集中攻撃する」という慣習があります。マスコミの場合は,攻撃対象が政治家や犯罪者であるだけで,基本的構造は同じです。理性より感情で動く傾向も強いです。それから,マスコミの上のほうの世代は,大学で共産主義寄りな思想教育を受けてきた人も多く,正義感が社会主義思想に根ざしてたりします。中堅以下の層は大丈夫かな。それから「掟」は「法律」とは微妙に異なるようです。「異端者」というのは,同調性圧力に従わない人や空気を読まない人です。

  • 不実の報導の末、無責任にその場を離れる「じゃぁな!リズム」。
    ”盛者必衰のことわり”に、その名を連ねる「じゃぁな!リスト」。
    ・・。

    • 奢れるものは久しからず 盛者必衰のおことわり 新聞記者の死

      を妄想してしまいました。

      • マスコミは煽り報道によって
        政治ショービジネスを展開しているのですよ。

        ショー(SHOW)業務上の日々☆キラリ!(諸行無常の響きあり) なんてね

        • >マスコミは煽り報道によって政治ショービジネスを展開

          擬音騒社の”¥カネ”の声。的な・・。

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