マリウポリ包囲作戦がロシアの戦況をさらに悪化させた

アゾフスタリ製鉄所でウクライナ兵の投降が続いている、とする報道に加えて、今回のマリウポリの包囲戦が結果的にロシア軍の戦争遂行能力を低下させ、指揮命令系統を混乱させているとの指摘も出てきました。その一方で、ロシアの人気番組では、退役大佐がロシアの置かれた状況を「非常に厳しい」と述べたそうです。「ついうっかり」なのでしょうか、それとも…。

アゾフスタリ製鉄所陥落

激戦が続いて来たウクライナ南部のマリウポリのアゾフスタリ製鉄所で、ウクライナ軍の投降が続いている、とする報道が出てきました。

Fears for Mariupol defenders after surrender to Russia

―――2022/05/18 14:10 GMT+9付 ロイターより

ロイターによると同製鉄所では「投降者の多くは負傷している」、「これらの投降者はロシアの支配する街にバスで続々と運ばれている」、などと指摘。数週間に及ぶ戦闘が終了したものの、今度はこれらの投降者らがロシアに連行され、どのような扱いを受けるのかについての「懸念が高まっている」、などとしています。

英国防衛省「ロシアの軍事作戦は遅延した」

いずれにせよ、今回のアゾフスタリ製鉄所の「陥落」をもって、マリウポリの激戦はロシアの勝利に終わったようですが、これに関して英国防衛省が本日公表した『インテリジェンス・アップデート』では、この戦闘自体がむしろロシアの戦争遂行能力をさらに低下させた可能性を示唆しています。

  • Despite Russian forces having encircled Mariupol for over ten weeks, staunch Ukrainian resistance delayed Russia’s ability to gain full control over the city.(ロシア軍が10週間以上にわたってマリウポリを包囲したにも関わらず、ウクライナ側の頑強な抵抗のため、ロシアが同市を完全に制圧することが遅延した)
  • This frustrated its early attempts to capture a key city and inflicted costly personnel losses amongst Russian forces.(こうした抵抗は主要都市を占領しようとするロシア軍の初期の試みを挫折させ、さらにはロシア軍に多大な人的損害を発生させた)

…。

そのうえで、英国防衛省は、ロシア軍がこうした遅れを挽回するために、正規軍以外の戦力を投入せざるを得なくなっていると分析します。『インテリジェンス・アップデート』で指摘されているのは、チェチェン共和国の独裁者であるラムザン・カディロフ首長の私兵がマリウポリで戦闘に関わっている可能性です。

このあたり、AFPの次の記事によれば、カディロフ氏自身はチェチェン紛争でロシア側に寝返った元独立派指導者の息子で、かつ、「プーチン大統領の忠実な配下」としても知られるのだそうです。また、「イスラム教徒が多数派のチェチェン共和国で、拷問や処刑など深刻な人権侵害を行っていると非難されてきた」のだとか。

プーチン氏に尽くす残虐部隊「カディロフツィ」 ウクライナでも活動

―――2022年4月15日 12:00付 AFPBBニュースより

英国防衛省の『インテリジェンス・アップデート』では、ロシア軍が私兵のような勢力を使わざるを得なくなっていること自体が指揮系統の分断を招き、結果的にはロシア軍の作戦を妨害することになる、との見方を示しているようです。

ロシアの人気番組で退役大佐が気になる発言

英国防衛省のツイートを信頼するならば、今回のマリウポリの陥落については、ロシアにとって単なる「局地的な勝利に留まる」だけでなく、「あれだけの激しい無差別攻撃・残虐行為を行い、ようやく一部の街を制圧したに過ぎない」という意味では、ロシアが置かれた状況の厳しさの証拠にも見えてきます。

いずれにせよ、マリウポリ包囲作戦などの遅延がロシアの戦況をさらに悪化させた可能性が非常に高いことは、間違いありません。

そういえば、ロシア軍はウクライナ戦争で投入した戦力の3分の1をすでに失っているとの指摘もありました(『「ロシア軍は投入戦力の3分の1を喪失」=英国防衛省』等参照)。

基本的には、局地戦で勝利を収めたとしても、それ自体、ロシアが戦争全体を制していると考えるのは早計、というわけでしょう。これに関して少し気になる記事が、英メディア『BBC』に先ほど掲載されていました。

ウクライナ侵攻での「ロシアの状況は悪化する」 ロシア軍退役大佐が国営テレビで発言

ロシアの主要メディアはウクライナでの戦争について、国外ではまず見られないような視点を提供している。まず、戦争と呼ぶことすらしない。しかし、16日に国営テレビで放送されたある番組で、驚くべき珍しいやりとりがあった。<<…続きを読む>>
―――2022/05/18付 BBC NEWS JAPANより

BBCによると、ロシアの国営テレビが1日に2回放送する目玉トーク番組『60 Minutes』で、16日に変わった出来事が発生したのだそうです。

この番組、普段はロシア政府の主張に沿った宣伝が繰り広げられているにも関わらず、この日はロシア軍退役大佐のミハイル・ホダレノク氏が現在のロシアの状況について、「我々は完全に孤立し、全世界を敵に回している」として危機意識を示したというのです。

BBCはまた、ホダレノク氏がロシアによるウクライナ侵攻が始まる前の2月の時点で、ロシアの防衛専門誌への寄稿で「ロシアがウクライナの戦争に簡単に勝つ」とする主張を批判したうえで、「ウクライナとの軍事紛争はロシアの国益にはならない」と指摘していたと述べます。

つまり、今回のホダレノク氏の発言は、「『だから言ったのに』というメッセージ」(BBC)、というわけですね。

BBCが報じたホダレノク氏の指摘のなかに、興味深いものは、ほかにもあります。次のような発言は、べつにロシアとウクライナの関係に限ったものではないでしょう。

「(ウクライナの兵士は)祖国を守りたいという思いは非常に強い。戦場での究極の勝利は、守るべき思想のために血を流している兵士たちの高い士気によって決まる」。

そのうえで、ホダレノク氏は「我々に敵対する42ヵ国の連合が存在し、我々の軍事・政治的な、そして軍事技術的な資源が限られている状況は、正常とは言えない」と指摘したそうです。

このあたり、「60 Minutes」がこんな内容を放送してしまったこと自体、不思議な出来事です。

BBCはこれについて、「予想外」だったのか、それとも「『特別軍事作戦』の進展に伴うネガティブなニュースをロシア国民に覚悟させるために、あらかじめ計画された現実の吐露」だったのかについては「結論は出せそうにない」としています。

いずれにせよ、今回の戦争がロシアの勝利で終わってしまうのかどうか、ロシアの国力が疲弊しつつも戦争が長引くのか、あるいはロシアが無様に敗戦するのかについて、引き続き気になるところであることは間違いないでしょう。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. とある福岡市民 より:

    ……その後、ミハイル・ホダレノクの姿を見た者は誰もいなかった。プーチンの手によって殺害されたか、シベリアの収容所に送られて死亡したのであろう。

    ーー2072年発刊「ウクライナ戦記」より

  2. 元ジェネラリスト より:

    雑談板ではにわさんがその動画を紹介してくだいましたが・・・

    その退役軍人の発言中、をれを裏付ける資料映像(NATO軍による武器輸送や西側首脳の揃い踏み)を番組が流してるんで、番組には世界中が敵に回っている事実を視聴者にしっかり認識させる意図があると思いました。

    開戦初期の頃のロシアの番組では、出演者が戦争を忌避する発言をすると司会者が慌てて遮る場面も見かけましたので、戦争遂行に都合のいい世論形成をしていたと思っていました。(あるいは番組の政権への忖度で)
    引き際を考え始めたのかと思いました。敗北による戦争終結が勇ましい世論の不満となるのを少しでも減らそうと。

    今後、臥薪嘗胆に変わっていったりして。まあ、わかんないですけど。w

    1. 元ジェネラリスト より:

      「揃い踏み」は首脳じゃなくNATOの外相ですね。
      まあ、どうでもいいですけど。

    2. はにわファクトリー より:

      国内メディア数社もロシア国営テレビの翼賛番組が放送した「変化」を報じました。
      当方には BBC 記事は現状すべてをうまく語りつくしているように思えます。
      ロシアはこれから全世界相手の聖戦を始めるつもりなのでしょう。
      ほんのちょっぴりの真実を声高に喧伝しながらの支離滅裂な言い訳がこれからも続くということです。

      1. 元ジェネラリスト より:

        仮にプーチンが落とし所を考え始めたとしても、選択肢はないと思いますので、結局そうなるような気もします。

  3. 引っ掛かったオタク より:

    露軍の退役軍人会だかは開戦前からウクライナへの軍事侵攻反対で論陣を張っておったやに聞き及びますが…
    配信側の意図がいずれにあるにせよ国営放送で流れたなら露国民のリアクションが気になるトコロでアリマス。

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