ロシア・ルーブルと韓国ウォン。かたや開戦前の1ドル=80ルーブル台を割り込む通貨高となる一方、かたやコロナ禍直後の1ドル=1260ウォンを超える通貨安となるなど、同じ新興市場諸国通貨でありながら、くっきりと明暗が別れた格好です。ただ、考え様によっては、現在のロシアの姿は、仮に「韓国で外貨準備が尽きたときに何が発生するか」を読むうえでは、大変に興味深い事例といえるかもしれません。
目次
国際収支のトリレンマ
当ウェブサイトで常々紹介する議論のひとつが「国際収支のトリレンマ」です。
これは、「①資本移動の自由」、「②金融政策の独立」、「③為替相場の安定」という3つの政策目標を「同時に」達成することは不可能である、とする、経済学の鉄則のようなものです。
- 「①資本移動の自由」、「②金融政策の独立」を重視すれば、「③為替相場の安定」を捨てねばならない
- 「①資本移動の自由」、「③為替相場の安定」を重視すれば、「②金融政策の独立」を捨てねばならない
- 「②金融政策の独立」、「③為替相場の安定」を重視すれば、「①資本移動の自由」を捨てねばならない
おそらく現代国際社会において、どんな国もこの「トリレンマ」からは自由になることはできません。
日本の場合は①、②の政策目標(資本移動の自由、金融政策の独立)を重視しているため、必然的に③の「為替相場の安定」という政策目標を捨てるしかありません。為替相場が円高に行こうが、円安に行こうが、基本的には市場メカニズムに委ねるのです。
行き過ぎた円高、円安に対しては、まれに為替介入を実施することもありますが(たとえば2011年の東日本大震災の直後には、米FRB、欧州中央銀行など世界の主要中銀が円売りの協調介入を行っています)、基本的には、日米英欧などの先進国通貨は市場メカニズムで為替相場が動いています。
自国通貨安は経済にどういう影響を与えるのか
ただ、やはり自国通貨の価値が急変動することは、とくに発展途上国、経済が弱い国にとっては困りものです。
いつも報告しているとおり、自国通貨安、自国通貨高の影響はシンプルではありませんが、ざっくりいえば、外貨建ての債権を持っている国や輸出立国にとっては自国通貨安は歓迎すべきですが、外貨でカネを借りている国や輸入が多い国にとっては、自国通貨安は非常に大きな脅威です(図表)。
図表 自国通貨高、自国通貨安の経済に対する影響
項目 | 自国通貨安 | 自国通貨高 |
---|---|---|
外貨建て債権 | 〇 | × |
外貨建て債務 | × | 〇 |
輸出競争力 | 〇 | × |
輸入購買力 | × | 〇 |
(【出所】著者作成)
日本の場合、国を挙げて巨額の外貨建ての債権を保有しているため、円安が進めば日本の機関投資家が大いに潤うという特徴があるのですが(このあたり、メディアがほとんど報じないのは不思議です)、外国から外貨で多くのカネを借りている国の場合は、自国通貨安が進めば国家破綻の危機が見えてきます。
このため、とくに発展途上国の場合は、自国通貨の乱高下を防ぐために、厳格な資本規制を導入することが一般的です。たとえば中国はいまだに資本規制を導入していて、西側諸国の機関投資家などが中国本土に自由に証券投資などを行うことはできません。
いったん資本市場を対外開放してしまった場合、自国通貨の為替相場は市場変動の波に晒されるのですが、それでも発展途上国は何だかんだ理屈をつけ、為替取引を制限しようとします。さらには、自国通貨の価値が暴落したときには、緊急で資本規制を導入し、通貨安を防ごうとするのです。
ロシアの事例:強引な資本規制と無茶な利上げ
その典型例が、ロシアでしょう。
ロシアは2月24日のウクライナへの軍事侵攻を契機に、西側諸国からの厳格な経済・金融制裁を発動され、一時、通貨・ルーブルは1ドル=150ルーブル近くにまで下落したのですが、このところルーブルの価値は戦争前の1ドル=80ルーブル前後に戻してきています。
さきほどWSJのマーケット欄で確認したところ、現時点では1ドル=75.88ルーブルであり、開戦前よりもむしろルーブル高です。
これは、「ロシア経済が安定している証拠」と見るべきなのでしょうか?
残念ながら、違います。
まず、ロシアは西側諸国の制裁発表直後に、政策金利をそれまでの9.5%から、一気に20%にまで引き上げています(『数字で読む:欧米金融制裁がもたらす「ルーブル不安」』等参照)。
ロシアのSWIFT除外措置、外貨準備凍結措置などで、ロシアの金融・経済が早速混乱しているようです。ロシアのATMでは長蛇の列ができ、政策金利は9.5%から一気に20%に引き上げられ、ルーブルは一時1ドル=100ルーブルの大台を突破したからです。こうしたなか、本稿ではIMFの外貨準備統計をもとに、今回の一連の措置がロシアの行動にどういう影響を与えるか、具体的な数字で仮説を立ててみたいと思います。速報:米国がロシアにドル取引を禁止最初に「速報」的に取り上げておきたい話題があります。Treasury Prohibits Tran... 数字で読む:欧米金融制裁がもたらす「ルーブル不安」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
これに加え、「非友好国」に対する1回の支払が1000万ルーブルを超える外貨での取引については許可制が導入され、さらには外貨建ての債務についてもルーブルで支払うことを容認する、といった措置も導入されています(『ロシア「非友好国リスト」は金融制裁が効いている証拠』参照)。
中国は対露「1000億ドル支援」に耐えられるかロシアによる「非友好国リスト」に対する事実上の「借金踏み倒し宣言」は、ロシアに対する「SWIFT排除」「外貨準備凍結」「起債制限」などの金融制裁がてきめんに効いている証拠です。そして、明らかに国際法に違反する大統領令を出したことで、ロシアは却って国際的な信用を喪失することになるでしょう。本稿ではこれについて、報道や統計データなどをもとに、その実態を詳細に検討してみます。ロシアの違法な一方的宣言「非友好国リスト」は一種の「借金踏み倒し宣言」『「借金踏み... ロシア「非友好国リスト」は金融制裁が効いている証拠 - 新宿会計士の政治経済評論 |
さらには、ロシアの『インターファックス通信』(英語版)によれば、ロシア企業などに対しては輸出取引などで得られた外貨収入の80%を強制的にルーブルと交換するという措置も導入されています。
Russia requires exporters to sell 80% of FX revenue, figure could top $400 bln by year’s end
―――2022/02/28 13:12付 インターファックス通信英語版より
ルーブル高の背景には、こうした通貨防衛策や厳格な規制の存在があると考えるのが自然でしょう。
ただし、通貨防衛を目的とした利上げは、国内経済にかなり大きな打撃を与えます。極端な金融引締め効果をもたらすからです。
現在、ロシアの政策金利は20%から17%にまで引き下げられたようですが、それでも開戦前の9.5%という水準と比べれば非常に高い金利です。当然のことながら、ロシアの国民生活はかなり厳しくなっていると考えるべきでしょう(それがどこまで続くかは別として)。
韓国ウォンが2年ぶりに1ドル=1260ウォンを突破
こうしたなか、「為替相場」という点ではもうひとつの興味深い事例もありました。韓国の通貨・ウォンの対米ドル相場が1ドル=1260ウォン台へと突入しているのです。
韓国メディア『中央日報』(日本語版)の今朝の記事によれば、「ウォン相場の防衛線」とみなされている1ドル=1250ウォンの大台を突破するのは25ヵ月ぶりのことであり、背景には米FRBの緊縮傾向や中国・北京の封鎖などの懸念がウォン相場に影響を及ぼしている、などとしています。
「北京封鎖」への恐怖…ウォン相場、1ドル=1250ウォンを突破
―――2022/04/27 06:54付 中央日報日本語版より
ちなみに中央日報の記事では「1ドル=1250ウォン」とありますが、現実にはもっと進んでいます。WSJのマーケット欄によると、USDKRWは日本時間10時30分時点で1ドル=1263.00ウォン前後だからです。
ただし、それと同時にこのまま韓国ウォンが「フリーフォール」状態となる可能性は、そこまで高くなというのが個人的な見方です。なぜなら、韓国の場合はまだ外貨準備が残っているため、ロシアのような「資本規制」「利上げ」のコンボで通貨防衛をするという必要性はないからです。
『「為替介入」の証拠?減少基調に入った韓国の外貨準備』などでも取り上げたとおり、少なくともコロナ禍が深刻化した2020年3月以降、自国通貨高抑制のための為替介入の結果、韓国の外貨準備は約500~600億ドル程度増えていることが確認できます。
「韓日通貨スワップ再開論」は出て来るのか?韓国の外貨準備が3月に減少しました。「現金預金+有価証券」の部分だけで見れば40.2億ドルの減少です。これについて同国の中央銀行は「ドル高の影響で換算額が減ったからだ」と説明しているそうですが、はたしてこの説明は事実でしょうか。同国の経済構造などに照らすと、極めて怪しいものです。韓国が為替介入を行う理由当ウェブサイトで以前から報告しているとおり、韓国では通貨当局が日常的に為替市場介入を行っているようです。このことは、米財務省も議会向けレポートでかなり以前... 「為替介入」の証拠?減少基調に入った韓国の外貨準備 - 新宿会計士の政治経済評論 |
したがって、いつものパターンだと、本日の後場あたりで為替介入が入り、1ドル=1250ウォン以下の水準に引き戻されるのではないかと予想しているのですが、ただ、こうした動きが本格化してくれば、いつまでも為替介入でドル・ウォン相場を引き戻すという手段を使うことはできません。
日米にメリット皆無な「日米韓三角スワップ構想」
そもそも韓国ウォンは、ウォン高にもウォン安にも弱い通貨です。
ウォン高になり過ぎれば輸出競争力が損なわれますし、ウォン安になり過ぎれば、日本などからの「素材・部品・装備(素部装)」の輸入コストが押し上げられ、また、外貨建てで借り入れている債務の負担が重たくなってしまいます。
ただ、韓国が恐れているのはどちらかといえばウォン安、というよりも「外貨流出」でしょう。日韓通貨スワップなどの安全網がないなかで、1997年のアジア通貨危機、2008年の金融危機のような外的ショックが発生すれば、韓国の通貨が「フリーフォール」状態に陥るかもしれません。
だからこそ数日前、韓国メディア『朝鮮日報』(日本語版)に「日米韓三角スワップが必要だ」、などとする主張が掲載されたのでしょう(『日米のメリットは皆無…韓国紙「日米韓三角スワップ」』参照)。
政権交代間近の韓国から、やっぱり出てきたのが「日韓通貨スワップ再開論」です。しかも、今度の議論は「日米韓三角スワップ」だそうです。これを掲載したのは韓国紙『朝鮮日報』(日本語版)の社説ですが、この「日米韓三角スワップ」とやらの構想を見ていてもうひとつ驚くのは、日米にとってメリットがほぼ皆無である、という点でしょう。円安と原発再稼働論円安は結局、日本経済にどんな影響を与えるのか最近、米ドルに対する円安が進んでいることもあり、「円安亡国論」がずいぶんと増えた気がします。ただ、こうした考え方には、... 日米のメリットは皆無…韓国紙「日米韓三角スワップ」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
いずれにせよ、現在の韓国のように、外貨準備が続くうちは、自国通貨安に対して為替介入を続けることができますが、外貨準備が凍結されてしまっている現在のロシアの場合は、通貨防衛は強引な資本規制か無茶な利上げくらいしか方法がありません。
逆に言えば、韓国でも外貨準備が尽きてくれば、もしかしたら現在のロシアが行っているような「資本規制+利上げ」の合わせ技を使わざるを得ないのかもしれない、ということです。
その意味では、ロシアが韓国の近未来図かもしれない、という考え方は、あながち見当外れではありませんし、昨今は通貨安を「金融」という側面から見るうえで、興味深い話題が次々と出てきているという言い方をしても良いのではないでしょうか。
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韓国が「スワップが必要だ!スワップが必要だ!」と叫び出す度に、あの国ではつくづく
「相手の国は韓国ウォンなんか欲しがらないんじゃないの?」
「代わりに何か”お礼”として差し出せるカードはあるのか?」
と言った都合の悪い指摘はタブー中のタブーなんだなあ、と思わされます。
一応新聞記事につくコメントなどでは「スワップなんかしてもらえる訳ないだろ」と
言った類の指摘もあるかも知れませんが、政府発表、社説、識者のコラムなどでは
そういう”見たくない現実”を書いているケースが全く記憶にありません。
あの国だと現実を見る能力はどんどん退化し、
現実から目を背ける能力はどんどん進化していくんでしょうね。
USD/KRW相場のリアルタイムのチャートを眺めていると、韓国の通貨当局者がどれほど必死に介入しているかが見て取れて、思わずほっこりしたりしています。
殊に時間足を一分足に設定すると、ますますリアルにその必死さが窺えるので是非ともお薦めするところであります。
問題はこれがいつまで持続可能かどうかでしょうね。
そういえば昨日でしたか、S&P社等の格付け機関が、韓国の国債信用を「AA安定的」に据え置いたというホルホル記事を目にしました。
流石、ですね。(笑)
もう日本に通貨スワップを望む必要はないでしょうし、潤沢な(?)手持ち資金であろう外貨であるドルが尽きるまで、頑張って為替介入を継続してもらいたいものです。
通過スワップに関しても岸田リスクが現実になりそうですね。もう、かんべんしてほしい。
自分は韓国の外貨準備高って本当に額面通りに受け取っていいのかなと疑っています。
ネットの情報だから確認しようも無いが、ジャンク債が多いとか、サムスンの内部留保も入っているとか(イ・ジェミン保釈の担保になったとか)いざという時に使えないものも多いんじゃないかと言われている。
じゃなければイランにお金返しているでしょ。フッ化水素の横流しなんて制裁されるかもしれない危ない橋を渡らずとも。
韓国ウォンの近未来として、
手元不如意の状態が昂進して
ついついロシアとのヤバい取引に手を出した結果、
G7国のセカンダリーサンクションを喰らって、
「資本規制+利上げ」の合わせ技、発動時期早まる。
なんて可能性はどうでしょう。
ウオン安かつさらに円安という現状は韓国にとって最悪です。ウォン安の唯一のメリットである輸出競争力が円安によって日本よりは相対的に劣ってしまう。まさに踏んだり蹴ったり。
日本はさらに円安で苦しかろうと記事に書いて自分を慰めてますが。
スワップで為替安定というのは韓国生まれの妄想です(あくまでも私見)。アメリカはその妄想に一切興味を示さない。多分韓国の言ってる意味がアメリカには理解できないと思います。
「介入資金をスワップで?自由な為替の取引に介入するなと常々言ってるのに介入の手伝いなんかするわけないだろ」アメリカはこう言ってるに決まってます。アメリカは似て非なる為替スワップをドルの安定のためだけに導入することがありますが、必要がなくなればさっさとやめます。実際韓国の意向など全く聞きませんでしたよね。
まあ、そういうことで3角スワップとかアメリカが絡む全てのアイデアは妄想の産物に過ぎません。
その点日本は韓国のわけわからないスワップ理論を理解しています。まあ、為替安定目的の援助型通貨スワップをやり出したのは日本ですから。
スワップについて、最終決定権者が2パターンあることを指摘しておきます。
普通のスワップ。日本であれば円、韓国であればウォン、トルコであればリラ、すなわち自国通貨を交換する取極であれば、日本であれば日銀総裁の権限で出来ます。財務大臣に話はするでしょうが、あくまで円の発行権を持つ日銀の一存で可能です。
日本が米ドルを差し出す可能性がある通貨スワップ。これは日銀総裁じゃなくて財務大臣の権限です。当たり前です。国の外貨準備に手をつけるのですから。日銀の役割は間を取り持つ仲介役、実行時の実務役に過ぎません。
日韓スワップの終了後、韓国が一度だけまたスワップがやりたいと言い出してきたことがあります(懇願になるので言い出すのすら結構かかった記憶)その時麻生財務大臣が「韓国とのスワップの話なんて聞いてねぇ」と言ってたのですが、それは新スワップ提案があくまで円のみを差し出す形で検討されていたからと推測します。もちろん麻生さんが聞いてないわけがなく、報道でも知れてたのですが、あくまで財務大臣として関与する話はしていない。ということなのかなと。韓国はせっかく恥をしのんでスワップ懇願したのに麻生さん聞いてないとは何事か?と憤慨してましたが。
まあ、韓国はまた一からスワップ懇願への道を進んでくるでしょうね。あーまためんどくさい。
『韓国のロシア化』という
斬新で的確な切り口の
新宿会計士さまのいつもながらの
慧眼に感服します。
目先在庫のポンコツ武器で
なんとか形だけでも勝利をと慌てる
プーチンロシアさんですが
ソ連崩壊以降さらに朽ちてた国体は
この先衰退必死です。
むしろ
過去の栄光あるロシアが
有史以来ほぼ中国の属国そのままに
今はパクリだけで目先の銭は
稼ぐ稼業の韓国並に落ちぶれての
『ロシアの韓国化』なのかもしれません。
もちろん、
それが図星であっても
ロシアさんは、
『よりによってあんな韓国なんかと
一緒にしないでくれ
失礼にも程がある!』
と怒ってくるでしょうし。
韓国さんは、
『ウリたちはG8格(?)の先進国(?笑)ニダ。
GDPがロシアの2倍もあるニダ。
輝かしい歴史なら いっぱい作ってみたニダ。』
と勝手な宣伝するでしょうが
そんなしょもない低レベルの争いは
どうか2国間でやってほしいものだと
思います。
ウォン安に介入してウォン高にするにはドルを売らなければならない。
まだドル持ってんのかな?
アジア通貨危機の時は民間銀行の外債返済に回して外貨準備のドルはなくなっていた。